第1話
アーストライアの人間は基本的にお祭りが好きだ。と、いうよりも酒を飲む機会があれば大歓迎ということなのだろう。結婚式となれば樽入りのワインやビールが振る舞われるし、葬式であっても故人の死を悼む厳粛な儀式の後、やっぱり酒が出てきてどんちゃん騒ぎとなる。騒げば騒ぐほど故人も一緒になって嬉しがるということになっているから、むしろ葬式の方が騒ぎが大きくなる。
アーストライアでは春には独立を祝うお祭りが、秋には自分たちが奴隷から解放されたことを祝ってのお祭りがある。今、アレクを悩ませているのはもうすぐやってくる通称「解放祭」だった。
16歳になったエリザが、元は母方の実家であるエッシェンバッハ家の所領の内の一つだったゲンティアーナ公爵領の持ち主となったのがちょうど3ヶ月ほど前。今はなんとか修復工事の終えた城館がある、ローザという市にとりあえず落ちついていた。アレクも城館内に居室を与えられ、研究に精を出しながら病人を癒したり領民の相談にのったりと魔術師としての仕事をこなしつつエリザに勉学を教えるという多忙な日々を送っていた。十年ぶりに領主が就いたという事もあってか、戦によって荒れ果てていたゲンティアーナ公領も復興しつつある。故郷のイレクスの様に荷物を満載した馬車が通るのを見かけたりすると、アレクは嬉しくなった。
「何を悩んでいるのだ、アレク殿?」
城の中庭にある井戸の側にしつらえられた小さなベンチに座り、大量の書類を膝に載せて考え込んでいるアレクを見て、それまで剣の素振りを行っていたベルトハウトが声をかけてきた。ベルトハウトは姫君の護衛隊長を任されていたが、暇さえあればこうして剣の修練に余念がない。部下として付けられた年若い騎士見習いたちが、彼のことを最近は崇める様にまでなった。
「ああ、ベルトハウト殿。・・・もうすぐ解放祭があるでしょう?そのための準備をどうしようかと思いまして」
「ああ、そういえばもうすぐだったな。ゲンティアーナの領民たちもきっと楽しみにしているだろう」
解放祭というのは普段、辛い労働に苦しむ農民や商人たちにとっては酒を飲んだり、ご馳走を食べたりして大いに楽しむことの出来る良い機会だったが、領地を支配する貴族や騎士にとっては頭痛の種だった。なんせ領主は、領民たちに何らかの娯楽や酒、ご馳走等を提供して彼らの労をねぎらうのが古くからの慣習だからだ。提供された娯楽や飲食物はその後、領民たちの長い間の話の種になるから、下手にケチったりすれば「うちの領主様はケチだ」と恨まれることとなり、かといって大盤振る舞いしすぎれば財布に響く。
「騎士たちに支度金を渡さなければならないのでその計算もあるんですが、ローザで行なわれる解放祭はエリザ様が取り仕切らねばなりませんし、酒やご馳走を安く調達出来れば言うことは無いのですが」
「良い商人を探さなければならないな。ワインやビールに混ぜ物をしないような輩を。よし、俺も探すのを手伝おう」
「あ、いやそうでは無くてですね、私は商人たちを集めて競り買いを行なおうかと」
「競り買い?」
ベルトハウトはぽかんと口を開けた。競り売りというのを聞いたことはあるが、競り買いというのは初めてだ。だが何となくは想像がついた。
「商人たちを集めて酒の値段を提示し、そこから一番割引してくれた商人から買おうと思いまして。あっちこっち巡るのは時間がかかりますので一堂に集めようかと」
「だが酒商人ギルドが怒るんじゃないか?あの手の連中がそういったことを厳しく取り決めて利益を得ているのは知っているだろう」
「そうなんですよねえ・・・・・・」
また考え込んでしまったアレクを見て、一瞬ベルトハウトは逡巡したが意を決し、アレクの隣にそっと腰掛けた。漂って来る香や薬品の入り混じった匂いに心臓が高鳴る。そのまま手を伸ばして書類を撫でるアレクの細い指にそっと触れようとしたその途端______。
「魔術師様、お手紙が届いております」
召使いのうちの1人が銀の盆の上に一通の封書を載せ、捧げ持って登場した。アレクがはっと我に返り顔を上げる。ベルトハウトはまるで火傷でもしたかの様にその手を慌てて引っ込めた。
「え、ああ。ありがとう」
手紙を受け取り、アレクはそれをさっとナイフで開いて読み始めた。その顔がどんどん険しくなっていく。
「どうかなされたか、アレク殿?」
「いや・・・この手紙、変なんですよ」
「え?」
「叔父宛なんです」