第五十一話:未完 -The Process-
「ふむ。……とは言うたものの、まずはこの羊皮紙に『術式の基盤』を書き込まねば話にならん」
イヴリスは真新しい羽根ペンをインクに浸し、サラサラと流れるような手つきで記述を始めた。
「これは我にしかできぬ繊細な作業じゃ。……ストリウスは書き込んだ文字の魔力定着と補強を。ラビは頁の整理とインクの補充を頼む。……あとの二人は」
彼女はヴェルトールとレックスにチラリと視線を投げ、手でシッシッと払う。
「邪魔じゃ。適当に寛いでおれ」
―カリカリカリ……
部屋に響くのは、ペンが走る音だけ。
完全に蚊帳の外に置かれたヴェルトールは、ガクリとうなだれた。
「えぇ……。また俺たち、暇なの……?」
「……ふっ。確かに、さすがにこれ以上、壁の花でいるのは俺も退屈で死にそうだ」
レックスは苦笑いして腕を解くと、ヴェルトールに向き直った。
「どうだ?ただ待つのも芸がない。……少し特訓、というか『組手』でもやらないか?」
「えっ?」
「城内の兵の訓練場に行けば、木剣などの訓練用装備も借りられる。……身体を動かしたいだろう?」
「い、いいんですか!!?」
ヴェルトールはパァッと顔を輝かせ、椅子から飛び上がった。
「あのレックスさんに稽古をつけてもらえるなんて!!願ってもないです!!」
「もちろんだ。……それに、俺も以前から君の剣術には興味があった」
レックスはニヤリと好戦的な、しかし楽しげな笑みを浮かべて扉へ向かう。
「え~?剣術って言っても、俺のは田舎で棒切れを振ってただけの、完全に自己流ですけどね」
「ほう?型に嵌まらぬ剣か。……それは、なかなかに楽しみだ」
二人は談笑しながら研究室を後にする。
知識の探求は賢者たちに任せ、戦士たちは汗と剣劇の待つ場所へ。
それぞれが、それぞれの「戦い」へと散っていった。
~ガラルドルフ王宮・第一訓練場~
重厚な扉を開くと、そこには高い天井と、見渡す限りの砂地が広がっていた。
「……思った通りだ。今の時間は、兵たちは屋外演習に出ているようだな」
レックスは誰もいない静寂に包まれた訓練場を見渡し、満足げに頷いた。貸し切り状態だ。
「これが、王宮の訓練場……」
ヴェルトールは、その圧倒的なスケールに呆然と声を漏らす。
グリモ村の広場が丸ごと二つは入りそうな広さ。
そして何より、四方の壁一面に隙間なく並べられた、数え切れないほどの訓練用の剣、槍、斧。
それらはすべて使い込まれ、無数の傷が刻まれている。ここが、ただの広場ではなく、血と汗の染み込んだ「修練の場」であることを物語っていた。
「君は、これを使うといい」
レックスは壁際から一本の木剣を選び出し、放るように手渡した。
「……!ありがとうございます!」
受け取った手には、ずしりと心地よい重みと、誰かが握り込んだ手汗の感触が伝わってくる。
「では……。そこの開けた場所で、始めるとするか」
レックスは訓練場の中央――一番広く、遮蔽物のない場所を指差した。
「手加減はしないぞ?……と言いたいところだが、まずは君の『自己流』とやらを見せてもらおうか」
訓練場の土埃が、高い窓から差し込む光の中でキラキラと舞う。
中央で対峙するのは、木剣を構える少年と、手ぶらの獣人。
レックスは鈍色の脚甲を装着した脚を肩幅に開き、だらりと腕を下げて立っている。
あえて何の型もとらない「自然体」。一見、隙だらけに見えるその姿は、しかし不用意に飛び込めば即座にカウンターが飛んでくるという、不可視の結界を張っているようだった。
「いいか。……俺を『殺す』つもりで来い」
翡翠色の瞳が、物理的な重圧を伴ってヴェルトールを射抜く。
「遠慮も手加減もいらない。本気で叩きのめす気概がなければ……君の剣の真価は測れんぞ」
暗赤色の体毛が逆立ち、ビリビリと肌を刺すような闘気が立ち昇る。
「……分かりました!」
ヴェルトールは乾いた喉を鳴らし、木剣の柄がきしむほど強く握りしめた。
重心を低く落とし、全身のバネを圧縮する。
張り詰めた静寂。 広い訓練場に、ヴェルトールの荒い呼吸音と、心臓の早鐘だけが響く。
睨み合いが数秒続いた、その刹那。
最初に動いたのは、レックスの方だった。
――シュッ。
「っ!?」
予備動作がない。地面を蹴る音すらない。
彼は氷の上を滑るように、音もなく一瞬で間合いを詰めてきた。
ヴェルトールは脊髄反射で反応し、その異常なスピードに喰らいつくように木剣を突き出す。
―ブンッ!
