進撃のG
目覚めよ、その魂!!
その日、G《俺》は思い出した。巨人に支配されていた恐怖を……、台所の片隅の中に囚われていた屈辱を――。
そんな事を急に考えてしまった。恐るべきは人間時代の記憶か、それとも人間時代に罹患していた厨二病か。
しかし何故そんな事を思ってしまったかというと俺は今、恐ろしい巨人を見つけてしまったからである。それどころか、目が合った気がした。その巨人の顔は恐怖に歪み、手に持った何か――おそらくは、スリッパだろう――を俺に向けて振り下ろそうとしていた。
そして、俺は思い出してしまった。蚊時代、あんな感じでプチッと潰されてしまった屈辱を、恐怖を。
恐怖に震える体を叱咤し、何とか方向転換をし、逃げた。目指すべきは、台所の片隅。安全な鳥籠の中。
何故そこが安全な鳥籠であると理解出来たのかは分からない。ただひたすら、俺はそこを目指して走った。
シニタクナイ、シニタクナイ……、その一心であった。
安全な場所まで逃げ延びた直後、轟音が聞こえた。スリッパか何かがフローリングに叩きつけられた音であろう。間一髪といってもおかしくないタイミングであった。
何とか逃げ延びた俺に、呪詛の声が聞こえて来た。まるで、末代まで祟りそうな、そんな声。
「Gが、家に出た……? 奴らは一匹見れば三十匹はいると言われているからな。クソがぁッ、殺してやる、殺しつくしてやる。俺の世界から、GというGを殺しつくして、理想郷に変えてやるッ、この世界をッ!!」
どうやらこの家の住人は重度の厨二病に罹患しているらしい。理想郷など、この世のどこにもありはしないからこそ、理想郷と呼ばれるのだ。その程度の事が分からないヤツは、厨二病患者としても屑だ。
まあ、もっとも家主殿からすれば、G《俺達》がいない世界こそが、理想郷なのかもしれないが。
しかし、俺は今回、いったい何に転生したのだろう?
まあ、先程の家主殿のセリフでだいたいは理解したが。
とりあえず探検してみる事にした。
玄関まで行ってみると、巨大な鏡があった。どうやら全身――人間としての全身――が映るくらいの鏡のようだ。そこに映る俺の姿は、覚悟していたモノであった。
やはり、Gなのか、俺は……。
口から出るは、声にならない声。誰に伝わるのかすら分からない。同種の同居人――同居G?――どもにさえ伝わるかどうか。
鏡に映る自分の姿に愕然としている時、音が聞こえた。ガチャガチャと。どうやら鍵穴に鍵を入れているのだろう。やがて、玄関が開いた。
俺は玄関が開ききる前に台所の方まで後退し、家主殿から見えない場所から彼の行動を見張る事にした。
「まずは、コイツを試してみるかよ……?」
ひとり言なのに、言動がいちいち厨二病っぽいな、コイツは。人間時代の俺ですらここまでひどくはなかったぞ。……ひどくなかったと、信じたいな。
そう言いながら家主殿は一つのグッズを設置した。
まさか、アレはブラ●クキャップか――!?
あれは、確か毒餌タイプのG駆除グッズの筈だ。
遅効性の毒が含まれている餌が入っており、アレを食べて巣に帰ったGが倒れ、それをさらに他のGが食らう事によって巣毎Gを消滅させようとするアレだ。人間時代に、アレを父か母が使っていた気がする。見覚えがあるのは当然か。
俺は全滅を免れたい一心であれには近付くなと、他の連中に言ったが、同居Gどもは俺の言葉に耳を傾けなかった。まあ、それ以前に俺の言葉が通じたかどうか……。
一夜にして同居Gの半数が死に絶えた。当然の結果であった。
カサカサカサ……。音だけで、気付かれた。
「チィッ、まだ居やがるだと……?」
数日後、再び姿を現した俺を家主殿は今度は丸めた雑誌――二次元美少女が表紙のエロ本――で追い払おうとしやがった。貴様、なんてヒドイ事をするのだッ!? それは、そうやって使うモノではないッ!!
