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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
真の貌 -The Variazione-

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第五十三話:白銀の糸 -The Key to Form-

「……理屈は分かった。だが、完成させると言っても、肝心の問題――『綴じ糸』はどうするつもりだ?」

ストリウスは燃え尽きた残骸を指差し、現実的な問題に話を戻した。

物理的に耐えられない以上、代わりの素材がなければ話が進まない。


「ふむ。……目下、それが一番の悩みどころじゃな」

イヴリスは顎に手を当て、何でもないことのように尋ねた。

「ストリウスよ。おぬし……『ドラゴンの腱』であるとか、そういった類の素材は隠し持っておらぬのか?」


「は……?」

ストリウスは目を点にし、次いで呆れ果てたように声を荒げた。

「……馬鹿を言うな!そんな伝説級の素材、この王宮の宝物庫をひっくり返しても出てこんわ!一介の錬金術師が持っているわけがなかろう!」


「なんじゃ、ないのか。……なれば、別にドラゴンとまでは言わぬ」

イヴリスはつまらなそうに唇を尖らせ、妥協案を提示する。

「『バジリスク』のたてがみや、『コカトリス』の皮膜などでもよいぞ?……熟練の錬金術師であれば、それぐらいの素材、何か隠し持っていて然るべきじゃろう?」


「…………」

彼女は「それぐらい常識じゃ」とでも言いたげに腕を組んでふんぞり返る。

伝説の魔獣を「妥協案」として出すあたり、彼女の感覚はズレているようだ。


「はぁ……。さすがにそこまで希少な素材は、手持ちにはないが……」

ストリウスは重いため息をつき、頭を振った。

「……代わりになりそうなものが残っていないか、少し研究室の奥を漁ってみるとしよう。あまり期待はするなよ」


彼はイヴリスの無茶な注文に肩を落としつつ、トボトボと研究室へ戻っていった。




「俺も、何か手伝うよ!」

「ああ。俺も手伝おう」

ヴェルトールとレックスが、弾かれたように声を揃える。

じっとしてはいられない。仲間が困っているなら動く。それが彼らの流儀だ。


「……ふむ。では望みは薄いが、おぬしら二人は王宮の中に使えそうな素材がないか、誰ぞに聞くなり探すなりしてきてくれ。手当たり次第にな」


「分かった!」

「承知した」

彼女が指示を出すや否や、二人は力強く頷き、風のような速さで訓練場を後にした。



「あ……」

バタンと扉が閉まる。

広い訓練場に残されたのは、イヴリスとラビ、そして床に置かれた羊皮紙の束だけ。


「わ、私にも……何かできることはないですか!?」

ラビは自分の為に奔走してくれる皆の背中を思い浮かべ、居ても立ってもいられずイヴリスに詰め寄った。


「ふむ。……そなたには少し、魔力操作の基礎稽古でもさせようと思っておったのじゃが……」

イヴリスは顎に手を当て、ふと視線を落とす。

そこには、先程の爆発で再びバラバラになり、順序も滅茶苦茶になった羊皮紙の束があった。


「……おぉ、丁度よい」

彼女はそれを見て、意地の悪い、けれどどこか楽しげな笑みをニヤリと浮かべる。


「……え?丁度いい……?」

ラビがきょとんと首を傾げる。その背筋に、冷たい予感が走った。



「そなたの膨大な魔力を触媒に制御させる為には、先程の術式を少々改良せねばならぬ」

イヴリスは床から拾い上げた羊皮紙を一枚、ぴらぴらと振ってみせる。


「我はその再構築を行う。……その間、そなたにはストリウスがやっていた『魔力付与』と、散らばった頁の整理をやってもらおうか」


「……!はいっ!」

ラビはパッと顔を上げ、目を輝かせて返事をした。

自分のせいで失敗したのに、まだ役割を与えてもらえる。それが嬉しかったのだ。

だが、イヴリスはすぐに釘を刺す。


「……が、ゆめゆめ油断するでないぞ。ストリウスは涼しい顔で淡々とこなしていたが、これはそう簡単な作業ではない」

彼女は羊皮紙の表面を指でなぞる。


「羊皮紙の表面に、均一に、薄ぅ~く膜を張るような緻密さが求められる。……さらに、このインクはそなたの魔力に過敏に反応する性質を持っている」


「えっ……」


「つまり、少しでも魔力を込めすぎれば……今度こそこの紙束は、そなたの手の中で暴発し、灰になるじゃろうな」


「…………っ」


脅すように低く囁かれ、ラビはゴクリと喉を鳴らした。

失敗は許されない。替えのきかない一点物なのだ。



「逆に言えば……暴発させずにやり遂げれば、これ以上ない魔力操作の稽古になるとも言える。……精進する事じゃな」

イヴリスはニヤリと笑い、羊皮紙の束を彼女に託した。


「……が、頑張ります……!」

ラビは震える手でそれを受け取ると、指の背で眼鏡の縁を押し上げた。

その瞳から、怯えは消えている。

彼女は一人の魔導士として、その難題に対し、静かな闘志を燃やし始めた。





皆がそれぞれの役割を与えられ、奔走すること数時間。

窓の外の空が、美しい茜色に染まり始めた頃……。


~ストリウスの研究室~


「ホーゥ!!イヴリス殿ぉぉ!!こ、これならどうだぁ!?」

ガラクタの山から這い出てきたストリウスが、頭に蜘蛛の巣と埃をたっぷりと乗せた姿で、イヴリスの元へ駆け寄った。


「……なんじゃ?汚いのぅ……。それは……」

イヴリスは作業の手を止め、眉をひそめて彼の手元を見る。


「これは『キマイラ』という魔獣の腱だ!先程言っていた伝説級……とまではいかぬが、これも中々の素材ではないか!?」


彼が目を輝かせ、自信満々にその乾燥した筋繊維を手渡す。

イヴリスはそれを受け取り、一瞥し、鼻を鳴らし――


―ポイッ


なんの躊躇いもなく、背後へ投げ捨てた。


「な、なんてことをぉぉぉ!!?」


「たわけが」

慌てて拾いに行くストリウスに、彼女は冷ややかな視線を浴びせる。


「異形の素材なぞ使える訳がなかろう」


「そ、そんなぁ……」


ストリウスががっくりとうなだれた、その時。


―バンッ!


