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“忠猫”鈴木さん

作者: 千紫紅

鈴木さんはカッコイイ、忠猫です(笑)


「鈴木さん、すーずーきーさぁーん」


情けない声で騒ぐなよ、この戯け。

私に気安く触れようとした男の手をすり抜けて威嚇する。

あぁ、コヤツと2人きりとは・・・我慢ならん!!

性懲りもなく、伸ばしてきた手を尻尾でバシッと叩き落とし、ついでに自慢の鋭い爪を見せつける。くぅっ!心のままに行動できるのならば今すぐにでも顔面を引っ掻きまわし、血だらけにしてやるものを。


そもそも、何故この男が我が主とこの私――1人と1匹だけの愛の巣に存在するのか・・・。思いだしただけでも爪が出る。

私がしてきた幾度もの妨害にもめげずに粘って2年――我が敬愛なる主殿の「恋人」なんぞに恐れ多くも治まりよったこの男、今では堂々と合鍵を使って家に上がり込んでくる始末。ぇえいっ!これは悪夢か天変地異かっ!?誠に忌々しい限りだ!!

腹立ち紛れに、研ぎ澄まされた爪を全開にして男の元に歩みよる。



「す、鈴木さん、その構えは――!」

「シャァアアアッ!!」

「ちょっ、やめろ!」



ふんっ。泣け、喚け、そして私を崇め奉れ!!

ほれほれっ!!必殺パンチのお見舞いじゃっ!


「ただいまぁ~・・・って。こんなところで寝ころんで何をしているんですか、明さん?」

「実子ちゃんお帰り――いやぁ、鈴木さんが離してくれなくてね」

「むぅ――2人してズルイ。私のことも忘れないで下さいね?」

むっ!勿論だ主殿。私が主殿のことを忘れるなどという愚行は過去にも未来にも有り得んっ!!そう誓おう。今誓おう。未来永劫私の主は貴女だけである、と。


キリリッと姿勢を正して見せた私に主殿の、たおやかな細腕が伸びる。来るっ!至福の時が。拷問と言っても過言ではない時を過ごした私にとって主殿とのスキンシップは待ちに待った清浄の時!!


私を優しくゆっくりと撫ぜる白い手に、これでもかと擦り寄ると、主殿は嬉しそうに私を抱き上げて、美しくも愛らしい笑顔を見せてくれる。

ふふふっ。ほれ、ほぉれ見たことかっ!!主殿の関心は私にある。お前なぞお呼びでないのだ。さっさと去れ、痴れ者め。

心の中で男をケチョンケチョンに貶しながら、今ある幸せを味わうべく、主殿の腕の中で可愛らしく、正に猫撫で声で甘える。

そうすると主殿は純真無垢故に顔を寄せて「なぁに?」と律儀にも家畜の分際である私に、笑って尋ねるのだ。


あぁ、私の舌がもっと器用に動くのならば主殿の問いに答えるだけではなく、この胸に溢れる想いを滔々と語れるというのに!何度思ったか知れない不毛な願いは叶わない。

くっ、歯痒い――先ほどからコチラを面白くなさそうに嫉妬心むき出しで睨んでいる、狭量で短慮、独占欲ばかり強いこの男が、言葉を喋れるというのに、何故私は喋れないのだ!どこをどうした処で私の方が賢明で気概もあることは明白な事実!!男振りがいいのは断然私の方だというのに――!!


―――無念だが・・・。神様とやらを呪うほどにはキているが!しかし!!私は奴とは違って愚かではない。


今、この立場と姿形を使い、大いに邪魔をしてみせる!!!

全ては愛しい主殿をあの野蛮な狼から守るため・・・これは私情など一切ない私の立派な使命なのである!!


「実子ちゃん、疲れたでしょ?鈴木さんは俺に任せて・・・」

ふんっ!目が笑っておらぬぞ小童が。お前の魂胆などお見通しだ。主殿と私を引き離そうというのだろう?そうは行かぬわっ!

私は奴によぉーく見えるように、優美かつ洗練された動作で主殿に顔を寄せ「?」と無防備に微笑む桜色の唇をペロリと舐めた。



「!!!!!!!!」

「にゃー」

「ふふ、くすぐったいよ。鈴木さん」



ほのぼのとした空気が流れる中で、身の毛が弥立つようなどす黒いオーラで空間を歪ませている雑菌がいる。射殺すような眼差しでコチラを睨む男に、ここ一週間愛しい愛しい主殿の口から“こんなヤツ”との惚気話を訊かされて、溜まっていた鬱憤が2割ほど昇華された。


「くっ、また鈴木さん――!!!」


憎々しげに吐き出された台詞は、私の人間よりかは優れた耳にスルリと滑り込んできた。主殿の前では猫を何万匹飼っているのかと思わせるような態度の男を見事苛立たせることに成功した私は、男に判るように、上機嫌に鳴いてみせる。


より一層不機嫌になった男に、残り8割以上ある鬱憤を晴らすべく、私の頭の中は効果的な報復の術を思案するので一杯になった。


すると、何を思ったのか純情可憐な我が主殿は、男にそっと歩み寄り一瞬の隙をついて・・・・・言いたくない。見たくもなかったが・・・馬鹿男の頬に可愛らしいあの桜色の唇を自ら寄せたのである!!!


