汗と努力のオトコノコのお話(4)
あーるぴぃじぃ5話目そのよん。レベルとスキルが目に見える世界で、魔法使いかもしれない耳年増なオンナノコと汗と努力のオトコノコのお話。
「理由を聞いても、いい? 委員長くん。単純に好き嫌いの話なんだとしても、なんであたしとタカシくんなのかな。それに、どうして今、なの?」
今日ここに呼ばれたのは、もともとはタカシくんの事情の解決を手助けするためで、その事情の関係者だと榊くんが知っていたから、あたしは立会いみたいな形で呼ばれたのだと思っていたけれど、今の話というか秘密の告白を聞いてしまうと、どちらかといえば榊くん自身の事情を話すためにあたしとタカシくんを呼び出したように感じられる。
誰かに知って欲しいという感情はわからなくもないけれど、それがなぜあたしとタカシくんなのかという必然性がさっぱりわからない。
あたしが魔法を使えるだなんて妙なことも言っていたし、どうにも榊くんの意図がわかり難い。
「……」
あたしの問いに、榊くんはまた黙って背を向けてフェンス越しに校庭を眺めた。
「高橋の方の理由は、単純だよ。困難に挑戦する彼を、手助けしたかったから。そのためには僕の他人に秘密のしていることの一部を、公開する必要があったから」
「じゃあ、あたしの方は?」
「……ごめん。今ここで言うのは、ちょっと恥ずかしい」
拒否られてしまった。……けど、あの、その、そういう態度って、もしかして、えっと、あたし自身に特別な好意があるとか、勘違いしちゃうぞっ?! いいのっ?
もともとどちらかというと好きな部類に入る榊くんが、自分に好意を持っているかもと考えた瞬間に、胸が高鳴った。
でも。
「……ごめん。それは理由の半分かも」
どうやら榊くんの”その場の空気”は現在も発動中らしく、背を向けているくせにあたしの様子をそれとなく察してしまったらしい。
……なんていうか、やっぱり、正直に言ってあまりそういうことをずっとしているのは趣味がよろしくないような気がする。
部分的に肯定されてしまったものの、なんだか急激にしぼんでしまった胸の高鳴りをちょっと残念に思いながらため息をつく。
「委員長くん。正直に言って、あたしそれって趣味悪いと思うよ……?」
鈍感で、朴念仁で、まったくオンナノコの気持ちに気がつかないのもアレだけれど、あまりに察しが良すぎるのもそれはそれであんまりいい感じはしない。
「……うん、ごめん。でも、僕にはもうアビリティを使用しているという意識すらないレベルで自動的なんだ」
榊くんは、こちらに背を向けたまま小さく肩をすくめた。
「でも、すっごいね。常にアビリティの複数同時使用だなんて。趣味の良し悪しはおいといて、単純にすごいと思うよ。それに意識しないでも出来るくらいとか、どんだけスキルあげたらできるんだろう」
一般にはあまり知られていないけれど、実はアビリティ自身にもそのアビリティを使用するスキルというものがあって、アビリティを使用することによってそのスキルが上がっていく。
その結果、アビリティの効果が上がったり、使用に慣れてさほど意識せずに発動できるよう
になったりと様々な恩恵が得られるのだけれど、複数のアビリティを同時に、それと意識しないレベルで使用し続けるというのはやっぱりちょっと、尋常ではない。
「委員長くんって、やっぱりなんでも簡単にこなしちゃうんだね。天才だね」
あたしの何気ない言葉に、榊くんの肩が震えた。
「……新ヶ瀬さんに言われると、ちょっと複雑かな」
榊くんは、ちょっとだけ振り返って、あたしの方をじっと見つめた。
「あまりこういう言い方をしたくはないんだけれど、僕の技能は僕自身の汗と努力の結果で、新ヶ瀬さんが言うほど簡単に身につけたものじゃないんだ」
「え、ごめんなさい」
慌ててあやまったけれど、あたしはなんで榊くんが怒っているのかがよくわからなかった。
端から見ていると榊くんはなんでも簡単にこなしているようにしか見えなかったし、今聞いた話でも、とても普通の人には出来ると思えないことを平然とやっている。それが、天才でなくてなんだというのだろう。
そのあたしの胸中をやっぱり、察してしまったのだろうか。榊くんは、珍しく不機嫌を顔に表したまま、またこちらに背を向けてしまった。
「……ごめんさない。何がそんなに委員長くんを傷つけたのかわからないの」
背中に謝るあたしに、榊くんは一言つぶやいた。
「だって君は、どんな努力でも成し遂げられないことをあっさりと成し遂げてしまう、魔法使いだから。そんな君に天才だなんて言われると、ひどく馬鹿にされたように感じられるんだ。正直に言って僕は……。新ヶ瀬さん、君に劣等感を抱いてるよ」
あたしは、何も言えずにしばらく黙っていた。
ちょっと前にも榊くんはあたしのことを「この学校で唯一、本当の魔法が使える」とか言っていたけれど、ますますもって意味がわからない。尋ねようとしたけれど、あたしのことを拒否するかのような榊くんの背中に何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
