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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
魔の胎動 -The Andante-

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第三十二話:欺瞞 -Unmasked-

一方その頃、路地裏の酒場。


「……ここか。連中が向かったというのは」


レックスは古びた扉の前で足を止め、気配を探るように短く呟くと、音もなく店内へと足を踏み入れた。


―チリンッ……


真鍮のベルが、乾いた音を立てて来訪を告げる。




まだ昼過ぎということもあり、店内は薄暗く、煙草と酒の匂いが淀んでいる。

客の入りはまばらだ。仕事あがりの漁師たちが数人、カウンターの隅で静かにジョッキを傾け、疲れを癒やしているだけ――のはずだった。


「ギャハハハハ! 傑作だろ!?」

その静寂を、場違いな馬鹿騒ぎが切り裂いていた。


――……なるほど。探す手間が省けたな。


レックスはニヤリと口角を上げる。

顔を合わせたことはない。だが、一目瞭然だった。


店の中央、一番いい席を陣取り、周囲を威圧するように騒ぎ立てる一組の男女。

その存在は、この静かな港町の酒場において、あまりにも異質で、不快な「異物」として浮き上がっていた。



レックスは気配を殺し、自然な足取りでナインたちのテーブルに最も近い、カウンターの席へと滑り込んだ。

椅子を引いて腰を下ろし、あえて連中に背を向ける。視覚を遮断することで、自慢の聴覚を極限まで研ぎ澄ませるためだ。


「……葡萄酒を、一杯もらえるか」

彼は声を潜め、必要最低限の言葉で注文する。


「あいよ!すぐに用意するから待ってな!」

マスターは愛想よく応じると、手慣れた手つきで樽から木製のジョッキへと赤紫の液体を注ぎ始めた。 その無関心な態度は、レックスが完全にこの場の空気に溶け込み、誰の記憶にも残らない「背景」の一部になりおおせている証拠だった。


