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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
真の貌 -The Variazione-

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第五十六話:感知 -The First Touch-

魔導書『ディグナ・ヴェラ』は完成した。

あとはザレンギルドからの連絡を待つばかりだ。


しかし、遠方のザレンから、今日明日で返事が届くはずもない。

だが、彼らはただ漫然と時間を浪費するような殊勝な連中ではなかった。

来るべき冒険、未知なる脅威に備え、各々が更なる高みを目指し、自己の研鑽に励んでいた。



~ガラルドルフ王宮・第四訓練場~


普段は騎士団もあまり使用しない、王宮の裏手に位置する第四訓練場。

「好きに使っていいわよ」というフェリシア女王の厚意に甘え、一行はこの場所を仮の修練場としていた。



広い敷地内は、対照的な二つの空気に二分されていた。


「はぁッ!!」

「甘い!」


ガギィンッ!!


一方からは、鼓膜を震わせる激しい剣戟の音と、地面を強く踏みしめる音が響き渡る。

舞い散る砂埃の中、ヴェルトールとレックスは実戦形式の組手で汗を流していた。

剣と技巧。激しく響く激突音は、彼らの気迫そのものだ。



そして、もう一方では。


「……集中せよ」

「……はい」


打って変わって、針が落ちる音さえ聞こえそうな張り詰めた静寂の中、微かな魔力の奔流だけが空気をビリビリと震わせている。

イヴリスとラビ。師弟は向かい合い、魔導書を用いた繊細な魔力操作の稽古に、全神経を集中させていた。




「はぁ……っ、はぁ……っ!クソッ……!やっぱり、まともに一発も入らない……」


ヴェルトールは石畳の上に大の字に倒れ込み、荒い息を吐きながら悔しげに空を仰いだ。

全身から噴き出る汗が、彼の奮闘を物語っている。


だが、目の前の男――レックスは、涼しい顔で汗を拭っていた。


「いや、卑下することはない。まだ本格的な組手を始めて一日しか経っていないのに、昨日より動きは格段に良くなっている。それに、君の持ち味である『速さ』と、それを活かす『力』のバランスも悪くない」


レックスは素直に感心し、倒れる彼を見下ろした。

お世辞ではない。ヴェルトールの成長速度は、目を見張るものがある。



「……しかし、そうだな。強いて言うなら……あと『一手』。何か決定的な武器があれば、もう少し戦術の幅が広がりそうなんだが……」


「あと……一手?」


その言葉に、ヴェルトールはガバッと体を起こし、目に入りそうな汗を乱暴に腕で拭いながら聞き返した。


「あぁ。君の剣は正直だ。……あまりに、真っ直ぐすぎる」


レックスは顎に手を当て、分析するように続けた。


「今のままでは、格上の相手には次の動作を読まれやすい。君に必要なのは、その正直さを補うアクセントだ」


「アクセント……」



「例えば、剣の間合いの外から意表を突く『中距離からの牽制』。……あるいは、不利な状況を強引に力技でひっくり返す『一撃必殺』のような大技とか……。そういう、相手が警戒せざるを得ない『何か』だな」



――『冥』の力。



レックスの言葉を聞き、ヴェルトールはじっと自分の手のひらを見つめた。

イヴリスに借りている凄まじい力。

切り札にするつもりだったが、未だに『条件』はわかっていない。

肝心な時に不発に終わるようでは、それは武器ではなく、ただの博打だ。



「……どうかしたのか?」


手のひらを睨みつけて黙り込んだ彼に、レックスが不思議そうに尋ねた。


「あ、いえ。……確かに、今の俺には『確実な武器』がもう一つぐらいは欲しいですね」


ヴェルトールが苦笑いで誤魔化すと、その会話を聞いていたのか、休憩に入ったラビがとことこと彼に向かって歩いてきた。



「あの、ヴェルくん。そのことに繋がるかもしれないんだけど……前に言ってた『マナの感知』について、ちょっと気づいたことがあって……」


「えぇっ!?覚えててくれたの!?てっきり忘れられてるかと!!」


ヴェルトールは目を丸くし、食い気味に叫んでしまった。


(ラビはずっと自分と魔導書のことで手一杯だったはずだ。それなのに、俺のあんな些細な相談も、頭の片隅に置いててくれたのか……?)



