動き出した若者達
「邪魔するよ。親不孝者はいるかい?」
バカでかい声が木造の家を震わせる。天井から埃が落ちてきそうなほど、木製の扉が勢いよく壁にぶつかる。俺は何時ものこととは思いつつも慣れないその声に戦きつつ、次に来る無理難題に備えるべく身をただす。
「へいへい、アネゴ。ここには俺しかござんせん」
緋色の長髪は少し前からずいぶんしなやかになった。なんでも、へイネスが王都から油を送ってきたらしい。そのときのアネゴの喜びかたは乙女とゴリラのコラボレーションとよべるほど恐ろしく、照れ隠しで肋骨にヒビを入れられるまで止まることはなかった。
アイツは何気なく送ったつもりだろうが、アネゴがそう受けとるには些か無理がある。アイツのこととなると直ぐに顔を赤くするような純情者だからだ。
「そうか、リーネちゃんにも会いたかったんだがな」
「妹はまだ寝てますよ。俺が留守の間に入った案件を朝まで処理してましてね。で、何の用です?またなにか壊しましたか?」
「失礼な。今回は割りと重大な案件だぞ」
「へー。アネゴ、一体どんな依頼です」
「聞いて驚くなよ、アルナス」
アネゴは得意気に鼻をならして迫る。
「王都の鉄、それも質の良い鉄を運搬してもらいたい!」
嬉々として振り上げた拳がズドンと木製の受付テーブルに降ろされる。メキリ、と嫌な音をたててわずかに軋んだ我が家の商売道具。切なさを感じること禁じ得ない。
「アネゴ、とりあえず修理代は後で…」
「すまない」
「まぁ、大した危険そうな案件でもないので受けますけど、俺は専業のアネゴと違って、真贋の目利き位しか出来ませんよ?」
「いや、それで良いんだ。既に鉄を買う算段はついているからな」
「ほほー。アネゴにしては手際が良いですな」
「殴り倒すぞ。まぁ、今回は大事な要請だからな。それでだが、鉄を売る商人が、こちらを田舎者だと侮って注文とは別のを出しかねない」
「なるほど、それなら極端に質の悪いものか、本物か程度で良い、と」
「そうだ、素人ならいざ知らず、お前なら真と贋の区別なら出来るだろう?」
「まぁ一応。しかし、なぜアネゴが行かないんです?」
「ちょっと難しいことが多くてね、まだまだ練らなきゃいけない部分を考えると、外に出るわけにはいかないんだ」
「そいつぁまた、大層な案件ですな」
幼馴染みの贔屓目かもしれないが、アネゴの腕は相当なものだ。村では敵う職人はいないし、王都の品と比べても劣らない品もあったりする。そんなアネゴが時間を要する依頼となると…
「村長からの依頼、ですかね?」
言葉の意味を理解して、アネゴは眉を潜める。
「依頼主の詮索は感心しないなぁ」
「おっとすみません。あくまでも幼馴染みとしての興味程度と考えてください。答えても答えなくても大丈夫っす」
おどけて返すと、アネゴはポリポリと頬をかき、言うべきか言わざるべきか、悩んでいた。
「んー、どこまで言って良いのかわからんが、そうだな。アタシの友達の依頼ってな感じかな…?あとは察してくれ」
照れ笑いを隠すつもりもないらしく、にへらとアネゴが笑う。察してくれとは言われたものの、アネゴが頬の緩ませるほどの友人なんて、俺は一人しか知らない。しかし、ヘイネスがアネゴに物騒なものを依頼するのは、前に会ったときの話し振りからして有り得ない。結局のところ、分からずじまいだ。
「まぁいいや。納期はいつです?王都からの往復なら、荷物の重さもあるから、二週間は最低でもかかります。幸い他の依頼はリーネでもできる簡単なやつなんで、明日にでも出発はできますが」
「急いでくれる分にはありがたいが、今回ばかしは慎重にやってくれて構わないよ。三週間くらいでどうだい?これ、依頼量ね」
ドスンと重みのある音が、目の前の布袋から鳴る。その音からして中身はかなり入っている。
「毎度ありがとうございます。それじゃあ、早々に準備をして、ゆっくりと行ってきますよ」
「任せたぞ、アルナス」
「へいへい」
俺の言葉を聞く前にアネゴは踵を返して去っていった。その足取りは軽く、はた目から見ても上機嫌を隠す素振りもない。
アネゴは金に無頓着だ、報酬の額の多寡で心境の変化などはしない。となると、やはり依頼されることに嬉しさを感じる人間でなければならない。そしてその人間がへイネス以外となると…?
「あの人、かな?」
何故、今ごろになってそれが必要なのかはわからなかった。が、アネゴにそれを求めても不思議はない。俺は推測もほどほどに切り上げて、大きく伸びをする。
「さてと、メシでもつくりますか」
起きてくるであろう奔放な妹のために、動くとしよう。それから、準備をはじめても遅くはない。