だが、切っ先が捉えたのは残像だ。
レックスは突きに合わせて軽やかに跳躍し、空中で体を捻って軌道を回避。そして――その捻った遠心力を殺さず、着地と同時に回転し、鋭い回し蹴りをヴェルトールの脇腹へ叩き込んだ。
――ガギィッ!!
「ぐぅッ……!」
ヴェルトールは木剣を盾にして辛うじて受け止めたが、腕が痺れて感覚が飛びそうだ。
木剣越しに伝わる衝撃は、ただの打撃ではない。まるで研ぎ澄まされた刃物のような、鋭さと重みを持っていた。
――……やっぱり、速い……!それに、攻撃のタイミングが全く読めない……!
ヴェルトールは冷たい汗を流し、反撃の糸口を探そうと視線を凝らす。
だが、レックスは追撃の手を止め、トン、トン、と軽やかなステップでヴェルトールの周囲を回り始めた。
攻撃はしない。ただ、獲物を観察する狼のように、死角へと回り込み続ける。
じりじりと続く睨み合い。
焦れたヴェルトールが、微かな隙を突こうと剣を振り上げた、その瞬間。
―ドンッ!!
「がはっ……!?」
まるでその瞬間を待っていたかのように、レックスの前蹴りがカウンターで突き刺さった。
完全に誘い出されたヴェルトールは反応すらできず、腹部に衝撃を受けてたたらを踏む。
「……ぐ、ぅ……」
木剣を取り落とす寸前で堪え、数歩後退して呼吸を整える。
レックスは追撃せず、腕を組んで静かに見下ろした。
「……その動きでは、一生かかっても俺を『殺す』のは無理だな」
「っ……」
「なるほど。君の欠点が分かった。……ヴェルトール。君は、相手の隙を窺いすぎている」
レックスはヴェルトールの眉間を指差す。
「『どこから攻めるか』『どこが空くか』……。隙を探している時、君の思考はそれに釘付けになり、足が止まる。……それこそが、相手にとっては最大の『隙』になるんだ」
「……隙を窺っている時に、隙ができる……?」
ヴェルトールはハッとした。
まさに先程、自分が焦れて攻撃を仕掛けた瞬間――思考に囚われて体が硬直していたことを自覚したからだ。
「そうだ。考え過ぎるな。脳で判断するより先に、身体を動かせ」
レックスは諭すように、しかし力強く告げる。
「完璧な好機を待つ臆病者は、結局何も掴めない。……相手の動き、戦いの『流れ』の中に、迷わず飛び込め」
「……流れに、飛び込む」
その言葉が、ヴェルトールの脳内でカチリと音を立てた。
――そうか……。俺は今まで、変に賢く戦おうとしていたのか……?
村で稽古をしていた時。森で戦っていた時。
あの頃の自分は、型なんて考えていなかった。ただ、風を感じ、本能のままに動いていただけだ。
――……それが、俺の『本質』なんだ。
ヴェルトールの瞳に、迷いのない澄んだ光が灯る。
彼は木剣を強く握り直すと、肺いっぱいに空気を吸い込み、思考という枷を捨て去った。
「……もう一度、お願いします!」
迷いの晴れた瞳。その言葉に、レックスは嬉しそうに口角を上げた。
「来い」
―ドンッ!!
