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第三章 心の在処①

 日の光も届かない仄暗い部屋。

 ほのかに埃と血の匂いが混じる異質な空間。


「君は失敗した」

 静かな声だった。


 怒号でも嘲笑でもない冷たい声色は、ただ事実を告げる。

 暗闇から澄んだ声が耳に届くと、クロガネは正気を取り戻した。


 見上げても視界はひたすらの暗闇に覆われていて、どこに誰がいるのかも見当はつかない。

 しかし、耳に届く声に反応する恐怖心が、彼の本能を刺激する。


「…ッ、も、申し訳ありません…」

 思考よりも先に謝罪が口から出ていた。凍てつくような空気、全てを包み込むような闇がクロガネを歪にも捉えていた。

 汗が全身から噴き出ているのが分かる。


「謝罪は不要だ」

 即答だった。

 否定する言葉をクロガネは重く受け止めるしかない。


「私は感情で物事を測らない。君の行動を評価しただけだ」


 続け様に放たれた言葉は無機質ながらも、いつでも命を取られかねない声色で耳の辺りに佇む。

 首を絞めるような威圧感で、絞られる喉からは掠れる空気の音のみが発せられる。


「何も失敗を咎めているのではない。問題なのは、君がなぜ失敗したのか理解をしていないからだよ」


 優しくも冷たい言葉がクロガネの耳に届いた後、彼の肩に手が置かれる。

 柔らかな手付きだったが、油断や安堵の感情に反応していつでも首をねられても可笑しくないと実感している。


「君を処分するのは簡単だが、それでは君を組織に入れた意味がない」

「……次こそは失敗しません」

 震えるクロガネの声はあまりにも小さく空気中に舞う。

 いつも以上に張り詰めた空気がこの空間を支配する。


「従順さは美徳だ。そういうところを評価している」

 肩に置かれている手にずしりと重みが宿る。

「それにしっかりと『星々の乙女(アストレア)』にも接触できたことは成果だ。功績と呼んでいい」

 耳元で囁くように顔を近づかせる。


「クロガネ」

「は、はい」

「なぜ、失敗したのだと思う?」


 闇の中で彷徨うことなく、ただただ自分の背中に刺さる視線だけを感じる。この場には自分以外にも人の気配が存在している。


「……腹いせ、だったこと」

 俯くが視線をどこへやっていいか分からない。裾が擦れる音がひたすら横から聞こえる。


「違う。違うよ」

 即座に否定される。


「別に腹いせだろうが、復讐だろうが個人の問題を勝手にやる分には問題ではない」

 淡々と発せられる文言はまるで講義のように説明的で、何もわかっていない輩を納得させるように続ける。


「感情は否定しないよ、人間誰しも持ちうる自然な衝動だ」


 一瞬、救われたような錯覚を覚える。

 軽く、肩に置かれている手がクロガネの筋肉を握る感触。そこで初めてそれが右手であることを理解する。


「だがな」その言葉で再び空気が凍る。


「君は優先したんだよ、感情を」

 諭すように言葉が耳から脳へ移動する。


「任務より感情を優先させたんだ。それは何を意味するか分かるかい?」

 自分でも見当がつかなかった図星を突かれたような感覚で、クロガネは息を飲み込み頭の中に流れ出る単語をそのまま放出する。


「不調和…ですか?」

 掠れた声。


「そうだ、私はその言葉を忌み嫌う。物事は均衡の上に成り立つ。歪みを許容した瞬間、それはもはや“必要な存在”ではなくなる」

 間を置かなかった肯定、そしてその理屈に怒りは存在しない。あるのは徹底した合理。


「はい」

「私たちの目的はなんだい」


 息を少し呑み込んだ後、クロガネは口をゆっくりと開ける。


「──アストレア計画の復興。対象を回収後に正位次元の引き上げによる完全体への顕現……」


 機嫌を伺うように左隣にある人影を横目で見据える。

 暗闇の中で人影が静かに息を吐く。


「その通り。彼女は世界を変える鍵だ。我々、アウトサイドもとい『悲観目録ユースティティア』に所属する全ての魔術師の悲願でもある」


 自身が所属する組織の名前、そしてより上位の組織体系を持つ概念。

 魔術によりその手を血で汚した者たちが集う、自身もその中の共通意識を持つ人間なんだと改めて理解する。


「あの少女の器が絶望に満ちた時に、初めて『魔皇戦姫かんぜんたい』として完成する」

 その言葉に狂気はなく、設計図を握る技巧師のような冷静さがある。


「君の行動は、その均衡を乱しかけた」

「均衡…」ごくりと、沈黙が介在する空間の喉の音が響く。


「計画は繊細だ。恐怖、孤独、喪失──それら全てを段階を踏んで積み重ねる必要がある。一歩でも間違えれば到達することは叶わない。君は二千万人の悲観目録の術師に呪い殺されるかもしれない」