その時、研究室の扉が勢いよく開き、ヴェルトールとレックスが戻ってきた。


「……お、戻ったか」


イヴリスは嘆くストリウスを無視し、二人に向き直る。

「……何か使えそうなものでもあったのか?」



「ふふふ……。これなら、絶対にいけるんじゃないかって思ってさ!」

ヴェルトールは、背中に隠し持った『何か』をもったいぶり、満面の笑みを浮かべて胸を張った。

その瞳は、大発見をした子供のようにキラキラと輝いている。


「お、おい……。ほ、本当にそれを見せるのか……?俺は止めたからな……」

その背後で、レックスが顔を引きつらせていた。


「ほぅ?余程の自信がある様じゃな」

イヴリスは眉をひそめつつも、興味をそそられたように白い手のひらを差し出した。

「どれ、見せてみよ」


「へへっ、驚かないでくれよ?……こいつだ!!」


ヴェルトールは「どうだ!」と言わんばかりに、隠していたそれをバシッと彼女の小さな手の上に乗せた。



「…………」



なんと、そこには綺麗に束ねられた一本のロープが乗っていた。



「……おぬしは馬鹿なのか?」



イヴリスは真顔で一蹴し、ロープを投げ捨てた。


「な、なんてことするんだよ!それに馬鹿ってなんだよ!」

慌てて拾いに行くヴェルトール。


「俺なりに必死に探したんだぞ!兵士たちに聞いて回って、この王宮の備品の中で一番強度の高いロープをもらってきたのに!」

彼はなぜロープがダメなのか理解できずに抗議した。



すると、彼女はカッと目を見開き、雷を落とすような大声で怒鳴りつけた。

「その強度の高いロープとやらで、どうやって羊皮紙を綴じるのか、おぬしはその空っぽの頭で少しは考えたのか!?」


「えっ……あ」


「大前提を無視した者を馬鹿以外のなんというのじゃ!!この大馬鹿者がぁ!!!」



その正論過ぎる言葉に、ヴェルトールは肩を落とし、しょんぼりとした様子で椅子に腰掛けた。

ただ純粋に『王宮で一番頑丈なもの』という基準で選んできた彼の努力は、木っ端微塵に砕け散ったのだった。



「ちっ、無駄な体力を使わせおって……」

彼女は悪態をつきながら、期待を込めてレックスに視線を向けた。

「こうなると、おぬしが本命じゃ。何か持ってきたのであれば見せてみよ」


「あ、あぁ、これなんだが……」

レックスは、ヴェルトールの失敗を見た後だけに、恐る恐るイヴリスの手に持ってきたものを乗せた。


なんと、そこには束にされた、細く強靭な『針金』が乗っていた。


「なるほど……針金か」

イヴリスは感心するように、その銀色の束を見つめた。


「これでも……難しいだろうか?」

先程の様子から、怒鳴られるのを覚悟していたレックスは、彼女の静かな反応にホッとした様子で言った。



「いや、着眼点としては悪くない。強度と細さを両立させるなら金属は定石じゃ」

イヴリスは針金を摘まみ上げ、しかし残念そうに首を振った。

「ただ……針金は金属であるが故、熱伝導率が高い。あやつの魔力が通れば高熱を帯び、真っ赤な焼きごてと化す可能性が高い。そうなれば、肝心の羊皮紙の方が痛む恐れがあるのぅ」


