暖話
家に帰る頃には、日は暮れかけていた。もう少し出るのが遅れていたら、野宿をしていたかもしれない。
ただでさえ問題視されている中で、そうなってしまえば、監視の目を厳しくなり、動きにくかっただろう。
扉を開ける前に、既に家から明かりが漏れているのが見えた。慣れたことだ。多分、リーネちゃんが夕食がてらに留守番をしてくれているのだろう。
扉を開ければ、美味しそうなスープの匂いが鼻腔をくすぐるが、目の前の光景に呆気に取られ言葉を失った。
「へイネス!どこへ行っていたんだ!」
明かりによって輝く金色の髪を1つにまとめ上げ、水色のワンピースを着た王女が、こちらを見るなり駆け寄ってきたのだから、驚かない方がおかしい。
「森を見に行ってな、転んだ」
辛うじてでた言葉を書き消すように、彼女は捲し立てる。
「転んだくらいでこんな傷になるか!どこもかしこも擦り傷だらけだぞ!」
塗り薬を探しにいこうとするフュリアーネを止めて、包帯を自分で取り、それを適当に巻く。多分、現行の塗り薬が、一番効果があると思ったからだ。
「心配しなくていい。見た目ほど、酷いものじゃない…」
皮肉なことだ、森の薬草の恩恵を、家族ではなく自分が受けることになるなんて…
「…本当に大丈夫か?」
思い詰めた顔をした僕を心配してくれたのか、恐る恐る彼女は聞いてくる。
「…大丈夫だ。それより、さっきまで、これくらいのちっちゃい子が来てなかったか?」
背の事は気にしていないと言っていたので、遠慮無く触れさせていただく。
「え?あ、ああ。ロンベルグの娘さんだな。リーネと言っていたが、会うのは初めてだったわ」
「そうか。いや、ありがとう。長い間なにも口にしていなかったから、先に夕食をとらせてもらう。野党退治の話はそのあとでいいか?」
「構わないが…、へイネス、無理はしなくていいんだぞ?」
キッチンへ向かう足取りすら疲労によって覚束ない僕が、大丈夫だと言っても説得力はないだろう。
「…そうか、そうだな。待っていて申し訳ないが、日を改めてそっちの話はしよう。すまない」
「気にするな。君に倒れられては元も子もないからな。ほら、座っていろ。私が用意するから」
肩に置かれた手は暖かく、心がほだされるのを感じた。
「いつもだったら、そんなことはさせられないと言っていたが、今回は甘えていいか?」
正直、体は相当軋みを上げていた。普段の数十倍は動いたと言っても過言ではない。ましてや怪我もしているのだから、心身ともに疲れはてても不思議ではないのだ。
僕の弱音を聞いて、彼女は少し驚いたようだが、やがてクスリと笑った。気にさわったと思われたのか、彼女はすぐに弁明する。
「いや、すまない。普段からつっけんどんな君が、私に甘えてくれて、なんだか嬉しくなってな」
これからも存分に甘えてくれ。と胸を張る彼女に、思わずため息が出る。
「今日だけだ。本当に、今日だけ」
「なら、今日だけは存分に甘えてくれ」
尚もニコニコと嬉しがる彼女に、もはやなにも言うことはできなかった。