 二千万人。それは脅迫でもなければ、意思ですらない。ただの事実の可能性。

 言葉の重さが、クロガネの背中にのしかかる。


「激情は構わない。だが制御できない感情はノイズだよ」

 こつり、こつりと足音が横から前へ移動してくる。

 緊張感がより一層加速していくと同時に、喉から心臓が飛び出しそうになる。


「君は敵を排除しようとしたのではない。自分の感情を晴らそうとしたんだ」

 その足音はクロガネの目の前で止まった。

 数秒の沈黙を経たのちに。


「──それが敗因」


 真っ赤に光る眼光がクロガネの視界いっぱいに広がる。

 呼吸が乱れ、うまく息を吐くのも難しい。


「アウトサイドの魔術師は、人ではなく部品にすぎない。誰を変えても、システムを動かし続ける互換性のあるパーツでないとね」


 その宣言はあまりにも冷たい。

 ただ淡々と述べられるそれらをクロガネは理解している。

 少数精鋭でもあるアウトサイドというチームは、目の前に存在する人間の一声で、その部品たちは分解され、別の部品を用いて再設計される。


 闇の奥で壁にもたれるもう一人の気配が僅かに動く。

 布と金属が擦れる音がかすかに聞こえ、微かに香る油臭さに誰だか見当がつく。

 エンクティス=テイラーは無言でこの光景を見つめていた。


 別の場所では椅子が軋み、本のページを捲る音が泳いでいる。

 緊張感を持つこともなくキュリオ=アインロードも静観している。


 誰もこの人の言葉に意義は申し立てない。それが調和ルールだ。


「だから感情というのは不要なんだよ」

 その言葉で意識を戻される。


「君はいささか人間がすぎる」

 赤い瞳はクロガネの視界から消えると、部屋の奥の方へと移動する。


「それに君の影の魔術、『魔女の大鎌』は実戦でも十分に使えるが、本来の用途は“暗躍“にこそ意味がある。君はまだ使いこなせていないようだね」


 クロガネは何も返事をすることはなかった。というよりも返せなかったのだ。

 実際、彼がこの術式を手に入れたのもほんの数ヶ月前までの話だ。結果としてこのような羞恥を晒してしまえば、どんな言われようでも唇を噛むことしかできない。


「カイン。今、彼女ひょうてきはどこに?」

 闇の中から落ち着いた声が返る。

 その声に反応して少女の魔術師、カイン=ハヅキはマリンキャップを深く被り直す。

「…まだ、ニュータウンの中です。今は穿天剣女クルセイダー聖譚槍主パラディンも一緒です」


「そうか、それは厄介だ」

 ふむ、と一呼吸を終えて男は嵌めている白い手袋を眺める。


 僅かな沈黙。


 一拍置いて。


「──そろそろ私も動こう」

 空気が一変、周囲にいる術師数人の神経が研ぎ澄まされた。

「…ッ⁉︎ アンタの手を煩わすわけには、アルフ──」


 刹那、クロガネの顔は不可視の激しい力によって床へ叩きつけられた。


 空間そのものが黒く軋んだ。


 鈍い衝撃音が空間に鳴り響き、その空間を震わせる。すでに複数損傷している傷口と骨が同時に痛みが走る。耳鳴りが脳裏を貫き、視界が白く明点する。

 一体何が起こっているのか、クロガネ自身も周囲の術師たちも分かってはいない。


「その名で呼ぶな」声色が初めて感情を帯びていた。


「今は…キバ=シンラだ」


 低い音だった。しかし、その言葉を聞き届ける頃には彼の意識はそこにはなかった。

 静寂が落ち、クロガネを押さえつける『何か』は一気にその効力を失う。


「任務中は仮名で呼称するよう指示しただろう」


 ぐぼ、と鈍い音と共にクロガネの口から赤い液体が飛散する。その様子を一瞥し、溜息と同時にカインが一歩前に出てくる。


「……キバさん、これ役に立つかもしれないですよ」

 カインはクロガネの横たわる体を片足で転がし、ポケットを弄る。そこからが出したのは、小さく赤色のカバーに包まれている香住ヶ丘高校の生徒手帳。


「この少年、何かしら関係がありそうな気がする。もしかしたら暗転に必要になるかも」

 ふと、この高校のとある部屋で起きたことを思い浮かべる。