すると。
「……なぁ、委員長。聞いてもいいか?」
今まで黙ってあたしと榊くんの会話を聞いていたタカシくんが、ためらいがちに口を開いた。
「ちょっと前にも聞いたけど、新ヶ瀬が魔法使いってどういうことなんだ?」
タカシくんがあたしの顔をじっと見つめるので、ふるふると首を左右に振って答える。
「……」
榊くんはしばらく黙っていたけれど、「後で話すって約束だったしね」とゆっくりとこちらに向き直ってタカシくんの方を見た。
「……高橋は、魔法というのは不思議な力だと答えたよね。じゃあ、新ヶ瀬さんは魔法ってなんだと思う? もしこの世に魔法というものが存在するのならば、それは何だと思う?」
あたしの方を見ずに、問いかけられたのがちょっと嫌だった。
「あたしは……」
普段のなんてこと無い妄想をふと思い出す。
「スキルとか、アビリティなんて概念を成り立たせているもの、それ自体が魔法なんじゃないかなって思うことあるよ」
あたしの答えに、こちらを向くことなく榊くんは小さくうなずいた。
「高橋、これが答えだよ。君は、”目覚まし時計”というアビリティを知っているかな?」
あれ、なんで急にあたしのアビリティの話なんかを。
あたしが首を傾げていると、タカシくんが榊くんの問いにあっさり答えた。
「聞いた事ないけど、名前からして朝起きられるようになるアビリティなのか?」
「その認識で、概ね間違いないと思うよ。でも、このアビリティを習得しているのは今の所この世でただ一人、新ヶ瀬さんだけ、と言ったら僕の言う魔法使いの意味がわかってもらえるかな?」
「え」
「えっ?」
あたしは何を言われたのかよくわからなかった。
確かに、地味なアビリティではあるけれど、まさか、習得しているのがあたしだけなんてそんな馬鹿な話があるわけがない。
……それじゃまるで、あたしが、最初の一人みたいじゃないの。
「新ヶ瀬さんと神原さんの会話が耳に入って、”目覚まし時計”というアビリティがあることを知ったとき、僕も習得してみようと思ったんだよ。意外と便利そうだったしね」
榊くんは、ここでようやくあたしの方をちらりと見た。
「でも、最新版のライブラリにも、一昨年の全世界版の技能大全にも、新ヶ瀬さんが習得したというアビリティと同じものは載っていなかった」
「……なあ、それって単なる見落としとかじゃないのか? 朝起きれるなんて普通にありそうなアビリティだし」
「いや、公的機関に問い合わせもしてみたんだよ。回答は、同種のアビリティは存在しないということだった。過去に習得していた人がいるという記録もないらしい」
榊くんがまたちらりとあたしの方を見た。
「まったく新種のアビリティなんて、ここ何十年か見つかっていないので、公的機関に認められたら、たぶん新ヶ瀬さんの名前は歴史にのこるかもね」
「……すっげえなー。新ヶ瀬」
タカシくんまでもがあたしのを見つめる。
「ねぇ、委員長くん、それ、ほんと?」
あたしは、たまたま偶然で新種のアビリティを発見してしまったと言うのだろうか。
いや全世界の全人類のアビリティとか誰も把握できっこないし、世に数千万とも数億とも、生きている人間の数だけあるとも言われているアビリティではあるけれど、名前が違うだけで概ねいくつかの系統に大別できるものだし、その意味ではアビリティなんてものはだいたい全て、ある種の基本的なアビリティの派生に過ぎない。
その意味で、誰も習得していないアビリティなんてものはそうそう存在するわけが無い。
特殊な家系にしか発現しないアビリティなんてものも世の中にはあるらしいけれど、好きな時間に起きられるなんていうアビリティがそんな特殊な物とも思えない。
だいたい、まったくの新種であるならばあたしのスカウターに表示されるわけが無いし、少なくともあたしの亡くなったひいおばあちゃんは習得していたはずだ。
であるならば、過去に習得していた人がいないなんて榊くんの言葉は疑わしいし、なにか勘違いをしてるんじゃないだろうか。
「ウソは言ってないよ。確かにこの世の全てのアビリティを把握することなんて誰も出来ないだろうけれど、少なくとも公的に存在が認められていないことは確かだ」
言いながら、榊くんは爽やかな笑みを浮かべた。
「……それって、まるで高橋が求めている、”魔法”みたいだとは思わないかな。これまで誰も習得していない、存在すら確認されていないアビリティを習得したっていうのは。そして僕はね、新ヶ瀬さんがたまたま新種のアビリティを発見したんじゃなくて、自分の意思で新しく生み出したんだと思っている」
榊くんが、あたしの顔をじっと見つめながら言う。
「これまで何十年も見つからなかったものをたまたま見つけたというより、新しく生み出したと考える方が筋が通ると思わないかい?」
「……え、じゃあ。もしかして、今この世に存在して無くても、新ヶ瀬なら俺が欲しい魔法のアビリティを作れるってことかっ?」
タカシくんが興奮した声をあげた。
それじゃあまるで、あたしが魔法使いみたいじゃないかっ!