ヴェルトールは、今度は待たなかった。
相手の出方を見るのではない。自分のリズムで、風のように懐へ飛び込む。
「はぁぁぁっ!!」
繰り出される連撃。
それは、これまでの探るような弱々しい剣とは別物だった。
「っ……!」
予想外の踏み込みに、レックスがわずかに目を見開く。
彼は迫る木剣を脚甲で受け止め続けるが、脚に伝わる衝撃が、先程よりも明らかに重く、そして速い。
迷いを捨てたことで、全身のバネを使った『勢い』が乗っているのだ。
―ガギッ!ガガッ!
レックスの防御のタイミングが、わずかにズレる。
その極小の隙間に、ヴェルトールの身体が思考するよりも速く反応した。
――そこだッ!!
返しの刃が一閃。
―シュパッ!!
「……ほう」
レックスは上体を反らし、寸前でそれを回避する。
バックステップで距離を取った彼の首元で、風になびくストールの端が、ハラリと切り裂かれて舞い上がった。
「……なるほどな。悪くない」
彼は舞い落ちる布片を掌で受け止め、満足げな笑みを浮かべる。
その翡翠色の瞳は、殻を破った若き剣士の成長を、はっきりと捉えていた。
「はぁ……はぁ……。でも、くそっ……!あれだけ動いて、一撃もまともに入れられないなんて……」
ヴェルトールは膝に手をつき、滝のような汗を流して肩で息をした。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。けれど、その顔にあるのは絶望ではない。高い壁を目の当たりにした、清々しい悔しさだ。
「ふっ。……そこは『経験』の差だ。一朝一夕で埋まるものではないさ」
レックスは構えを解き、息一つ乱さぬ涼しい顔で諭す。
「だが……今の君は、良くも悪くも『未完』だ」
「未完……?」
「ああ。型がないということは、これからどんな形にもなれるということだ。……俺よりもずっと、君には『伸びしろ』がある」
彼はヴェルトールの肩をポンと叩き、先程までの厳しさを消して、穏やかな顔で微笑んだ。
「焦るな。これから磨いて、君だけの剣技を……君だけの『強さ』を完成させていけばいい」
一方、その頃の研究室。
ヴェルトールたちが特訓に出て行ってから、既に数時間が経過していた。
室内に響くのは、カリカリと羊皮紙を走るペンの音と、魔力が馴染む微かな音だけ。
ラビは緊張で指先を震わせながらも、書き上がった羊皮紙を慎重に頁順に整理し、ストリウスがその術式に補強の魔力を流し込んで定着させる。
まさに、息の詰まるような連携作業。
その中心で、鬼気迫る集中力でペンを走らせていたイヴリスが、ふと手を止めた。
―コト……
彼女はインクのついたペンを置き、凝り固まった首をコキコキと鳴らす。
「ふむ。……一先ず、これぐらいでよいじゃろう」
「な、何だと……?」
それまでイヴリスの描く美しい術式に釘付けになっていたストリウスが、我に返って怪訝な声を上げた。
彼は積み上がった羊皮紙と、まだ手つかずの白い紙の山を見比べる。
「まだ全体の半分も描けておらんぞ?これでは『魔導書』としては未完成もいいところではないか」
探求心に火がついている彼は、この未知の技術の「完成形」を見たくてたまらないのだ。
だが、彼女は涼しい顔で作業を切り上げた。
「……我はまだ、こやつの使える魔法の『全容』を把握しておらぬ」
イヴリスはラビを親指で指差し、もっともらしく語り始めた。
「器の大きさ、属性の偏り、癖……。それらを見極めぬまま高度な術式を組み込めば、負荷がかかりすぎる恐れがある。故に、今回はまず魔法全体の『流れ』を最適化させる、一番基礎となる術式のみを描いたのじゃ」
