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あかん、ただの伏線を張るためだけの話のはずがあらぬ方向に……orz
本日のメインである"鍛冶"のイベントは大雑把にはお使い系に分類されるらしい。
要点だけを述べれば人手が足らずに困っている鍛冶屋から鍛造をしただけの剣を受け取り、最終加工である"研ぎ"を施して返すだけだ。
「でも、研ぎこそ熟練の職人がやったほうがいいと思いますけど」
「ゲームだしその辺突っ込んでも仕方がないんじゃないかなぁ?」
「というか一般的な鍛冶師の修行のイメージじゃないですよね?これ」
やや現実逃避気味の俺に殆どデフォルトに見える苦笑を覗かせているアミリさん。
依頼主であるドワーフのNPCに案内された作業場には短剣や長剣といったスタンダードなものからポールアックスや槍といった長物までが山と積まれていた。
「武器のメンテも大事な鍛冶師の仕事だってことだよ。こいつらを片付ければ経験値もお金も稼げる。さっさと済ませちゃおう」
「そうですね」
目の前のノルマにげんなりしながら鍛冶スキルの発動に必要な砥石を取り出す。
鍛冶スキルには装備作成とメンテナンスの二種類がある。
前者は一般的なイメージに違わぬ槌を振るって武器を作成するのだが、これをするためにはインゴットのような素材と溶練炉などの生産設備と鍛冶ハンマーといった生産道具が必要となる。
後者は文字通りのメンテナンスで、耐久度の減った武器と砥石やメイス用なんかのパテがあれば可能だ。
作業としても簡単。
刃系の武器なら砥石で規定回数以上砥げば終わりだし、殴打武器なら適当にパテを塗るだけで終了だ。
取りあえず手近にあった短剣類に片っ端から砥いでいく。
こういう単純作業は嫌いじゃない。
「そういえばスミスさんどうしたんですかね?」
先ほどまではパーティメンバーだった彼はすでにパーティを抜けてどこかへと行ってしまっていた。
「うん?緊急招集とか言ってたし最前線でなんかあったのかもね。あいつあれでもタンクとしてはこのサーバーでもトップクラスの実力者だし」
トップクラスの実力者。
素晴らしくそそられる響きだ。
「最前線ですかー想像もできませんね。どんな感じなんでしょう?」
「聞いた話だと四つ目の町の先にある洞窟ダンジョンが最前線らしいけどね。状態異常の特殊攻撃持ちと搦め手の阻害系魔法を多用するMOBのオンパレードアイテムかヒーラーのMP切れ=即全滅らしいよ。状態異常に抵抗を持つ装備も今のところ発見されてないし」
「うわぁ」
RPGをやりなれている者にとって状態異常やら処理が面倒なモンスターなど特に目新しい物ではないが、ここはVRMMOだ。
現代日本人が目隠ししてまともに動けないのと同じように、行動阻害系の麻痺や盲目、混乱なんて喰らったらまともな戦闘なんて出来るはずがない。 まともな思考の持ち主ならその手の状態異常に強い抵抗値を持つ装備で身を固めるのが常道だろう。
それすらできないなんていったいなんてマゾゲーなんだか。
「今は可能な限り調薬持ちのプレイヤーを募って物量で押し切るつもりらしいけど。まぁ無理だろうね。なんせ攻略組六人チーム六パーティのユニオン編成で中ボスに死に戻りする難易度だよ?なのにアクティブに溢れかえっているダンジョンを足手まといを連れて攻略できる訳ないし」
まぁ生産職の僕にはあまり関係ないけどね。とアミリさんは締めくくって手元の作業に集中した。
似たような短剣を一纏めにし右側に山と積む。右手に掴んだ短剣を砥石に当てて十往復。左手は砥ぎ終えた短剣を転がしながらも右手は遅滞なく次の短剣を掴み取る。
一つ十秒足らずで次々と研磨済みの短剣を積み上げていく手並みに俺は唖然とした。
「ふいー、やっぱこれくらいまとめて作業できると熟練度の上りもいいよね」
実にいい笑顔で砥ぎ終えた短剣の山を片付けるアミリさん。
正直、今のを動画サイトに上げればそれだけで物凄い再生数を獲得できそうである。
「ん?ほらほらリュート君も手を動かす。自分でやった分しか経験値が入らないんだから早くしないと僕が全部持ってちゃうよ?」