って心の中で叫んで、それからさっきからさ榊くんがそう言っていたことを思い出してぐぐぐと唸る。
「えっとさ、委員長くん。それきっとあたしのこと買いかぶりすぎだよ。あたしが覚えたアビリティはスカウターにちゃんと表示されてるから、少なくとも前の持ち主のひいおばあちゃんが習得してたことは確かだし、あたし何も特別なことはしてないからっ!」
「なぁ、師匠って呼んでいいか、新ヶ瀬!」
空気読まないタカシくんがあたしの両手を握って熱く語ってくきたけれどとりあえず無視をする。
「僕は、僕の直感を信じてる。話がだいぶ戻っちゃってすまないけれど、今のが新ヶ瀬さんと仲良くなりたいもう半分の理由だよ。……僕は、君のその秘密を解き明かしたい」
榊くんは、爽やかな笑みの中に、少しの嫉妬と期待と不安をにじませて、あたしに右手を差し出してきた。
「僕と友達になってくれないかな」
差し出されたその手を、あたしはじっと見つめた。
あたしの両手はなおも師匠、師匠と呼び続けるタカシくんに握られたままで。
「たぶん、それ、勘違いだとおもうよ?」
そう言ったものの、本当に自分にそういう特別な力があるのかもしれないという想像は、意外に心地よいものだった。……年齢的にあたしにも中二病と呼ばれるものが発症してしまっただけなのかものかもしれなかったけれど。
あたしはタカシくんに握られた右手をよいしょと引っこぬいて、スカートで汗を拭った。
それから、差し出されていた榊くんの右手を「ん」と握る。見た目より大きく感じられるその手は、思っていたよりも暖かかった。
「ありがとう」
榊くんが開いている左手をタカシくんの方に差し出すと、何も考えていない様子でタカシくんもその手を左手で握り返した。
「ありがとう」
何度か握手したあと、榊くんは小さく微笑んでそれから「じゃあ、親しくなった記念に、僕の情報を君たちに公開するよ」と言ってスカウターの電源を入れた。
「何度も言うけれど、ここでのことは誰にも内緒にして欲しい。たぶん、クラスのみんなが僕の情報を知りたがると思うけれど、誰にも教えないで欲しい」
言いながら、赤外線通信で情報のやりとりをする。
「約束するぞ」
「わかった。約束する」
言葉にして約束すると、あたしとタカシくんはスカウターで情報を受け取った。
スカウターには、情報の開示レベルを設定できる。制限なしは、他人の全てのスキルやアビリティを見ることが出来る。恋人とか夫婦な関係ならお互いに制限無しなのが一般的だけれど、さすがにお友達のオトコノコ相手に全部公開するのは露出狂じみている。
あたしはお返しとして、とりあえず当たり障りのないレベルの情報公開を許可して榊くんに送信した。
榊くんの方もあまり深いレベルでの公開をする気はないようだったけれど、表示されたその内容にあたしは唖然とした。
……え? これって、どういうこと?
表示された榊くんのレベルは。
「……僕のレベルは、三しかない。これが皆に情報を公開したくない理由だよ」
榊くんは不安をごまかすように、爽やかな笑みを浮かべた。
……あれですよ、適当な思いつきを回収しようとしてアレコレやったら(4)で終わらなかったのですよ。終わらせようと思ったらキリのいいところでもあったのですが、タイトルの「汗と努力」を語るところまでいってないので続くことにしました。話が次の「素敵に無敵なオンナノコのお話」にかぶってきそうでどうしようかと迷ったのですが、(5)まで行きます。