――さて……。どんな話が出てくるか。


レックスは運ばれてきた酒に軽く口をつけ、背後で繰り広げられる下世話な会話へと、その鋭い耳を傾けた。




日が落ち、窓の外が完全な闇に塗り潰されるまで、長い時間が過ぎた。


ナインたちのテーブルには空になった酒瓶が乱立し、彼らは延々と中身のない自慢話や、下劣な冗談で盛り上がり続けている。

彼にとって、それはまさに「忍耐」の修行だった。ぬるくなった葡萄酒を啜りながら、耳を汚す雑音に耐え続けるだけの、無為な時間。


しかし。 その泥沼のような会話の中に、キラリと光る「砂金」が混じった。


「……あぁそうそう。『ラビ』のヤツだけどよぉ」


その名が出た瞬間、レックスの時間が止まる。

彼はジョッキを持つ手をピタリと止め、呼吸さえも忘れたかのように気配を消した。

周囲の喧騒が、彼の意識から少しずつ消えていく。獣人の聴覚が極限まで研ぎ澄まされ、背後の会話の一言一句を、獲物として捕らえにかかった。



「……ヒック。で、どうすんだよ? あの『荷物持ち』も、次の遺跡探索でついにお役御免か? ナイン」

巨漢のレオは、赤ら顔で酒を仰ぎ、吃逆(しゃっくり)交じりに問いかけた。


「くくっ……。あぁ、さすがに一週間分の荷物は無理だと、無様に根を上げていたからな……」

ナインはジョッキを揺らし、ラビの泣き顔を思い出すように下卑た笑い声を漏らす。

そこへ、レティが猫なで声でナインの肩に身体を預け、甘えるように囁いた。

「ねぇ、ナイン。で?結局、使い終わったあの女はどうするの?森に捨てていく?」


「そうだな……。捨てるのは勿体ない。どこぞの闇市場にでも売り払うか?」

ナインは口元を三日月のように歪めた。

「ふふっ……。ああいう『怯え切った瞳』をした小動物を、好きに甚振(いたぶ)って壊したいという好事家は……ごまんといるからなぁ」

彼は心底楽しそうに、吐き気を催すような提案を口にする。

それはもはや人間の言葉ではない。人の皮を被った悪魔の(さえず)りだった。



「おぅおぅ、そりゃ悲惨な末路だねぇ……。ま、自業自得ってやつだがな!ギャハハ!」

レオは大げさに両手を挙げ、首を振って道化のように笑い飛ばす。


「全くだ。あいつには『感謝』というものが足りない」

ナインはテーブルに肘をつき、ジョッキの中の酒を揺らした。


「与えられた仕事すらできないなら、クビにするしかないだろう?だが……あいつは僕らに、命よりも重い()()があるからな」

彼はニタリと口角を歪め、欲望を隠そうともせずに続ける。

「その借りは……返してもらわないと割に合わないだろ?」


「借り、ねぇ……。プッ!」

堪えきれないとばかりに、レティが噴き出した。

彼女は顔をくしゃくしゃにして、甲高い嘲笑を上げる。

「傑作よねぇ!まさか、自分の家を襲わせた『黒幕』本人に、涙を流して命を救ってもらうなんてねぇ!」

彼女はナインの肩をバンバンと叩き、酒場の空気が凍りつくような真実を叫んだ。

「あの子、あの時の『暴漢』が、あんたが金で雇ったゴロツキだとも知らないで……!アハハハハ!最高に笑えるわ!」


「だろ!?」

ナインはレティの同意を得て、勝利を確信したように鼻を鳴らした。

「しかし……雇ったヤツらが、目標を間違えて襲ったと分かった時は、さすがに肝が冷えた。……本来なら、本人に『呪い』を刻んで、僕の傀儡にする計画だったんだが……」

彼は酒瓶を覗き込み、琥珀色の液体越しに当時の光景を思い出す。


「ま、結果として爺さんを『人質』にすることで、より強固に支配できた。……あの瞬間の切り替えは、我ながら最高の機転だったと思わないか?」

彼は自身の才能に酔いしれ、酒を仰る。だが、ジョッキが空になった瞬間――その表情が一変した。


―ガンッ!!


「……だが、あの女っ!!」

彼はジョッキが割れんばかりの勢いでテーブルに叩きつけ、顔面を怒りに歪ませた。


「噂じゃ『類稀な才能をもつ天才魔導士』なんて聞いていたから期待していたが……蓋を開けてみればどうだ!魔力量が極端に少ない、ただの『欠陥品』だったとはな!」

彼はギリギリと歯軋りし、損をした商人のように喚き散らす。

「どれだけ貴重な『アルセル』を消費したと思ってるんだ……!あんなガラクタを手に入れるために無駄遣いしてしまったかと思うと……はらわたが煮えくり返る!!」



「で?あのじじいの方はどうすんのさ?アタシが張ってやった『結界』……もう解いちゃうのかい?」

レティが頬杖をつき、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて問いかけた。


「ハハッ!それこそ最高に笑えぜ!あんなものは、ただの『演出』に過ぎないんだからなぁ」

ナインは腹を抱えて笑う。

「お前の詠唱に合わせて、僕がこいつで呪いの力を弱めただけだ。……ラビのやつ、涙を流して信じていたがな!傑作だったろ?」


彼はそう言うと、腰につけた小さな革袋から、禍々しく脈打つ『赤黒い玉』を取り出した。

「あの実行犯が逃げる時、僕に体当たりをしてきたのを覚えているか?」


「あぁ、あったねぇ。派手にぶつかってたやつ」


「あの瞬間に、こいつを受け取ったのさ。ラビは僕の身体を心配していたが……まさかその懐に、全ての元凶が収まったとは夢にも思うまいよ」

彼は恋人の肌でも愛でるように、指先で玉の表面をねっとりと撫で回す。


「……まぁ、今はまだ殺さずに生かしておくさ。人質としての価値はまだある」

ナインは玉を握り込み、不敵で、そして残酷な笑みを深めた。

「それに……ただ殺すだけじゃ面白くない。あの爺さんを始末するのは、絶望の淵に叩き落とした『あの女の目の前』じゃないと……僕の気が済まないからな!」



「おぉ怖っ!やっぱナインは最高だな!」

レオは心底楽しそうに肩をすくめ、相槌を打つ。


「けどさぁ。荷物持ちがいなくなったら、アタシたちが面倒じゃない?」

レティが、つまらなさそうにジョッキの縁を指でなぞりながら不満を漏らした。


「心配するな。あの女を売った金で、また誰かを雇えばいいさ」

ナインは事もなげに言い放ち、さらに口元を歪めて続ける。

「それに、金が惜しければ……また誰かを、感動的に()()()やればいいだけの話だ。命の恩人という『手綱』が、どれほど強力で使い勝手が良いか……今回の件でよく分かったしな!」


