2、何故だろう/少年
――この【夢】を見るようになって、もう何年経つだろうか。
見始めた頃は靄が掛かったような、ただぼんやりとしたものだったと……思う。目が覚めればすぐに忘れてしまう、たいして気にもならないただの夢……
それがいつ頃からか、年に数回程度現れていた【夢】は歳を重ねるにつれて、徐々にその頻度を増やしていった。
そして……それに伴うかのように鮮明さを増していく【光景】
全身にこびりつく【血の匂い】
幾度となく繰り返される【行動】
目覚めても尚、消える事のない――【感触】
重さを増す、得体の知れない――【恐怖】【後悔】【罪悪感】――――
……何度見ても意味の解らない【夢】だな――
**********
『……寿?
ちょっ……お前もしかして、今一瞬寝てた??』
「んっ……さすがにそれは…ない…」
『いや、絶対に寝てただろ……』
携帯の向こうから、望の呆れたように呟く声が聞こえた。どうやら俺は話している途中にも関わらず、自分でも気づかない間に眠っていたらしい。
何かのアニメについて興奮気味に話していたような気がする望には、無意識にとはいえ悪い事をしてしまった。
「悪い……もう一度最初から話してくれないか…? 多分、全然聞いてなかったっぽい……」
『全然聞いてなかったのかよッ!?……じゃなくてっ! 俺が言いたいのはさ、お前最近いつも眠そうだし…どこか悪いんじゃないのかな~って、親友の俺としてはやっぱり心配なわけですよ!』
……どうやら俺は勝手に寝るどころか、余計な心配までかけていたらしい。
確かに…望が言うように、ここ最近頻繁に来るようになった睡魔には少し、困ってはいる。しかし、そこまで深刻に考える程の物でも無いとは思うが…。敢えて言うなら、夢見が悪い事か。
「……眠い以外はなんともない…」
『こちらとしてはその異常な眠さが心配なんだけどっ…?!…まぁとにかくさ、何かあったら遠慮なく言ってくれよな? 』
「ああ……ありがとう」
それからしばらく話した後、『そろそろ風呂に入る』という俺の言葉を合図に、互いに別れを告げて携帯を切った。
「………」
瞬間、部屋はしんと静寂を取り戻す。騒がしい望と話した直後の為か、その静けさはなおさらだ。もう慣れてしまってはいるが。
両親を早くに亡くした俺は、高校に上がると同時に一人でアパートに暮らし始めた。高校の寮に入らなかったのは人付き合いがあまり得意ではないためだ。同じ部屋で同級生と暮らすとか……確実に気疲れして倒れてしまうだろう……と思う。
望はそんな俺にとって不思議と気疲れなどしない、心許せる友人だ。夜に携帯で話すのは習慣のようなものになっている。
「……もう19時か…」
そういえば…まだ何も食べていない。風呂を先に済ませ、いつもより少し遅めの夜食をとることにしたーー
「……いただきます…」
今晩のおかずは、焼きサンマに茄の味噌汁。ちょっと物足りないが、一人だとこんなもんだろうか。今月は金銭的に厳しい……自炊は大切だ。幸い、料理を作るのは嫌いではない。
「…………………」
ふと、このところ習慣になりつつある眠気が……今すぐ瞼を下ろす程ではないとはいえ、さすがにこうも頻繁に来られるとまたか、と溜め息が出る。いい加減にしてほしい、本当に。やはり一度、医者に診てもらおうか……しかし、眠いだけで診てもらうのも……それに……何科に行けば……
「……んっ…?」
サンマの小骨が喉に引っ掛かったようだ……おかげで、と言うのもおかしいかもしれないが、取り敢えず睡魔はどこかに行ったらしい。良かった、無駄に眠りたくはない……あの【夢】を見たくはない…………。
「…………」
……いや、もしかすると見たいのかもしれない……解らない、自分でも自分の言っている事が解らない、矛盾している…………もういい、考えないでおこう。考えれば考えるほど解らなくなるのは経験上、解りきっている。なにより、現在一番気になっているのはサンマの小骨だ。
「……取れないな…」
味噌汁で流してみようか。……変化無し、お茶も同様。駄目なのか。箸で摘まむ……のは無理だろうな。危険な上、そもそも小骨が引っ掛かっている正確な位置が把握できていない。 ……となると、やはり残るは定番の……
「ご飯の丸飲みか……!」
思えば俺は小さな頃から、魚を食べる度に骨を引っ掛けているような気がする。一応気を付けている筈なのに、何故だろうか。 ……考え込んでいる間にどうやらご飯丸飲み作戦が功を奏していたらしい。喉の不快感はすっかりなくなっていた。
「よし……………!」
次からは最大限に気を付けながら食べるようにしよう。そっと心に誓い、口の中に放り込んだごはんとサンマに全神経を集中する、失敗は許されない。
……だからだろうか、突如足元に出現したらしい赤い魔方陣のような物や煙、強い光にさえ、俺は全く気付くことが出来なかった――