序章 接触ーcontactー:
ゆらゆらとぼんやりとした黒い波のようなものが見える。
夢を見ているのか。
現実味を帯ない光景の前に、いたって冷静だった。
そしてすっと、瞼を閉じた。
ビルから崩れる瓦礫。土煙が視界を侵し、炎炎と燃ゆる火の中からは止めどないほどの悲鳴が聞こえる。
五感全てが支配するこの災害、経験もしたことがない。
意識がゆったりと遠のいていく。
何が起きているかは、はっきりとは分からない。
なぜ自分がアスファルトに這っているのかすらも、もう覚えてはいないのだ。
ありとあらゆる部位からずきりとした痛みが身体中を駆け巡る。それだけが唯一、意識を保つための糸になっている。
ただ遠方の方から聞こえる救急車の音。こっちに近づくこともなく、ただ迎えに来ることのない助けをひたすら待つだけだった。
かろうじて動く、指を見つめながら確かに生きていることを実感する。
しかし張り詰めた緊張感がより体を強張らせる。
できる限り周囲を見渡すが、やはり数m先の光景を見ることはできない。
ただそばの物陰で意識を失っている妹を尻目に、視線を前に向けると瞳の奥に陰りのある少女が佇んでいた。
まるで目の前の光景を儚く思うように。
ただこの悲惨な光景を一瞥し、唇を紡ぐ。
「──────」
少女は問いかける。
周囲の轟音にかき消され、ほとんどが聞こえない。
それでも言葉の輪郭だけがかろうじて耳に届く。
腹部の痛みに耐えながら、少女に向かい放つ。
「…そんなことない。生きるんだよ」
考えるより先に、そう口にしていた。
重い腰、体の節々が痛むがそれを押し殺して続ける。
酷く悲しい顔をしている。
それでも彼女の口は紡いだままで、何かこちらに伝えてくれる様子もない。
「言いなよ。…助けて、って」
少女は静かに首を横に振る。
否定することが、と言うよりも誰にも肯定をされなかった。
そんな悲しいことがあって良いのだろうか。
だが少女は怯えていた、まるで何かを恐れているように。
もう後ろには誰もいない。
縛り上げるものはない。
「だったら…」
そういって前に手を差し出す。
だが、この小っぽけな体では彼女には届かない。
目の前なのに。
すごく遠く、ただ、遠く感じる。
「─────」
涙を流していた。
救えなかった、その時は惨憺たる状況を打破できない自分をひどく憎んだ。
何もできない自分が悔しくてたまらない。
彼女が吹きおこる粉塵に包まれ姿を消す。
そうして瞼が暗黒に誘い、意識がぷつりと切れた。




