李下に冠を正さず
「断る」
一切考慮せず、僕は即座に否定した。
フュリアーネはまるで断られることを想定していなかったかのように驚嘆した。
「なんと!本の読みすぎで目を悪くしたの?それとも腰か?良い医者を知っているわ、呼んできましょう」
「別にどこも悪くないし医者も必要ない」
「では、どうして?」
わざとらしくわからないふりをする彼女に、大きなため息をつきながらも、大真面目に僕は説明を始める。
「初めに、盗賊退治なんてのは王女自らが出てきてやることじゃない。万が一のことを考えれば、自重するべきだ。
二つ目、僕は生まれてこの方、戦ったことはない。護身用にナイフなどはあるが、護身で盗賊退治なんてできるはずがない。
三つ目、そもそも僕は暇人じゃない。そういった仕事は、村に看板を立てて、体つきの良い大人たちが、報酬をもらってやる仕事だ」
フュリアーネはそれら三つの理由をどれも納得し、僕が話終えると称賛の拍手をした。
「そんなことくらい、アンタはわかっているはずだろう?何故できないんだ?」
そう、ここまでの事柄は、ほとんどの人間が想像つく内容だ。フュリアーネはそれらのことを、考えなくても理解できるほどに賢いはず。
ならば、あえて聞かなければならない理由があるはずだ。乗せられているようでいい気はしないが、聞かざるを得ない状況のため、掘り下げる。
「流石だ、ヘイネス。では先ほど述べた内容を実行できない理由を説明させていただく。
まず、大人たちに募集をかけること。これは難しい。なぜなら、今回の件は、村長たちの合議によって、予算を出さないことが決定したからだ。理由は後で述べる。
二つ目、一つ目の状況によって、私個人で人を集めなければならない。ヘイネス、君のような細身の人間でも、今の私には大切な味方なのだよ。
次に、三つ目だが…。こうなったのは私たちの不徳がなした結果だ。やらなければならないのだよ」
凛とした表情で応える彼女に、目を覆いたくなる。
「笑顔で他人の荷物を持つようなお人好しだな」
王族なのだから、ふんぞり返っていても、誰からも文句は言われないのだろうが、そんなことできる性格ではないようだ。
「で、村長たちはどうして予算を出さないんだ?」
「それなんだが…」
フュリアーネは胸元から紙を取りだし、拡げた。簡易的ではあるが、この村を中心とした、地図が記されていた。
「盗賊が根城にしている場所が分かってな…。現在は、ここにある小さな洞窟にいるようなんだ」
細く白い指がさした場所を見て、体が熱くなった。アイルツァーネの村から北。父さん達が眠っている墓に近いその場所は、魔女の森の間近にあった。
「村長たちは、我々が無闇に魔女を刺激することはない。として、静観を決めたのよ」
フュリアーネの手が、わずかに震えていることを、僕は見逃さなかった。