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少年と蝉

 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 先程から、五月蝿い。何故俺は蝉に囲まれて暮らしているのだ? いや、それ以前に俺が蝉だ。俺こそが蝉なのだ。

 ……蝉?

 まさかの展開だ。人間、蚊、熊と来て、今度は蝉だと? どう考えても熊から後退しているではないか。あれ程鮭を獲って“徳”を積んだと言うのに……ッ!?

 やはり、アレか。温泉に何度も浸かったのがいけなかったのか。鮭を獲りまくっただけでは、ダメだったのか。火で焼いて食べていたのもマイナスになっていたのかもしれない。

 そういえば、熊時代には気付かなかったが、女の財布をリュックに入れた時にも“徳マイナス10P”とか出ていた気がする。で、リュックを持って女を追いかけた時も“徳マイナス10P”とか出ていた気がするな。やはり、あの行動は熊らしくない行動だったのかもしれないな。

 まあ、仕方ない。転生してしまったモノはどうしようもない。

 今度の生は、蝉として生きるしかあるまい。




 今回、蝉として生を受けるにあたって幼虫時代には前世の記憶を思い出す事はなかった。

 まあ、当然と言えば当然かもしれない。ただひたすら土の中にいるだけなのだ。そんな時に前世の記憶を思い出しても、何の意味も持たないだろう。土の中なんて、人間からすれば真っ暗闇に近いだろうし、そんな時に前世の記憶を思い出したら、発狂していたかもしれない。




 さて、記憶を取り戻したからといって、はっきり言って蝉として何か出来るかと言うと、何も出来やしない。

 ただ、泣くだけである。違った、ただ鳴くだけである。

 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 己の鳴き声からして、どうやらミンミンゼミに転生してしまったらしい。

 しかし、ミンミンゼミか。どうせ蝉になるならもっとマイナー、いや、希少種っぽいのに転生したかったな。

 テイオウゼミとか、ジュウシチネンゼミとか、なんかカッコヨサそうな名前の蝉に転生したかった。あ、でも、あいつらは日本に居ないんだっけ? ならば、転生も無理だな。はっきりとは分からんが、ミンミンゼミとして転生した以上、ここは日本のどこかである可能性も高いからな。

 だいたいにしてよく考えればジュウシチネンゼミとか、ジュウサンネンゼミとかは土の中で十七年とか、十三年も過ごさないといけないのだ。アレ? 十七年とか十三年周期で大量発生するだけで、そんなに土の中で過ごさないといけないワケじゃないんだっけ? ま、俺の蝉に関する知識なぞ、人間時代にちょろっとwikipedia見て記憶しているだけだから、あてになどなりはしない。




 しかし、蝉としての生を送るにあたり、俺は何をすればいいのだろう?

 どうすれば蝉として“徳”を積み、より高度な種として転生出来るのだろうか?

 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 鳴き声が泣き声に聞えてくる。だいたい、よく考えれば、蝉として成虫の寿命は二週間前後の筈だ。

 俺が前世の記憶を取り戻したのは、成虫へと羽化してからどれくらい経った頃か、実はよく分かっていない。

 余命二週間もない蝉、か。二週間でいったい何が出来ると言うのか? 人間ならば二週間もあればもしかしたら何かを残せるのかもしれない。

 だが、今の俺は蝉である。前世の記憶など、何の役にも立たない。鮭を獲る事も出来なければ、串に刺して焼いて食べる事も出来ない。蚊の様に血を吸う事も出来ない。まあ、こんな図体で人間の血を吸おうものなら、あっさりと叩き潰されて終わりそうだが。




 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 今日も泣きながら、否、鳴きながら日々を過ごそうと決意していた時であった。ミーンミンミンとある程度鳴けば“徳プラス10P”と表示されていく事に気付いた。ふむ、これからは死ぬまで泣きながら、否、鳴きながら日々を過ごさねばなるまい。




 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 蝉は夏の風物詩でもある。人間としては冷房や風鈴があった方が夏を感じる事が出来るかもしれないが、蝉である俺には何の関係もない。だいたい、室内に蝉がいたら叩き潰されるか捕まるかしかなさそうだ。

 悪餓鬼に翅をむしられるなど、御免こうむる。

 さて、今日も泣きながら……、もう、泣きながらでいいや、一日生き延びるとしよう。せいぜい、あと十日くらいの命だろう。そんなにないかもしれんが。




 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 気が付けば俺一人になっていた、今俺が利用している木にしがみついているのは。周りからもミンミンゼミの鳴き声があまり聞こえなくなった。もしかしたら、俺は案外長生きしているのかもしれない。