その誠実さに胸を打たれていると、ラビは「むぅ」と頬を膨らませて抗議した。


「失礼な……ちゃんと覚えてます!」


彼女はぷいっと拗ねたように横を向くが、すぐに視線をヴェルトールに戻し、はにかむような優しい笑みを浮かべた。


「……だって、あの時……ヴェルくんが私を頼って相談してくれたのが、すごく嬉しかったから……」



「ラビ……。悪い!感謝してる!……で?その『気づいたこと』って……?」


ヴェルトールは拝むように謝ると、すぐに食いつくように身を乗り出した。


「うん。……といっても、私もいつの間にか自然に感知できるようになってたから、正直、言葉にして説明するのは難しいんだけど……」


ラビは困ったように眉を下げ、うーんと唸って言葉を探す。

「感覚」を、理屈で伝えるのは難しい。 彼女は自分の腕をさすりながら、慎重に問いかけた。



「あのね……。例えば、風も吹いていない、周りに誰もいないはずなのに……ふと、肌に『何かが触れた』ような感覚になったことって、ないかな?薄い布で撫でられたような……」


「……風も何もないのに……?」


ヴェルトールは腕を組み、視線を斜め上に向けて記憶を巡らせる。


「う~ん……。正直、あんまり意識したことがないからハッキリとは言えないけど……。夜の見張りをしてる時とか、森の中にいる時とかに……ある、ような気がする」


歯切れの悪い返事。

彼はそれを「気のせい」や「鳥肌」として処理していたのかもしれない。


だが、ラビは彼の目を真っ直ぐに見つめ、確信を持って告げた。


「それだよ。……その違和感が、肌が『マナ』を感知してる証拠なんだよ」



「えっと……?つまり、どういうことだ……?」


ヴェルトールは頭をポリポリと掻き、困惑したように尋ねた。

「気のせい」だと思っていた感覚が、なぜマナの感知に繋がるのか、まだピンときていないようだ。


「ん~……。あ、そう!前にイヴ先生に『マナは空気みたいなもの』って教わったんだよね?」


「あぁ。世界中に満ちていて、俺も実はそれを感じてるってやつだな?」


「うん。それって本当にその通りで……。空気って普段は感じないけど、流れると『風』になって、目に見えなくても肌で感じることができるでしょ?」


ラビは手をひらひらと動かし、見えない風を表現する。


「マナもそれと同じなの。普段は漂ってるだけだけど、激しく動くと『流れ』ができて、肌で感じられることがあるんだよ」


「なるほど……。マナの『風』を感じろってことか」


「そう!……ただ、空気と違ってマナはすごく細かい……というか、存在が薄いから、普通の風みたいにはっきりとはわからない。かなり意識を集中しないと、身体をすり抜けちゃうというか……」


ラビは視線を宙に向け、そこで言葉を詰まらせた。


(……うーん。ここから先、どう言えば伝わるんだろう……。)


「集中して感じる」という感覚的な部分を、どうやって具体的な方法論として伝えればいいのか。

彼女は眉を寄せて考え込んだ。



(ううん。この場合、言葉じゃこれ以上伝わらないかも……。……だったら!)


自分の感覚を言語化することに限界を感じたラビは、ある妙案を思いついたように顔を上げた。


「ヴェルくん。……ちょっと、手を出してもらえる?」


「手?……こう?」


ヴェルトールは不思議そうに、剣ダコでゴツゴツとした右手を差し出す。


「うん。その手に意識を集中させてね?目を閉じててもいいから。……じゃあ、いくよ?」


ラビは短く告げると、彼の手には触れないように、その手のひらのすぐ上で、自らの魔力を練り始めた。



すると、彼の手のひらの上の空間が、陽炎のように微かに歪んだ気がした。

直後、風もないのに産毛が逆立つような、奇妙な圧力が肌を撫でる。


フワッ……。


「わっ!?」


ヴェルトールはビクりと肩を震わせ、反射的に手を引っ込めそうになった。


「……な、なんだ今の?」


風は吹いていない。ラビの指も触れていない。

なのに、まるで『見えない羽毛』で撫でられたような、あるいは濃密な空気の塊が乗っかったような……確かな質量を持った「何か」が、手のひらの上を滑ったのだ。


彼は驚いて目を見開き、自分の手とラビの顔を交互に見つめた。



その瞬間だった。


ガガガガガガガンッ!