 キバはその手帳を受け取り、表に印刷されている平凡な高校生の顔を見据える。


「──そうか」


 目でなぞるように、静かに少年の名前を呟く。


「奧村冬夜……興味深いな」


 名前を呼ばれた途端、どこか歪だった空間の正体の輪郭がハッキリする。

 黒い霧のようなそれはまさに『闇』そのもの。

 全てを覆い尽くす底なしの虚無。


 キバと名乗る男は微笑を浮かべると、地べたに横たわる意識のない魔術師に視線を落とす。そのまま語りかける。

「クロガネ、最後のチャンスだ。君がこのチームに貢献できるように」


 その言葉は処刑の宣言でも、指令でもない。


「──君の力を見せてくれ」


 フードから覗かせる黒い髪の毛を真っ白い手袋をつけた左手で鷲掴みにすると、軽快に180cmほどの巨体を持ち上げる。

 周囲を囲む霧状の闇が、渦を巻きながらクロガネの口に滑り込む。


 闇は命令に従うように、ゆっくりと彼の肺を満たした。


 その命令と共に、空間は再び均衡を取り戻す。




 ◇◆◇



 時刻はすでに七時を過ぎていた。

 カーテンの隙間から朝日が差し込み、ベッドで横たわる冬夜の前髪を照らす。

 真夜中の訪問者であるリオナがこの部屋を出てから、頭の中では彼女の悲しげな表情だけがしっかりと焼き付いている。


「あの表情、どこかで見たことあるような……いや、だめだ、思い出せねぇ」


 目線の先には何もない真っ白い天井は、その姿を返ることなく冬夜を見つめ返す。

 体を起こし、卓上の電子時計を一瞥するが時間は冬夜を待つことはなく、一秒一秒時を進めていく。


 正直、リオナがこの部屋を出てからというもの一睡もできずにいたことは事実である。

 彼女と交わした一言一言がさっきまでのようで、あの声も空気感もまだこの部屋に残っている。


「そろそろ、出ないとな」


 掠れた声がやけに他人事のように響く。この声が空中で分散する頃にはベッドから起き上がり、窓を一瞥する。

 今はどこにも姿形は無いが、彼女が確かにそこにいた事実だけは覚えている。


 そのままドアの取手に手をかけるが、力がなかなか入らない。


 本当は休みたかった。

 布団を頭まで被って、何も考えることなくただ普通に、平凡な暮らしをしたかった。

 昨日は一日を通して色々なことが重なり合っていたと、いまだにこれが現実なのかも疑いたくなる。

 けれど、体はもう制服に袖を通している。


 一歩下がり、玄関口にある姿見を眺める。あまりにも酷い顔をしていた。

 寝不足でもあり、悩み混み過ぎているような疲れ切った表情。自嘲してしまうような、血の気が引いている顔。


 ネクタイを締めながら、無理矢理に笑顔の練習をする。

 自分を言い聞かせるように何度も繰り返して。


「よし」そう呟くと、おもむろに取手に手をかけ勢いよくドアを開ける。


 まだじんわりと手が暖かいのを覚えている。

 昨夜、リオナの手を握ったその手。何も変わっていない。変わっていないはずなのに、どこか熱を残している気がした。


 そのまま一階に降り、受付の人間の挨拶を背に受け、エントランスを抜ける。

 自動ドアが開け切った際、冬夜の視界には一人の人物が入ってくる。


「あ、……やっと出てきた」


 聞き慣れた声に足が止まる。

 ホテル入り口の柱にもたれかかるようにして立っていた梓が腕を組み、ムスッとして目でこちらを眺めていた。


「私、何度も連絡したんだけど」

「あ……」


 空はこんなにも明るいのに、淡々と放たれる声はいつにもなく冷たい。

 彼女の視線を避けつつ、ポケットからスマホを取り出すが、電源は落ちたままだった。


 昨夜から一度も見ていないことに、今さら気づく。が、そんな言い訳彼女に通じるとも思わない。


「あはは、悪い、ちょっと色々あって」


 曖昧に濁す。

 冬夜の顔をじっくり見つめると何かに気づいた表情を見せるが、冬夜はそれに勘づき、片手で目元の方を軽く隠す。

「そんなに見つめられても何も出ないぞ」

 梓は深いため息をつく。怒っているというより、呆れている顔だった。

