焼肉と自殺志願者と・・・
殺してくれと頼む自殺志願者と、ひたすら嫌がるヤクザの話。
何年か前にアメブロで書いたショートストーリーをリライトして投稿します。
早めに仕事が終わったある日、コーヒーが安いだけが売りのカフェでミルクティをすすり、男は楽な死に方を考えていた。
首吊りは苦しそうだし、電車は迷惑がかかる、浮かんだアイデアに次々とバツ印ををつけ「あーきっかけがあればな」と小さく呟いた。
なぜ死にたいのか自分でも分からなかった、続く不眠といつ終わるともしれない仕事、強いて言えば「疲れ切った」のである。それ以上の理由は浮かばないし、頭が働かない。
隣の席では丁寧にメイクに勤しんでいるお兄さんが、お姉さんに変身していた。
それを横目で見て、これから仕事なんだろうと思った、皆いろいろと問題を抱えている。
繁華街にでも行ってみようか、ポケットには三千円とわずかな小銭、あとPASMOだけである。
遊ぶ気なんか毛頭ない、ただ怪しげな外国人の混ざった人混みを歩けば良いアイデアが浮かぶしれないと思った。
もちろん根拠なんかどこにも無い、ただ真っすぐ家に帰るのが嫌だった。
眠れない日が続いて気晴らしがしたいのかもしれないし、あるいは東京湾に沈めてくれる救世主がいるかもしれない
カップを返却口に置いて店を出ると真っすぐネオンの輝く繁華街を目指して歩いた。
平日にもかかわらずアーチに向かう人の多さに驚いた、スーツを着た真面目そうなサラリーマン
シャツ大きく開けてクロムハーツを見せつけているイカツイ奴、襟もとからタトゥを覗かせた鼻ピアスの若者。場違いだと思いつつ吸い込まれるように男はアーチを潜った。
声をかけてくるのは客引きと、露出度の高いドレスを着た国籍不明の女性。
「遊びいかがですか?いい娘いますよ」
「マッサージドウ?ヤスイヨ」
丁寧に断ったがなかなかしつこい、ここで生きていくには強引さが必要なのだろうか、騙されたいのではない死ぬきっかけが欲しいのだ、振り切って走りだしたとき何かにぶつかった。
「痛ってぇ!折れたなこれ!あー痛ぇ!おーお前どう落とし前つけてくれるんだ」
陳腐なセリフだが明らかに堅気じゃない、ヤクザだ!チャンスかもしれないと男は思った。
「大丈夫ですか?あの・・そこの裏で話しましょうか」
嬉々として男は路地裏を指差してヤクザ風の男に言った。
「は?あー・・おう」
予想もしない男の反応にヤクザは面食らった表情を浮かべた。
「え、そこ?」
「はい」
2人でごみ箱の並んだ狭い路地に入っていく、焼き肉屋の裏なのかダクトから出る煙から香ばしいにおいがした。
「あの、続きをどうぞ」男は言った。
「え?」
「いやだから落とし前の続き」
「おいお前どう落とし前をつけてくれるんだ!」
「それは聞きました、その次です」
「お・・おう、折れちまったよ慰謝料払ってもらわなきゃなぁ!」
妙に冷静な男を前にすっかり調子を崩されてしまった、厄介な奴を捕まえてしまったとヤクザは後悔した。
「お金はありません」男は平然と答える。
なんなんだこいつ、腹が立ったヤクザは一発殴って終わりにしようと拳を振り上げた。
大振りだが強振の右フック、男はとっさに腕を上げる、ガチャリと袖の下で硬いものが割れる音がした。
「痛ってぇ!」
「ごめんなさい時計に当たっちゃいました、大丈夫ですか?」
「なんなんだよお前!」
「殺してほしいんです今の右フックじゃ死ねないと思って」
「は?頭おかしいんじゃないの?」
「かもしれません、あのドスとかナイフとか、あの拳銃とか持ってないですか?」
マジでやばい奴に捕まった今日はついていない、とヤクザは思った。
「ないよ!」
「ある!」
「ない!」
「あるはずです!」
「なんでそんなに自信あんだよ!わかった!あるよ!ナイフならあるよ!」
「刺してください」
「イカれてるのか!?」
「本気です、一瞬で逝くように急所を狙ってほしいんです」
