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一家にひとつ、木彫りの熊を。

 我の名は大五郎。熊である。ツキノワグマとかいう種類らしい。

 らしいというのは、我の、ではなく俺の記憶から見たらツキノワグマであるからだ。水面みなもに映った己の顔を見て、今度は熊かとげんなりした記憶もある。

 人間――確か、神代かみしろ直斗なおとと言う名前だった筈――を経て、蚊としての一生をついこの前終えた筈だ。筈だ、と思っているのはよく分からないからである。前世の記憶を思い出したのは、つい最近である。

 ネット小説などでありがちな赤ん坊の頃から前世の記憶があるなどという便利転生ではないらしい。もっとも、熊の赤子の頃に人間や蚊としての記憶を思い出したところで、まったく意味がないだろうが。熊としての生を全うするどころか、スタート地点でつまずきそうだ。

 その分、大人になってから、もしくはある程度生きてから記憶を取り戻すというこの転生システム、悪くはないかもしれぬ。




 より高度な種として生まれ変わるには、熊として“徳”を積まねばならぬ。熊としての“徳”は、どのようにすれば積めるのだろうかと以前は迷っていたが、結局は本能のままに生きる事にした。

 時々川に入って鮭を捕らえ、食べる。それだけで目の前に“徳プラス10P”などと浮かんでくるのである。うむ、熊として真っ当な生を歩めば徳が積まれるらしい。

 しかし、元人間としては生のまま鮭を食すのは、少し抵抗がある。回転寿司で寿司を食べ慣れていたせいか、刺身になった状態なら何ともないが、生のまま丸ごとガブリとやるのは寄生虫とかいそうで、遠慮したい。なので、人間の記憶を取り戻した直後から、火を起こして焼いて食べていた。

 火打ち石などないかと、川原に落ちているそこら辺の石をいくつもいくつも叩きあわせていたら、その内のどれかの組み合わせで火花が散ったので、燃えやすい葉っぱを集めてみたら、火が点いたのである。奇跡かもしれぬ。それ以来、その組み合わせの石は川原の近くの土手に置いてある。毎回探すのは流石に面倒なので、目印もちゃんと用意したのだ。

 で、捕まえた鮭を木の枝に刺して焼いて食べていた。枝に突き刺して焼いて食べると、残念ながら“徳マイナス5P”などと目の前に文字が浮かんでくる。これはクマった、じゃなかった、困った。人間としての記憶があると、くだらない親父ギャグが浮かんで困ってしまうな。

 やはり、火で焼いて魚を食べると言うのは、熊らしくないらしい。まあ、火で焼いて食べても5Pのプラスになるのだから、俺は気にせずに火で焼いて食べていた。

 



 時々、異様に体がかゆくなる事があった。

 そういう時は、異様に風呂に入りたくなる。そういうワケで、温泉を探した。使い方が分かるからと言って、人家で風呂を借りるワケにもいかない。

 やがて、熊でも入れる温泉を見つけた。実際に熊でも入れるかどうかは分からない。いつもは猿が入っている温泉であった。

 猿に迷惑にならないように、隅っこで温泉に浸かっていると、猿どもは逃げ出した。俺に恐れをなしたのかもしれぬ。クマった、じゃなかった困った事だ。別にとって食おうとしていないのに。ところで、熊って本当に猿を食わないのかな? 俺の知識などテレビのドキュメンタリー番組くらいだからな、猿に関しては。

 ま、猿とは会話が通じなかったから、彼らに避けられたからといって、気にする事はあるまい。

 温泉に入る事は、俺の疲れを癒す為にも大切な事だ。“徳マイナス10P”などと表示されているが、毎日浸かりに来なければどうという事はあるまい。鮭を獲る事でガンガンプラスになっているのだから、問題ではあるまい。

 俺は時々、そう、週に二、三日ではあるが、一時間程温泉に浸かる事を日課とした。週に二、三日の行為を日課と呼べるかどうかなど知らんが、日課と呼ぶ事にしよう。

 しかし、こうして思い返すと人間時代の知識にロクなのがないな、俺は。二次元美少女のスリーサイズは思い出せるが、日課の意味は思い出せない。ま、仕方あるまい。現代日本知識無双が出来るのは、異世界転生した場合だけなのだから。




 だが、そうやって良くも悪くも熊らしくない暮らしを送っていた頃、困った事が起きた。おそらくは自然系のドキュメンタリー番組か研究者の類の連中だろう。定点観測みたいな事をしていた彼らのカメラに映ってしまったのだろう。火を起こして鮭を食べている奇妙な熊がいるという事になった。さらには猿が浸かっている温泉から猿を追い出し我が物顔で使っている熊がいるという事になった。

