魔法使いになりたいオトコノコのお話
あーるぴぃじぃ2話目。レベルとスキルが目に見える世界で、それでも存在しない魔法使いを目指すオトコノコのお話。
クラスメイトの高橋貴志くんは、ちょっと「お馬鹿」だ。
ただの馬鹿でもカタカナでバカでもなく、「お」をつけて「お馬鹿」なのは、彼が愛すべきお馬鹿さんであるからに他ならない。
あるいは、馬鹿という言葉が良くない響きを与えるいうのであれば、馬鹿がつくほど純粋なのだと言ってしまってもいい。
……あれやっぱり馬鹿がくっついてる?
とにかく、小学校の低学年そのままで体だけ大きくなってしまったような、というかちょっと端から見て「大丈夫かこいつ?」と思ってしまうくらいにバカっぽい(ああまたバカって言っちゃった)、人を疑うことを知らない純真な少年なのであった。あたしのクラスメイトは。
その一例をあげると、彼は未だにサンタクロースの存在を信じている、らしい。
……中学二年生にもなって、だ。
そのことを知ったとき、あたしは”両親イイカゲンに正体バラせよっ!”って、思わず見たことも無いタカシ君のご両親に裏拳でツッコミを入れてしまった。この歳になるまでまったく疑われること無く毎年続けられるというのは、賞賛を通り越してその無邪気さが薄ら寒くすらある。
タカシ君もご両親も、大丈夫かほんとに……。
……ちなみにあたしがサンタの正体を知ったのは、小学三年生のとき、親友の美知子に「あんたまだサンタなんか信じてんのー? わらっちゃうー」と盛大にネタバラシされてしまったせいなのだけれど、そのことが無くたってまさか中学二年になるまでサンタを信じるようなことはなかっただろうと思う。……いえ9歳でも遅いとかいう突っ込みは無用ですよ?
その愛すべきお馬鹿さんであるタカシ君とは、今年初めて同じクラスになった。
彼は女子としてもあまり身長の高い方でないあたしよりやや背が低く、くりくりとした両目はいつも何か面白そうなものを探しているようにきょろきょろとしている、なんだか小動物のような男の子だった。オトコノコに対してはあまり褒め言葉にならないとは思うけれど、初めて見たときの感想は「なんかちっちゃくて可愛い」という感じだった。
ところが始業式後のHR、自己紹介の場で教壇に立った彼はその愛くるしい顔ににこやかな笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「魔法使いにッ、俺はなるッ!」
びしぃ、っとおそらく彼がかっこいいと自分で思っているであろう奇妙なポーズで、まるで海賊王に俺はなる!と言い放つ麦わら帽子のゴムの人みたいなノリで、そう言い放ったのだった。
まさかこれがウワサの中二病というやつなのだろうか……?
中学二年生になったとたんに発病するなんて、なんて律儀なオトコノコなんだろうと思ったのもつかの間。教室を見回すと、一年生の時に彼と同じクラスだったらしい何人かが、ふうやれやれと肩をすくめるのが見えた。どうやら彼を知っている人たちにはおなじみのセリフであったらしい。
「ほう、高橋は魔法使いになりたいのかー」
担任の矢野先生が苦笑混じりにタカシ君をみつめると、
「はい、せんせー! ドーテーのまま三十歳こえたら魔法使えるってほんとっスかっ? せんせ独身だし三十こえてるよな? なんか魔法使えないんですかっ?」
タカシ君はキラキラとした眼差しで矢野先生をみつめかえした。
あー、なんだこいつは。とあたしが思ったのも一瞬のことで。
「おお、見たいか高橋。んじゃちょっとだけ見せてやろうな!」
どうやらノリがいいらしい矢野先生がそんなことをのたまったので、あたしは頭を抱えた。
魔法使いなんて、ネット上で言われているただの不名誉な称号であって、いくらレベルやスキルというものが現実に存在する世の中ではあっても、魔法なんてふざけた技能の存在は今の所確認されていないのだ。
