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第一話:出会い

初めての投稿になります。連載という形は取りたくなかったのですが、早く投稿してみたいとの気持ちが勝りました。いつ続きが出来るかは予想もできません。駄作ですが、よろしく暖かい眼差しで読んでやって下さい。

 病室の窓から望む景色はいつもと変わらない。そこは青々とした精気に満ちている。それを隔てるのは一枚の硝子。

 どんなに強く叩いても割れることはなく、鍵すらないそれは空けることも不可能だ。

 空気は澱み、空調は音もなく動きつづける。

 ブラインドが音を僅かに立てながら下がっていく。

 全ては自動。そこに人はなくただのヒトガタをしたガラクタだけが存在していた。

 病院のホールは閑散としており、その玄関前で男は呟く。

「まったくもってつまらない。」

 少し苛立ちながら、全くの無感情で呟かれたそれは、呪縛として男自身を苦しめる。

 無造作に取り出した煙草に火をつける。肺に紫煙が充たされる。

 煙を吐きながら見つめるのは十三階の一室。太陽が反射して中の様子は分からない。

「つまらないな。」

 そうまた呟いてから煙草を揉み消す。

男を迎えるのは自動ドア。ゆっくりと開かれたそれは男を誘う。

 異界はいとも簡単に、人の力を使わずに交じり合う。

 ドアをぬけ正面のエレベーターに向かう。文字盤には十一階から十五階は記載されていない。

 男は十階のボタンを押すと、ゆっくり目を瞑る。エレベーターの中に設置された鏡が男を映し出していた。

 一瞬の無重力感のあとエレベーターのドアが開く。

 男はゆっくりと目を開き、同じようにゆっくりと歩きだす。その動きはひどく緩慢のようで、隙が一切ないようにも感じる。

 静まりきった廊下を男は靴音を響かせながら進む。メトロロームよりも正確なリズム。まるで世界は男の靴音とともに秒針を動かしているのかと錯覚させる。

 暫くすると世界が止まる。男の前には上へと伸びる階段。

「つまらないな」

 男はまたそう呟いた。

 途中踊り場に出て九十度に折れ曲がる階段を三階分登る。それでも男は息を乱さない。静寂な空気を男の呼吸は乱さない。それは元からないものとして消去された存在。

 革靴と大理石が織りなすシンフォニーだけが形ある音として存在していた。

 ドアをノックする音がシンフォニーに終わりを告げる。

 今から始まるのは大円舞曲。おそらくは、男の唸りと女の喘ぎが交錯する素晴らしいワルツ。

 返事はなく男はため息をつく。

「つまらないな」

 ドアノブに手をかける。鍵がかかっている様子はない。重くも軽くもないドアは音もなく簡単に開いた。

 辺りは一面の闇。白の壁紙に白の絨毯。

家具は白のベッドがあるだけだ。ブラインドから微かに漏れる光がかろうじてそれらが白だと知らせる。

 太陽の光はすでに朱色。数十分も経てば、闇がこの世界を包むであろう。

 男はゆっくりベッドへと近づく。先ほどまでの足音は絨毯のせいで全くしない。ここになって初めて男の呼吸音が聞こえ始める。

 ベッドの上には一人の女。黒く長い髪は扇状に広がる。つむられた切れ長の目は意思の強さを連想させる。

 それに連なる長い睫が小刻みに震えている。人の気配を感じ脳が覚醒しかけているのだろう。それを手伝ってやるように男は軽く頬を叩く。瞼がゆっくりと開かれる。

「あなた誰」

 それが彼女が発した今日初めての言葉だった。

「私が誰であろうと君には関係ないことだ。私には意味がなく、その目的にこそ意味がある。」 彼女は少しも理解出来ない言葉に躊躇いながら答える。

「確かにあなたが誰であろうと私には関係ないわ。

 でも、ここは私の部屋で、あなたは勝手に入ってきた侵入者。それだけで何者かを答える義務があると思いますが、如何?」

 男は神妙に頷き、新しく言葉を繋ぐ。

「確かに道理だな。私の名前は遠野和久。来訪の理由は君を殺しにきた。言うことは以上だ。何か質問は?」

「色々と質問したいことはあるけど。とりあえず私は一条悠。よろしくね、人殺しさん。まず一つ目の質問。どうして私を殺すの?」

 女は薄く微笑みながら首を傾ける。

 長い髪が流れる。彼女の視線が男の瞳を射ぬく。

「人から頼まれた。クライアントの情報はいくらこれから死ぬ者でも答えられないがね。あとは私の趣味だ。」

「あまりいい趣味をお持ちじゃないようね。二つ目の質問。どうしてこの部屋に入れたの?」

「それも守秘義務の範疇だ。悪く思うな。」

 普通にここまでたどり着くなら多くの関門を潜らなけれならない。全自動のシステムは関係者以外を悉く排除する。少なくとも、カードキーと暗証番号、指紋と声紋が登録されていない限り侵入は不可能なはずだ。すなわち不法侵入は不可能。そうすると彼は正規の殺し屋。

