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初めてECO――攻略サイトでは The Earth of Creation Onlineをこう呼称している――のログインを終えた翌日。
学生である俺は教室で全力の内職に取り組んでいた。今は数学の授業中で二次関数なるものを解いているらしいが知ったことではない。数学なんてものは基本的にスカラーを求めるか、線と面積と傾きを出すための学問なのだから数式だけの授業を聞いて理解できるとは思えないのだ。
数学担当教諭であるバーコードおじさん(名前は忘れた)の話を右から左に聞き流し、今朝家でプリントアウトしたECO攻略サイトからダウンロードした資料を睨み付ける。
調べた結果俺が昨日体験した樵のイベントはいくつかある生産職志望向けのクエストの一つだったらしい。
ちなみにECOに公的に設定された生産職というのは存在しない。基本職業の戦士、盗賊、レンジャー、魔法使いの4職がそれぞれ鍛冶、調薬、木工、錬金の熟練度がそれぞれ上がりやすいという特徴を持っていて戦士ならば鍛冶師になりやすいといった棲み分けがなされている。
ちなみに俺が昨日受けたイベントは木工職人向けのもので木材を届けたティダという職人に話を聞けば矢の作り方をレクチャーしてくれるとのこと。
「生産職、か」
周りに聞こえないように小さくつぶやく。
正直あまり興味はない。が、鍛冶の熟練度を上げれば自分で剣のメンテナンスを行えるというのは魅力的だ。他にも手間は掛かるだろうが調剤の熟練度を上げれば回復薬の購入費用を抑えられる。
昨日も道々拾った薬草がストレージに入ったままだし、ちょっとばかり回り道をすることになるが、後々楽になる。……はず。
幸い生産職向けと言いつつ戦闘にも必要な身体強化と魔法関連の精神強化の熟練度が上がるらしく、特に後者はわざわざ魔法生物の攻撃をわざと受けるような荒行せずに済むのはありがたい。
まずは鍛冶と調薬のイベントを回る事にしよう。
当座の方針が決まったところでイベント関連とは別の資料を取り出す。
書いてあるのは武器スキルに関する資料で特に剣と斧スキルについてまとめたものだ。
昨日のイベントでは主武装である剣の熟練度より斧の熟練度の方が高くなるというまさかの逆転現象が起きてしまった。
単純に熟練度が高い斧に乗り換えることもできるが斧というのは基本攻撃力は高いのだが武技のバリエーションが少ないという欠点がある。
精々薙ぎ払いと振り下ろしくらいしかないのは連技を組み立てる上で選択の幅が狭まってしまう。まー、どちらか一方しか選べないってわけでもないし、幸いにして樵の爺が貸してくれた手斧はイベント報酬として受け取っている。多少ストレージを圧迫することになるが重量ペナルティを発生させるための重石にもなる。
基本は剣をメインに気分で斧に持ち替えればいいだろう。
「姉崎、練習問題の二問目をやってみろ」
ひとしきり黙考に目途がついたところで顔を上げると授業は練習問題を解くところまで来ていたらしい。
バーコードな教諭の指名で一人の女子生徒が黒板へと歩み寄る。
モデルも顔負けなレベルに整った顔立ちに艶のある黒髪をトレードマークとも言えるポニーテイル。我が校の制服である紺のジャケットと赤と緑のラインで構成されたタータンチェックのプリーツスカートは他の女子と同じものであるはずなのになぜか垢抜けて見える。
男子のアイドルにして女子共の嫉妬の矛先でもある姉崎楓だ。
成績は前回の模試で上から4番目。運動は得意ではないと本人は言っているが人並みには動けるのは体育の様子を見ればわかる。
彼女にまつわるエピソードとしては入学式から一か月で十人以上が告白し、全員が玉砕したのは有名な話だ。
それを面白がって男子のまとめ役もしている馬鹿者がクラスの男子は一回は告白するようにとのお達しを発した事もある。俺も公開処刑的な告白をさせられたが、まぁ、たまにはバカになるのも悪くなかったのでいい思い出だ。
問題があったとすれば強制告白の話を聞きつけた他のクラスの男子どもが押し寄せたことで、その中には学年屈指のイケメンも混ざっていたことか。
姉崎本人もお祭りみたいなものだと分かっていたのか懇切丁寧にバッサリと振っていたのだが、それが女子どもの嫉妬を煽ったみたいでクラスの中でも孤立中だったりする。
苦も無く黒板に回答を書き込む姿には微塵もそんな様子は見受けられないのだから強い奴である。
まぁ、そんな彼女の境遇に同情こそすれ助けはしない。
そんなことをすれば女子の矛先は俺に向かうからだ。
心の中でだけ頑張れとだけ応援しつつ俺はECOの攻略について調べを進めるのであった。