あぁ!!これぞ悪夢。世界の終りに違いない!!あの今時滅多に見られないほど初心で淑やかな主殿が自ら!?あぁ・・・ノストラダムスの預言など当てにしてはおれぬ、今から3分!半時、それとも明日!世界は滅びるのだ!!そうでなければ何故、この場面でこのタイミングでこんな事態になってしまうのかっ!?


呆然自失の状態で主殿の腕の中に大人しく納まっていた私は、主殿が消え入りそうな声で「す、鈴木さんが・・・明さんにもお裾分けだって」と、弁解するように言った台詞に衝撃を受ける。


よもや、私のしたことが裏目に出るとは!!!


あぁ、羞恥心に頬を染め、縋るように私を抱く主殿は正に恋する乙女。恐らく、突然不機嫌になってしまった男を見て、元気づけようとしたのであろう。恥じらい、瞳を潤ませた主殿は・・・最高に可愛らしい。そう、本当に我が主殿は全てが美しい。


――しかし、そう思っているのはこの男も同じこと。

先ほどのドス黒いオーラは綺麗に消え去り、変わりに分かりやすくもピンクのオーラに花が舞っている。幸せオーラ全開のこの男のヤニ下がった面は私の予想以上だ。そう――予想以上に苛立たしく、生理的に受け付けない。


そんな私の侮蔑の籠った視線もなんのその、男は主殿を私ごと抱き締めてその赤く染まった耳に低く、強請るような声色で囁いた。

「俺は鈴木さんからじゃなくて、実子ちゃんからのキスが欲しいな」

「え・・・。あ、明さん?」

「ちゃんと“ここ”にしてね?」

「うっ!そんなのむ――」

「無理じゃないよ」


頭上で甘く交わされる会話に私の苛立ちはピークを通り越していた。明日の新聞の見出しに「犯人は猫!?凶器は爪!!」というタイトルが踊り、この気障男の五臓六腑がグチャグチャにされた惨たらしい写真が載るかもしれない。


殺気を漲らせていた私は、ふと、頭上が静かになったのを訝しみ、主殿を見上げた。すると、どうやら主殿は男に言い包められて奴の“お願い”をきくことになってしまったらしい!

熟した林檎のように真っ赤になっている主殿の閉じられた瞼は緊張のあまり震えているのに対し、男は余裕綽綽といった態度で薄ら微笑みを浮かべながら甘美な感触を待ち望んでいる。



これをむざむざと放っておけるわけが無かろう!!!



私は息を潜めて待った。

その絶好のタイミングを見誤らないように慎重に。

―――3、2、1、今だ!!!




フニッ、モフモフ。この感触。

「?」

ぐーりぐーり。・・・まさか?

「?」


「あ!」

「こンの――・・・っっ!!」

「にゃ」


「す、鈴木さん!」

私の名を呼ぶ主殿の動揺した声が遠い。

主殿を守るためと言えど、憎きこの男の唇が私の“肉球”に触れるなど・・・触れるなど・・・・・!!今夜は夢に魘されること必至!!汚されたこの肉球、どうしてくれよう!?

ええぃ、致し方あるまい。――今日は全身シャンプーコース・・・潔く受けよう。消毒せねば、我慢ならんわ!!



私の身を捨てた決死の妨害により、主殿は我に返ったらしい。

顔を真赤に染めたまま「今、夕飯の支度をしますからっ!」と叫ぶように言って足早に部屋へと入っていってしまった。


残されたのは、公害といっても差支えないほどの邪魔な男と姫の唇を守った私の1人と1匹。


がっくりと肩を落としている男の足をバシッと尻尾で叩き、勝者の威厳でもって「にゃーーお」と嘲りをたっぷり含ませて、鳴く。



「はぁ――・・・最大のライバルは鈴木さんか・・・」

「にゃっ」


ぼそりと呟かれた台詞に、私は「当然っ」と返事をしつつ主殿の元へと急ぐ。その後ろを男も追ってくるのが煩わしい。


「鈴木さん、実子ちゃん好きだもんねぇ・・・」

「にゃん?」

今更何なのだ、この男。そんなことは周知の事実だろうが!

「ふ・・・俺の方が実子ちゃん愛しているから、負ける気はナイけどね?」

ふん!私とて愛しの主殿についた害虫をそのままにしておくわけがなかろう!全力を持って、この世の塵にしてくれようぞ!!

遥か高くにある男の顔を見上げ、目を細めて睨んでやると男は思わずと言った具合に微苦笑した。


「あーあ。本当に鈴木さんは手強いなぁ」

「にゃぁん」

そんなことは当然である。

私に勝とうなんぞ、万年早いわ!!





読んで下さり、有難うございました。

忠猫な鈴木さんは、どうでしたでしょうか?

報われない男を書くのは愉しいので、もしかしたらまた、鈴木さんに出てきてもらうかもしれません(笑)

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