第五話:力 -The Pact-
「滅びの竜と祈りの唄」を読んでいただき、ありがとうございます!
お待たせいたしました!初めての更新です!
今回これを記念して、二話分を一挙に公開します!
村の青年ヴェルトールと封印が解かれた"イヴリス"。二人の運命がどう絡み合い、物語がどう動き出すのか、ぜひ続けてお楽しみください!
「……ふむ、イヴリス、か。……って、え?邪竜!!?」
ヴェルトールは数秒遅れて、素っ頓狂な声を上げてのけぞった。
――邪竜って……あの、神話やおとぎ話に出てくる、神々と争って世界を滅ぼしかけたっていう、あの伝説の?
「くどいぞ。そう言っておろうが」
驚く彼をよそに、イヴリスは腰に手を当て、さも当然といった顔でふんぞり返る。
その姿に、ヴェルトールはまじまじと彼女を見下ろした。
「いやいやいや!だって邪竜って言ったら、もっとこう……山のように巨大で、恐ろしい怪物の姿だろ?どう見てもただの女の子じゃないか」
「むぅ……っ!たわけ人間め!」
痛いところを突かれたのか、彼女は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「何がおとぎ話か!それにこの姿は、構築の際におぬしが『その様な人間』を思い浮かべたからに過ぎぬ!」
「あ……そういえば」
「今は永き封印の影響で力が弱まっておる故、不本意ながらこんなナリをしておるが……中身は紛れもなく、世界を震わせた邪竜イヴリスなのじゃ!」
彼女はぷぅっとリスのように頬を大きく膨らませ、小さな胸に手を当てて、下から睨め上げるようにヴェルトールを威嚇した。
――う~ん、まぁ……。瀕死の重傷を一瞬で完治させたり、光からあんな複雑な衣装を作り出したり……人智を超えた不思議な力を持っているのは確かだ。そこは疑いようがない。
――でも、「邪竜」って言えば、おとぎ話じゃ世界に終焉をもたらす「滅びの竜」……だよな?そんな危険な存在が、なんで俺みたいな一般人に契約を持ちかけ、助けてくれたんだ……?
ヴェルトールは頬を膨らませて抗議する「自称・邪竜」を、ジト目で見つめながら思考を巡らせる。
――それに……。「不本意な姿」とか言ってた割には、さっきノリノリでくるっと回ってポーズ決めてたよな? あの顔、どう見ても満更でもない感じだったぞ?
「ええい、おぬしの顔には『何やらつまらぬことを考えておる』と書いてあるぞ」
図星を突かれ、ヴェルトールはギクリと肩を揺らす。だがイヴリスは、それ以上の追及は面倒だとばかりに鼻を鳴らした。
「まぁよい。互いの名も知ったことじゃ、無駄口を叩くのはここまでにして、さっさと契約を結ぶぞ」
「え、ちょっ……心の準備が!」
抗議も虚しく、イヴリスは有無を言わさず、再び彼に向けて小さな掌をかざした。
その瞬間。
―フワッ……
彼女の手から、闇を溶かしたような淡い黒色の光が溢れ出し、ヴェルトールの胸へと吸い込まれていく。
「う、わ……っ」
禍々しい色とは裏腹に、流れ込んできたのは意外なほど心地よい『熱』だった。
――なんだこれ……温かい。
恐怖はない。まるで、体の奥底から新しい血が巡っていくような感覚。拒絶反応はなく、それどころか乾いた大地が水を吸うように、彼の魂がその力を自然と受け入れているのが分かった。
「ふふん……」
ヴェルトールの体が仄かに黒い光を帯びるのを見て、イヴリスは満足げに口角を吊り上げ、妖艶に目を細めた。
やがて、彼を包んでいた黒い光は、皮膚の下へと溶け込むようにスッと消え去った。
残ったのは、体の芯で小さく、しかし力強く燃える熱い感覚だけだった。
「ふぅ……」
イヴリスは一つ息を吐くと、少し気怠そうに肩をすくめた。さすがに封印解除と契約の連続で、消耗したのだろうか。
「まぁ、脆弱な器のおぬし如きが、そう簡単に扱える代物ではないが……これでひとまず、契約は完了じゃ」
「まだ心の準備ができてなかったのに……強引だなぁ」
ヴェルトールは苦笑しながら、自分の両手を握ったり開いたりして確かめる。確かに、先程までの疲労感は消え、体の奥から力が湧いてくる気がする。
「でもまぁ、この『力』ってのがなんなのか、まだよく分からないけど……大事に使わせてもらうよ!」
彼は顔を上げ、太陽のような満面の笑みを彼女に向けた。
「ありがとな、イヴリス!」
「……っ」