ラビはヴェルトールにかざしていない、左手に持った魔導書を、素早く奥の的へと向け――無数の氷のつぶてを撃ち放った。

哀れな金属の的は、蜂の巣になって吹き飛んでいく。


「……な、なに……?」


ヴェルトールは状況が掴めずにポカンと口を開いた。

手のひらには優しい感触。目の前では破壊の嵐。

脳の処理が追いつかない。


「ご、ごめんね!私、一度練った魔力を散らすことがまだできなくて……。こうして『魔法』に変換して吐き出さないとダメなの」


ラビは申し訳なさそうにペロッと舌を出し、可愛らしく謝った。

つまり、今の氷弾は単なる「余剰魔力」である。

これもまた、魔導書を手にしたことでできるようになった芸当(余裕)だ。



「……コホンッ」


彼女は気を取り直すように一つ咳払いをすると、真面目な顔に戻って説明を続けた。


「えっと、今のはヴェルくんの手の上で魔力を練ったことで、付近のマナが激しく動いた結果だよ。……どうかな?今の感じで、マナの感触はなんとなくわかった?」


「あ、あぁ……」


ヴェルトールは、まだマナの感触が残る自分の右手を、呆然と見つめた。


(今の魔法の直前……俺の手のひらを撫でた、あの『軽くて重い空気』みたいな……肌に張り付くような、奇妙な感覚……)



「……あれが、マナの動き……?」


彼は初めて掴んだ確かな手応えに、武者震いにも似た震えを覚えた。

これまで「見えないもの」として切り捨てていた世界が、急速に色づき始めた気がした。


「そうそう!今のは、私が無理矢理マナを動かしたからわかりやすかったと思うんだけど……これを『何もしなくても』感じられるようになれば、『マナの感知』はできたも同然だよ!」


ラビは嬉しそうに手を合わせ、自分のことのように喜んだ。



「なるほど。……その手があったか」


その様子を腕組みして黙って見ていたイヴリスが、感心したように口を開いた。

ラビならではの、荒療治だが的確な指導法だ。


「じゃが、一つ補足をしておくぞ。……空気とは違い、自然界のマナはそう易々と肌で感じられる程の激しい動きはせぬ。凪いだ水面の様なものじゃ」


「じゃあ、やっぱり感じるのは難しいんじゃ……」


「否。……マナそのものが動かずとも、感じる事はできる」


「動かずとも……?」


ヴェルトールが不思議そうに首を傾げる。



「うむ。……例えば、湯を張った湯船に浸かった時を想像せよ。湯が動かずとも、その『熱』や『水圧』を肌全体で感じるであろう?」


「あぁ、確かに……」


「マナもそれと同じじゃ。そこにあるだけで、『密度』や『質』を感じ取る事ができる。……流れ()を読むのではなく、()に浸るのじゃ」


イヴリスは人差し指を立て、マナ感知の本質を論理的に説いた。



「場に、浸る……」


ヴェルトールは、その言葉を体に染み込ませるように反芻する。


「マナの感知か……。なるほど、もしこれで魔法の一端でも扱えるようになれば、さっき言った『あと一手』の問題が一気に解決しそうだな」


レックスは腕を組み、ニヤリと面白そうに笑みを浮かべた。

彼の成長の糸口が見えたことが嬉しいようだ。



「……あ!そうだ!よかったらレックスさんも一緒に『マナの感知』の修行をやりませんか!?」


その言葉に、ヴェルトールは仲間を見つけた子供のように声を弾ませた。


「俺たち物理組も、魔法の理屈くらい知っておいて損はないですし!ね?」


「あ、いや……俺は……」


ぐいぐいと迫るヴェルトールに、レックスは困ったように両手を振り、視線を泳がせる。


「大丈夫ですよ!俺もこれから覚える初心者だし、一緒に一から魔法を使えるようになりましょうよ!」


「い、いや、だからな……」


ヴェルトールの無邪気な勧誘(道連れ)を、レックスが断りきれずにいると――横から冷ややかな声が飛んできた。



「……何を寝ぼけた事を言うておる。そやつは既に魔法を使っておるではないか」


イヴリスは「節穴か?」と言わんばかりの呆れた視線を向けた。


「え?」


ヴェルトールの動きがピタリと止まり、その満面の笑みが音を立てて凍りついた。


「……いや、まぁ。……あくまで体術を補助するための『身体強化』の魔法をちょっと……な」


バレてしまっては仕方がない。

レックスはバツが悪そうに視線を逸らしながらポリポリと頬を掻いた。



「う、嘘だろ……?」


ヴェルトールは膝から崩れ落ちそうな顔で、レックスを見上げた。


「レックスさんも……そっち側の人だったの……!?」


信じていた唯一の「魔法使えない仲間」。

共に筋肉と鉄の塊で戦う同志だと思っていたのに。

彼は、梯子を外された上に奈落へ突き落とされたような、絶望にも似た悲痛な叫びを上げた。

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