「昨日の今日だから特に何も言わないけどさぁ」

「あぁ、気が抜けてたのかもな」


「そうじゃなくて」


 冬夜の元へと歩み寄るが、彼女の視線の先は入り口のタイルにあった。

 その様子を見て、思い出す。

 昨晩の彼女の様子、一言も交わさずに奥村家からこのホテルの方向へと帰ったことを。


「いっや〜悪い悪い、色んなこと起こりまくっちまったけど、一回寝たら気持ちも落ち着いてすっきりしたぜ。今日からはいつも通り、元気溌剌の奧村冬夜でいくぜ」

 冗談めいたように文言をひとしきり言った後、梓の方を見つめるが目は合うことはなく、梓の頭上だけが視界に入る。

 こんなこと言っても彼女の心配した気持ちを満たせるとは思っていない。


「だからもう心配すんな」そう言って彼女の頭に手を置く。

「ばか」


 その言葉はあまりにも小さく、繊細だった。タイルに溢れるのを見送ると梓は顔をあげ冬夜と目を合わせる。


「はい、これ」と鞄に手を入れ、差し出してきたのはのはモバイルバッテリーだ。


「どうせ充電切れてるでしょ」

「おう、助かる」しっかりと受け取り、自然と頭が下がる。

 くるりと身を翻し、進行方向の方へと足を動かす梓の後ろをそのまま付いて行く。


「今時の高校生がスマホも充電しないって、どこのアナログ人間?デジタルデトックスするにはタイミング最悪なんですけど」


「充電器もそもそもなかったしさ、疲れてから気づかなかった」

「それはそうかもだけど、連絡気づかない癖、直した方がいいよ」

「う、そればかりは耳が痛いな」

「何か起こってからだと遅いんだよ」


 その言葉がやたらと重く心に引っかかった。

 何か起こってから。確かにその通りだと実感できる、実際に魔術師絡みの事件にも遭遇し、家族のような存在の人まで手にかけられている。

 そろそろ、意識を変えないといけないということは冬夜自身が一番気にしている。


「そう、だよな。心がけるよ」

「分かればよし」


 何かを探るように、けれど踏み込まない距離でしっかりと冬夜の顔を眺める。

 しかしこの空元気を見て、重症ではないなと考えを改める。


「今日、学校行くの?警察とかは?」

 ふとその疑問が降りかかる。


 昨日の夜、奧村家にて発見された大葉千香の遺体の様子から見て、他殺であると警察は冬夜に伝えていた。凶器は刃物、リビングに残された靴の汚れや窓ガラスの損傷から関与したのは冬夜ではなく第三者の誰かという判断に落ち着いていた。

 冬夜自身はもちろん、魔術師と呼ばれる異質な存在が原因であることは知っているが、世間的には物騒な事件として取り沙汰されている。


 梓自身も魔術師などという存在を知る良しもなく、ただ冬夜の安全に安堵を漏らすだけである。


「あぁ、警察からは落ち着いたら連絡をよこすって言われてる。それに学校でも行って心を落ち着けたいしな」

「そう?それならいいんだけど」


 そしてホテルから数分歩いたところ、いつもの見覚えのある通学路の方に出る。

 普段と変わらない様子の景色を見ると日常に帰還したような実感を感じる。


「そうだ、今朝やっぱりニュースに出てたよ。学校着いたら職員室いった方がいいよ」

「あぁ。色々と段取りしないといけないこともあるだろうしな」

「私にできることあったら言ってね?」


 横を歩く梓は、ひょっこりと冬夜の顔を覗くように体を曲げる。

 化学室での一件の後も、影の魔術師との対峙の後も、必ず彼女は冬夜のそばに寄り添ってくれている。正直、心の支えになっていることは否定しない。


 きっと彼女がいなければ、平穏を望むこともしなかったのかもしれない。


「いつもありがとうな」そう呟く。


 梓はふーん、とした表情で一歩早く前を歩く。冬夜よりも少し小柄な背丈に視界がいく。

 少し嬉しそうに鞄を左右にぶんぶん振りながら、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。さっきまで冬夜を睨んできた女子とは思えない感情の変わりように苦笑する。


