東雲 縛
東雲 縛
見慣れない漢字に、眉を顰めながら封筒をじっと見つめてしまう。
心当たりのない名前に、自分の過去の記憶を掘り起こそうとする。けれども記憶の中には、そんな名前はない。違和感を覚えながら、ソファにもたれかかる。
養護施設を離れ、施設長から渡された大金と一軒家。この広い一軒家に慣れず、1階で全てを済ませてしまう生活。思い返せば、施設に居た頃は、どこに行っても誰かが居た。寂しいと思う時間もないぐらい、充実な日々だった。でも、18歳のあの日、施設を出た後に知った、施設のルール。
施設から出た人は、2度と施設には足を踏み入れられない。もし、何かあれば指定された場所の電話を使って、施設の中にいる人と連絡が取れる。まぁ、連絡取ろうと思うぐらい、親しい人はいないけどなぁ。
ふぅ……じんわり出た汗が引き、目の前の封筒を手に取る事にした。封筒を見て、なぜか違和感を感じる。
なんだぁ?……あっ、切手が貼ってない…その事に気付くと、背中が思わずゾワッとした。
…あれ?日付印もない。
ソファから上半身を起こし、思わず前のめりになってしまう。
「え…こわっ。絶対やばいやつじゃん。」
と封筒を机に置き、しばらく考え込む。ぐぅー…ぐぅーぎるる………ダメだぁ、お腹が減った。唐揚げ弁当を袋から出すと、そのままレンジへと向かった。
レンジを開くと、中には温かい唐揚げ弁当が入ってた。それは朝から探していたお弁当だった。
「………あれ?朝なかったよね。…ん?まさか朝寝ぼけてレンジに入れてた!?うわぁー、全く記憶にないわぁ。こわっ。年かなぁ〜」
電子レンジから、ほんのり熱が残っている弁当を出す。そして、手に持った新しい唐揚げ弁当を見つめる。
「古い方から食べて、新しい方はどうしようかなぁ…………なんか2つ食べれそうな気がする。」
そう言って、手に持った弁当を温め直し、2つ共全て食べ切った。
「ふぅー、食べ過ぎたぁーー。これ夜ご飯いらないわぁ。」とベットに歩いて行くと、iPhoneを手に取り、ゲームをし始める。
満腹からかぁ、やたらと睡魔が襲って来る。
「んー、眠い!今13時だから、少し寝て起きるかぁ」
iPhoneを充電すると、お気に入りの布団に入って休みの醍醐味であるお昼寝を楽しむ。
静かに正樹を観察して居た"誰か"は、ゆっくりと寝息を立てる正樹の側まで歩いて行く。
「あと…少し。」
そう言いながら、黒服から覗く細い手首、そして、長く白い指。指はそっと正樹の髪を撫でる。
…ガタン……ガタン…ガタン
白い指が伸びて来る。誰だぁ、なんで顔が見えない。心地良い声にうとうとしていると、薄く開く目から見えるのはたくさんの管と医療装置。
ヒューヒュー
なんの音?
「あと…少し」と話し掛けて来た人の顔を見ると、思わず目を見開く。見た事がある顔だぁ。でもどこで見たのか思い出せない。
「ハク!」と男の後ろから出て来たのは、天然パーマな女の子。覗き込む、女の子の目に映るのは誰だぁ…誰なんだぁ…この顔に懐かしさを感じる…
ガタン…ガタン…カンカンカンカン
踏切の音に目が覚める。
汗で湿った布団、張り付いた服に気持ち悪さを感じる。
「あー、あつっ。今何時だぁ。」
すっかり陽が暮れ、窓の外から照らされる街頭の光を頼りに、iPhoneを探す。手慣れた感触を取ると、画面の眩しさに目を細める。
「え、19時じゃん。うわっ、寝過ぎた〜」
ベットから起き上がり、散らかった机を見て思わずため息が出る。
「まぁ、明日も休みだし。片付けて、風呂入ろう。」
風呂から出て、ソファーに腰掛ける。そして目に入ったのは、封筒だった。
なぜか、見ないといけないそんな気がした。
封筒を手に取ると、中にはメモ用紙が入ってた。
『明日、16時に三鈴公園で待ってる。』
シンプルな一言に、なぜか心がざわつく…
ぐぅー……
「人は欲望に誠実。」
本当に今日はお腹がよく空く。
「風呂入ったし、家出るのめんどい。デリバリー頼もう〜」
iPhoneを取り出し、有名なデリバリーサイトからお気に入りのラーメンを注文。届くのは20分後かぁーお腹空いたなぁ〜
待っている間はやる事がない正樹、iPhoneに溜まっていたメールを返事しながら、ソファーに寝転がって、ダラダラしていた。
ピンポーン
チャイムの音に驚いて、思わずiPhoneを確認する。あー、届いたのかぁ〜ん?あっ、置き配にするの忘れてた。重い足取りで玄関に向かい、ドアを開けると一度見たら忘れられない顔がそこにあった。
「お待たせしました。ラーメンのお届けです。」
男が憧れる低音ボイス、服の上でも分かる引き締まった体。そう、コンビニで会ったワイルドお兄さんだった。
「あっ!昼間のお兄さん!」
正樹の声に、お兄さんも思わず「あぁー」と笑顔になる。
「昼間はごちそうさまでした!」
お礼を忘れない正樹に、お兄さんは思わず目が開く。
「いえいえ、こちらこそ。あっ、ラーメン伸びますよ。」と言うと、ラーメンを正樹に押し付けるように渡す。
「じゃ、また明日。」
心地良い低音ボイスに思わず
「え?」
と声が出る。
「すみません…なんでもないです。」
お兄さんの言葉に正樹は疑問に感じながらも、颯爽と離れたお兄さんの背中を見送る。
リビングに戻り、袋からラーメンを出し啜っていると、デリバリーサイトの画面を見つめる。
『デリバリー員:東雲 縛
配達はいかがでしたか?評価をよろしくお願いします。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 』
正樹は思わず固まった。
ゆっくりと机の上を見る。
そこには、昼間届いた封筒。
差出人の名前。
『東雲 縛』
「……は?」
ラーメンの湯気が静かに揺れた。




