第四十七話:謁見 -The Unveiled Face-
衛兵に招かれ、巨大な扉をくぐる。
その先に広がっていた光景に、ヴェルトールとラビは、本日二度目の息をのんだ。
煌びやかな装飾や金銀の輝きはない
代わりにそこにあったのは、長い歴史の年輪が刻まれた、圧倒的な「荘厳さ」だった。
空間を満たすのは、鏡のように磨き上げられた濃い色の巨木と、苔を思わせる深い緑色の石材。
高い天井まで続く壁面には、この国を築き上げた獣の英雄たちを描いた、巨大なタペストリーがいくつも掛けられ、無言の威圧感を放っている。
足元には、人間の城のような柔らかな絨毯はない。 獣人たちが爪や蹄でも歩きやすいよう、硬質な石が隙間なく敷き詰められており、一行の歩みが厳かな音となってホールに響き渡る。
奥の方では、湧き水を引き込んだ小さな泉が清らかな音を立て、至る所に置かれた鉢植えからは、瑞々しい緑の香りが漂っていた。
それは、冷たい石造りの城でありながら、まるで深い森の奥深くに迷い込んだかのような、神秘的な静寂だった。
威圧的なその空気に、ヴェルトールの胃がキリキリと悲鳴を上げる。
「こ、これのどこが『ただの家』なんだよ!!」
「人が住んでおるのじゃから家じゃろうが。……壁が少し分厚いだけじゃ」
「少し……!?」
彼が声を潜めて抗議するも、イヴリスは涼しい顔で「それが道理」とばかりに切り捨てる。
一方、ラビに至っては、もはや言葉を発することすらできず、白目を剥いて泡を吹きそうな顔で固まっていた。
「では、私はこれで……」
案内してくれた衛兵が一礼して去っていく。
入れ替わるように、回廊の奥から、一人の獣人が歩み寄ってきた。
それは、先程の衛兵とは明らかに『格』が違う、銀灰色の毛並みを持つ年老いた狼だった。
背筋はピンと伸び、洗練された所作には、静かな威厳が漂っている。
「……久しいですな。レックス殿」
「おぉ、"ロルフ"殿!お久しぶりです」
レックスはその老狼に対し、親愛と敬意を込めて深々と頭を下げた。
この国の重鎮とも顔見知り。彼の顔の広さに、ヴェルトールたちは改めて驚かされる。
「謁見の準備は、既に整っておりますよ。……何せ陛下ときたら、貴方が来ると聞いて昨夜から、今か今かとお待ちかねのご様子でしたからな」
ロルフは困ったように、けれど嬉しそうに口元の髭を揺らした。
「さぁ。すぐにでも『謁見の間』へと参りましょう」
老狼は流れるような所作で一行を促し、先導して歩き出す。
「へ、陛下が……お待ちかね……!?」
その言葉に、ヴェルトールとラビの顔色はますます色を失い、足取りは死刑台へ向かう囚人のように重くなる。
そんな二人とは対照的に、イヴリスだけは「ほぅ、あれはなんじゃ?」と物珍しそうに装飾品をキョロキョロと眺めながら、一行は廊下の奥へと進んでいった。
~謁見の間~
「それでは、陛下をお呼びして参ります。……しばし、お待ちくだされ」
ロルフは恭しく一礼すると、その場を立ち去った。
残されたのは、広大な空間にポツンと取り残された一行のみ。
「うぅ……。胃が……」
ヴェルトールとラビは、生きた心地がしなかった。
高い天井まで続く石壁に沿って、精強な獣人の兵士たちが微動だにせず整列し、彫像のように沈黙を守っている。
そして何より、玉座の最も近く。
そこには、一際巨大な体を誇る、屈強な熊の獣人が腕を組み、一行を鋭く見据えていた。
その眼光は、不審な動きをすれば即座にねじ伏せるという、無言の警告だ。
静寂が続くこと、数分。
永遠にも感じられたその時、広間の最奥にある扉が、ゆっくりと開き始めた。
全員が息をのむ。
開かれた扉の奥から、静かに、しかし圧倒的な覇気を纏って姿を現したのは―― 頭上に美しい銀色の王冠を戴き、静かな威厳を湛えた、一人の獣人だった。
現れたのは、アリスと同じ、雪のように真っ白な毛並みを持つ、うさぎの獣人だった。
だが、その印象は似て非なるものだ。
アリスのような愛らしさはなく、その肢体は大人の女性としてスラリと背が高く、洗練されている。
歩くたびに銀の王冠が煌めき、一挙手一投足から溢れ出る気品と高貴さは、冷たい月の光のようだった。
―ザッ!!
