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夕暮れに染まる教室から“二人”を始めよう。

「ねえ雪菜せつな、向こうの貴女は、幸せになれるのかな? これから貴女達がどのような道を歩いて行ったとしても、幸せになれるかは分からないよ? 例え今、あの二人が幸せだと感じていたとしても」


 暗闇の中、空間に映像が映る。桜並木の中を歩いている二人。もっとも、今桜の花は咲いていないようだが。


「向こうの貴女が例え幸せになれたとしても、こっちの貴女は幸せにはなれないんだよ? なのに、何故貴女はそれほどまでに二人の幸せを願うの……?」


 暗闇の中、発せられる言葉。だが、その言葉に、反応はない。それでも、少女は話を続けた。


「ねえ雪菜、貴女は人間に憧れ続けたね。不完全な人間に。寿命も私達天使とは比べ物にならない程に短い人間に。人と同じように恋をしたい、何かに熱中してみたい、そう貴女が願ったから、私は持てる力の大半を使って貴女を人間にしたのに。なのに、何で貴女はそこで、いつまでも目覚めないままなの?」


 少女が見下ろす先には、ベッドに横たわったままの十代後半くらいの少女、岩月いわつき雪菜がいた。黒髪の美しい少女だった。


「せっかく人間にしてあげたのに、たった十数年で人生を終えるかもしれないだなんて。恋だってほとんどしていないもおんなじなのに、通り魔から貴女を命がけで助けようとして死んだマヌケの幸せを願うだなんて……」


 少女の、金髪の天使の独白に答える者はいない。

 どれだけ髪を梳いても、頬を撫でても、岩月雪菜は無反応だった。ただ、呼吸をしているのが胸の上下で分かるだけ。

 彼女――岩月雪菜――がこのような状態になったのは、約半年前。高校二年生の秋、彼女に思いを寄せるストーカーによって刺され、意識不明の状態に陥ったのである。ただ、その前に彼女をかばって何度も刺された男がいた。彼女の同級生であり彼女に片思いをしていた神代かみしろ直斗なおとという男であった。

 いつもは一人で下校している岩月雪菜と神代直斗であったが、偶然にも下校時間が重なり、その日は二人で駅までの道を歩いていた。同級生という事もあり、二人の様子が親しげに見えたのだろうか、ストーカーは激昂し、二人に襲いかかった。いや、本当は岩月雪菜一人に襲いかかったのだが、神代直斗が彼女とストーカーの間に体を滑り込ませ、兇刃を腹部に受け止める事になったのだ。

 警察が駆けつけた時には、二人とも血の海に沈んでいたが、幸い岩月雪菜だけは生きていた。手術も成功したが、彼女の目が開く事は、それからなかった。


「貴女が魂に宿る天使の力を使っても、彼は貴女の生み出す幻の中を転生しながら生き続けるだけなんだよ。それは、もしかしたら残酷な事かもしれないよ?」


 その言葉を受けて、眠る雪菜の手の指がピクリ、と動いた。


「貴女が望むなら、私が転生させてあげる。今度は、完全に人間になるよ、きっと。天使の力なんて秘めていない人間に。そこで、その世界で生きてみなよ、雪菜。彼を、神代直斗をそろそろ解放してあげなよ。彼の魂が戻るべき肉体は、もうどこにもないんだよ」


 岩月雪菜をかばって滅多刺しになった神代直斗の肉体は既に荼毘に付されていた。


「ね、そろそろ彼を解放してあげなよ。必死に生きて、死んで、貴女と出会って、結ばれて、また死んで、生きての繰り返しは、彼にとって地獄かもしれないんだよ?」


 今度は、彼女せつなの目から涙が零れた。約半年の間、一度も示す事のなかった反応だった。


「どうする? 貴女が望むなら、私の持つ力を利用して、貴女をまた人間として転生させてあげるよ。そして、今度こそ幸せをつかんでみせるんだね。もっとも、そのサポートはしてあげられないけれどね」


