食材から推理せよ
「さて、ここで問題です」
バス停で通学に使っているバスの時刻を待っていると、不意に後ろから声を掛けられた。
声の主は、幼馴染の由香里だ。振り返らずとも分かっている。
同じ高校に通う俺達は、待ち合わせをするでもなく、なんとなく一緒の時間のバスに乗って、結果一緒に登校している。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてるよ。何?」
「返事くらいしなさいよ。さて、ここで問題です。私は昨日、スーパーで買い物をしました。買ったのはジャガイモ、ニンジン、牛肉、玉ねぎです。何を作るつもりでしょうか? 制限時間はバスが到着するまでです!」
そこから言い直すのかよ。とは突っ込まない。コイツにはコイツなりのこだわりのような物があるのだろう。
しかも問題の内容は答えたから何かあるような物では無かった。
しかし、凄く難しい問題だとも言える。今言われた食材だけで、何を作るのか予想しろと言うのだ。
ジャガイモ、ニンジン、牛肉、玉ねぎ。これらは食材としては、とてもありきたりで、はっきり言って何にでも使える。
今の食材を全て一度に言ったことから、おそらく一つの料理に対して使われる食材だと予想できるが、何にでも使えるという点が厄介だ。
すでに俺の頭にはいくつかの候補が思い浮かんでいる。
まずは『カレーライス』これが一番の有力候補と言えるだろう。なぜなら今日は金曜日だからだ。金曜の夜にカレーを多めに作れば、次の土曜日は最悪それだけで賄えてしまう。味に少し飽きても水と出汁を入れて、うどんでも追加すればカレーうどんに変化させることもできる。
だが、問題なのはコイツの家は先週の金曜日にカレーをやっている。カレーは美味い。俺からすれば、一週間のスパンを置いてのカレーならなんの問題にもならないが、一般的において、それは少し違うと思われる。よって『カレー』は候補から外さざるを得ない。
つづいて出てくるのは『ハヤシライス』だ。これはカレーとほぼ同じ工程で作成することが出来る。しかし、これも先週カレーをやっている関係で、ご飯に直接かける同系統の物を持ってくることはコイツの性格上無いと思われる。
そう考えると、だいぶ候補が絞られてくる。
俺の中で上がっている候補は『ホワイトシチュー』または『ビーフシチュー』、『肉じゃが』。これらの三つだ。
もちろん、先の食材であれば他にも色々作れるだろう。コンソメを入れてスープにしたりな、だがメイン献立でなければ問題にすることもないはずだ。これで、まさかの味噌汁の具だったと結論付けられたら、さすがに俺も一言文句を言ってやろう。
ただのゴッタ煮であるなら問題にもならない。
ということで、『ホワイトシチュー』『ビーフシチュー』『肉じゃが』の三つというわけだ。
ここから絞るには、他にもヒントが必要だ。ここはひとつ聞いてみるとしよう。
「質問だ。それは由香里としては、白いご飯との相性は良いと思っているか?」
この質問は、かなり個人の意見が入ってしまう質問だが、断固としてホワイトシチューは白いご飯とは合わない。俺は認めない。
ビーフシチューも微妙なところだ。ベストはパンだが、ご飯に合わないかと言われたそうとも言えない。
肉じゃがは言うまでも無い。添えて良し、かけて良しだ。
由香里の意見は――
「ご飯との相性か……私は一緒に食べるのも悪く無いと思うよ。色合い的にも」
曖昧な表現だが、この表現方法なら肉じゃがの線は個人的に消えたな。残りはホワイトシチューとビーフシチューだ。
そして、思わぬ要素が出て来た。色合い。
たしかに食事と言うのは五感の全てを使って楽しむエンターテイメントの極意と言えるだろう。
ビーフシチューと白いご飯。色合い的には合うな。日本人の食事は茶色のおかずと白いご飯の組み合わせは鉄板だ。
ホワイトシチューと白いご飯。シュールだ。いくらなんでも色が白ばかりなんて、何かの宗教的な意味合いでもありそうな配色だ。食べる時は白一色の服でも着用しなければいけないような雰囲気まで漂っている。
答えは出た。
「答えはビーフシチューだ。コレに間違いない」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサーだ」
やたらと間を持たせる由香里。早くしろ、バスが来る。
すでに、一つ前の信号で左折をしようとしているバスが見えているのだ。
「答えは――」
バスが信号を越えて、停留所の前に到着した。
「肉じゃがでした」
俺は驚愕した。そして、驚愕はそこで終わらなかった。
「あんたの家、今日親いないでしょ? 作りに行ってあげるよ」
「なんで知ってんだよ。いいよ別に、ファストフードでも買ってくるから」
「あんたのお母さんに頼まれたのよー。ご飯くらい焚いておいてよね」
思わぬ出来事に閉口するが、少しだけ、ほんの少しだけ、ワクワクしながらバスに乗り込む自分がいた。
FIN
お題
「謎解き」
「バス停」
「肉じゃが」