「なるほど……。強度だけでなく、綴じられる側への配慮も必要ということか……」

レックスは得心がいったように頷いた。

自分の案も不採用ではあったが、理屈が通っているため悔しさはない。


「しかし、あやつに比べれば、百万倍は素晴らしい素材じゃ」

彼女はそう言って、チラりとヴェルトールを一瞥した。


「…………」

ヴェルトールはあまりの言われように、もはや反論する気力もなく、ロープをギュッと握りしめた。


そんな彼を憐れむような顔で一瞥し、レックスは気を取り直して静かに口を開いた。

「……なら、素材そのものはこれでいくとして。錬金術師であるストリウス殿に頼んで、これに『熱耐性』の加工を施してもらうのはどうなんだ?」


「ふむ。それも悪くない考えじゃが、耐熱加工には限界がある。あやつの魔力でどれ程の高温になるか分からぬ以上、得策ではないな」

イヴリスは首を横に振り、即座にその案を切り捨てた。

安全性が保証されない以上、採用はできない。



すると、部屋の奥で作業をしていたラビが、ふらふらと力なく歩いてきた。


「せ、先生……。で、できました……」

彼女は憔悴しきった様子で羊皮紙の束を差し出す。


イヴリスはそれを受け取ると、鋭い眼光で一枚一枚、厳しくチェックしていく。

場に緊張が走る中、すべてを見終わった彼女は、ふんっと鼻を鳴らしつつも、口元に満足そうな笑みを浮かべていた。


「うむ、よくできておる。……最初はいきなり羊皮紙を燃やし尽くさん勢いじゃったが……よくぞ短時間でここまで修正し、やり遂げた。これなら合格じゃ」


「あ……!」


その言葉に、ラビの疲労困憊の顔から、パァッと自然と笑みがこぼれた。



しかし。

頁は完成した。術式も決まった。術者の準備も整った。

だというのに。


「となると……あとは本当に、『綴じ糸』だけじゃな……」

ストリウスがポツリと呟く。


その一言で、ほんわかとした空気は霧散し、再びズシリと重い沈黙がその場にのしかかった。




――ふぅむ。魔力を中和できる様な素材か……。細く、強く、それでいてしなやかな……。


イヴリスは腕を組み、天を仰ぎ見る。


その時。


何か名案でも思いついたかのように、彼女の顔がパッと明るくなった。


「おぉ!よい事を思いついたぞ!!」


突然の叫び。

重い沈黙を破るその声に、皆の期待の視線が一斉に彼女へ集中する。


「これから準備してくる故、ストリウス!おぬしは先程の『魔蚕の絹糸』で、再び羊皮紙を綴じておいてくれ」


「なっ!?イヴリス殿!?」

ストリウスは耳を疑い、慌てて声を上げた。

「正気か!?あの糸では、また彼女の魔力に耐えられずに焼き切れてしまうぞ!」


「ふん。……故に、その()()()()()()()()()を、我が今からしに行くのじゃ」

イヴリスはニヤリと不敵に笑い、白衣の裾をバサリと翻す。


「おぬしは黙って、我の指示通りそれを綴じておれ。……今度こそ、成功させてやるわ」

彼女はそう力強く言い残すと、呆気にとられる一同を残し、足取り軽く研究室から出ていった。




「……一体、何をするつもりなんだ?イヴリスは……」

ヴェルトールは、もはや何の役にも立たないと分かっていながら、手放すタイミングを逸したロープを握りしめ、不安げに呟いた。


「分からないけど……。でも、イヴ先生があんな自信満々な顔をするんだから、きっと本当にすごいことを思いついたんだよ!」

ラビは彼女が出ていった扉を見つめ、希望に満ちた笑顔を咲かせる。


「……そうだな」

その言葉に皆が頷く。

ストリウスは黙々と魔蚕の糸で羊皮紙を綴じ始め、他の三人は固唾を飲んでそれを見守りながら、イヴリスの帰還を静かに待った。


―ガチャ


と思いきや、彼女はものの数秒で研究室に戻ってきた。


「「「早っ!!?」」」


作業に没頭していたストリウスを除く三人が、そのあまりの早さに思わず声を揃えた。




「綴じ終わったか?」

イヴリスは、散歩から帰ってきたかのような気軽さでストリウスの背後を覗き込んだ。


「早すぎるわ!!まだ針に糸を通したばかりじゃ!もう少しかかるから待っておれ!」

ストリウスはせっせと、しかし熟練の手つきで針を動かしながら、理不尽な要求に抗議の声を上げた。

さすがの宮廷錬金術師も、数秒で製本を終える魔法は使えない。


「もう準備は終わったのか?……一体何をするつもりなんだよ」

ヴェルトールは気になって仕方がないといった様子で彼女に尋ねた。

何か道具を取りに行ったわけでもなさそうだ。


「……まぁ待て」

イヴリスはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、人差し指を口元に当てる。


「それは、綴じ終わってからのお楽しみじゃ」

その自信たっぷりな態度に、一同は顔を見合わせるしかなかった。

彼女の頭の中には、既に勝利の画が見えているようだ。




しばらくして、静寂の中にハサミを入れる音が響いた。


「……ふぅ。……よし、できたぞ」

額の汗を拭い、二度目の製本を終えたストリウスが満足げに言った。


「うむ、ご苦労。……では、これをその綴じ糸の上から、補強するように巻き付けるのじゃ」

そう言って、イヴリスは一本の長い『白銀の糸』を彼に手渡した。


――あれ?あの糸って……。

ラビは心の中でひっそりと呟く。


「こ、これは……!」

受け取ったストリウスの手が震える。

それは極めて細い繊維であるにも関わらず、まるで月の光を凝縮したかのような、冷たく、神秘的な輝きを放っていた。


「なんだ……これは……。触り心地は絹糸のような滑らかさを持ちながらも、指に食い込む反発力は鋼の如き強い張りを感じさせる。……そして何より、この神々しいまでの美しさ……」

ストリウスはその極上の糸を光に透かし、ただただ目を見張った。


「ホーゥ!こんな素材、永く錬金術を研究してきたワシでも、見たことも聞いたこともないぞ!?魔蚕の絹糸はおろか、それこそドラゴンの腱ですら、この『しなやかさ』と『強度』の両立は不可能じゃ!」