もちろん、俺の心の叫びが家主殿に聞える筈もなく、虚しくフローリングに叩きつけられる音だけが響いた。
ふむ、今日もとりあえず生き延びたか……。
その時になってようやく気付いたが、何もない空間に“徳プラス10P”と浮かんでいた。人間の魔の手から生き延びる事が出来たら、もしかしたら徳が積まれるのかもしれない。人間には悪いが、これもまた人生。否、G生。出来る限り、生き延びる事にしよう。
カサカサカサ……。また、気付かれた。
「やはり、滅ぼしつくす為に最後の手段を使うかよ……」
何かカッコイイ事を家主殿が呟き出した。
最後の手段でラストワンか。ホント、無駄に厨二病臭いのでやめて貰えませんかねえ……? 俺の黒歴史が思い浮かんでしまうんで。俺の心が抉られてしまうんで。ホント、やめてくださいよ。
そして、ラストワンが使われる日がやって来た。
「三時間もあれば、美少女アニメを何本見れると思っていやがる……ッ!! 糞が、全て奴らのせいだッ!! 奴らさえいなければ、こんな事にはならなかったモノをッ!!」
何か色々と扱っているのが見えた。
「まあ、三時間ちょっと外出すれば、このボロ家も理想郷に姿を変えているんだ。きっとそうだ。ちょっとばかり我慢するしかねえな」
そう言って家主殿は玄関に鍵をかえてボロ家から出て行った。
いったい、何が行われようとしているのか?
疑問に思っていたがその時、煙が押し寄せてきた。
奴め、バ●サンたきやがった……ッ。美少女アニメを見ずに三時間部屋から外出するのは、この為だったかよ……ッ!!
しかし、マズイ、マズイぞっ!! あの煙は、俺を、俺達を殺し尽くす為の煙だッ!! に、逃げなければ……、死んでしまうッ!!
逃げる事能わず、数匹の同胞達が、腹を見せながら倒れて行く。
ああ、仲間達よ、許してくれ。人間としての記憶がありながら家主殿の打つ手を見抜けず、お前たちを無駄に死なせてしまった俺を許してくれ。俺は、お前たちの死を無駄にはしない。必ず新天地で生き延びてみせる――!!
煙を少々吸い込んでしまったが、どうやら致死量は吸い込まなかったらしい。
もっとも、どれくらい吸い込めば致死量となるのかは、俺には分からないが。
それにしても、この家がボロ家で助かった。
壁に出来ていた隙間から何とか逃げ出す事に成功した。その瞬間、目の前の空間に“徳プラス30P”という文字が浮かんだ。
やはり、生き延びる事こそが“徳”を積む唯一の方法だったのだ。
俺は意気揚々と新天地を目指す事にした。今度は、何処へ行こう?
流石にあの家にはもう、いられない。次もボロイ家を探す事にしよう。綺麗な家だと棲みつく事すら出来そうもないからな。
一歩踏み出そうとした――一歩っておかしな表現になるかもしれないが、俺の心はそう感じたのだ――その瞬間、俺の姿を覆い隠す影があった。
「にゃう?」
生後数か月くらいではないかと思われる猫がそこにいた。
人間時代の俺ならばその猫に一目惚れしたかもしれない。それくらい可愛かった。
が、その猫は、俺を不思議そうに見つめながら、前脚を振り上げた。
あ、そう言えば人間時代に、Gの天敵として猫がいるという情報を聞いた事があったな。Gを食べるのではなく、動くGを狩りの対象として見ているのだ、と。
俺は煙を吸った影響でまともに動けなかったのと、蚊時代の事を思い出して振り下ろされる猫の前脚に恐怖し、ブチリと潰される音を聞いた。
頭以外が潰されたようだ。何故にこうも死ぬ時は腹を刺されたり潰されたりしなければならないのだろうか? 蝉時代など腹を車に轢かれるという恐ろしい経験もしたな、そう言えば。
これが、逃れられぬ運命とでも言うのだろうか?
ならば、俺は運命に抗おう。次の人生、否、次の生では腹をどうにかされないように逝きたい……。
再度振り下ろされる猫の前脚を頭上に感じながら、俺は死の瞬間が訪れるまでそう考えるのだった。