邪竜である自分に向けられた、一点の曇りもない純粋な感謝。イヴリスは一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くすると、ふいっと顔を背けた。
「ふん、調子の狂う奴じゃ……」
呆れたような声。だが、その口元は微かに緩み、美しく弧を描いていた。
その時だった。
森の奥深くから、地響きのような重々しい足音が近づいてくるのを、二人の肌が感じ取った。
―ズゥン……ズゥン……
足音に合わせて地面が震え、木々が怯えるようにざわめく。
森全体が息を潜め、新たな捕食者の到来に震えているようだった。
「っ……何か、来る……!」
ヴェルトールは弾かれたように立ち上がり、剣を抜いて構える。さっきまでの魔物とは違う、圧倒的な質量と圧。 だが、背後の相棒(?)は、どこまでもマイペースだった。
「ふわぁ……。我はまだ、戦えるほどの力は戻っておらぬ」
イヴリスはあくびを一つ噛み殺すと、ひらりと身を翻し、なんと今しがたヴェルトールが叩き割った『石碑の破片』に腰を下ろした。
「それに、丁度よい。おぬしが相手をするがよい」
まるで特等席で観劇でもするかのように、彼女は足を組み、優雅に頬杖をついてヴェルトールを見上げた。
―ズゥン……ズゥン……
闇の奥から、光を拒絶するような巨大な影が、ゆっくりと、だが確実に近づいてくる。
―ズゥンッ!
ヴェルトールの数メートル先で、その足音が止まった。
松明の頼りない光に照らし出されたのは、悪夢を煮詰めたような異形の巨人――オーガだ。
額からは歪にねじれた角が生え、何より異質なのはその右腕だ。身体のバランスを無視するほど異常に発達し、丸太のような筋肉が脈動している。
―ズル……ズルル……
「何か、引きずってる……?」
オーガの左手には、何かが握られていた。ヴェルトールは目を凝らし、暗闇にぶら下がる「それ」に視線を向ける。そして、息をのんだ。
「……っ!」
なんとそれは、先ほど彼が死闘を繰り広げたあの大蛇――ヴァイパーの成れの果てだった。
鋼鉄の硬さを誇った頭部は無惨に砕かれ、長い胴体は枯れ木のように力なく地面を引きずられている。
「そんな、嘘……だろ……」
ヴェルトールの心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う。
――あの大蛇を、片手で……?まるで、ゴミでも扱うみたいに……。
目の前の怪物は、さっきまでの魔物とは「格」が違う。 生物としての絶対的な強者。
その圧倒的な絶望感が、彼の足をその場に縫い留めていた。
――あの硬い蛇にすら、まともに傷一つつけられなかったのに。 それを「餌」にするような化物と、やり合えって言うのか……?
腐った肉と獣の脂が混ざったような、鼻を刺す強烈な体臭が、死へのカウントダウンのように濃厚に漂ってくる。
「クソッ、あのでかい蛇一匹でも、とんでもない強さだったのに!こんなの、どう戦えばいいんだよ……!」
恐怖で足がすくみそうになる。助けを求めるように、ヴェルトールはふと後ろを振り返った。
視線の先。イヴリスは石碑の上で優雅に足を組み、震える彼の背中を楽しげに見つめていた。
そして、ニヤリと片方の口角を吊り上げ、悪魔のように囁く。
「何も問題はない、そやつに我の力の片鱗を披露してやるがよい」
そう告げた瞬間、彼女の真紅の瞳が妖しい光を灯した。
「グウゥゥ……」
オーガは低く喉を鳴らし、目の前の小さな人間を「手頃な獲物」として認識したようだ。 濁った眼球が、ヴェルトールの肉をねっとりと舐め回す。
――怖い。足がすくみそうだ。
――だけど、今は……イヴリスの力を信じるしかない!
「すぅ……はぁ……」
彼は深く息を吸い込み、腹の底に力を溜める。恐怖をねじ伏せ、剣を正面に構えた。
「いくぞッ!!」
覚悟と共に地を蹴った、その瞬間。
―ドクンッ!!
彼の心臓が脈打ち、全身の血が沸騰したかのような熱が駆け巡った。
「……っ!?」
世界の色が変わる。ヴェルトールの淡い灰色の瞳が、瞬きの間に、イヴリスと同じ鮮烈な真紅へと染め上げられていく。
――なんだ?手が……熱い!
剣を握る右手に、焼けるような、それでいて心地よい熱量を感じて視線を落とす。
そこで彼は見た。
ただの鉄の剣が、柄から切っ先へ向かって、見る見るうちに夜闇より深い「黒」に浸食されていく様を。
―ボウッ!!
