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アイルツァーネの掟   作者: 獄炎の魔術師
第一章 アイルツァーネの掟
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誓いの夜

僕を先頭に、三人で夜道を歩く。後ろにはアリッサとフュリアーネが続く。アリッサは彼女を外に連れ出すことに消極的だった。


「人に見られたらどうするんだよ!」


とのことだか、彼女の放浪癖はほとんどの人間が知っていて、子供の頃から皆が慣れ親しんでいるため、もし見られても密告されることはないだろうと、フュリアーネが事も無げに言った。

それを聞いたアリッサは、口を開けたまま凍ったように動かなくなった。どうやら、王女と親交を持っているのは自分だけだと勘違いしていたらしい。話をするときに随分重々しく話すなと思っていたら、それが理由だったのだろう。


しかし、村長たちに近い人間に出くわすとまずいので、一応外套を纏って顔が隠れるようにはさせた。松明を持ち、村の外へと歩き出す。


「墓地には行かないの?」


「あぁ、あそこにはしたくなかった」


村人に対して思うところは少ないが、どうしても、為政者の管理する場所にはしたくなかった。やがて、村を離れて、森の中へと入っていく。月明かりも遮られ、松明の光りだけが木々を照らす。小さくつけられた目印をもとに、僕は歩き続けた。


「ここだよ」


森の奥、魔女の領域に近い場所に、僅かだが開けた場所がある。そこだけは月明かりも地面を映し、神秘的な雰囲気をかもしだす。


「ここは…そう、か」


何か納得したように、フュリアーネが呟く、アリッサは野良犬がいないか入念にあたりを見回していた。


「昔、よくここに家族皆で来たのさ」


マリアと遊び回り、母さんの弁当を食べ、父さんに虫の取り方や薬草の知識を教わった。そんな思い出の場所だ。


「そうだったの…」


フュリアーネは中央にある、三つの墓碑へと近づく。立派なものではないが、それでも、村の人間の協力によってみすぼらしさはない作りになった。


「おばさま。おじさま。参るのが遅れてしまい、申し訳ございません」


墓の前で膝をつき、同じ高さでポツポツと彼女は話し出した。


「グラーネおばさま。普段から迷惑ばかり御掛けして、それでもいつも笑って許してくださいましたね。いつかその笑顔に報いることが出来ればと、日々を頑張ってきました。このような形で、何も恩返しをしないまま、御別れとなってしまい、本当に、申し訳ございません。貴方から教わったミートパイ、今でも妹の大好物として、時折振る舞っております。私も貴方の料理が大好きでした。」


アリッサが堪らず、うつむいて背を向ける。心なしか、フュリアーネの声も震えている気がした。


「レイオスおじさま。貴方の博識により、私は外の世界を知りました。興味を得ました。村の人間と交流し、その楽しさを知りました。森の豊かさを知りました。この場所は、貴方の家族にも大切な場所だったのですね。そのような場所を、部外者である私にも教えていただけて、本当にありがとうございました。」


松明の燃える音と、彼女の声だけが響く。小さく、アリッサが鼻を啜った。


「マリア、私はあなたとはほとんど会えなかったわね。すごく後悔している。もっと、あなたと話せば良かったって。ごめんなさい。きっと、私たちは友達になれたと思うの。だって、あなたの御両親はとても良い人だから、あなたもきっと、心優しい人だったに違いないわ」


「マリアは、母さんの病気を治そうと、魔女の森に入ったんだ。父さんもそれを追って…」


「…そうだったの…。マリア、あなたの勇気ある行動に、敬意を表します。そして、あなた方を救えなかった無力な私を恥じるばかりです」


胸に手をおき、黙祷をしている。バチリ、と木の爆せる音がした。


「今の私に、この村を統治する権限はない」


長い沈黙の後、フュリアーネは墓碑から目をそらさぬまま、語りだした。


「アイルツァーネは代々、次女が政務を取り仕切り、長女がいるうちはその補佐を行うのが常だが、今では次女のリアーネですら、政から排除されつつあるの」


「村長たち、か?」


「ええ。彼らは先々代の頃から徐々に影響力を強めていったそうよ。そして、御母様とリアーネの代替わりの時に、政務の大半を村長を通してこちらに伝わるように変革を起こした。私も妹も、その行動の真意を掴めずに、信用してしまった。すべては私の不徳からくるものだ」


彼女の拳が強く握られていく。


「表向きは大きな代わりはない。しかし、今の奴らには如何にしてその立場を利用して利益を得るか、ということしか頭にないのよ。奔放なバカ姉はともかく、リアーネには常に監視がついているの。保身に関しても完璧のようね。今の私たちにできることは、調度品を整えることくらいなのよ」


「そう、か」


「自分が情けない。気づいてからでは遅かった。多くのものを奪われて、大切な人すら守れない。アイルツァーネ様が見ていたら嘆くでしょうね。本当に、本当に…」


その先は言葉にはなっていなかった。顔を伏せている彼女の肩は小さく震え、その感情が容易に想像つく。家族をなくしてから、涙も枯れ果てたと思っていたが、彼女の小さな背中を見ていると、再び思い出が蘇り、僕の目頭を熱くさせた。

しばらくの間の静寂。落ち着きを取り戻したフュリアーネが、その涙をぬぐうと、こちらに向き直った。


「…今日は、本当にありがとう」


「…別に…」


「おい、ヘイネス!」


「この場所は、知っているんだろ?」


「え?…ええ。」


「いつでも来てくれて良い。きっと、三人も喜ぶから」


フュリアーネはその言葉を聞くと、涙を滲ませながら笑顔で礼を言った。本当は、僕の方が感謝の意を伝えたかったのだが、うまく言葉にできず、結局なにも言えずに背を向けてしまった。


「帰るぞ」


少なくとも、フュリアーネに対してはすべて誤解をしていた、その後ろめたさが僕にあるのかもしれない。アリッサが慌ててついて来るが、なんとなく歩を緩めるようなことが出来なかった。


――


月明かりに照らされる墓碑。高貴な金髪の少女は、離れていく二人とは別に、もう一度、亡くなった大切な人へと目を向ける。その瞳には決意の色があった。


「おじさま、おばさま。次に来るときは、貴方たちに胸を張って会えるように、私は生きます。マリア、あなたの勇気を、少しだけ分けてください」


木々がざわめき、彼女の髪を揺らす。それを払うことなく、二人の行った道を走り行く。丁度その時、月が雲にかくれ始めていた。

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