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「おーこれがVRワールドかほんとファンタジーだな」

目の前に広がる石畳の道と現代日本ではありえない石造りの建築物。

行き交う人々は生成りのシンプルなシャツとズボン。

中世ヨーロッパといった風景がそこには存在していた。


VRMMO― The Earth of Creation Online―

初の純国産開発のヴァーチャルリアリティーオンラインゲーム。

プレイヤーは仮想の大地へと降り立ち、想像力を駆使して生活する。

このゲームは"戦闘も装備もアイテムすらも自らの手で生み出せると"を売りに一か月前に正式版サービスが開始された比較的若いゲームだ。

もっとも全感覚干渉型の所謂VRMMO自体が世界でも十タイトルに満たないのだからそれすらも当然といえばそれまでなのかもしれないが。


 俺こと篠原琉斗がこのゲームに興味を持ったのは戦闘スタイルも自分で生み出せるという文言に惹かれたからだ。

 たまたま開いた動画サイトでデモPVを見てからというもの、関連動画を探したり、アカウントもないのに攻略サイトを見たりと情報収集ばかりしていた気がする。

出来る事なら正式サービスと同時に始めたかったのだが、ハードやらを揃えるのに時間がかかってしまい先行組に遅れる事一か月でのプレイ開始というわけだ。


ゲームとは思えない現実感に圧倒されていると鈴のような音と共に目の前に簡素な巻物が出現した。どうやら運営からのウェルカムメッセージを受信したらしい。



"RYUTO様

この度、神々の箱庭をプレイして頂き誠にありがとうございます。

初回ログインを記念して1000ドラグマをプレゼントさせて頂きます。

それでは神々の箱庭をお楽しみください。

運営一同より”


巻物自体は触れた瞬間に溶けるように無くなりファンタジーここに極まれりである。

感動している間もなくチュートリアル的なイベントが発生。あれよあれよと言う間に武器屋のドワーフにガリガリだと怒鳴られ、防具屋で恰幅のいいノームに買い物の後で訓練所を教えられる。そこではリザードマンの鬼教官が戦闘のイロハを語ってくれた。〆にはエルフの魔法屋に行きポーションと状態異常回復薬を融通してもらってようやくイベントを終えた。


一通りの準備が整ったところでようやく狩りに向かう。

訓練所の鬼教官によると初心者は南の門を抜けた先にある平原でウサギやら犬やらを狩って経験を積むが一般的とのこと。

実際南門付近では初心者装備に身を固めた集団が幾つも行き来していた。

「初心者歓迎です!一緒に狩りに行きませんか!?」

「ポーションいりませんか?一個20Dで残り11!」

「兎狩りメンバー募集!ヒラ他後衛職大歓迎!」

「鉄鉱石買い取るよー!一個5D」

「壁できる人いませんか?残り2!」


メンバー募集の声も多い。それに混じって露店でポーションを売る者、生産職と思わしき露店を開く者とさまざまだ。

やたらと大声で話しかけてくる勧誘を躱し外に出る。

教官殿はパーティを組めとやたらと勧めてきたがそもそも一回の戦闘も経験しないままパーティなんて組んでもまともに動けるとは思わない。

まずは狩ってみる。まずはそれからだ。


結論。

そこそこ?

お相手は平原兎という小動物系モンスターなのだが4、5回剣を振るえば倒せてしまう。まぁ、ちょろちょろ動き回って体当たりを仕掛けてくるのは面倒ではあったし、時折こちらの太刀筋を見切って避けられたのには驚いたが、フェイントをかけたりカウンターを狙えば割と簡単に狩れてしまう。

立て続けにに十匹も狩ったところでインフォメーションログが流れる。


【≪剣≫の熟練度が上昇しました。】


「ふむ」

 ECOでは所謂レベルは存在しない。このゲームにおいて熟練度とはほかのゲームでのステータスに相当するとされる。推測なのは未だに検証しきれていないというだけなのだが先達プレーヤーたちの共通認識では熟練度と職業によってモンスターへのダメージ量が変わるらしい。

ちなみに琉斗の職業は戦士で、これは各種武器系熟練度や身体強化、耐性系が上がりやすいとのこと。

 初期でプレーヤーが選択できるのは戦士、シーフ、レンジャー、魔法使いの四種類であとは特定のイベントをクリアしないと解放されない。なお、琉斗が戦士を選んだのは初心者にお勧めという攻略サイトの情報を鵜呑みにしたのと剣で戦うのに憧れたからだ。