(リオナのことは正直気掛かりでならないけど、俺はもうこれ以上、日常あずさに心配はかけたくない)


 そのまま足を一度止める。

 それに気がついた梓はくるりと回り、冬夜の方に視界を動かすと、しっかりと冬夜と目が合う。

 彼女は頭を斜めにさせ、こちらの様子を伺っている。その何も知らない瞳を見て唾を呑む。


(俺はこういう日常でいいと思っている。非日常は望んでいない)


 言葉にはしない。

 手に持つ鞄をしっかりと握る。


(もうリオナの場所も分からないし)


 リオナや御門氷夏、魔術的な某は平凡という生活には合わないパーツだ。噛み合わせの悪いパズルを無理にはめることもないだろう。

 もやのかかったような思考にそのまま蓋をする。


「ほれ、学校行くぞ」

「? 変なの」


 大きい歩幅で進み、今度は梓の前を歩き出す。

 いつも通りの時間に駅につき、いつもと同じ電車に乗る。

 冬夜は“日常“の方面へと足を赴かせる。



 ◇◆◇



 学校に着き、下駄箱で靴を履き替えている時だった。

 ばったりと女性の担任教員が目の前に現れると、仰天した顔を見せた後に「お、奧村くん!無事でしたか!?あの!お話あるので職員室今から来れる?」と全身を動かして話す。

 もっと淡々としたテンションだと思ったため冬夜はそのリアクションに驚く。


「はい、丁度向かおうかと思っていました」

 ジタバタと落ち着きのない様子とは裏腹に冬夜の方は冷静だった。


「悪い梓、先に教室行っててくれ」

「あ、うん」

 そのまま、おどおど担任教員の後を追って職員室へと向かった。


 職員室で巻き起こったことを説明するのは簡単で、まずは入室後に奧村冬夜を知っている教員、そして知らない教員もこの担当教員が職員室に戻ってきた時点で今朝ニュースに出ていた殺害事件が起こった家に住む男子生徒の顔を見て、その一連の騒動の当事者だと理解する。


 その後は職員室で担任教員から事情聴取、そしてそのまま運ばれるように校長室の入り口をくぐり、全校集会でしか見たことない校長と再度、事情聴取と労いの言葉を時間が許す限り一頻り念仏のように唱えていた。


