漆黒の少女 四
「なぁに、ヌシも見たじゃろう?あの野蛮人どもを。あれを追い出してほしいのじゃ」
心底迷惑そうにため息をつきながら、持っていた大きめの杖でトントンと肩を叩き、シルフィは話す。
「なにか、困っているのですか?」
「困るもなにも、あやつらのせいで森が荒れておる。それに、妾が散歩しているときに何度も出くわしては面倒じゃて、頼まれてくれるな?」
もとより、そのつもりであっただけに、断る理由はない。
「タダ働き、と言うわけにはいきません」
「治療してやったじゃろう?」
「貸し借りは無くなったはずですよ?」
「ハッハッハ。そうじゃったのぅ」
ポリポリと人差し指で頬を掻きながら、シルフィは思案をする。
「では、少しオマケをしてやろう。奴等を追い散らした暁には、ヌシの望む質問に、必ず1つ、答えてやろう。これでどうだ?」
「もう一声、欲しいところですね」
「あまり欲張るでない。もともとヌシたちも頭を悩ませていた事案じゃろうて」
そこまで知っているとは…、中々に敵う相手では無さそうだ。
「わかりました。それだけいただければこちらとしても嬉しい限りです」
「契約成立じゃな。安心せい、どこぞの馬の骨とは違って、妾は約束を守るぞな」
シルフィは、ぱちんと指をならす。すると、今まで僕を縛り付けていた草木の締め付けが緩んだ。
ゆっくりと体を起こそうとすると、それはシルクの布が重力に則って滑り落ちるように、何の抵抗もなく解ける。
「さて、妾も忙しい。早々に出て村へ帰れ。それくらいのことは可能じゃろ?」
わずかに痛む体を入念に動かしてみれば、確かに、激しい動きでなければ支障はない。
「出口からまっすぐ進めば、ヌシらの村じゃ。まず有り得ないことではあるが、もし道に迷うたら、立ち止まり、木々を見よ、ヌシを導いてくれるじゃろう」
彼女は作業机と思われる場所に椅子を移し、書物に何かを書き始めた。既に僕には興味がないのか、こちらに目を向けることはない。
「何から何まで、ありがとうございます。貴方に対して、多くのことを聞きたい気持ちはありますが、それは次にお会いしたときに致します」
小さく礼をすると、彼女は筆を止め、笑いながらこちらに体を向けた。
「おいおい、質問は1つと言ったはずじゃが?」
その笑顔に、こちらも笑顔で応える。
「ふむ、まぁ良い。妾も久しぶりに面白かったぞ。また来るが良い」
「はい、約束致します」
そう言い残し、扉を開く。そこには既視感を覚えるような、それでいて初めて見る、鬱蒼とした森が広がっていた。彼女の家はまるで森と同化したようにあり、内装と同様に、外見も年期を感じさせる物だった。
言われた通りに、まっすぐ森を歩く。わずかにこぼれる陽射しは、夕暮れの赤いそれであった。寄り道はしない方が良いだろう。夜になる前に、家に帰らなければ。
僕は振り替えること無く、歩き続けた。目印をつけても、こちらが望む形では、どうやっても彼女の家に辿り着くことは出来ないだろうという、不思議な確証があったからだ。
様々な疑問は、今は考えないことにした。