「馬鹿かお前、付き合ってらんねぇもう行っていいよ」
「いやお願いします!あるんでしょナイフ」
「お前殺しても俺にメリットないじゃん!」
「お願いします!死にたいんです!」
面倒くさい、この異常な男に恐怖すら感じた、今日は本当についていないと心から思った。
「ほら、ナイフだ」
ヤクザはポケットからキャンプ用の小さなツールナイフを取り出して男の前に放り投げた。
「小さいですねぇ、キャンプ用ですか?」
「うるせぇよ、なんだっていいだろ!それ使って自分で死ね、じゃあな」
「待ってください!」
男は立ち去ろうとするヤクザの腰にすがりついた。
「なんだよ!放せって!はーなーせっ!!」
「刺してください!自分じゃ死ねないんですご迷惑かけませんから!」
「お前言ってることがメチャクチャだぞ!!」
「お願いします!お願いします!チャンスなんです!」
「意味わかんねーよ!放せって!!」
ヤクザは男の頭に肘を入れたが男は頑として放そうとしない。
「放せぇ!!」
「嫌です!!」
押し問答がしばらく続き、ヘトヘトに疲れて二人はその場にへたり込んだ。ごみ箱が周囲に倒れビニール袋が散らばっている。
「はぁはぁ、なんなんだよ、なんで必死に死にたがってるんだよ」
「ぜえぜえ、つ・・疲れたんです」
「俺も・・疲れたわ、なぁ、どうしたら放してくれんだよ」
焼き肉の匂いが男の鼻をついた、昨日から何も口にしていないことに気づいた。
男は久々に空腹を感じた。
「や・・焼き肉」
「は?焼き肉」
ヤクザの言葉に男は黙ってうなずいた。
「お前、本当に死ぬ気ある?」
「殺してほしいんです」
「ブレねぇな」
もう勘弁してくれと思ったが、脅しに屈しない度胸・・・っと言って良いか分からない度胸のようなものと、恐れてるんだか、恐れていないんだか分からない矛盾した死への渇望、ヤクザは不思議とこのおかしな男に少し興味が湧いてきた。
「お前さ、死にたいの?生きたいの?」
ヤクザは男に聞いた。
「殺してほしいんです」
男は息を切らしながら答える。
「面倒くせぇな」
ヤクザはポケットからマルボロの箱を出して一本取りだす、さっきの乱闘で曲がってしまった煙草を丁寧に直してから100円ライターで火をつけた。
胸の奥いっぱいに煙を吸い込んで吐き出しながら考えた。質問を変えてみる。
「なんで死に・・あーっと・・なんで殺してほしいわけ?」
「疲れたんです」
「俺のが疲れたわ」
男はこれまでのことに思いを巡らせる。残業続きで職場と家の往復で疲れ切っていること、たまの休日は寝るだけで終わること、笑いの無い日常と色彩を失った景色に辟易していた。
「その、仕事と家の往復ばかりで疲れちゃって」
「お前のその疲れちゃったに俺は付き合わされたわけだ」
「すいません、でもその、、なんていうかこれ以上生きてても良いことないなって」
「あーそう、あるわけ無ぇよ生きてるだけじゃ、病院行け」
「でも仕事が忙しくて」
「バックレろ」
「はい?」
「だからジジイでも、ババアでも死んだことにしてバックレろ」
「祖父母は他界してますが」
「知らんそんなもん、だれが知るか、なんでも良いからバックレろ」
「はぁ」
「んで、病院行け、そのイカれた頭開いてもらえ」
ヤクザは立ち上がり煙草を足元に落とし踏み消しながら言った。
「面倒くせぇから生きたいってことで良いな、店入るぞ迷惑かけたっぽいから」
「は?」
「肉食いたいんじゃないの?腹減ったろ」
「お金ないです」
「いくら持ってる?」
「3000円とちょっと」
「本当に持ってねぇな、奢るから食ったらもう帰ってくれ」
「でも・・」
「でもじゃねぇ、俺はお前に帰ってほしい、お前は肉が食いたい、分かるか?」
「はぁ」
「人生ってのはな願望で成り立ってんだよ、食ったら帰れよ、これが俺の願望だ、お前のは知らん」
二人は埃だらけのまま店へと歩き出した。