「イヴリス殿!!これを一体どこで!?この糸の名は!!?」

ストリウスは興奮のあまり鼻息を荒くし、イヴリスにジリジリとにじり寄る。

その目は、未知の知識に飢えた学者のそれだ。


「……それは秘密じゃ」

イヴリスは制止するように、彼の鼻先に手のひらを突き出して冷たく言い放つ。

「とにかく、今は魔導書の完成が先決じゃ。それを、先程の綴じ糸の上から補強するように巻き付けよ」


「うぅ……」

彼女の有無を言わせぬ剣幕に、彼はしゅんとした様子で引き下がり、黙々と作業台に戻って巻き付け作業を始めた。……が、その手元にある至宝への未練が断ち切れない。


「……あの、先の方だけ、少し研究用に貰っても?」

彼は作業の手を止め、振り返って恐る恐る交渉を試みた。

これほどの素材、少しでも手元に残しておきたいというのが錬金術師の性だ。

だが。


「…………」


イヴリスは無言のまま、冷徹な瞳でゆっくりと首を横に振った。


「……はい」


その絶対的な拒絶に、ストリウスはガクリと肩を落とし、泣く泣く再び作業に戻るしかなかった。




「……ふぅ。……よし、巻き終わったぞ」

ストリウスが最後の結び目を固め、額の汗を拭いながら静かに言った。

その手には、白銀の糸で強固に補強された、仮綴じの魔導書が握られている。

糸は照明の光を反射し、神秘的な輝きを放っていた。


「うむ。では装丁を施す前に、先程の場所で再度実験をしてみるぞ」

イヴリスは腕を組み、その出来栄えに満足げに頷いた。


「あれ?……治癒魔法だったら、わざわざ移動しなくてもよくないか?」

ヴェルトールは不思議そうに自分自身を指差した。


しかし、イヴリスはジロリと彼の体を頭から足先まで見つめ、ふんと鼻を鳴らした。

「……よくよく見ると、おぬしの怪我なぞ大した事なさそうじゃ。その程度のかすり傷に、治癒魔法を使うなぞ、魔力の無駄遣いであろう」


「えぇっ!?さっきまで『実験台』とか『ありがたく思え』とか言ってたのに!?」

ヴェルトールが悲痛な声を上げるが、彼女は聞く耳を持たない。


「行くぞ」

イヴリスが踵を返して歩き出すと、レックスとラビ、そしてストリウスは、ヴェルトールに同情するような苦笑いを向け、ぞろぞろと再び訓練場へと足を向けた。




~ガラルドルフ王宮・第一訓練場~


再び戻ってきた訓練場。

夜の帳が下り、ランプが灯る静寂の中で、イヴリスは高い天井を見上げた。


「では、早速始めるとしよう。……そうじゃな、制御された時にこれまでの魔法の挙動がどうなるのかも確認したかったのじゃが……」

彼女は忌々しげに眉を寄せる。

ラビの雷撃は、天空から雷を呼び寄せる大規模なもの。この屋根があっては、その「変質」の過程を正しく観測できないどころか、王宮が崩落しかねない。


「致し方あるまい。変質については、空が見える広い場所で後程確認する。今回は範囲が狭く、室内で放っても被害の少ない魔法としよう。……であれば、以前使用していた『氷の魔法』で実験じゃ」


「こ、氷……ですか。わ、わかりました」

ラビは緊張した面持ちで、銀糸で綴じられた魔導書をギュッと抱きしめた。


「よいか?先に言っておくぞ」