その後も調子良く狩りを続け、熟練度が5つ上がったところで待ち望んでいたインフォが来た。


【武技"スラッシュ"を習得しました】


よっしゃぁぁぁぁぁあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


この武技というシステムは厨二病的に言えば必殺技、無粋な言い方をすれば強攻撃といったところである。

 たった今習得した"スラッシュ"は袈裟切りに切りつけるだけの技だが稀にノックバックが発生するのと熟練度に応じたダメージが加算される。

 これだけでは味気ないがこのECOでは習得した武技を繋ぎ合わせて自分だけの武技を創り出すことができるのだ。正確には武技に使われるモーションをつなぎ合わせるだけなのだが繋げられるのは武技だけでなく魔法なんかも組み込める。

例えば俺が今習得した"スラッシュ"の直後に火魔法の"ファイア"なんかを繋げて連技として登録すると"スラッシュ"の直後に"ファイア"が発動するように"スラッシュ"の動作中に詠唱が組み込まれる形になるのだ。

俺が見たトッププレーヤーの動画ではスラッシュからアイスバインド、薙ぎ払い、刺突、範囲魔法のエリアフロストを繋げた連技のデモンストレーションだった。

魔法使いというのにも憧れるが、俺とて男の子である。小学生ぐらいのときには木の棒を振り回してチャンバラごっこをしていたし、華麗に剣を操って戦う様に魅せられてしまった。


「あ、最初は重量ペナルティ受けながら戦ったほうが良いんだったけか」

 攻略サイトで思い出したが戦士職の特徴ともいえる身体強化の熟練度は重いものを持って動くのが一番効率的らしい。漫画でいう重りを付けて修行するようなイメージなのだろう。重装鎧を着ていれば勝手に上がっていくらしいが、最初期で装備を整えられない場合はイベントリにひたすら石やら何やらを詰め込んで重量ペナルティを故意に発生させる方法でも代用できる。

更なる荒行として平原を通り抜けた先にある森でポイズンヴァイパーを限界まで重量ペナルティを掛けた状態で挑めば武器、身体強化、耐毒の一石三鳥で熟練度上げが出来るともあった。


「行ってみるか」

道々狩りをしながら森へと辿り着く。

なんというか思った以上に森森しい森だ。蔦の絡まった大樹に背の低い灌木。ギャアギャアと不気味な鳴き声に密度を増したような空気。

これぞ森って感じである。


「うっし、行くか」

気合を入れ直し、森に入るのだが、幾ばくも行かないうちに出鼻を挫かれた。


「うぅぅぅ~~~」

目の前には呻き声をあげる爺が一人。最低限の皮鎧に無骨な手斧を握っているのは良いが四つん這いで呻き声を上げるのは流石にヤバい。

視界内のAR表示によるとNPCで職業に樵とある。


「おお、若いのいい所に来た!ここにおる幼気な爺を助けるのじゃ!」


ふむ。

スルー安定ですな。


回れ右して即離脱!

ガッ。

足首を掴まれる俺。

視界の端で捉えていたがあのヤバげな爺がゴキブリのような挙動で這い寄ってきていた。


「ぎっくり腰で満足に動けん爺を置き去りにしようとは、最近の若者はなっとらんのぉ」

「嘘だ、本当にぎっくり腰ならさっきみたいな動きは出来ないはずだ!!」

思わず叫び返してしまった。さっきのスピードで動くなど、まっとうなお年寄りにすら不可能な筈だ。

「ふん、これだから最近の若者は。フィジカルエンチャントと苦痛の無力化で一時的にスピードを上げるくらい造作ないわい」

なんと。

どうやらきちんと裏付けあっての挙動らしい。流石ファンタジー。

「えーと、立ち去ろうとしたのは謝りますので放して頂けませんでしょうか?」

「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」

拒否権無いじゃないですかヤダー。

思わず黄昏てしまいそうになったが、視界の真ん中でインフォログが明滅していた。

【イベント"樵の頼み事"が発生しました!】

【受領しますか? YES / NO 】

NOで。


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「嫌です」――NOで。


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「お断りします」――NOで。


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「勘弁してください」――NOで。


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「親が急病で病院に行かなければ!」――NOで。


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「……流石にもうちょっと変化があってもいいんじゃないですかね?」


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


「あ、UFOが!」


「嫌じゃ。お主が儂の頼みを聞いてくれん限り放してやらん」


はぁ。


「分かりました。何をすればいいんですか?」


「おお、助けてくれるか。ちいとばかし腰を悪くしてしまってな。難儀しておったんじゃ」

視線でYESを選択するとようやく爺のセリフが変わった。ログも更新されている。


【イベント"樵の頼み事"を受領しました!】


……なるほど。この運営、俺に喧嘩を売っているな?