彼女が玉座の前へ進むと同時、レックスと兵たちは、示し合わせたかのように一斉にその場に跪いた。
訓練された恭順の姿勢。その張り詰めた空気に圧され、ヴェルトールとラビも訳も分からないまま、慌てて地面に膝をついて頭を下げる。
――ただ一人を除いて。
「…………」
イヴリスだけは、腕を組んだまま仁王立ちで、不遜な視線を王に向けていた。
「っ!?お、おい!イヴリス!!」
ヴェルトールの背筋が凍る。
横目でチラリと見ると、あの巨岩のような熊の衛兵が、ギロリと殺意の籠もった眼光でイヴリスを睨みつけているのだ。
――こ、殺される!
「頭を!頭を下げろってば!!」
ヴェルトールは血の気が引く思いで、必死に彼女のスカートの裾をグイグイと引っ張り、小声で絶叫した。
「ええい、鬱陶しい……。何故この我が、獣人風情に頭を垂れねばならぬ」
イヴリスは彼の手をペシッと払い除けると、深くため息をつき――仕方がないとばかりに、その場にちょこんとしゃがみ込んだ。
――そ、そうじゃないだろぉぉぉ……!!
ヴェルトールは心の中で絶叫し、冷や汗で床を濡らした。
女王は流れるような動作で玉座に腰を下ろすと、静かに、しかしよく通る涼やかな声で告げた。
「面を上げよ」
その言葉に、イヴリスを除く全員が恐る恐る顔を上げる。
「……いつまでも膝をついている必要はない。許可する、楽にせよ」
女王は頬杖をつき、少し面倒くさそうに指を振った。
全員が立ち上がると、彼女はヴェルトールたちを見渡し、ふわりと穏やかな笑みを浮かべる。
「遥々よく参ったな。……そなたらの到着を、楽しみに待っていたぞ」
歓迎の言葉。
だが直後、彼女は自身の周囲をガチガチに固める衛兵たちを鬱陶しそうに見回し、大きなため息をついた。
「はぁ……。他の者はもうよい、下がれ」
「し、しかし陛下!この者たちはまだ素性も知れず……!」
側近の熊の獣人が、慌てて異議を唱える。万が一にも、王に危害が加えられてはならない。
だが、女王は冷ややかな瞳でそれを制した。
「くどい。これは命令だ」
「……っ」
「それに、ここにはレックスがいる。……何を心配する必要がある?」
「……はッ!失礼致しました!」
王の有無を言わさぬ命令と、レックスへの絶大な信頼。
熊の獣人は彼を一瞥し、釈然としない表情を浮かべつつも、主の命には逆らえず、兵を引き連れて足音高く広間を後にした。
重厚な扉が閉まり、広間には、静寂と一行だけが残された。
「え……えっと……?」
急展開に置いてきぼりを食らったヴェルトールとラビは、何が起こっているのか分からず、ただポカンと立ち尽くすしかなかった。
衛兵たちの足音が遠ざかったのを確認すると。
「ふぅぅ~~~~……っ!!」
女王は玉座の上でダラリと背もたれに沈み込み、盛大なため息を吐き出した。
さっきまでの、月のように冷ややかな気品はどこへやら。
そこにいたのは、堅苦しいドレスと王冠の重さにうんざりしている、等身大の女性だった。
「あー、肩凝った……。やっと、うるさいのが出ていったわね」
彼女は首をコキコキと鳴らし、ヴェルトールたちに苦笑いを向ける。
「ごめんなさいね?あんなお堅い喋り方じゃ、話したいことも話せないもの」
「…………」
そのあまりに急激な豹変ぶりに、レックスはやれやれと慣れた様子で肩をすくめる。
対して、ヴェルトールとラビは、あまりのショックに思考が停止し、口を半開きにしてポカンと固まってしまった。
「驚かせてしまったかしら?……改めて、自己紹介するわね」
彼女は姿勢を直し、親しみを込めた笑顔を浮かべた。
「私は、フェリシア。……この獣人の国ガラルドルフを預かる女王、『フェリシア』よ」
その名は、ザレンのギルドで聞いた「過去に呪いを受け、生還した王女」の名、そのものだった。
「あ、え、えっと……!」
ヴェルトールたちは理解が追いつかず、訳も分からないまま緊張した面持ちで順番に名乗りを上げた。
「なるほどなるほど!ヴェルくんに、ラビちゃんに、イヴちゃんね?よし、覚えた!」
フェリシアはパンと手を叩き、楽しそうに三人の顔を指差して愛称で呼んだ。
威厳の欠片もない、近所のお姉さんのような親しみやすさだ。
「それで?今日はここに何しに来たの?私はレックスから『大事な客人を連れてくるから会ってくれ』としか聞いてないの」