 半ば他人事のように聞いていたが、「これからどうするか、保護者もいないと困るよ」その一言で我に帰る。


 冬夜自身、家庭の事情で両親がいない。


 いないというのは多少語弊があり、母は死別、父は行方不明という状況だ。その肩代わりを千香が担ってくれていた。

 その彼女もいない今、保護者なしの高校生の扱いは校長たち教員が一番心配していた。


「そうですよね…自分自身どうしたらいいかはちょっと分からないです」

「うむ。一応、両親がいない扱いなのであれば親戚の方にも声をかけるべきなのだが、それも難しいんだよね?」

「えぇ、親戚の人は知りませんし、唯一の身よりも大葉千香さんだけです」

「困ったな。たしか君、妹さんが病院にいるよね?」


「はい、寝たきりですけどね」


 その事実に担任教員もハッとさせられる。

 あまり周りの人間にも伝えていないことだったというのもあって、冬夜自身も口にするのは久しぶりだった。


「まだ未成年だし、このままだと児童施設なんかで後見人を選定してもらうかもしれないね」

「自分からはどうしようもできないと思うので仕方ないかと」


 校長は冬夜の外れた視線を追うが、悩ましく思うようにしてゆっくりと席に腰掛ける。


 その後は淡々と、今後について校長と教頭、担当教員が冬夜をそっちのけで話し続けている。

 冬夜自身、どうしたら良いかなどは分からない。

 たまに返ってくる質問に適当に相槌を返すが、頭の中では他のことが巡っていた。


 リオナはあの後、どこへ向かったのだろう。


 雲の隙間から覗く青空を眺めながら、そんなことを考えてみる。

 もう魔術の世界には関与するつもりはないが、あの夜に見せた楽しそうな表情、別れ際の寂しそうな様子。忘れろと言われて簡単に記憶を消せるわけでもない。


 もう関わるな、死場所、世界最悪の犯罪者、品川の事件、死の期限、右手の異能、救いの協定、清教徒の魔術師、悲観目録の魔術師、永久封印、殺処分、確実性を重んじる。


 どれもこれも不穏で耳心地の良くない言葉だらけだった。

 それが冬夜の知りうる世界の外側で起こっていること。

 もう関係がないこと、だと理解はしているが。


 震えて無くなりそうな声を今でも忘れられない。



『あなたに会えた。それが、最後の未練』



 囁く声が耳鳴りのように止まらない。



『結果は変わらない』



 よせ。そんな顔するな。



『──じゃあね、冬夜』



(あんな顔されたら、俺はどうしたらいいんだよ)



 思考がせめぎ合う。

 混ざり合うことのない日常と非日常の境界線ははっきりとしていて溶け合わない。

 なにも、誰かを犠牲にしてまで大義を成し遂げることはないとは思っている。


 ただ、どうしたらいいのか、応えが分からなかった。


 視線を動かすと、時刻はもう一限の開始時刻を過ぎていた。

 あたふたする担任教員を横目に、冬夜は口を開く。


「校長先生、もう少し考える時間いただけますか」

 なんて思ってもみないことを呟く。


「そうだな、落ち着いたらまた話そうか」そう言って、校長も小さく息を吐いた。

 こんな大層な事件に巻き込まれてしまったのだから、大勢の大人たちも困惑するのは十分理解しているつもりだ。

 だからこそ、一旦ここは引き上げ、それぞれに考える時間ができればいいとそう感じていた。


 いや、ただ、自分が逃げ出したかっただけなのかもしれない。



 校長室を出て、担当教員と一緒に教室に向かう。

 丁度、一限の授業は担任教員の英語。教室には「自習」と黒板に大きく書かれている。


 ガラリと入り口を開けると、一斉に視線が冬夜に集まる。皆が、事件の当事者だとする視線だというのは受けた本人が一番よく分かっている。


 数秒して、後ろから「はいはい〜自習の時間終了ね〜」と担任教員が生徒一同に放つと、一斉にブーイングや落胆の声で満たされる。


 一気に視線から外れたので担当教員の言葉には救われた、と冬夜は自分の席につく。

 左斜め前に座る梓だけが、冬夜の方を見つめるが視線は合うことはなかった。


 着席してから数分、教員のネイティブな英語の発音を聞いていると頭が朦朧としてくる。

 今になって真夜中から眠りにつけなかった分、睡魔が襲ってくる。幾度か意識が切れて、起きてを繰り返す。

 しばしばその動きを繰り返していたが、ようやく意を決して机に突っ伏する。


 特に授業中、誰も彼を起こそうとはしなかった。



 は、と意識が戻ってくる感覚が襲う。


「あ、起きた」

 目の前には冬夜の机にしゃがみながら手をかける梓の姿だった。


「あ、おはよう」と突っ伏している体を起こそうとするとバキバキと身体中の骨が音を鳴らす。

 随分と長い間寝てしまっていたのか、冬夜の体も体勢を変えることに悲鳴をあげる。


「おー、眠り姫ならぬ眠り王子が目を覚ましたかね」


 梓の後ろから身を覗かせるのはミキだった。寝起きの顔を見た途端、ぶほぉ、と音を鳴らして吹き出していた。


「冬夜、よだれ、よだれ!」

「なぁ、あぁ…」と自身の指で無意識に垂れてしまっていたよだれを拭う。

「すっごいね、誰も起こさなかったけどここまで寝てるなんて」

 両手を腰に当てながら高らかに笑うミキを尻目に、彼女の頭で隠れていた時計を体を動かして見つめる。


「……………………一五時……三○分」


 呟いてからことの重大さに気がつく。


「……そりゃ体が痛いわけだ」

「いや、そんなこと言ってる場合じゃないよ?」と梓のツッコミでようやく頭が覚醒してくる。

「俺、今日ずっと寝てたってこと?」


「「そう」」


「奧村くんの寝息があまりに気持ちよさそうだったから先生たちも起こさなかったんだよ」

 背後から近づてくるトモエ。その言葉の後に「そりゃ寝ちゃうよね。わかるわかる、二限の谷山の授業とかほんと催眠術」と小さい体で腕組をしているチヨ。「いや多分違うよ?」トモエだけが彼女にツッコミをいれる。


