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アイルツァーネの掟   作者: 獄炎の魔術師
第一章 アイルツァーネの掟
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昼下がりの丘

太陽が頂上を降りてきた頃、気分転換に外を歩いていた。長いこと帰ってこなかったふるさとは、その景観こそ代わり映えのしない思い出のソレであったが、出会う人々は全く様変わりしていた。

当たり前のことではある。僕が王都で過ごしてきた数年の間、この村の時間が止まることはあり得ないからだ。しかしそれでも、友人や近所の人々と顔を合わせる度に、その変化に戸惑ってしまう。

後ろめたい気持ちがあるわけではないが、勝手に疎外感にさいなまれていたのかもしれない。気がつけば村の喧騒から離れて、あの丘へと目指していた。


「ん?」


坂を登りながら、彼女が居ることを予測していなかったわけではない。だから、頂上についたときにその姿をみたことに驚きはしなかったが、わずかな疑問を持ち、それを口にした。


「遠出はそんなに重労働か?」


育ちのいい馬の隣で、肩を動かしながら呼吸をする彼女は、僕の存在に気づいてか、汗を手の甲で拭って涼しい笑顔で応える。


「見張りの目はいつだって厳しいからね、色々な汗をかくのよ?」


「驚いたよ。お姫様が汗をかくことも、それを布で拭わないこともね」


「毎日毎日抜け出したらそうなるものよ」


「とことん迷惑な人だな」


「自覚してるわ。直す気はないけど」


やや傾き始めた太陽が彼女を照らす。晩夏の日差しはそれでも熱く、その陽を笑顔で受け止める彼女は神々しくも思えた。


「ここが好きなのか?」


目が合うことを照れ臭く感じてしまい、思わず適当な話題を振り目線をはずす。


「えぇ、好きよ。大好き」


「大がつくほど好きなのか」


「もちろん。風はきもちいいし、陽射しも近く感じられる。草の青い匂いもあるし、なにより村のすべてが見える。素晴らしい場所だわ」


それに、と一拍置いてから、彼女は再び口を開く


「君にも会えるしね。ヘイネス」


彼女の顔を見ようとは思わなかった。自分の情けない顔を見せるわけにはいかなかったから。


「…それは、光栄なことだ」


苦し紛れの僕の応答に、涼やかな笑い声で彼女は応えた。


「そうは思ってくれてないでしょ?ねぇ、ヘイネス。あなたの話を聞かせてちょうだい。あなたが学んできたこと、王都での話を」


「唐突だな。なんでまた、そんなことを知りたがるんだ?」


「私たちの事を、君は結構知っているじゃない。私だって君のことを知らないと不公平じゃないか」


「お互いのことを知らなくても知り合うことはできるだろう」


「それは屁理屈だよ。ヘイネス」


「そうだな。屁理屈だ。フュリアーネ」


むむむ。と唸る声が聞こえた。僕は未だに、村の景色を見続けている。


「では、こうしよう。取引だ。君のことを話してもらえないなら、私は君の隣近所友人その他大勢に、君のあることないことを吹き込もう」


「それは取引ではなく脅迫だ」


「同じようなものよ。しかし私は約束は必ず守る。たから取引になるんだ」


思わず彼女の方へ振り向いたら、誇らしげに胸を張っていた。誇れることではない。


「僕の方に旨味のない取引だ。条件を変えてくれ」


「ふむ。値切り交渉か。応じよう。ならば私のことをフュリアと呼ぶ。これでどうだろうか?」


「畏れ多すぎるぞ!誰かに聞かれてみろ、捕まるどころじゃない!」


「そうか…しかし、私に提示できる品はこれくらいしかない。君の話ができないのなら、そちらを選んでくれ」


にやりと笑う彼女は、到底気品のある王族の娘とは思えないほどの無邪気さがあった。僕のいた頃から様々な人間と面識を持っていたのだから、彼女が噂を撒けばそれは真実になるだろう。ただでさえ居場所のない現状が、これ以上悪化するのはどうしても避けたいところだ。

しかし、


「交渉決裂だな。取引には応じないよ」


「え?それでいいの?」


「例えここで約束しなくたって、あんたはそんなあくどいことはしないだろうさ」


「それはわからないじゃない。私の悪行は実は──」


「少なくとも、父さんは小狡い人とは付き合わない人だった。僕はあんたの幼い頃を知らないが、父さんの事は信じる。だから、こんな取引はしないよ」


そういい放つと、丘には風だけが音を鳴らした。そして、そうか。と彼女が言った。小さなその呟きは、どんな解釈もできたから、どうとも受けとることはできなかった。


「ヘイネス、君は優しい人だな」


「そんなことはない」


「そんなことはないなんてことはない。粗野で冷たい体裁を取り繕っているが、芯の部分は情に厚く、何かを捨て置くことなんてできないでしょうね。言うなれば、気づいているかどうかはわからないけど、その鈍さをどうにかした方が良いのかもしれない」


「鈍いって…なんの話だ?」


「いや、独り言だ気にしないで。しかし、交渉決裂とは、思いもよらなかったわ。それなら私は私なりに、あなたのことを調べてみるとするかな」


そういうと彼女は、優雅に愛馬のもとへ歩き、帰り支度を始める。


「なんだ、もう帰るのか」


「思い立ったらすぐに行動よ。先延ばしにしててもなんにも始まらないわ。それに──、残ってる時間も少ないしね」


馬に跨がり、別れの挨拶を告げると、彼女は振り返らずに去っていった。蹄の音がなくなると、そこには自然の音だけが残る。


「残された時間、か。。。」


自分は、なんのために、今ここにいるのか、フュリアーネの姿を見ると、そのことを考えてしまう。

いずれ生け贄にされてしまう彼女は、来るべくその日に後悔をしないよう生きているのだろう。では、僕は?

既に後悔だらけで、ほとんどのものを失ってしまった。こんな状態で、何故魔女の真相を暴こうとしているのか。それができたとしても、もう、なにもかも元通りにはならないのに。

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