彼女は玉座の上で足を組み直し、ワクワクした様子で身を乗り出す。
「よかったら教えてくれない?」
「え、えーっと……?」
あまりの距離感の近さに、ヴェルトールは戸惑い、助けを求めるようにレックスへ視線を送る。
彼は無言で、しかし力強く一つ頷いた。
ヴェルトールは意を決し、居住まいを正して向き直る。
「……あの。突然こんなことをお聞きするのはすごく失礼ですし、あまり思い出したくないことかもしれないんですけど……」
彼は言葉を選び、慎重に、けれど核心を切り出した。
「陛下は……数年前、賊に襲われたことがあると……伺いました」
「…………」
瞬間。
フェリシアの表情から笑みが消え、部屋の空気がスッと冷えた。
彼女は静かに俯き、自身の胸元を無意識に押さえる。それは、今はもう消えたはずの傷が疼いているようだった。
「……そうね」
数秒の沈黙の後、彼女は顔を上げた。
「確かに……あまり思い出したくはないけれど。否定はしない。……確かにそういうことがあったわね」
その瞳には、過去の恐怖を理性でねじ伏せた、王としての強い光が宿っていた。
「……でも、あの時の賊は、そこにいるレックスが追い払ってくれたから。この通り、今の私はピンピンしてるわよ!」
フェリシアは親指でレックスを指差した。
「……ええ。実は、その後のこ……と……ん?」
ヴェルトールは真面目な話を続けようとして――ふと、言葉を詰まらせた。
脳が、今聞こえた単語の処理を拒絶している。
「……あの、すいません。今、誰が追い払ったって言いました?」
「ん?だから、そこにいるレックスよ」
フェリシアはきょとんとして、さも当然の事実のように爆弾を投下した。
「彼はその頃、私の『筆頭近衛騎士』で、この国の『副騎士団長』だったもの!……あれ?聞いてなかったの?」
「…………」
筆頭。近衛。副団長。あまりに衝撃的な言葉の連発に、時が止まる。
ギギギ……と錆びついた歯車のような動きで、ヴェルトール、ラビ、そしてイヴリスの視線が、一斉に一点へと集中した。
その突き刺さるような視線を受け、レックスは視線を天井へと逸らし、気まずそうに、鼻の頭をポリポリと掻いた。
「……いや、まぁ。聞かれなかったものでな」
「「「ええええぇぇぇぇぇっ!!!?」」」
三人の絶叫が綺麗に重なり、荘厳な謁見の間にこだました。
ただの「頼れる兄貴分」が、まさか国の重鎮だったとは。この旅一番の衝撃が、一行を襲っていた。
「ふむ。前々から色々と不可解じゃったが……おぬしが元・副騎士団長であれば合点がいくわ」
イヴリスは腕を組み、納得したように何度も頷いた。
王に謁見できるほどの顔の広さ、衛兵の態度、そして何よりあの圧倒的な実力。ただの冒険者にしては規格外すぎたのだ。
「……別に隠すつもりはなかったんだが、特に言う理由もなくてな……」
レックスはバツが悪そうに視線を逸らし、ボソボソと言い訳する。
「……その後、皆の反対を押し切って、ね」
フェリシアは玉座から身を乗り出し、少し寂しげな目で彼を見つめた。
「彼は、私を襲った賊の正体を探るために……『副騎士団長』という地位を自ら捨てて、城を出て行ったのよ」
「なるほど……。そんな理由があって、旅をしていたんですね」
ヴェルトールは、隣に立つ男の横顔を改めて見上げ、深い敬意を込めて納得した。
彼はただの冒険者でも放浪者でもなく、誰よりも主君を想う「騎士」のままだったのだ。
一方。
「あ、あ……は、はぐ……」
ラビは、その衝撃的な事実に、口をパクパクと開閉させていた。
「ふふ……。面白いわね、あなたたち。見ていて飽きないわ」
フェリシアは口元を手で隠し、コロコロと楽しげに笑った。
だが、すぐに王としての聡明な瞳に戻り、ヴェルトールを見据える。
「あ、いけない。話が本筋から逸れちゃったわね。……それで?私の過去の事件が、今回の件とどう関係があるのかしら?」
「あ、あぁ、すいません!えっと……」
ヴェルトールは居住まいを正し、ザレンで聞いた情報を手繰り寄せる。
「レックスさんが賊を追い払ったその後……陛下は原因不明の病を患って、それをアルセルで治したと……」
ヴェルトールがそこまで言うと、レックスが前に出て話を続けた。
「俺が順を追って話しましょう。実は……」
「……というのが、事の経緯です」