 金髪の少女が見つめるのは、ベッドに寝ている雪菜ではなく、その肉体を見下ろしながら立つ少女だった。


「そうだね。彼の幸せを願うあまり、苦しめていたのかな、私は?」


「さあね。私には分からないよ。で、どうする?」


 金髪の少女――天使――の問いかけに、岩月雪菜の魂は答えた。


「お願いします。私は、今度こそ、幸せをつかんでみせるよ。人として、お姉ちゃんの妹としても、ね」


 微笑みかけられた少女は、微笑み返した。これが、二人の最後の会話だと分かっていながら。


「じゃあ、逝ってらっしゃい、私の可愛い雪菜いもうと


「逝ってくるね、私の大好きな天使おねえちゃん


 そして、その場から岩月雪菜の魂は消えた。彼女の肉体もまた、呼吸を止めたのだった。




「あーあ、人間にあんなに肩入れしちゃうなんて、私も天使失格かなあ……?」


 彼女もまた、自分の肉体が崩れ去ろうとしているのを感じていた。


「流石に、本来出会う筈のない二人をまた同じ世界の同時代に転生させるのは、無理だったかなあ……?」


 それでも、彼女の言葉に後悔の色はない。その顔には、肉体が崩れて行く苦痛の中でも笑顔が浮かんでいた。


「私の大好きなせつなと、私の心を動かした少年なおとの二人が、今度こそ幸せになってくれるといいな……」


 その言葉を最後に、一人の天使がこの世界から完全に消滅した。肉体さえ残らぬ死であった。






――――※※※※――――


 この二週間ほど、夕暮れに染まる教室で、ギターの練習に明け暮れる彼をずっと見ていた、彼にばれないように。彼が放課後、教室でギターの練習をしているのを知ったのは偶然だった。生徒会の用事が終わってから忘れ物をしていた事に気付いて取りに戻ったところ、彼がギターの練習をしているところに出くわしたのだ。

 同級生でありながら、挨拶以外、ほとんど会話らしい会話もした事がない男子生徒、神代直斗。この高校に入学して、彼の事を知ってからというもの、強烈に彼に惹かれていた。顔が特別いいわけでもなく、成績が優秀なワケでもなく、少し面白いだけの彼に何故こんなにも心惹かれるのだろう? 分からない事だらけだった。まるで、私ではない私が彼に惹かれているような感じでモヤモヤしていた。

 この二週間ほど、何度も何度も同じところで引っかかって先に進めないでいたが、今日はそこをクリアーして、一曲弾ききる事が出来たようだ。


「やった、何とか一曲弾ききる事が出来たぞ……!!」


 ガッツポーズを決める神代君。その姿を見て、急に思い出した。まるで、記憶の扉が開いたかのように。

 ああ、そうか。あの時、私をかばって刺されて死んだ彼なんだ。同じ名前なだけでなく、同じ魂を持っているんだ。だから、私が、私ではない私がこんなにも心惹かれていたんだ。

 急に思い出したからか、教室の扉に頭をぶつけてしまった。痛い……。


「だ、誰? 誰かいるのか……?」


 ばれちゃったらしい。覚悟を決めて私は彼の前に姿を見せる事にした。


「ゴメンゴメン。でも、ようやく一曲最初から最後まで弾ききれたね。おめでとう」


 恥ずかしさを紛らわせるためにも、拍手のおまけつきで。余計恥ずかしい気がするけど、気にしちゃ負けだよね、うん。


「せ、生徒会長……?」


「クラスメイトなんだし、生徒会長なんて肩書では呼んで欲しくない、かな……?

 私の名前、憶えている?」


 委員長とか生徒会長って呼ばれるって、最悪名前を憶えて貰っていない可能性があるよね。クラスメイトに名前どころか名字さえ覚えて貰ってなければ、流石にイタイ、よね……。


「お、覚えているよ、もちろん!!」


 ……目が泳いでいるんですけど。これは、期待薄かなあ……?


「せ……、岩月さん、だろ?」


 何で言い直したんだろう? まあ、いいかな。名字まで覚えて貰ってないワケではないみたいだし。


「ね、もう一回、さっきの曲、弾いてよ。何だか、懐かしい感じのする曲なんだよね」


 時々ギターを弾きながら口ずさんでいたから、なんて言う曲かは知っているんだけどね、検索したし。


「え? 分かるの? あれ、九十年代の歌なんだけどなあ……。ま、最近じゃ車か何かのCMソングで他の歌手にカバーされているからそっちの方で聞き覚えがあるのかもしれないな……」


 嫌々ながらも、私のお願いを聞き入れてくれ、彼は椅子に腰かけ、ギターを弾き出した。流れ出すのは、懐かしい旋律。私は隣の席に腰かけ、彼のギターに合わせて、歌を口にした。歌詞まで検索し、CDも借りただなんて、恥ずかしくて言えないけど、彼は私が歌いだした事に驚きながらも、曲を奏で続けてくれた。

 やがて、曲が終わった。何とも言えない感覚が私を包み込んだ。特に会話が弾む事もなく、私達はただ、余韻に浸ろうとしていた。ただ、その時間は長くは続かなかった。見まわりに来た教師に教室から追い出されてしまったのだ。




 一緒に最寄駅まで歩き、同じ電車に乗る。

 その間に、色んな話をした。それまで挨拶以外の会話らしい会話をしてこなかったと言うのに、会話が弾んだ。時間が経つのさえ忘れていたかもしれないくらいに。





 

 この日、私達はようやく“友達”になったんだ。

 これから先、どうなるかは分からないけれど、私の、ううん、私達の人生はまだ、始まったばかりだ――。


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