「ギャハハハ!違いない!」

「あんたって本当に最低ね!大好きよ!」


醜悪な哄笑と共に、三つのジョッキが高らかに掲げられ、勝利の美酒が仰がれる。




その下品な笑い声を合図にするように。

カウンターで、今まで石像のように気配を消していた男が、音もなく席を立った。


「……マスター。美味かったよ」

レックスは無表情のまま、カウンターに小銀貨を一枚置く。

「勘定だ。釣りは取っておいてくれ」


「あ、あぁ。毎度あり……」

店主がその冷ややかな空気に気圧されて言葉を失う中、彼は一度も振り返ることなく、静かに酒場を後にした。

その背中からは、先程までの怒気すら完全に消え失せ――ただ、「準備は整った」という、冷徹な事実だけが漂っていた。






一夜明け、一行は約束通り、昨日と同じ大衆食堂『一本釣り』へと集合していた。

店内は朝早くから活気づいていたが、テーブルを囲む一行の顔は緊張を帯びている。


レックスは腕を組み、昨夜酒場で仕入れた情報を――ナインたちの醜悪な計画の全貌を、淡々とした口調で語って聞かせた。


「……というのが、昨夜連中が酒の肴にしていた『真実』のすべてだ」

一通り話し終えると、レックスはコトリ、とグラスを置いた。


「まぁ、概ね予想通り……。いや、訂正しよう」

彼は冷え切った声で、吐き捨てるように付け加えた。

「予想以上に、反吐が出るような話だったよ」




「……あ、ぁ……」

ラビの顔から血の気が引いていく。

恩人だと信じていた。自分のせいで迷惑をかけていると思っていた。

だが、その全てが――お爺ちゃんを苦しめ、自分を奴隷のように縛り付けるための、彼らが書いた『筋書き』だったなんて。


あまりの衝撃に言葉は出ない。

彼女はガタガタと震える自身の体を抱きしめるようにして、深く、深く俯いた。


「……ふむ。確かに、概ね予想通りの胸糞悪さじゃな」

イヴリスは静かに茶をすすり、湯気の向こうから鋭い視線をラビに向けた。

「じゃが、これで連中からの言質は取った。推測が確信に変わった訳じゃ。……さて、あとはこれからどうするか、じゃな」



「どうするもこうするもないっ!!」

ヴェルトールは怒りを抑えきれず、テーブルを叩いて立ち上がった。


「ラビは……ラビはただ、騙されていただけなんだぞ!それも、人の善意を踏みにじる、吐き気がするほど恐ろしく酷いやり方で……!」

彼は拳を震わせ、ラビの代わりに叫ぶように断言した。

「『借り』がある?ふざけるな!恩なんて最初からなかったんだ!あいつらの言うことを大人しく聞く必要なんて、これっぽっちもない!!」



「はぁ……。そう大きな声を出すでない。……そんな事は、ここにいる全員が理解しておるわ」

イヴリスは呆れたように一つため息をつき、カップを置いた。


「よいか?あの手の連中に正論を突きつけたところで、『はいそうですか』と大人しく引き下がる事など、断じてあり得ぬ」

彼女は冷ややかな口調で、残酷な未来図を提示する。

「つまり……この事実を告げ、この娘の解放を求めれば、間違いなく衝突は免れぬという事じゃ」


「っ……」


「我とて、それをやめろとは言わぬ。じゃがな……」

イヴリスはそこで言葉を切り、俯いて震えているラビへと視線を流した。

「当の『本人』がその衝突を冒してでも、彼奴等からの解放を望んでいるのか。……それが一番の問題じゃと言うておるのじゃ」


自由には痛みが伴う。

その覚悟が彼女にあるのか。 イヴリスの真紅の瞳が、静かにラビの答えを待っていた。



「そんなの、決まってるだろ?あんな連中のところに戻りたいわけがない!」

