鍛冶屋の姉と商人の妹
「気が逸るにしても、もう少しなんとかならなかったんですの?」
心底呆れたと言わんばかりのため息をつきながら、リーネは姉と呼び慕うアリッサの髪を洗い流していた。
「ごめん…、早くいかなきゃと思ったらそれ以外考えられなくて…」
「まったく、お姉様たちは器用じゃありませんの」
「リーネ…やっぱりお姉様はこそばゆくって、やめてくれないか?」
「ダメですの。ヘイネスさんに告白のこの字もできなかったらそう呼ぶと決めたのですから、お姉様ができるまで、お姉様と呼びますの」
「ううう…」
アリッサは苦々しい顔をしてなすがままにされている。
「お姉様。お姉様は確かに普通の男の子以上に粗野で男らしいですの。筋肉もたくましく、口調も雑ですの。でも、そんなお姉様も可憐な乙女であることを、わたくしは知っていますの」
饒舌なリーネは、口を動かしたまま手に油をつけて、丁寧にアリッサの髪に滲ませる。
「幸い、今日の感じですと、ヘイネスさんはお姉様の雄々しいところをマイナスとは見ていませんの。ですから、これはビッグチャンスですの。あとは残ったお姉様のチャームポイントである、この緋色の髪と、とってもうらやましいボンボンボーンなこのバストで攻めれば、きっと大丈夫ですの!」
「きっと、かぁ…」
「た、多分ですの」
「えぇー…」
「だ、大丈夫ですの!」
「なんだかなぁ、私は女として見られてるのか、ほとほと不安だよ」
アリッサは小さくうずくまり、足をたたんで丸くなる。
「なぜですの!普段はあんなに男らしいのに、こと恋愛となるとこうもマイナス思考になるのですの!」
「それとこらとは違うんだよぉ…」
「むむむぅ…」
お互いの体を洗ったあとは、湯船に浸かる。幼い頃から親交があり、男たちと遊び疲れて帰ってきたときは、二人でこうしてお風呂に入ってきたので、なにも言わなくても一連の流れに澱みがない。
アルナス家の少し大きめな浴場の天井を、アリッサはぼんやりと眺める。
「あたしにゃ、よくわからんのよ」
ポツリ、と、呟いた言葉を、リーネは無言で聞く
「なんていうのかな…、アイツと、久しぶりに会ってさ、でも、その時にあんなことがあって…。
あたしは、アイツの力になりたかったし、放っておけなかった…」
だけど、と前置きして、尚もアリッサは言葉を繋ぐ。
「それが、友達としてなのか、す、好きな人、だから…とか、どっちなのか、わからない」
「…それは、どちらでもいいのではありませんの?」
「そうかもしれない…。けど、なんか、違うんだ。アイツは色々大変で、大分元気になったけど、でもまだまだ危なっかしくて、そんなときに、色恋のこと考えてて良いんだろうかって、アイツに見透かされたら、呆れられるんじゃないかとか」
「なかなか思い切りがつかない、ということですの?」
「…うん」
「…まぁ、お姉様がそれで良いのでしたら、わたくしが口を出すことではありませんの」
「…ごめん」
「謝ることはありませんの!ただ、一つだけ、妹分からのアドバイスですの!」
「アドバイス?」
「ヘイネスさん、事情が事情だけに、もしかしたらなにも言わずに居なくなってしまうこともありえますの」
「でも、言ってしまえば、それはヘイネスさんの都合ですの」
「…どういうことだい?」
「ですから!どんなことをするも自分で判断をする!ということですの。お姉様が要らぬ気を遣って、想いを隠す必要はありませんの!だから!お姉様の言う''そのとき''ってのがきたら、なにも考えずに言いますの!」
「…うん。ありがとな」
リーネの熱意にほだされたのか、アリッサも柔らかい笑顔で応える。
「うん。それでこそわたくしのお姉様ですの」