「じゃあ三つ目の質問。あなたのクライアントは私のお父様ね。」

 確信に満ちた瞳。そこに戸惑いはなく、悲しみも窺いしれない。死を直前にした時の人間とは思えない。男は思わず唾を飲む。

「生憎それには答えることが出来ない。

 ただ君はガラクタだ。社会に必要とされていない。私は意味の無いものを嫌う。だから君が憎い。

 君はこれからもずっとここにいるつもりか?それこそが真理に対する冒涜。もう一度言おう。君はガラクタだと。」

「ガラクタには存在意義がない?」

「その通り。大人しく死んでくれれば楽で助かるのだが。」

 男は胸ポケットに手を伸ばす。

 そのスーツの下にはおそらく拳銃が隠されているのだろう。彼女は目をつむる。自分の最期に興味がないかのように。

 カシュと音を鳴らし、暗くなりかけた室内をオイルライターが一瞬の火を点す。煙草の匂いがゆっくりと部屋中に侵食していく。煙はゆらゆらと。匂いゆるゆると舞っていく。

 男が取り出したのは拳銃ではなくシガレットケースとライター。

「あなたは常識が無いようですね。健康増進法をご存知ですか?それともここが病室ということをお忘れですか?」

 男は僅かに唇を歪める。

「ここは病室?間違ってもらっては困る。ここは廃棄場だ。つまりは君が言った通り君の部屋ということになる。よって此処は公共施設などではなく法も無意味だ。」

 深く息を吐く。白乳色の紫煙が息をなぞり、やがて漂う。

 男は半分も吸っていない煙草を床に捨てる。白い絨毯はゆっくりと一点を中心に黒い円を作っていく。黒の侵食を止めたのは男の革靴。慌てて消すこともなく足を上に置き、軽く体重をかける。ただそれだけで火は消える。

「最後の質問。なぜ私を起こしたの?」

 彼女は絨毯の焦げにも、部屋に充満した煙草の匂いにも無感情でただ呟く。

「寝たままだとつまらないだろ。大いに抵抗してくれて結構。いい声で啼いてくれ。」

「心底いいご趣味をお持ちじゃないようね。」

 部屋に共鳴するは二つの笑い声。それが途絶えると同時に衝撃音。音は小さく、振動は大きい。窓が大きく揺れる。その震源地は男と女。

 男の手には拳銃ではなくサバイバルナイフ。

 女との距離は二歩で十分お釣りが来る。

 正に必殺の間合い。

 しかしながら男は心臓も喉も狙わない。

 身体の急所は狙わない。彼が殺した死体には致命傷はない。全ての殺人は出血多量による。故にめがけるは彼女の肩口。振るうのではなく、突く。ナイフを振るうはそれが動けなくなるあと。悲鳴を奏でさせるときのみ。大きく一歩踏み込み突き出すだけで、それとの勝負は決まる。全身を筋肉へと変え、肩を大きくうがつ。

 二人は衝突にたじろぐことなく元の位地から動いていない。

 男は自身の肩を押さえ僅かに顔をしかめる。

 女は何もなかったようにベッドから起きる。 その表情に感情はなく、端正な顔立ちを変えることなく男を見つめる。おそらくは何があっても彼女は表情を変えないだろう。どんなに痛く、もがき、苦しむことがあっても。彼女に死が迎えるまでは。