レックスは、ラビの養父にかけられた呪いの詳細、そしてカーツから聞いた過去の資料についてを淡々と、しかし熱を込めて説明した。
「なるほどね……」
フェリシアは腕を組み、記憶の糸を手繰るように眉をひそめる。
だが、数秒後。彼女は「うーん」と首をひねり、あっさりと匙を投げた。
「ダメね。分からないわ」
「えっ?」
「だって私、あの時は高熱にうなされて、ずっと意識が朦朧としていた『患者本人』だもの。どうやって治されたかなんて、裏の事情はよく知らないわ」
彼女は悪びれずに言うと、ポンと手を打った。
「でも、ロルフなら何か知っているはずよ。ずっと側についていてくれたから。……呼んでみるわね」
言うが早いか、彼女は玉座の上でスゥーーッと大きく息を吸い込んだ。 そして――。
「ローーーールーーーーフーーーーッ!!!!」
荘厳な謁見の間の空気を震わせ、窓ガラスが共鳴するほどの大音声が轟いた。
威厳もへったくれもない。それは女王の命令というより、実家に帰ってきた娘がおじいちゃんを呼ぶような、あまりに豪快な呼び声だった。
叫び声の直後、廊下の奥からドタドタドタッ!と、慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
―バァンッ!!
「へ、陛下ぁ!!ご無事ですかっ!?」
勢いよく扉を押し開け、ロルフが飛び込んできた。
彼は敵襲か何かと身構えたが――玉座の上でダラリとリラックスしている主君の姿を確認すると、安堵と共に雷を落とした。
「……な、何事かと思えば!軽々しくそのような大声を出されますな!それに何ですか、その格好は!客人の前ですぞ!はしたない!!」
「はいはい、分かったから。今、レックスたちと大事な話をしてるの。お小言はまた後で!」
フェリシアは、ヴェルトールたちの視線などお構いなしに、手をひらひらと振ってあしらった。
「むぅっ……!『はい』は一回で結構!!」
ロルフが怒鳴ると、彼女はさらに脱力し、間延びした声で返した。
「はぁ~い」
「…………」
そのあまりに締まりのないやり取りに、ヴェルトールたちは「ここは本当に王宮なのだろうか?」と顔を見合わせるしかなかった。
「ぬぬぬ……ハッ!……ゴホン!」
ロルフは乱れた呼吸と襟元を整え、わざとらしいほど大きく咳払いをして、瞬時に「有能な側近」の顔へと切り替えた。
「……失礼致しました。して、陛下。私を呼びつけた用件とは、いかなるものでしょうか?」
「うん。それじゃあ悪いんだけどレックス、もう一度最初から説明してあげてもらえるかしら?」
「…………」
彼女のあまりにマイペースな丸投げに、ヴェルトールとラビが白目を剥いて固まる。
だが、レックスは慣れたもので、やれやれと苦笑いを浮かべつつ、再度、事の経緯を丁寧に説明し直した。
「……なるほど。あの忌まわしき事件について、ですか……」
全てを聞き終えたロルフは、顎に手を当て、沈痛な面持ちで唸った。
彼は一度言葉を切り、玉座の主へと視線を向ける。
「……陛下。これは国の秘匿事項にも関わる話。……部外者である彼らに、お話ししてもよろしいのですか?」
その問いに、フェリシアはだらしない姿勢を正し、静かに、けれど王としての威厳に満ちた瞳で頷いた。
「ええ、構わないわ。……全て、話してあげて」
「はッ!……あれは確か……」
ロルフは遠い目をして、記憶の糸を慎重に手繰り寄せた。
「陛下……当時のフェリシア殿下のご病気を、国中の賢者を集めて数日かけて調べた結果……古の遺物『アルセル』を用いた呪法によるものだと判明しました」
彼は悔しげに顔を歪める。
「しかし、犯人は証拠隠滅のためか、呪いを行使した直後にそのアルセル自体を砕いておりました。……鍵となる媒介を失い、我々ももう、諦めるしかないかと絶望したのですが……」
「……それを『浄化』できるほどの、強力な力を持ったアルセルが見つかった」
レックスが、信じられないといった様子で言葉を引き継ぐ。
「ええ、レックス殿の仰る通りです」
ロルフは深く頷いた。
「その時、藁にも縋る思いで、近隣諸国のギルドすべてに『殿下の治癒ができそうな医者、もしくは魔導士』の捜索を依頼していたのですが……。ある時、当時のザレンのギルドマスターから、一報が入りましてな」
