桜舞い散る中、僕らは歩き出す。
意識の浮上と共に、俺は、いや違う、僕は目を覚ました。
光が飛び込んでくる。その眩しさは、あまりにも強烈だった。まるで、長い間暗闇の中で過ごしていて、いきなり日のあたる場所に飛び出したかのように感じられた。
「ここは……?」
自分の鼻や口から出た息が、肌に戻ってくるのが感じられた。どうやら鼻と口に何かかけられているようだ。
「神代君……? 意識が戻ったの!?」
かけられた声のした方に目だけを向けると、そこには雪菜がいた。でも、おかしい。俺の記憶にある雪菜じゃない。俺の記憶にある雪菜は、二十代で、もっと大人びていた。今俺の目の前にいる雪菜は、どう見ても、高校生くらいにしか見えない。
「岩月……さん?」
俺の……、いや、僕の口からは出し慣れていた筈の「雪菜」ではなく、「岩月さん」と発せられた。どういう事だろう? 十度目の転生をして、記憶を取り戻す前の僕は「雪菜」ではなく「岩月さん」と交流があったという事だろうか?
「先生、神代君の意識が戻りました!! すぐに来てください!!」
彼女は、いったい誰に話しかけているのだろう……? その後少ししてから部屋に何人か入って来たのを見て、ナースコールで医者を呼んだのだと理解出来た。
「意識不明……ですか……?」
色々と説明を受けたけど、俺、じゃない、僕は簡単に理解が出来なかった。
「ああ、しかも、ほぼ半年だ。何度も心肺停止状態になったんだよ、君は。何度だったかな……。ああ、そうだった、都合九度も君は心肺停止状態になっている。酷い時は五分以上心臓が止まっていた時もあったくらいだよ。はっきり言って、何故君が今こうして生きているのか、とても医学的に説明が出来ないくらいなんだ」
九度も心肺停止状態になった……? あの転生の数と一緒じゃないか。
「しかし、本当に君は凄いな。この病院に運び込まれた時、手術中に死んだんだよ。手術自体は成功したんだけどね、出血量が酷くてさ」
どうやら僕は、通り魔から岩月さんをかばって腹を滅多刺しにされたらしく、病院に運ばれて来た時も既に生死の境を彷徨っていたらしい。そして、手術が終わる直前――皮膚縫合が終わる寸前だったらしい――に一度命を落としたとの事。連絡を受けた家族や親せきが駆けつけた時には既に顔に白い布をかけられ、霊安室に運ばれた後だったとの事。そこで僕は息を吹き返したのか、手術室で心臓マッサージや電気ショックを何度されても動く事のなかった心臓が動き出したらしく、胸が上下しているのを見て従妹が悲鳴をあげたらしい。その後は病室に移され、今に至るとの事。
「腹を滅多刺し……、ですか」
「ああ、何度も何度も執拗に刺したらしいよ。はっきりと分かるだけでも、九か所は刺された跡があったな」
…………刺された数だけ転生したみたいじゃないか、それじゃ。
「だけど、今までは心肺停止状態の後、呼吸や心拍が元に戻っても目が開いたりこうして話が出来たりはしなかったんだけど、こうして今、僕らは話が出来ている。おそらく、もう心配ないんじゃないかな。ご家族ももう少ししたら来ると思うけど、また改めて説明はさせて貰うよ」
そう言って、医者は出て行った。看護師たちも色々と血圧やら脈やら計って、記録した後、病室を後にした。近頃の病院は病室にノートPCを持ちこんでそこに色々と記録していくんだな、そう言えば医者もタブレットPCを時々見ながら僕に説明をしていたな。今の病院って凄いんだな、と変な感動を覚えていた。
「でも、よかった、神代君の目が覚めて……。半年も眠ったままだったから、一生目が覚めないんじゃないかって、心配だったんだ」
泣き笑いみたいな表情で、僕に語りかけてくれる岩月さん。
「僕と岩月さんって、どんな関係だったの……?」
少し不安だ。本当は通り魔じゃなくて、岩月さんに滅多刺しにされたなんて事は、ないよね……?
「高校二年生の時のクラスメイトだよ。覚えていないかな?」
……記憶を探ってみる。ああ、確かにクラスメイトだ。僕の通っていた高校は二年生から文系と理系に別れるけど、文系理系共に成績優秀者のクラスとそうでないクラスに別れるんだった。成績優秀者のクラスが一クラス、そうでないクラスが四クラスずつの合計十クラス。一年の時、違うクラスの岩月さんに一目惚れした僕は、二年生の時彼女と同じクラスになりたくて、必死に勉強もしたっけ。……ん? でも、高校二年生の時のクラスメイトって、どういう事だろう?
