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アイルツァーネの掟   作者: 獄炎の魔術師
第一章 アイルツァーネの掟
3/23

過去と発端

母さんが危篤だと知ったのは、王都へ送られてきた、父からの手紙によってだった。直ぐ様、王立大学へ許可をもらい馬を疾走らせ、帰路につく。王都から故郷へは、どんなに急いでも三日はかかる。それ以上急げば馬がもたなくなるから、もどかしくても、ペースを考えなければならなかった。


二日目、故郷から二つとなりの村により、飼い葉と水を求めたとき、同じ宿場に、友人のアルナスがいた。


「もしかして、へイネスか!」


数年ぶりの再開を懐かしむことなく、僕は彼から現状を聞こうとしたが、唇を震わせて目をそらすだけでなにも答えない。もう手遅れなのか。焦燥が身を焦がし、その宿場を出ようとしたとき、慌ててアルナスが僕を止めた。声での制止ならば聞く耳を持たなかったが、自分よりも二回り小さい彼が、体に抱き、必死の形相で止めたために、思わずたじろいだ。


「へイネス、落ち着いて聞いてくれ。グラーネおばさんはまだ大丈夫だ。だけど、今はアイルツァーネには行くな」


「どうしてだよ!間に合わなかったら元も子もないだろ!」


「だけど…!だけどダメなんだよ!」


「理由を言え!」


「…マリアちゃんが、魔女の森に入っちまって…」


「…まさか!」


「…おじさんは、村の人間に黙って、探しに行ったんだ。それが、村長たちに見つかっちまって…」


意識が朦朧とする。今まで張り詰めていた緊張感の糸が切れ、その場に立つことすら出来なくなってしまった。魔女の森への侵入、それは村の掟の中でも最も尊重されるもの。破った場合は厳罰、その殆どが死刑だと聞く。マリアも、父さんもその事は知っていたはずなのに…どうして?


「まさか…魔女の森に…」


「あぁ、おばさんの病を治すのに必要なモノがあったんだ。一刻を争う事態だったから、マリアちゃんは一人で行った。おじさんに話もせずに」


視界が霞む。脳が揺れる。押し上げられるように胃液が逆流し、堪らなくなって戻してしまう。しかし、なにも食べていなかったので、出てくるのは水と胃液だけだった。


「俺らも村長たちに嘆願したんだ。今回は見逃してくれって…事情が事情だ。それに、おばさんだっているのに…」


アルナスの言葉が続かない。頬に涙がつたっている。それだけで、顛末が想像ついた。


「いかなきゃ」


「へイネス、変なことは――」


「母さんが、待ってる…」


もうなにも考えられなかった。なぜこんなことが起きたのか、思考が停止した。その先には、ただ母さんが一人で寂しい思いをしているに違いないと言う、確信だけがあった。

その後に、アルナスがなにか言っていたが、覚えていない、ただただ馬に乗り、故郷を目指した。一夜をどう明かしたのかもわからない。気がつけば僕は、数年ぶりの帰郷をしていた。村の人間の目が僕に集まる。何人かは呼び止めようとしていたのだが、振り払った。やがて母のいる我が家が見えてきたときに、異変に気づいた。汗が滲み出る、暑い、いや、熱い。人混みは増して、怒号とざわめきが交差する。人を押し退けて進む。その先には――


「へイネス…!見るな!」


家の前にたどり着いたとき、アリッサの声がした。視界が広がり、血の巡る音がする。久しぶりの家、母さんは病気だ。僕が看病しなきゃいけないんだ。だのに――


どうして母さんは、血を流して倒れていたのだろう?


――


母さんは自殺をしたらしい。朝、様子を見に来たアリッサが事態に気づいた時には、既に手遅れだったと、後で聞いた。それからの記憶はひどく曖昧だった。彼女が説明するには、僕は家族の葬儀を喪主として行い、そのまま家から出てこなかったようだが、一切の記憶がない。ハッキリと意識にあるのは、夜も明けようとしていた時刻に、ゆっくりと目を冷ましたときだ。呆然と、なぜ自分が故郷の家で寝ているのかを考えていると、ベットの淵に気配があった。夜目を凝らしてみてみれば、ベットに倒れ混むようにアリッサが寝ていた。その姿をみて、血が滲むようにジワジワと、今まで起きたことを思い出した。

父さんとマリアの死、母の自殺、そのすべてを受け入れて、僕は言葉もなく泣き続けた。


家族を失った僕は、もう村に対する未練も執着もなかった。村長が僕のことも連帯責任として罪を着せようとしたが、アルナスやアリッサ、村の人間たちの嘆願で取り消されたらしい。いっそのこと、同じような目に会えば、三人に会える気もしたのに…。


村に滞在して一ヶ月、そろそろ本格的に村を出る準備を始めようとしたとき、僕は彼女と出会った。この村に根付く魔女信仰の犠牲者、フュリアーネ。村を見渡す丘にもう一度いけば、同じ時間に、同じ場所で、昨日とは違う無邪気な笑みで僕に問うた。


「昨日ぶりだね、へイネス。ところで、ご両親は元気かい?」


全身が、煮えたぎるほどの熱さを感じた。

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