 その端正な容姿はまるで人形。精神を宿さないただのヒトガタ。どの様な言葉で着飾ってもココロがなければだのガラクタだ。

「つまらないわね。次は?」

 抑揚のない彼女の言葉は男を震えさすには十分の威厳がある。

 男は自分の肩に気を遣る。

 自身がイメージした通りに全てがいったはず。 しかし肩から血を流すのは自分だ。

 痛みからして打撃ではない。

 鋭利な何かで刺された痛み。

 腕を伝った朱色の液体は白銀の絨毯を彩る。右肩はすでに死に体。血のせいで滑る右手からナイフを左に持ち変える。

 刃に汚れはなく自身の身体を映し出す。柄は血の朱。刃は白銀。そのナイフはさながらこの部屋の模造のように彩られていく。

 この絨毯が朱に染まる時、刃は彼女の血で朱に染まるだろうか。焦りと苛立ちが男をさえなみ始めていた。

「化け物が。」

 苛立しげに述べる言葉。しかしながら彼女は何も動じない。意味のない言葉。

「先ほどはガラクタと仰っていたようですが?」

「どちらにしても、私の嫌いなものに違いはないがね。」

 女はベッドから出て、カーディガンを羽織るところだ。足元のスリッパはこの場にそぐわない。

 スーツ姿の男とパジャマ姿の女。男はナイフを握り、女は何をするでもなく男を見つめる。

 間合いは先ほどと変わらない。男にとっては最高の距離。武器を持たない彼女は死を待つのみ。

 先ほどまでの遊びとは違う。狙うは心臓。一発でかたをつける。彼女が何をしようとも変わらない必殺をイメージする。全身に緊張感が走る。息を止め、大きく踏み出す。

「死ぬわよ。」

 彼女の声がその瞬間聞こえた。

 先ほどのような衝撃音は聞こえない。男はその声と同時に大きく後ろに飛んだからだ。彼女と闇雲に戦うのは危険だ。そう本能が警笛を鳴らす。

「どうしたのかしら?」

 女は尋ねる。

「私も命は惜しい。」

「殺し屋でも?」

「ああ。他人の命はどうでもいいが、自分のものとなると話は別だ。」

「見逃してもいいわよ。」

 彼女の甘い言葉が鼓膜を振るわせ、脳を惑わす。

「それでも、死ぬのは私だ。任務不履行はそのまま死を意味する。」

「そう。じゃあ私があなたを助けてあげる。私の言うことを聞いてくれるのなら。」

「条件による。」

 男は忌々しげに答える。

「簡単なことよ。私をここから出して。」

「それは簡単なことだが、君はいつまで私を守ってくれる?クライアントは間違いなく私を殺す。」

「とりあえずは一ヶ月。ほとぼりが冷めるまでかしら。」

「良い条件だ。だが一つ忘れていることがある。私は君が嫌いだ。」

「あなたらしくもない発言ですね。もっと利己的な人間だと思っていました。少しだけ時間をあげます。私の話に付き合っていただけますか?」

「その時間は生きられるのだろ?なら聞く以外に選択肢はないな。」

「私はイメージを現実にします。鏡としてね。あなたは私の右肩を刺そうとした。だからあなたは右肩を刺された。良かったですね。殺そうとしなくて。一種の催眠術です。催眠状態の人間はただの木でも、熱された鉄だと信じれば触れたところにみみず腫を起こすそうです。それと同じことです。だから人は私を殺せない。

 人は常にイメージをしてから行動に移す。意識していなくても脳が勝手に身体にイメージを伝えているのですから。無の境涯たりえる者はこの世にいない。いるとしたらそれは人ではなくただの死人です。だからあなたは私を殺せない。あなたは人間だからです。

 これでも私の提案を飲めませんか?」

「自分の手の内を明かしてもいいのか?」

「構いません。私の有利には違いありませんから。」

 優しく話しかける彼女は表情を笑みに変える。

「逃げるだけなら一人だけでも出来る。

 わざわざ君を連れて行くことはない。話を聞いていたら君は後手の攻撃しか出来ない。攻撃されない限りは攻撃出来ないのだろ?」

 女は笑顔のまま答える。

「イメージを現実にすると言いました。私のイメージをそのまま現実に起こすことが出来るとは考えないのですか?」

 男は女をじっと見つめる。彼女の真意はどこにあるのか。右手をスーツの中に差し入れる。肩の痛みに僅かに顔を歪める。取り出したのは煙草だ。火をつけゆっくりと煙を肺に入れる。痛みと紫煙により頭の中は鮮明さを確実に磨きあげる。

「提案を飲もう。後に付いて来い。」

「ご理解戴けて幸いですわ。」

 女はそれ以後何も言わずに男の後を追う。


 男は言った。

「君はこれからもずっとここにいるつもりか。それこそが真理に対する冒涜。」

 彼女はここから逃れる。自身の鳥籠から。何も与えない、危害も善も与えないコンクリートで出来た牢獄から。


 建物から出てくる人影は二つ。殺し屋とガラクタ。二人はこれから外の世界で生きる。今まで経験したことのないことが二人を襲うだろう。それを乗り越え初めてガラクタは人に、殺し屋は人になるのだろう。

 月は中天に登る。月光は二人の影を薄く映し出す。

 二人の物語は始まったばかりだ。

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