彼女はふん、と鼻を鳴らし、誰にも聞こえないような小声でボソッと付け足した。
「……まぁ、単純に疲れたのもあるが」
「……イヴ先生?」
ラビの耳がピクリと動く。
彼女はきょとんとして、今の小さな本音を聞き咎めるような視線を師匠に向けた。
「コホン!……以前も言うたであろう?魔導書は『本』であるが故、後から幾らでも頁を書き足す事ができるとな!」
イヴリスは誤魔化すように声を張り上げ、真っ白なままの残りの羊皮紙をパンと叩く。
「残りは、こやつの成長に合わせて追々書き記していけばよい。それこそが、魔導書の持つ最大の利点『拡張性』じゃ!」
「……なるほど。一理ある」
ストリウスは深く頷き、納得した。
完成品を渡すのではなく、共に成長する余地を残す。それもまた一つの答えだ。
「では、中身はこれで完成じゃな。……ここからどうする? 仕上げにかかるか?」
「……まずは『丁合』を行い、本番の装丁を施す前に、一度試験をしたいところじゃな」
イヴリスはそう言うと、ラビの手から整理された羊皮紙の束をひったくるように取り上げ、作業台のストリウスへ「ほれ」と放るように手渡した。
「ちょ、ちょうあい……?」
聞き慣れない単語に、ラビが小首を傾げる。
「……頁を『正しい順番』に重ね合わせ、一冊の束にする工程のことじゃ」
イヴリスは「そんな事も知らぬのか」と言いたげなジト目を向ける。
「よいか?魔導書とは一冊で一つの巨大な回路じゃ。この丁合を疎かにし、頁の順序が狂えば……術式が正しく連動せず、魔法が最適化されぬまま放たれる。そうなれば、その魔導書なぞただの紙束よ」
「なるほど……!それなら大丈夫です!渡された順番通りに、何度も確認して整理しましたから!」
ラビは胸を張り、自信を持って答えた。
彼女なりに、師の意図を汲んで完璧な仕事をしていたのだ。
「ふむ、ならばよい。……ではストリウスよ。それを仮綴じしたら、早速試験に行くぞ。どこぞ、おあつらえ向きな場所はあるか?」
「ホーゥ!!それなら『訓練場』がいいだろう!あそこなら、魔法の実験にも耐えうる結界が施されておるからな!」
ストリウスは羊皮紙の束を受け取ると、素早い手つきで糸を通し、本としての形を整えていく。
その背中にある翼は、歴史的な瞬間に立ち会える興奮で、武者震いのように小刻みに震えていた。
~ガラルドルフ王宮・第一訓練場~
イヴリスたちが訓練場に到着すると、そこには対照的な二つの姿があった。
ヴェルトールは、大の字になって砂塗れで寝転がり、ぜぇぜぇと呼吸を繰り返している。
一方、レックスは涼しい顔で座り込み、額の汗を軽く拭っている程度だ。
どうやら、あの後もかなり激しい「かわいがり」が続いていたらしい。
「ん?おぬしら、こんな所で何をしておる?」
イヴリスは不思議そうに小首を傾げた。
彼女は作業に夢中で、彼らが「特訓に行く」と言って出て行ったことなど、全く気に留めていなかったのだ。
「何って……。ここで、レックスさんに……稽古をつけてもらってたんだよ……」
ヴェルトールはよろよろと上半身だけを起こす。
「ふむ。……稽古、か」
イヴリスは彼の悲惨な状態をジロジロと眺め、ニヤリと口角を吊り上げた。
「……おい、ラビよ。ここに丁度よい、『実験台』がおるぞ。早速、魔導書を試してみるとしよう」
「……!?」
ヴェルトールがビクンと跳ねる。
「じ、実験台って……。ヴェ、ヴェルくんはもうボロボロですよ……?」
ラビは引きつった笑いで諌めようとするが、イヴリスは聞く耳を持たない。
「案ずるな。……ほれ、構えよ!」