 それらが積み重なり、極秘裏に俺を捕らえようという動きがあったようで、山狩りが始まろうとしていた。少しずつ、山を覆う空気が変わってきたのを感じていた。恐るべきは、野生の感か。

 ただ、あまりにも極秘裏過ぎたのだろう。普通の人間がまだハイキングなどしていた。

 どうやら今まではコースから外れない限り熊と遭遇する事もなかったらしい。



 

 そんなある日の事、のんきに鼻歌など歌いながら鈴の音を鳴らしながら歩いている若い女がいた。黒髪ロングでないのが、残念だ。せっかく久しぶりに人間の女を目にしたと言うのに。

 そこに、温泉から出て来たばかりのいい気分になっていた俺が現れたというワケだ。


「ヒッ、く、熊……? ここは、し、死んだフリをした方がいいんだっけ?」


「いや、死んだフリなんかしてもダメ。ちゃんとテレビを見ようね。時々、いい情報流しているから」


 残念ながら俺の声は人間には通じなかった。親切にも教えてやったと言うのに、俺の口からは叫び声というか、唸り声みたいなのしか出なかった。

 その俺の声を聞いて恐怖に襲われたのか、女は自分が持っていた色んなモノを俺に投げつけてきた。

 俺はというと、その手の動きにビビって動けなかった。あの手の動きが、蚊時代の俺をプチッと潰した動きとそっくりに見えたのである。

 女はというと、俺が動けないのをいい事に、手持ちのモノを投げつけた後、背を向けて走り出した。

 おいおい、教わらなかったのかい? 熊に背を向けて走ってはいけません、って。あれ? 熊からは視線を逸らさずに逃げるのがいいんだったっけ? まあ、そんな事はどうでもいいか。

 ま、俺もこの場から立ち去るとしますかね。そう、スピ●ドワ●ン並にクールに去ろうじゃないか。

 が、そこで俺は気付いてしまった。

 女が投げたモノのなかにリュックサックがあった事を。そして、その中から財布が飛び出していた事に。財布の中身がどれくらい入っているか気にはなるが、そこに諭吉さんが何枚入っていたとしても、俺には使う場所がないので、中身は確かめない事にした。


「やれやれだぜ」


 俺は器用に財布をリュックサックの中に戻して――日々鮭を串に刺している俺だ。このくらい、朝飯前である――、女の後を追いかける事にした。ここは、そうだな……、動揺の「森の熊さん」でも歌いながら陽気に駆け出すとしようじゃないか。リュックは森の入口にでも置いておけばいいだろう。ところで、「森の熊さん」って、ひらがな表記だったっけ? まあ、漢字表記だろうがひらがな表記だろうが、構わんだろう。何せ、熊の頭の中に浮かんでいるだけなのだから。

 「森の熊さん」よろしくトコトコと御嬢さん――と言っていい年齢だったかどうかは覚えていないが――の後を追いかけるとしよう。ところで、熊が後ろからトコトコなんて可愛らしい足音で追いかけてくるとは思えないのだが。ズシンズシンとかドスンドスンくらいが効果音としては妥当じゃないかな?

 そんなどうでも事を思いながら女の人を追いかけた先、森の出口までやって来た。




 森の出口まで辿り着いた時、そこで見たのは、俺に向けられた沢山の銃口。


「OH MY GOD!!」


 俺は頬に手を当て叫んだ。もっとも、人間どもにどのように聞こえたかは定かではない。

 何発もの銃声。衝撃を何発も感じたが、俺は女のリュックを放り投げた後、ひたすらに逃げた。




「畜生、どうしてこうなった……!?」


 いったい、何発の銃弾を受けたのだろう? 流れ出る血の量も、そこそこある。

 が、使われていたのはおそらくは麻酔弾だったのだろう。先ほどから、とても眠い。足どりが、覚束ない。

 しかし、ここで睡魔に負けて眠ってしまったら実験動物の様に扱われてしまう。それでは、熊として真っ当な生を送る事が出来ない。

 人間――の記憶を持つ熊――である俺が人間の実験動物として扱われるなど真っ平御免だ。俺は、逃げ延びてみせる。

 が、気が付けば俺は崖から足を滑らせていた。

 最後に見えた光景は、尖った岩。その尖った岩に俺は腹を叩きつけていた。十メートル以上の高さの崖から落ちたのだ。流石に無事ではすまなかった。

 岩を伝って流れ落ちる血を見ながら、俺は最後には腹をどうにかされるのが運命なのだろうか、などと考えながら意識が暗黒に包まれるのを待ったのだった。



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