ヴェルトールは当然の事実として言い放ち、同意を求めるようにラビへと視線を向けた。

だが――。


「…………」


ラビは膝の上で拳を固く握りしめ、ただ黙って俯いている。

その体は小刻みに震え、拒絶とも肯定とも取れない、重苦しい沈黙が彼女を包んでいた。


「……ラビ?ど、どうしたんだよ」


「……マールス殿の命を、握られているからだろう」

困惑する彼に代わり、レックスが静かに、しかし核心を突く答えを口にした。

ピクッとラビの肩が跳ねる。図星だ。


「だが……恐らく最悪の事態は心配しなくていい」

レックスはラビを見つめ、確信めいた口調で続ける。


「連中にとって、その『呪い』と『結界』は、君を支配するための唯一にして最大の切り札だ。それを失ってしまえば、君を縛る鎖はなくなり、我々に対する優位性も失われる」

彼は、昨夜見たナインたちの軽薄な顔を思い浮かべ、冷ややかに断じた。

「ああいう小物は、往々にして自分の身が一番可愛いものだ。……切り札を、開戦と同時に自ら捨て去るような真似はしないはずだ」


「……なるほど。一理あるな」

ヴェルトールは頷き、再びラビに向き直る。

「マールスさんの安全については、レックスさんの言う通りだと思う。……それでもまだ、踏み出せない『何か』があるのか……?」


彼はそう問いかけたが、彼女は未だ沈黙を守っていた。



――ふん。やはり、な。

イヴリスは再び茶をすすりながら、震えるラビを横目で観察する。


――養父の安否も当然じゃろうが……この娘の心を縛る鎖は、それだけではない。

彼女の脳裏に浮かんでいる言葉は、容易に想像がついた。『私なんかのために』。


――自分を助ける為に、こやつらが危険な衝突に巻き込まれ、傷つくことを恐れている……といったところか。

自身の価値を低く見積もり、他者のために犠牲になろうとする。それは美徳だが、今の状況ではただの足枷だ。


「……やれやれ」

イヴリスはわざとらしく大きなため息をつくと、ガタリと音を立てて席を立った。


ラビがビクリと肩を震わせる。

イヴリスはテーブルに手をつき、向かい側で縮こまる彼女を、上から射抜くように睥睨(へいげい)した。




「……おい、小娘」

イヴリスはテーブルに手をつき、覆いかぶさるように身を乗り出した。


「は、はい……」

ラビは顔を上げることもできず、喉の奥から絞り出すように震える声を漏らす。


「そなた……まさかとは思うが、『我らに迷惑がかかる』などという、くだらぬ事を考えておるのではあるまいな?」


「そ、それは……その……」



図星を突かれ、ラビが言葉に詰まった、その瞬間。



「……この、大たわけがぁっ!!!」


―バンッ!!


イヴリスがテーブルを叩き、雷鳴の如き怒号を上げた。


「ひっ……!」


恐怖に体を強張らせたラビの鼻先に、彼女はビシッと指を突きつける。


「よいか!?我らは既に、そなたから多大な迷惑を被っておるのじゃ!!今更何を悩む必要がある!!……その優柔不断で煮え切らぬ態度の方が、こ・の・う・え・な・く迷惑じゃ!!!」


「ちょ、イヴリス!言い過ぎだろ、そんな言い方しなくても……」

見かねたヴェルトールが腰を浮かせて止めに入ろうとするが、

「おぬしは黙っておれっ!!」

イヴリスは視線すら向けずに一喝し、彼を椅子に縫い付けた。

そして再びラビに向き直ると、ニヤリと凶悪で、頼もしい笑みを浮かべる。


「よいか、よく聞け。……我らはちょうど今、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたくて、暴れたい気分なのじゃ……」