「え、なに?『実験台』って……なんかすごく怖い響きなんだけど……」
ヴェルトールは引きつった顔で後ずさる。てっきり、破壊魔法の威力を試されるのだと思ったのだ。
「何を勘違いしておる、たわけ」
イヴリスは腰に両手を当て、心外だとばかりに彼を見下ろした。
「これから、完成したこの『魔導書』を通し、ボロボロのおぬしに『治癒魔法』を施してやろうと言うておるのじゃ。泣いてありがたがるがよい」
「あ……。なんだ、治癒魔法か……」
ヴェルトールはホッと胸を撫で下ろす。それなら願ってもない話だ。
だが――ふと、嫌な予感が過る。
「……けど、いつにも増して強引だな。……なぁ、それって本当に『安全』なのか?」
恐る恐る尋ねる彼に、イヴリスは「何を当たり前のことを」という顔で即答した。
「……それを、今から確かめるのじゃろうが」
「そ、そんなぁ……!?」
不安的中。
安全性が保証されていない未知の技術。もし暴発すれば、治るどころか消し飛ぶかもしれない。
その事実に気づき、ヴェルトールと、これから魔法を使う施術者の顔が、示し合わせたように同時に引きつった。
「往生際の悪い!……おぬし、以前こやつに『力を貸す』と大見得を切ったであろうが!それが正に、今この瞬間じゃ。観念せい!」
イヴリスは問答無用と言い放つと、逃げ腰になっていたラビの背中を、ドンッ!と力強く押し出した。
「ひゃうっ!?」
ラビは素っ頓狂な悲鳴を上げ、ヴェルトールの目の前へと突き出される。
もう、後へは引けない。
「よいか?焦るでないぞ」
イヴリスは腕を組み、鬼教官の顔で指示を飛ばす。
「最終的に魔法を放つのは、手のひらでもよい。……じゃが、その過程を変えよ」
彼女はラビが抱える綴じられた羊皮紙を指差す。
「魔力を直接練り上げるのではない。……体内の魔力を一度その『魔導書』へと流し込み、本に刻まれた術式を伝わせ、そこを経由して対象へと放つ……。それを意識せよ」
ラビは縋るような瞳で、眼前の『哀れな実験台』と、背後に控える『鬼教官』を交互に見比べる。
逃げ場はない。やるしかない。
「……え~っと……。し、失敗したら……ごめんね?」
「え、ちょっ!ま、待って!なんてこと言うんだ!心の準備がまだ……!!」
ヴェルトールの悲鳴に近い制止など、極限状態の彼女の耳には届かない。
ラビは震える手で魔導書を広げると、ギュッと瞳を閉じ、意識を集中してヴェルトールに手をかざした。
――イメージして……。私の中の魔力を、この本へ……!
ラビの魔力に呼応し、羊皮紙に刻まれた群青のインクが脈動する。
刹那。 魔導書に描かれた複雑な術式が、眩い白金色の光を放って激しく輝きだした。
その直後だった。
――バチバチッ!!
魔導書の中心から、何かが焼き切れるような不吉な亀裂音が響いた。
「え……?」
ラビが息をのむ間もなく。
――バンッ!!!
仮止めの糸が弾け飛び、魔導書が内側から破裂した。
爆発的な風圧と共に、綴じられていた羊皮紙が一斉に舞い上がる。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
視界を覆う白い紙吹雪。
それは、つい先程まで皆で積み上げた希望の残骸だ。
一枚、また一枚と、力なく床へ落ちていく音が、訓練場の静寂を際立たせる。
やがて、すべての頁が舞い落ちると、そこには残酷なまでの沈黙だけが残された。
「あ……あぁ……」
ラビの手元に残ったのは、何もない虚無だけ。
彼女は足元に散らばる羊皮紙の海の中で、指先を震わせたまま立ち尽くしていた。
失敗。その重い事実が、冷たい床の上に突きつけられていた。