どうせ断れないなら選択肢なんか作るな!!!


「なに、頼みというのは簡単じゃ。その辺の木を切って街の木工職人に届けてほしいんじゃよ」

いわゆるお使い系クエストというやつか。

試しに一番近くにあった木に視線を向けるとこうある。


【イチイの木】 : 採取対象


……というかこれどうやって採取するんだ?

ARで表示されたイチイの木は中々立派なもので幅は優に1メートル以上ある。

試しに触ってみたが木特有のしっとりとした感触が返って来るばかりでアイテム化できる気配は全くない。


「なにをやっておるんじゃ?ほれ、儂の斧を貸してやるからさっさと切り倒さんかい!」


渡された手斧を構えてみるが明らかに刃渡りよりも木の幹の方が幅が広い。長丁場になりそうだった。




長丁場なんてもんじゃねぇ!

手斧を打ち付ける事数百回。

バキバキと音を立てて倒れるイチイの木を半ば呆然としながら見守った。


【≪採取≫の熟練度が上昇しました。】


【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


【武技"薪割り"を習得しました。】



流れるログ。

なん、……だと!?


いや、まて。

俺は確かに何百と斧を振った。

でも斧振りにかかった時間なんて精々数時間といったところ。

しかも機械的に無心でこなしていたから斧を振っていたという実感もあんまりない。

なのに半日も掛けて育てた剣とほぼ同等まで熟練度が上がるなんて俺の努力はいったい何だったんだ……。


「これっ!呆けとらんでそいつをさっさと運ぶんじゃ」


爺に一喝されて正気に戻る。

伐採されてアイテム名が"イチイの原木"に変化したそれに触れてイベントリに回収する。


……。

動けない。いや、身動ぎくらいは出来るがおよそ動くと表現するには程遠い。

視界には真っ赤なフォントで、

【重量ペナルティ:アバターの行動が大幅に制限されます。】

と出ている。思い当たるのは当然今しがた拾ったイチイの原木だ。

 このECOではプレイヤーの可搬重量というのはキャラクターの職業、装備による運搬容量ボーナス、そして身体強化やその他熟練度によって決定される。

ちなみに初期状態で一番非力な魔法使いは装備品の杖とポーションを10個持った程度で一番軽いランクの重量ペナルティを喰らってしまう。

琉斗の職業である戦士は基本四種の中で最も可搬重量が大きいが装備による補助は無し。熟練度の類も無しでは原木系のアイテムなど持っただけで重量ペナルティの中で最上の行動不能に陥るのは当然とも言えた。


「てゆうか、これ、運営の、罠、だろ、回避不能、イベント、で、強制、重量、ペナルティ、とか」


吃驚することに重量ペナルティによる制限で言葉すら満足に喋れないらしい。

ここまで来ると設定の細かさに感心してしまう。



【≪身体強化≫の熟練度が上昇しました。】

【≪運搬≫の熟練度が上昇しました。】


 おお、動ける動ける。

と言っても身動ぎが亀の歩みに代わった程度ではあるが。

壊れたサイレンみたいにやれ行け、はよ行けと喚く爺は放っておいて街へと向かう。



【≪身体強化≫の熟練度が上昇しました。】


這いずる。



【≪身体強化≫の熟練度が上昇しました。】


歩く。


【≪身体強化≫の熟練度が上昇しました。】


急ぎ足。


【≪運搬≫の熟練度が上昇しました。】


途中に何匹かのモンスターに襲われもしたが熟練度の上昇で何とか剣を振るうくらいは出来たので何とかなった。

視界に映る重量ペナルティのフォントも赤から黄色に変わっている。

街についてさっそく原木を木工職人の下に持っていく。

「すまんな。ラバの爺さんもそろそろ引退したほうがいいんだが、樵職の跡目がいなくて老骨だろうと駆り出さなくちゃなんねぇんだ」

ティダと名乗った彼は歴戦を感じさせる如何にも職人といった風貌だった。180を超す身長に筋骨逞しい体躯、精悍な顔立ちにくすんだ金髪をオールバックに撫でつけている様はハリウッドスター顔負けだ。

「まぁ気が向いたらまた木材を運んでくれ。多少は色を付けられるだろう」


【イベント"樵の頼み事"を達成しました!】

【熟練度にクリアボーナスが加算されます。】

【≪身体強化≫の熟練度が上昇しました。】

【≪採取≫の熟練度が上昇しました。】

【≪斧≫の熟練度が上昇しました。】


なんかもう疲れた。

今日はここまでにしてログアウトしよう。

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