直後、黒く染まりきった刀身から、揺らめく『漆黒の炎』が噴き上がった。
それは松明のように辺りを照らすのではなく、周囲の光すらも貪欲に飲み込む、恐るべき黒の劫火だった。
「これは……!」
ヴェルトールは目を見開き、自分の手元で渦巻く黒い炎を凝視した。
そんな彼を、特等席のイヴリスは頬杖をつきながら、少しだけ冷ややかな目で見下ろしていた。
――ふん。たかが剣に魔力を纏わせた程度で、何をそう目を白黒させておるのやら。
彼女は小さく鼻を鳴らす。
――この程度で驚いておるようでは……少々見込み違いだったかのぅ……?
だが、そんな邪竜の辛辣な評価などつゆ知らず。ヴェルトールは剣の柄を強く握り直し、顔を上げた。
その真紅に染まった瞳には、先ほどまでの迷いは微塵もなかった。
「これが、邪竜の力か……!」
全身に力が満ちている。負ける気がしない。
「……よし!」
彼は短く吠えると、迫りくるオーガに向かって駆け出した!
「はぁぁぁぁっ!!」
ヴェルトールは覚悟と共に懐へ飛び込み、鋭く一閃した。
―ズバァッ!!
闇を切り裂く黒い軌跡。剣先から迸った漆黒の炎が、オーガの剛腕と、そこに握られたヴァイパーの亡骸を同時に撫でる。
その瞬間、理不尽なほどの破壊が顕現した。
「……?」
抵抗はない。鋼鉄より硬かったはずのヴァイパーの鱗も、丸太のようなオーガの筋肉も、黒い炎に触れた端から音もなく消滅していく。 焼けたのではない。「喰われた」のだ。
「……ッ!?グアァァァァァァ!!!」
自らの腕が一瞬にして灰と化したことに気づき、オーガが遅れて驚愕と激痛の悲鳴を上げる。 魔物は恐怖に顔を歪め、慌てて後ろへ飛び退こうとするが――もう遅い。
―ゴオオオッ……
まるで意思を持つ生き物のように、黒炎は傷口からオーガの全身へと這い上がり、逃がそうとはしなかった。
「す、すごい……!」
ヴェルトールは自身の剣を見つめ、戦慄する。
重さを感じない。体も羽が生えたように軽い。
――これが、邪竜の力……! ――とんでもない力だ……!
感動と恐怖が入り混じる高揚感。 彼は湧き上がる衝動に身を任せ、次々と斬撃を繰り出した。
漆黒の炎は、闇夜を切り裂く刃となってオーガの動きを完全に封じ込めていた。
「グ、ァ……アァ……」
再生能力など追いつかない。魔物は自らの肉体が黒く浸食され、ボロボロと崩れ落ちていく恐怖に呻き声を上げるしかない。
その一方的な蹂躙劇を、イヴリスは頬杖をついたまま静かに観察していた。
――ほぅ?
真紅の瞳が、興味深そうに細められる。
――力に振り回されて自滅するかと思うたが……意外に自我を保っておるな。剣筋も悪くない
脆弱な人間にしては、上出来か。彼女が評価を改めた、その時だった。
「これで……トドメだッ!!」
ヴェルトールが最後の一撃を振り下ろす。
―ズンッ!!
剣がオーガの脳天を砕くと同時、圧縮された黒炎が爆発的に膨れ上がった。
「ガァ――……」
断末魔すら許さない。渦巻く黒の劫火はオーガの巨体を瞬時に包み込み、その存在を世界から削り取るように燃え上がった。
数秒後。
炎が揺らめいて消えた時、そこには死体どころか、塵ひとつ残っていなかった。
あるのは、硝煙と焦げた土の匂い、そして圧倒的な静寂。
それは勝利と呼ぶにはあまりに静かで、完全なる「消滅」だった。
ヴェルトールは剣を握ったまま、手に残る黒炎の熱を感じながら息を荒くして立ち尽くす。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
彼の体は戦いの高揚感でまだ震えていた。
「すごい…」
ヴェルトールは自身の拳をまじまじと見つめ、掠れた声で漏らす。
――これが、邪竜の力。
そこへ、後ろから満足そうなイヴリスの声が聞こえてきた。
「ふむ、よもや扱えるとは思わなんだが……なかなかどうして、存外様になっておったな」
「はぁ、はぁ……扱えないと思っていたのに、戦わせたのかよ…」
ヴェルトールは肩で息をしながら、恨めしげに振り返る。
「ふん、当然であろう」
彼女は悪びれもせず、ツンと鼻を鳴らし、
「あの程度の力も扱えなければ、我の力を振るう資格はないからな」
朝焼けに照らされた顔に意地の悪そうな笑みを浮かべていた。