イヴリスはラビの正面に立ち、人差し指を立てて釘を刺す。


「最初の一発は、今まで通りの感覚で放ってもよい。……じゃが、そなたの魔力が膨大であると判明した今、これからはこれまで通りに無自覚に魔力を練るのは厳禁じゃ」


「はい……」


「触媒に制御させるとは言え、そなたの水門は壊れたままじゃからな。道具に頼り切るのではなく、常に『より少量で練る』という意識を忘れるな」

イヴリスの説明に、ラビはこくこくと何度も頷いた。



「なんで、最初の一発だけ今まで通りなんだ?」

ヴェルトールは素直に浮かんだ疑問を投げかけた。


「それは、魔力の『消費量』を比べるためじゃ」

イヴリスは即答する。

「これまで通りの無茶な練り方でも、この魔導書を通すことで、どれほどこの娘の魔力消費が抑えられているのか……。その『効率の差』を検証したい」


「なるほど」

彼女の論理的な答えに、皆が納得の表情を見せた。


だが――当事者はそうはいかない。


――これまで通りの、練り方……。


ラビの表情が強張る。

脳裏に過ぎるのは、先程爆発四散した羊皮紙の光景だ。またあんな風に、皆が作ってくれた大切な本を壊してしまったら。

彼女は、真新しい魔導書を握る手にぐっと力が入り、緊張を隠せない様子だった。


「……何、心配せずともよい」

その不安を見透かしたように、イヴリスがニヤリと不敵に微笑む。

「この我が保証してやろう。……先程の様に無様に弾け飛ぶ事なぞ、天地がひっくり返ってもあり得ぬ」


絶対の自信。その言葉に、ラビの迷いが晴れる。


「……はい!」


彼女は一つ大きく深呼吸をすると、指の背で眼鏡の縁を押し上げた。



「ではまず、今まで通りの練り方で……あれに魔法を放ってみよ」


イヴリスはそう言って、訓練場の脇に設置された、魔法の威力を測るための分厚い金属の的を指差した。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

ここまで53話の物語を追いかけてくださっている皆様には、感謝の言葉もございません。


本日は、更新ペースに関する大切なお知らせがあります。

これまで「月曜日と木曜日の週2回更新」を続けてまいりましたが、物語の構成や描写をより一層練り上げる時間をいただくため、しばらくの間「週1回の更新」とさせていただきます。


楽しみにお待ちいただいている皆様には申し訳ありませんが、今後のクオリティ向上のため、ご理解いただけますと幸いです。


【今後の更新スケジュール】

更新日: 毎週金曜日 22:00頃

次話公開: 1月23日(金)


少しペースは落ちますが、その分、より熱量のある物語をお届けできるよう執筆に励みます。

再度スケジュールの変更等が生じた際は、その都度ご報告致しますので、温かく見守っていただければ幸いです。


また、更新をお待ちいただく間、もしよろしければ別作品も覗いていただけると嬉しいです。


今後とも「滅びの竜と祈りの唄」をどうぞよろしくお願いいたします。

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