「まぁ、朝ニュース見てびっくりしたけどまさかまさかの事件できごとだったもんね。ほんとこの度は残念だったね」

「俺が一番訳が分かってないけどな」


「でも不法侵入で刺殺って、この前の事件と関係ある感じなの?」

「チヨ、失礼でしょ」淡々と諭すミキ覗く声でハッとするチヨだったが、冬夜は変わらない態度で答える。

「別にいいよ、興味が湧くのは自然なことだもんな」


 冬夜の言葉に甘んじることなくチヨはそのまま黙ってしまう。

 代わりにトモエの方が質問を投げかける。


「亡くなったのって知り合いの人なんだっけ?」

「あぁ、面倒見てくれる知り合いの人だ」


「まさか、奧村くんが帰る前の時間だったなんて…一歩間違えてれば二人ともってことも考えられるもんね」

 その言葉を聞いて、ふと考える。

 あの時、もう少し早く帰っていれば結果が変わっていたのかもしれない、と。


 それでも千香を巻き込んでしまっていたのには代わりない。

 いや、そもそも商店街で影の魔術師と接触して、事件現場を徘徊するなんて余計なことをしなければ、こんな結果を招かなかったのかもしれない。

 冬夜は拳を強く握りしめる。


「というか奧村くん、昨日も階段から落ちたりって、本当に大丈夫なの?」


 ミキが質問すると、チヨとトモエも前の目になって興味を示す。

 確か、化学室で魔術師たちに襲われたこともここではなかったことになっているのだと思い出す。


「ん?あぁ、疲れてたのかもな」


 まるで上の空のような軽い返事。その様子をじっくりと見ていた梓が言う。


「──はい、冬夜も疲れていることだし、解散、解散。みんなごめんね」

 立ち上がりながら三人娘に向かって両手を合わせる。

 一日のほとんどを無駄にするほどの睡眠、階段からの落下や自宅での事件について鑑みても、冬夜が疲弊しきっていることは分かっていた。


「あ、ごめんね、奧村くん私たち──」

 謝罪するミキの言葉を遮るように。


「いいって、たくさん寝たから俺も体動かさないとな」

 そう言って椅子から立ち上がると、冬夜は机にかけてる鞄を手に取る。


「お前らはこの後どうするんだ?」

「チヨと私は委員会の仕事が」そう答えるミキ。続け様にトモエも「私も今日は早く帰らないと」と視線を泳がす。


 周りを見渡した後、梓と目が合う。

「あ、私はミキちゃんたちの委員会を手伝うことになってて」

 と申し訳なさそうに伝えたのちに「終わるまで待ってる?」尋ねる梓。


「いいや、散歩がてら俺は帰るよ」

「うん、分かった」


「えええ、いや、いいよ梓ちゃん!?私たちのこと忘れて彼氏大事にしなって!」

「そうだよ!こんな時の彼女でしょ!」


「いや付き合ってないし!」


 前のめりになるミキ、余っている袖が腕をぶんぶんと振るチヨに対して食い気味に答えている梓を見て、冬夜は簡単に笑う。


「じゃ、先帰ってるからな」

 そう言って四人を置いて教室を出ようとするのを梓以外の三人娘がソワソワしながら見送る。

 下駄箱の方まで行くと、後ろを付いてきていた梓に気がつく。小走りできたのか息がほんの少し乱れているのが分かる。


「……冬夜」

その呼びかけに体を止める。


「私待ってるからね」


 他の誰にも消えないような声。

 しっかりと聞き届けた冬夜は昨日の帰り道のことを思い出す。


 もう少しだけ、待っててくれ。


 そう言ったのは自分の方だ。

 その答えはまだ話していない。

 でもきっと、今でもない。


「心配かけたな、今度ゆっくり話すよ」


 また濁すような言い方に梓は、「うん」と答えざるを得なかった。

 そのまま靴を履き替えて、梓の顔を見ることはなくてだけ振る。


 期限の決まっていない課題をただ引き延ばしただけだ、彼女の優しさに甘んじているのだとしても。

 冬夜自身、まだ何をしたらいいのか答えが決まっていないからだ。


 振り返ることはなく、無言で門を抜けていった。

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