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灯火

作者: 雷蔵
掲載日:2013/12/19

 彼は知っていた。彼女の命の灯火が消えかけていたことを。

彼には見えていた。命の灯火が。ある人は大きな火をあげ、またある人はうっすらと静かに燃えているのを。

それはまた彼自身にも見えた。

健康で病気もしなかった彼は、灯火というよりはむしろ炎が燃え盛っていた。

 彼女は知っていた。自分が生まれながらにして病弱であり、自分の人生はすぐに終わるんだということを。

風邪になるだけでも命の危機だというのに、それこそ、インフルエンザにでもかかるものなら命などすぐに失ってしまうほどの病弱であった。


 彼と彼女は小さな田舎の小さな小学校で出逢った。

二人は次第に惹かれていき、そして結ばれていった。

まだその時は、彼には灯火など見えなかった。

 ある晩のこと。彼女は彼に借りていた教科書をそのまま持って帰ってしまったことに家で気づいた。

明日のテストの教科だったので今から届けに行くと言った。

彼は自分が取りに行くと言った。お前は身体が弱いんだから家でゆっくりしていろと。

それでも彼女は自分が持って帰ってしまったんだから悪いのは自分だ。と、聞かなかった。変なところが頑固なので仕方なしに承諾した。

暖かい格好をして、気をつけてくるんだぞと言葉をかけて。

雪の降る晩だった。

彼女は町の小さな診療所へと運ばれた。

外はいつもより寒く、彼女は微熱だった。彼が急いで駆けつけた時、彼女は目を閉じていた。

名前を呼んでも反応はなかった。泣き叫んでも返事はない。その場にがっくりと膝をついた。彼女の親は仕方ないと彼を慰めた。もとからこういう運命になってもおかしくはなかったんだと。

彼女の手を掴んだ。ひんやりと冷えた手を優しく包み込んだ。

すると、途端に彼女の手は暖かさを取り戻し、ゆっくりと目を開けた。

彼にははっきりと見えた。今まで何も見えなかったものが確かに見えた。

彼女の心臓の辺りからかすかな火が見えたのだ。

そして同時に自分の灯火からお互いの手を通して熱が流れてゆくのを感じた。

彼は最初、驚いた。何故見えるのか驚いた。だが、そんなことはどうでもよかった。こうして彼女が戻ってきてくれたことでよかった。

 彼は後にこれは自分だけの特殊なモノなのだと思った。そしてこの火は人の命を具現するものだと。

それは彼女だけではなく、全く知らない人も見ることができた。

次にこの灯火は流し込むことができるとも思った。

あの時、手を握ると確かに感じたのだ。そして彼女は目をしましたのだ。だけどこれは彼女にしかできなかった。ほかの人はできなかった。

悔しいことに、他人の命が弱っていくのを見るだけだったのだ。自分の灯火が燃え盛っている分、余計に悔しかった。特に、親の灯火がゆっくりと消えていくのを見るのは辛かった。


 彼女の火はいつも弱々しく、そよ風でも消してしまいそうなのをいつも見るのは気が滅入った。

それに比べて自分の火はいつも燃え盛り、台風でも消すことができないぐらいのものだった。

でも彼女の手を握ると、彼女の灯火へと自分の灯火を流すことができた。あの冬以来ずっと。だから彼は何十年と彼女に流し込んでいた。

ずっと彼は彼女に流し続けることで彼女を守ってきたのだ。生かせていたのだ。

 彼女は知らなかった。知らなくて当然だった。まさか、自分の命が彼によって生かされているとは。

だから彼女はいつも不思議だった。風邪をひいてとても苦しい時、突然気分が悪くなった時、いつも彼は手を握っていた。そうすると楽になっていた。これは一種の思い込みだと思っていた。


 二人は結婚し、子供を産み、年老いていった。

子供を産む時も彼女の身体は弱いのでとても困難だった。ずっと、ほぼ一日中彼は流し込んでいた。これにはさすがに彼は疲れた。

彼女は年を重ねるほど病弱になっていった。

60をすぎるともう寝たっきりになった。

それでも灯火は何とか燃えていた。彼の灯火も年には勝てない。少しだが弱っていた。

それでも彼は流し込み続けていた。


 彼は知らなかった。この灯火は無限ではないことを。

彼女に流し込む分、彼は減っていくのだ。ただ、彼は人よりも燃えていたので、減りが遅かっただけだ。

病弱になるぶん、流し込む量を増やさなくてはならない。そのぶん、彼の灯火は急速に減っていくのだ。

無限ではないことに気づけなかった彼の手は、ある朝、彼女の手を握ったまま冷たくなっていた。

ほどなくして、彼女も彼を追うように冷たくなった。


 娘である私は彼からいつも灯火の話を聞いていた。

私は嘘だと思っていた。そんなことがあるはずないと。でも、ずっと元気だった彼が突然死んで、ずっと病弱だった彼女がこうも長く生きていられたことを。そして彼が死んですぐに彼女も後を追ったのを。

もしかしたら彼は本当のことを言っていたのかもしれない。

ただ、私が見た光景は、二人とも死んでいるのにお互いに手をギュッと握りあい、安らかに幸せそうな顔をしていたことだ。



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