「高校二年生の時のクラスメイトって……?」
「神代君が刺されて入院したのって、十月なんだよね……。今はもう、学年が変わっちゃったよ」
申し訳なさそうに頭を下げる岩月さん。なんてこった。じゃあ、もう学年が違うという事か……。
その後は連絡を受けた家族やかつての同級生――今では上級生だ、チクショウ……――や親せき連中が来た為に、岩月さんから話を聞く事は出来なかった。
目を覚ましてから数日後、リハビリが始まった。
なんてったって半年間も寝たきりだったんだ。全身の筋力低下は、それはもう、キツイものだった。
まともに歩けるようになるまでかなりかかった。
「何であんなに腹を滅多刺しにされておきながら、歩けるようになるんだろう?」なんて医者も首を傾げていたけど、きっと“愛の力”がもたらしてくれた奇跡だろう。僕はそう信じる事にした。
何と言ってもリハビリに懸命に付き合ってくれたからね、岩月さんが。
何であんなに僕を支えてくれたのかは分からないけど、本当にキツイ、諦めたくなるリハビリを乗り越えられたのは、岩月さんがいてくれたから、彼女の太陽のような笑顔が僕の道を照らしてくれたから。心からそう思う。
……ちょっと、ポエマーっぽかったかな?
僕は六月から車いすや松葉杖を使い、高校生活に復帰した。
岩月さんと学年は違ってしまったけど――彼女は本当は目を覚まさない僕に付き合って留年の危機にあったらしい。僕の両親や従妹が必死に説得したらしいのだが――、こうしてまた高校生活を送れるという事は、嬉しい事だ。
桜咲く季節、岩月さんは僕より一年早く、高校を卒業した。
卒業式の時、卒業生代表として答辞を読み上げる彼女は、輝いて見えた。本当なら、僕も一緒に彼女と高校を卒業する筈だったのに……。
「いいの、従兄さん? 今日がラストチャンスかもしれないよ?」
桜並木の中、同級生たちと写真撮影をしている岩月さんを複雑な思いで見ていた僕に、従妹の遙が声をかけてきた。僕の見舞いに来ている間に岩月さんと仲良くなり、僕たちと同じ高校に入学してきたのだった。
「いや、でも、その、なんて言うか……」
「ウジウジしない!! さ、行くよ!!」
遙に強引に押されながら、僕は岩月さんの前に押し出された。
「雪菜先輩、卒業おめでとうございます!! あ、暫く従兄さんお願いしますね!!」
それだけ言って遥はどこかへと走り去った。あの野郎――女の子相手に野郎はないだろうけど、そんな事気にしていられない――、僕を衆人環視の元置き去りにしやがって……!!
「遥ちゃん、どうしたんだろ? お礼も言わせないなんて……」
桜の花びら舞い散る中、首を傾げる岩月さんは、何だかとても、絵になっていた。風になびく彼女の黒髪さえ、今の僕には光り輝いて見えた。
「あ、あのさ、岩月さん、えっと、その、卒業おめでとう」
「ん? ありがとう。ところで、それだけかな、言いたいのは?」
僕に何を言わせようとしているのだろう、岩月さんは? それに、周りの視線も厳しい。「言えよ、男だろ? 根性見せろや」みたいに視線が言っているような感じさえする。視線が、棘になって突き刺さる。グサグサなんて擬音が聞こえてきそうだ。
僕は、やがて覚悟を決めた。その間、数秒か、数十秒か、それとも数分か。
永遠にさえ感じる時間の中で、僕は口を開いた。
「岩月さん、僕と―――――!!」
――――※※※※――――
「改めて、入学、おめでとう!!」
あれから一年が過ぎ、僕は一年遅れで雪菜の通う大学へと進学した。この一年、雪菜が家庭教師をしてくれたおかげで、結構な難関大学に進学出来た。嬉しい限りだ。
「何か部活とか、サークルとか考えている?」
「運動はほとんど無理だからね。それ以外のを探してみるよ」
歩く事は無理なく出来るようになったけど、激しい運動はまだ、ほとんど無理だ。
「一緒に、探してくれる?」
「もちろん」
桜はもう、散ってしまったけれど、今では一緒にこうして歩いてくれる恋人がいる。
ああ、後は、この幸せを失わないように、彼女を大切に、彼女と共に歩いて行こう。
僕たちの人生は、まだまだ続くのだから。