彼女は手のひらを上に向け、挑発するようにラビを促した。


「故に、何も遠慮する事などない。……さぁ、そなたの内に秘めた想いを、その腹からぶちまけてみよ!」





「……わ、私は……っ」


震える唇を噛み締め、ラビはゆっくりと顔を上げた。

涙がとめどなく頬を伝う。けれど、その眼鏡の奥の瞳には、今までにない強い光と、揺るぎない決意を宿した、鮮やかな『瑠璃色の炎』が灯っていた。


「私は……お爺ちゃんを傷つけ、私を騙したナインたちを……絶対に、許すことはできません!!」


腹の底から絞り出した、魂の叫び。

彼女はテーブルに身を乗り出し、全員の顔を見渡して頭を下げた。


「だから、みなさん!どうか……私に、力を貸して下さい!!」



その言葉を、全員が待っていた。



「――当然だ!!」

ヴェルトールが間髪入れずに力強く応える。

「当たり前だろ!絶対に、俺たちがラビとマールスさんを助け出してみせる!!」


「ふん。……最初からそう言っておればよいのじゃ。手のかかる小娘め」

イヴリスは呆れたように肩をすくめるが、その口元は満足げに緩んでいる。


「よく言った。……その覚悟があるのなら、俺も全力を尽くそう」

レックスもニヤリと頼もしい笑みを浮かべ、拳をパキリと鳴らした。


「私も!!戦えないけど……いっぱいいっぱい応援してるからっ!!がんばって、お姉ちゃん!」

シエナが身を乗り出し、ラビの手をギュッと握りしめる。


四人の言葉が、ラビの凍てついた運命を溶かしていく。

ここに、ナインたちを討つための「反撃のパーティ」が結成された。





「……さて。決意が固まったところで、今後の具体的な行動を考えよう」

レックスは腕を組み、落ち着いた声で切り出した。

感情は一度脇に置く。ここからは、勝つための冷徹な計算の時間だ。


「ラビ。遺跡の探索に出発するのは……確か『二日後』だったな?」


「は、はい……」

ラビは緊張を滲ませながらも、しっかりと頷く。


彼はテーブルを指でコツコツと叩き、思考を巡らせる。

「それまでの間……連中の行動は予測できるか?」



「い、いえ……。ご、ごめんなさい……」

ラビは身を縮こまらせ、申し訳なさそうに首を横に振った。

「街にいる間は、基本的に彼らとは別行動をさせられているので……その、何をしているかまでは……」


――徹底して仲間外れ、か。

レックスは内心で舌打ちしつつも、表情には出さずに短く頷いた。

責めても情報は出ないし、彼女を傷つけるだけだ。


「ふむ……そうか。ならば仕方ない」

彼は期待した情報が得られなかったことを咎めることなく、即座に思考を切り替える。

「ならば……二日後、出発の際の『集合場所』は決まっているのか?」


「あ、はい!それは……」

ラビは顔を上げ、確かな情報を口にした。

「早朝に、ギルドの正門前で集合することになっています」



「……よし。では決行は二日後。連中が確実に姿を現す『出発の朝』だ」

レックスはそう告げると、テーブルの中央に身を乗り出し、人差し指をクイクイと動かして全員を招いた。

ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす。

ヴェルトール、イヴリス、シエナ、そしてラビ。

全員が真剣な面持ちで、額がぶつかりそうなほど中央に顔を集めた。まるで、悪巧みをする小動物の集会だ。


「作戦……というほどの大層なものでもないが、当日の動きを説明する」

レックスは周囲の雑音に紛れるよう、極限まで声を潜めて囁き始めた。


……が。


端から見れば、薄暗い食堂の隅で、厳つい獣人と子供たちが密着してヒソヒソ話をしているその図は、あまりにも異様で、怪しすぎた。


「……おい、なんだありゃ?」

「さぁ……?なんか、スゲェ真剣だぞ……」


周囲の荒くれ漁師たちは、スプーンを口に運ぶのも忘れ、ポカンと口を開けてその怪しい集団を凝視している。

だが、極限まで集中している彼らは、自分たちが店中の注目の的になっていることになど気づきもしない。



ただひたすらに、打倒ナイン一味のための「反撃の策」を練り上げていた。

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