寂しさを微笑みに変えて
土砂降りの雨が宿の屋根を打ち、吹き荒れる風が窓を鳴らす。今日は一日中こんな天気だ。夜になっても、収まる気配は一向に見えない。そんな悪天候の中、リーンベルは心地良さそうな寝息を立てて一人ベッドの上で眠っている。彼女の睡眠は何者にも邪魔はできないのだろう。
「今日は良い天気でしたね」
机に向かったまま振り向きもしないミズキの言葉を、アーネストは鼻で笑う。彼はシャワーで濡れた癖のある髪をバスタオルで拭いていた。
「こんな天気なのに? 傘を差しても身体が濡れるほどだった」
「ええ、こんな天気だからです」
「どうして?」
「できるだけ、空を見たくないんだ」
ミズキは寂しそうに話す。
「空は嫌いか?」
「ええ、嫌いです、大嫌い」
アーネストは無言のままミズキの背を見つめた。視線に気が付いたのか、ミズキは机から離れる。リーンベルの寝ているベッドに腰掛けて、ゴム紐で結んでいた赤髪をほどいた。
何気ない一連の動作だが、アーネストは目を離せずにいた。いつ見ても、ミズキの髪をほどく仕草は魅力的で、不用意に彼の胸を打つ。本当は女性ではないかと考えることもしばしばだ。何度見ても、慣れることはない。
「ねえ、アーネスト」ミズキが悪戯な笑みを浮かべる。「僕が死にたいって言ったら、どうしますか?」
彼は髪を拭く手を一瞬止め、細い切れ長の目を見開いた。すぐに手を動かし始めるが、動揺したことはミズキには隠せない。それがわかっているのか、アーネストは少しだけ顔を逸らせ横目でミズキを睨んだ。
「きっと殴るだろうな」
「粗暴だな、君は」
「お前が馬鹿なことを言うからだ」アーネストは溜息をついた。「友人がそんなことを言ったら止めるに決まっているだろう」
「友人? 僕と、君が?」
冗談はやめてくれ、と言わんばかりに顔を歪める。アーネストもミズキの真似をして顔を歪めて見せた。
「それに、止めるのに殴るって可笑しいですよ」
「うるさい。俺は学がないんだ。それくらいの方法しか思い浮かばない」
ふうん、と興味のなさそうな返事。会話が途切れる。いつものことだ。
「寝ます。おやすみなさい。こちらのベッドには入らないでくださいね」
リーンベルの眠るベッドに身を潜らせながらミズキが言った。
「お前がリーンベルと一緒のベッドで寝るのはいいのに、俺がそっちに行くのは駄目なのか」
特に残念といった様子も見せず呟く。
「今日はこの部屋しか空いてなかったんだ、仕方ないでしょう。一番場所を取る君を一人で寝させてあげるんだから我慢してください」それとも、と続ける。「僕たちと一緒に寝たいんですか?」
ふざけて言うミズキに、アーネストは聞こえる様に舌打ちを返した。
会話が終わると、すぐにベッドから規則正しい呼吸音が聞こえてくる。アーネストは自分のベッドに座り込んだ。
「なあ、ミズキ。復讐とやらが終わったら、いや、もちろん復讐なんてさせる気はないし、止めるつもりだ。だけど、ほら、もしだ。もしそれが終わったら、最初に何をしたい?」
返事など期待していなかった。
しばらくの静寂。
ミズキは彼に背を向ける。
「死にたい」
丸まった背中を見つめ、拳で赤髪を小突く。
毛布で隠れたミズキの頬が微かに緩んでいるのをアーネストが知ることはなかった。