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アイルツァーネの掟   作者: 獄炎の魔術師
第一章 アイルツァーネの掟
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笑顔の理由

「よっ!元気か?」


翌日の朝、日も登り始めた頃に、アルナスがやってきた。革の袋を背負っているため、依頼していた物を持ってきてくれたようだ。


「悪いな、わざわざ直接王都まで行ってもらって」


「なぁに、報酬を貰えればいいんだよ。それに…」


荷を受け渡しながら、いつも軽快なアルナスが神妙な顔つきになる。


「こいつぁ流石に、他の奴には頼めないだろうよ」


袋の中から大量の本が出てくる。そのどれもが、この村にある歴史や、地理、そして魔女についての記述がある本だ。王都の大図書館から取り寄せてもらった。


「中身は俺にはよくわかんないだろうけどよ。もしかしてお前、魔女を見つける気か?」


「…あぁ」


「おいおい、そういうのは人前で言うんじゃねぇよ」


「ここにはアルナスしかいないだろ?」


「俺がチクることは考えないのかよ」


「まぁな」


事も無げに言うと、アルナスはこめかみに手をあてて唸った。


「まぁ言わないけどな!言わないけど!でもよ、もうちったぁ慎重になれよ?俺は嫌だからな、おめぇが捕まったりすんの!」


小柄の身体を大きく振り、小さく跳ねた栗毛が揺れる。何でも屋というよくわからない仕事をしているが、昔から義理堅い良い奴だ。


「これでも結構慎重だよ。あと、その事で一つ、お願いが得るんだが、いいか?」


「仕事じゃなくてお願いか、内容次第だな」


「俺がしていることは、アリッサには言わないでくれ。勿論、俺からも言うつもりはない」


「…そいつぁ、アネゴに対する配慮かい?」


「まぁ、な。もとより嘘のつけない性格だ。知ってしまったら色々と悩むだろうし、それが表に出かねない。なにより、アイツには無関係のことだからな」


「無関係、ねぇ…。アネゴはそうは思わないだろうけどな」


「とにかく頼む」


「まぁいいけどさ。不満な点がひとつある」


「なんだ?」


「俺は!?」


「…は?」


「俺は良いのかよ!なんだよこの差は!?」


あー。なるほど。


「子供の頃からさ、怒られるときはいつも俺らだったじゃないか」


「見つかったら首が危ないようなイタズラなんてやったことねーよ!」


「仕事として受けてくれたじゃないか」


「おうともさ!受けたよ!確かにこれは仕事だよ!だからヤバくなったら絶対俺に知らせろよ?真っ先にトンズラこいてやるからよ!」


ふんっ!と大きく鼻をならして、アルナスは出ていった。結局のところ心配してくれているのだろう。アリッサといい、アルナスといい、村の人間たちの人の良さには本当に感謝しても足りないくらいだ。


「だからこそ、これ以上迷惑かけるわけにもいかないな」


独り言は静かに響く。しかし僕には、ここにいた家族たちが頷いてくれたように感じた。


――


朝の村の喧騒とは反対に、私の部屋は気味が悪いくらい静かだ。

広い、私には広すぎる部屋。豪奢な敷物に王都の気品がそのままにある箪笥。一人では寂しすぎるほどに広いベッド。そのどれもが、私に孤独を感じさせる。

御母様は質素倹約を是とする方だった。王女とはいえ、私たちの住むこの土地には大きい<村>程度の規模だ。財政も良いわけではない。そのため、最低限、対外的な応対で失礼がない程度、身の回りを整えるだけで、他はすべて村民に還元できるよう計らっていた。

だからこそ、御母様の御部屋は不思議な落ち着きがあった。三人では狭いベッドも、寄せあえば自然と笑顔になった。少し立て付けが悪い窓も、開け方のコツを見つけるだけで、より愛おしく感じた。綻びのある絨毯と同じ色の糸を買いに出掛けたときは、心が躍った。

私が御母様の御部屋を希う理由。それは多分、家族と共にいられる場所として、存在していたからだろう。それを知っているだけに、今の部屋は、虚飾にまみれた、張りぼてのソレにしか見えないのだ。

一度、そのすべての調度品を売り払い、御母様に倣おうとした。しかし、村長は頑として承知せず、不満があるならば他の物を取り揃えようと提案され、慌てて却下した。


溜め息が漏れてしまう。私たち二人は本当に人形のようになってしまったのだと実感してしまうと、途端に体が重くなる。


「なにかお悩みですか?」


傍に立っていたヒルダが、口を開く。普段は給仕しか行わず、滅多に話すことはないが、私の変化には敏感に反応する。御母様と同じ濃紺の髪はきれいに短く整えられていて、少し鋭い目付きと、メイド服もあいまって、それは1つの芸術品か何かのように、完成された姿をしている。正直のところ、私のような子供っぽい体躯には、スラッとしたその姿が憧れでもある。


「ええ、ちょっとね。貴方みたいになれればなぁって」


「お戯れを、村の中心たる貴女様が、御冗談でもそのようなことを仰ってはいけません」


一切表情を変えることなく諭される。私は彼女が感情を表に出したところをみたことがない。


「ヒルダ、笑ってみて」


「なぜでしょうか?」


「笑った顔を見てみたいの」


「可笑しいことがないのに笑うことはできませんよ」


「意外とケチなのね、ヒルダは」


「そのような言葉遣いは王族にふさわしくありませんよ」


「いいじゃない、こんなときくらい使ったって」


「公の場で口を滑らせようものなら、笑われてしまいます。いつ、どんなときでも、注意を払ってください」


「…。それで?笑ってくれないのかしら?」


「そこまで御執着するほどのものでしょうか?」


「もちろん。自覚がないと思うけど、ヒルダはすごく綺麗なのよ?だから勿体ないじゃない」


「御言葉ですが、私の笑顔には価値などございません。私には見出だせません。ですので、私は笑わないのだと思います」


「…つまんないの」


「申し訳ございません」


「いいのよ。別に、言ってみただけだから。それに、これからも聞いてみるつもりだし、謝ってたらきりがなくなるわよ?」


そう言ってヒルダの顔を見たとき、ほんの一瞬だけ、困った顔をした彼女が見えた。私は、それだけで十分だった。



――


姫様が紅茶を所望したことを理由に、部屋から出る。その豪奢な部屋とはうってかわって、この建物の廊下などは陰鬱な雰囲気を醸し出している。補修などはしているらしいが、古くから王族が住み続けてきただけに、その辛み恨みなどがこびりついているのかもしれない。


「おや、そこにいるのは王女付きのメイドかな」


廊下の闇から現れたかのように、皺だらけの老人が音もなくやってくる。私は無言で礼をする。


「お勤めご苦労。して、“王女様の様子は如何かな?”」


老人がその醜悪な面をさらに皺だらけにして、笑いながら問う。下品に着飾った服の内側から、金の音をならしながら、袋を取り出す。すれ違い様に、その袋を受け取り、老人にのみ聞こえる程度の声で呟く。


「いただいたお薬は常に服用させております。ご安心を」


振り向かず、私は調理場へむかう。老人は廊下に響くほどの笑い声を、いつまでも撒き散らしていた。

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