 そんな孤独を抱えていた頃、来客があった。虫取り網を持った十歳くらいの少年だった。ランニングに短パンといった、いかにも純朴な田舎の少年といった服装の少年であった。


「昆虫採集なんて、メンドクセーな……。何でこの俺がこんな事しねえといけないんだよ。夏休みの自由研究なんて、進●ゼミの自由研究キットで済ませちまえばいいんだ。それを、あのクソ親父が……ッ!! 『皆と同じ事をしても、インパクトがないぞ。オリジナリティーで勝負をするんだ!!』なんて熱血バカみてえな事言いやがって。だいたい、標本になんてどうやってするんだよ……」


 ふむ、夏休みの自由研究に昆虫採集か。少年、君は実に子供らしい夏休みを過ごしているようだな。だが、進●ゼミだと……? 蝉の種類の一つかと思ったが、ああ、通信教育のアレか。うん、その自由研究キットで頑張った方が有意義な夏休みを過ごせると思うぞ。

 俺は少年が振るった虫取り網を華麗にかわして、尿をかけてやった。俺は貴様如きに捕まるような人生、否、蝉生を送って来たわけじゃない。まあ、ただ単にミーンミンミン鳴いていただけだがな。


「尿をひっかけただと、この俺にッ!?」


 何か無駄にカッコイイセリフを吐いたな、この少年。もしかしたら、厨二病にかかっているのかもしれない。おいおい、いくら何でも十歳前後で厨二病に罹患するのは早過ぎじゃないか?


「許さん、絶対に許さんぞ。俺が、貴様を捕まえてやるッ!! それは、ゼッタイに、ゼッタイだッ!!」


 おいおい、何かカッコイイぞ、そのセリフ。どこかで聞き覚えがあるんだが……。

 その日、俺は少年に夕暮れまで付き合ってあげた。

 夕暮れとともに父親らしき男が現れ、少年はとても悔しそうに何処かへと手を引かれて帰って行った。

 サラバ少年。もう会う事もないだろう。




 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 だが、少年は翌日もやって来た。

 その目は、燃えていた。


「今日こそあいつを捕まえてやる。翅をムシってやるぜ、昆虫如きが、蝉如きがこの俺を侮辱した事を、後悔させてやるッ!! 生きたまま標本にしてやるぜッ!!」


 将来が恐ろしい少年だな。


「いた。貴様だな、昨日俺に尿をひっかけた我が宿敵ライバルは……ッ!!」


 この少年の思考回路が、俺には全然分からない。厨二病を卒業した俺にはな。そう、蝉が厨二病になどかかるワケないのだ。それにしても、蝉の区別がつくのか? 将来、蝉博士にでもなれそうだな。

 もちろん、今日も何度も尿をひっかけてやった。なんとなく気持ちいい。




 ミーンミンミン、ミーンミンミン……。

 鳴き声が、弱々しくなってきた気がする。どうやら、死が近付いてきたらしい。

 今日は少年の相手をしている余裕などないな。

 しかし、同じ木にじっとしているのにも飽きた。

 蝉として、最後にもう少し広い世界を見るのも悪くあるまい。俺は少し旅に出る事にした。

 飛び立って数分。


「ぬうッ、俺に恐れをなして逃げたか、我が強敵ともよッ!?」


 という叫びが聞こえて来た。あいつ、もしかしたら本当に見分けがつくのか、蝉の? 末恐ろしい少年だな。



 

 ミーンミンミン、ミーンミンミン、みーんみん……。

 ちょっとだけ人通りのあるところまでやって来たが、どうやらそろその限界のようだ。

 が、まあいいだろう。俺は、蝉として十分生きたのだ、きっと。

 どこか木の根元あたりで死を迎えるとしよう。

 そう思って最後に飛んだが、飛んでいる途中で力尽きた。

 道路に背を叩きつけるような感じで落ちてしまった。ああ、どうやらもうすぐ死ぬらしい、俺は。

 長かりし生にもお別れだ。今回くらいは自然に寿命で死ぬのも悪くあるまい。

 だが、運命は俺に自然に死ぬ事など許してくれなかったようだ。

 俺は、見てしまった。トラックが近付いて来る。もしかしたら、アレは転生トラックか? などと人間時代にネット小説にもはまっていた俺はそう考えてしまった。残念な事にトラックにはねられて転生した蝉の話など聞いた事はなかったが。

そして、俺は腹をタイヤで引き裂かれた。

 標本になるのとトラックに轢かれて死ぬのと、いったいどちらが幸せなのだろう? そう考えながら、俺は意識が闇に染まるまで待つのだった。


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