全ての生きとし生けるものにレベルという概念があることが世に知られてから、まだそれほどの年月は経っていない。レベルという概念自体が発見されたのはかなり昔のことであったらしいのだが、その既存の概念を覆すあまりの内容にまったく誰にも相手にされなかったのだ。
とはいえ、昔から「格が違う」という言葉があるように、その道においてそれなりの技量を持つ人同士ではある程度お互いのレベルを見分けることが出来ていたのだろう。
そういった下地があったせいか、レベルというものが存在することが科学的に証明されてからは、意外にすんなりと世間には受け入れられてしまったのだった。
スカウターと呼ばれる機械で定量的にレベル、スキル、アビリティといったものを調べることが出来るようになった現代では、数年置きの国勢調査で全国民のアビリティやスキルなどを調査される。その結果、スキルやアビリティの種類やどれを習得している人が多いかなんていう傾向なんかが発表されるわけなのだが、もちろんそこに魔法使いなんてスキルも載っていなければ、魔法なんてアビリティも載ってはいない。
載ってるのはせいぜい手品スキルくらいだろうと思う。英語だとどっちもMAGICだけどね。
ある意味、魔法や超能力といった超常現象がこの世に存在しないことは、科学で証明されてしまったのであった。
……余談だけど、幽霊が存在することは逆に科学的に証明されちゃったらしいよ?
……まあ、そういうわけで。あたしは矢野先生が何をしようがそれは手品の一種でしかないということはじめからわかっていたのだけれど、タカシ君はどうやらそうではなかったらしい。
タカシ君に期待の眼差しで見つめられた先生は、にやりと笑いながら左手をぐっと握り締めて、手の甲を下に向けた。そして握り締めた手をぱっ、と開いた瞬間、先生の手の平から、ぼっ、と一瞬炎が上がった。
「すっげー!! 炎の魔法か? メラか、ファイアなのか?」
タカシ君が感嘆の声をあげ、教室もざわざわとざわめきだす。
ふう、いい仕事したな、とばかりに額の汗を拭う矢野先生。
「どうだー。俺はオチコボレだからこのくらいしか出来ないけどなー」
うちのクラスで先生のあだ名が矢野・ザ・ウィザードに決定した瞬間であった。
……もっともあたしは先生が左手に隠したライターの頭の部分で、燃えやすい化繊のワタに着火したことは見抜いていたので、それほど驚きはしなかった。
オチコボレと言ってはいたが、手品師としてはそれなりに修行を積んだと見えてその手際はなかなか鮮やかな物だった。矢野・ザ・マジシャンとなら呼んであげてもいいかもしれない。
……なんて思っていたら。
「せんせ、どうやって魔法使いになったんだ?」
「んー、三十歳の誕生日の夜にだな、奇妙な白い獣がやってきて”ボクと契約して魔法使いになってよ!”とか言ってきたんでなー、ちょっとだけ魔法使いやってみた」
先生はおそらく冗談のつもりだったのだろうが、どうやら元ネタを知らなかったらしいタカシ君は、その言葉を鵜呑みにしたらしい。
「すっげー、いいなー。俺もはやく魔法使いになりたいなー! 白い獣こないかなー!」
とおおはしゃぎしたあげくに、クラスのみんなの「やれやれ」という空気に気がつくことなく「お馬鹿」をさらしたのであった。
こうしてタカシ君は、「俺は三十までドーテーを守り抜いて魔法使いになる!」と、ことあるごとに叫ぶようになってしまったのでした。
冗談でやったつもりだったのに、すっかり信じ込んでしまった様子に先生もちょっと困ってしまったようで、ただ苦笑いをするばかり。その後、あたしを含めた教室の皆は、ただ生暖かい目でタカシ君を見守ることに決めたようだった。
……ただ、一人を除いて。
しかし、タカシ君はドーテーって意味わかって叫んでるんだろうか……。
彼のことだから、コウノトリとかキャベツ畑だとかを信じてたとしてもおかしくはなさそうなんだけど……。
ふと彼の方を眺めると、タカシ君は子供向けの魔女っ子モノの魔法のステッキを振り回しながら適当に魔法の呪文らしきものを唱えていた。
……うん、やっぱりお馬鹿。