彼は、その時の朗報を思い出すように声を弾ませた。
「『近海にある地下遺跡から、負の力を相殺し、無に帰す性質を持つアルセルが見つかった』と……」
「負の力を、相殺……」
その言葉に、ラビはゴクリと喉を鳴らした。
それこそが、お爺ちゃんを救うための唯一の希望。
彼女は祈るように胸の前で手を組み、彼の次の言葉を待った。
「……報告を聞いただけでは、その真偽も、実際の効果の程も未知数でした。ですが、猶予はありませんでした」
ロルフは拳を握りしめ、当時の焦燥を思い出すように語る。
「我々は一縷の望みを賭け、ザレンからそのアルセルを緊急搬送させ……祈るような思いで、殿下へと使用しましたところ……」
彼はそこで言葉を切ると、感極まったように目を細め、玉座の主を見上げた。
「……ご覧の通り。すっかり元通りってわけね!」
フェリシアはロルフの言葉を引き継ぎ、快活に笑って両手を広げてみせた。
「熱も痛みも嘘みたいに引いて、翌日にはベッドから起き上がれるようになったわ。……まさに、奇跡だったわね」
「……左様でございます」
彼女の言葉に、ロルフは深く、噛み締めるように頷いた。
目の前にいる元気な女王こそが、そのアルセルの力が「本物」であることの、何よりの証拠だった。
「そ、そのアルセルは……!今どうなっているんでしょうか!?」
ラビは縋るような眼差しでロルフに詰め寄った。
だが、彼は痛ましげに表情を曇らせ、重く首を横に振った。
「……それが」
「え……?」
「殿下にかけられた呪いが、あまりに強力だったのか。……浄化を終えた途端、そのアルセルは力を使い果たしたかのようにひび割れ……ただの石ころのように、何の反応も示さなくなってしまったのです」
「そんな……」
ラビの喉から、空気が漏れるような音がした。
膝から力が抜け、支えを失ったようにガクリと肩を落とす。
ようやく掴んだと思った希望の糸が、プツリと無情に切れてしまった。
「な、何か……!何か他に方法はないんですか!?」
俯いて震えるラビの姿に胸を締め付けられ、ヴェルトールはロルフに食い下がった。
「どんな小さな可能性でもいい、何か……!」
「……すまぬ」
ロルフは悔しげに顔を伏せ、絞り出すように謝罪した。
「我々にとっても、あれは偶然手に入った最後の頼みの綱。……残念ながら、代わりとなる手段については……」
重く沈んだ空気が、広間に影を落とす。
ラビのすすり泣く声だけが、残酷に響いていた。
すると、そのやりとりを静かに聞いていたイヴリスが、不意に口を開いた。
「……その『無反応となった』アルセルとやらはまだ保管しておるのか?」
「え?えぇ……。今は宝物庫に厳重に保管されておりますが……それが何か?」
ロルフは彼女の質問の意図が読めず、怪訝そうに眉を寄せる。
ただの石ころになったものを気にしてどうするのか。
だが、イヴリスは腕を組み、顎に手を当てて深遠な思考の海へと沈んでいった。
――こやつらがアルセルと呼んでいるそれは、太古の時代に『魔導器』と呼ばれていたもので相違あるまい……で、あれば。
力を失った魔導器。その残骸さえあれば、何かを読み解くことが可能かもしれない。
「……一度、そのアルセルを直に見てみたい。これから用意する事は可能なのか?」
イヴリスが冷静に、しかし有無を言わせぬ調子で切り出すと、ロルフは戸惑いつつも、判断を仰ぐように玉座の主へと視線を向けた。
「……いいよ」
フェリシアは姿勢を正し、先程までの砕けた態度を潜めて、王としての真剣な表情で答えた。
「ただ、国の宝物庫は厳重に管理されているの。たとえレックスの大事な客人だとしても、緊急時でもないのにおいそれと開けるわけにはいかない。……正規の手続きを踏むから、少し時間を貰ってもいいかな?」
「もちろんです!!」
即答したのは、ヴェルトールだった。
これまで、イヴリスの底知れない知識と洞察力を目の当たりにしてきた彼らにとって、彼女の「見てみたい」という言葉は、単なる興味本位ではないと分かっている。
そこに、現状を打破する「何か」があるはずだ。
――イヴリスなら、何か分かるかもしれない……!
消えかけた希望の灯火が、再び強く燃え上がる。
三人は期待を込めた瞳で顔を見合わせると、フェリシアに向かって深く、感謝の頭を下げた。