「ア、ハイ」
「?」
思わず平坦な声が出てしまったが気を取り直して武器の山から手ごろな長剣を引っ張り出す。
シンプルなロングソードで刃渡りが大体八十センチ程度。グリップには滑り止めに皮も巻いてあり、俺の腰に下がってる剣よりは上物に見える。
興味に駆られてポップアップウインドを開くとこう表示された。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
武器名:アイアンソード
種別:ロングソード
重さ:8 状態:未研磨 備考:
製作者:
――――――――――――――――――――――――――――――――――
試しに自分の剣のも確認する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
武器名:長剣
種別:ロングソード
重さ:7 状態:不良 備考:
製作者:
――――――――――――――――――――――――――――――――――
状態の項目の不良というのが気になるが考えてみれば昨日MOB狩りしてから今まで一切メンテナンスをしていなかった。刃こぼれなんかはしていないがそれなりに摩耗している状態なのだろう。
砥石に水を打ち、ついでなので自分の剣から砥いでいく。
砥石の面に対して鋭角気味に刃を当てていく。
正直刃物を砥いだ経験など皆無なので見様見真似だ。
頃合いを見てポップアップを確認すると、
――――――――――――――――――――――――――――――――――
武器名:長剣
種別:ロングソード
重さ:7 状態:通常 備考:
製作者
――――――――――――――――――――――――――――――――――
である。とりあえず不良の状態を脱したのは良い。
しかし不良の状態があって通常の状態があるなら優良があっても良さそうではある。とはいえこれ以上の状態を求めたところで何をどうすればいいかさっぱりだ。
こういう場合は先達に聞くのが一番だろう。
「アミリさん」
「ん?」
「武器の状態欄にある不良とか通常って優良とかにできたりしないんですか?」
「んーあんまり気にしたことなかったなぁ。未研磨を通常に持っていくなら十往復もさせればいいって分かってるけどそれ以上ってのは見たことないね。イベントクリアに関わってくるわけでもないし」
「なるほど」
検証されてないってことか。
ならばせっかく比較検証しやすい環境がそろっているのだ。色々試してみるのもありだろう。
アミリさんに礼を言い俺は通常以上を目指してあれこれ試してみた。
結果、惨敗。
手始めに分かりやすく刃を滑らせる回数によって変わるのか?
刀身全体を万遍なく砥いだほうがいいのか?
或は砥石に問題があるのか?
結構なパターンを試したが状態の項目が通常以上になることはなく、逆に百回以上砥いだものに関しては状態が摩耗になる始末だ。
色々試すうちにノルマを達成してしまったらしく今日はお開きとなってしまった。
「なんだかすごい消化不良って感じです」
「あはは、生産の分野は検証が進んでないからね。僕も一鍛冶師として興味はあるから進展があったらぜひ教えてほしいね」
結局、作業場にあった武具の三分の二以上を一人で砥いでのけたアミリさんに、押し付けてしまった分を謝り倒した。
アミリさんは気にしてない様子だったが俺としては恐縮しきりである。
「それにしてもリュート君は職人気質だよね。これは生産仲間として期待が持てる」
……どうしよう。
最低限のメンテナンスができる程度で辞めるつもりだなんて切り出せる雰囲気じゃない。
「なんかVRMMOって生産も割と相応のアクションが必要なことも多くてね。従来的なアイテムを選んでコマンドを操作するのに比べれば格段に手間暇がかかるからその分投げ出す人も多いんだ」
「へ、へー。ソレハトテモザンネンデスネ」
「うん。だからね、リュート君。君には期待しているよ」
この御仁、笑顔でなんつープレッシャー掛けて来やがりますか。
「じゃあまた今度ねー」
さらっと分かれの挨拶を済ませてログアウトしていくアミリさんに、俺は思わずジト目を向けてしまうのだった。