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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
魔の胎動 -The Andante-

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第三十一話:布石 -The Setup-

いつも「滅びの竜と祈りの唄」をお読みいただき、ありがとうございます!


この度、お陰様で累計PV1500達成致しました!

たくさんの方の目に留まり、また読んでいただいたこと、本当に嬉しく思います!


今回は感謝を込めて二話分、一気に公開します!

ラビの過去を聞いた一行はこれからどのように行動を起こすのか?ぜひ、お楽しみいただければと思います!


今後とも「滅びの竜と祈りの唄」をどうぞ、よろしくお願いいたします!

「……つまり。養父の命を救うための希望……『アルセル』の情報そのものが、皮肉にも君自身を縛り付ける『見えない鎖』となってしまった、ということか」

レックスは腕を組み、感情を押し殺したような声で言った。

決して大声ではない。だがその双眸には、少女の非業の運命に対する静かな怒りが渦巻いている。


「…………」

ラビは否定することすらできず、力なくコクリと頷いた。

その頭は重く垂れ下がり、もう二度と顔を上げられない罪人のように、深く、深く俯いてしまう。


――私がお爺ちゃんを置いていったから。私が弱くて、愚かだったから。


声にならない自責の念が、彼女の小さな背中を押しつぶそうとしていた。



「……ふむ。さもありなん、と言ったところだが……」

イヴリスは指先についたソースをペロリと舐め取り、冷ややかに呟いた。

「あまりに、話が都合よく進みすぎておるのぅ」

彼女の真紅の瞳には、ラビの悲劇的な過去に潜む、作為的な「脚本」の臭いが映っていた。


「あぁ。暴漢の襲撃、都合の良い登場、そして解決策の提示……。ナインが出てきてからの展開は、特に出来すぎてる」

ヴェルトールも同意し、険しい顔で頷く。だが、そこで彼はふと眉を寄せた。

「でも、だとしたら最大の疑問が残る」


「疑問?」


「あぁ。……あいつらは、一度断ろうとしたラビを、無理にでも引き入れたかったわけだろ?『魔導士が必要だ』とか甘い言葉をかけてさ」

彼はギルド前での光景を思い出し、拳を握りしめる。

「苦労して手に入れた『仲間』なら、普通は大切にするはずだ。……なのに、なぜ俺たちが目にしたような、あんな酷い扱いをするんだ?まるで、ラビの価値を否定するみたいに……」

貴重な戦力として勧誘したはずが、道具以下の扱いをしている。その矛盾した行動の意図が分からない。



「それは……」

ラビは肩をビクりと震わせ、膝の上でギュッと拳を握りしめた。

ヴェルトールの問いは、彼女が自身に焼き付けた「劣等感」を抉るものだったからだ。


「……みなさんも見た通り、私は魔導士と名乗るにはおこがましいほど、魔力の『器』が小さいんです」

彼女は搾り出すように、自身の欠陥を告白する。

「指で数えられる程度の魔法を使っただけで、すぐに魔力が底をついてへとへとになってしまう……。そんなの、冒険者の戦力になんてなりませんよね」


「ラビ……」


「最初は、彼らも私に期待してくれていました。でも……私のあまりの使えなさに、だんだんと腹が立ってきたんだと思います」

彼女は自嘲気味に笑い、視線を落とす。

「だから、途中からは魔法を使う役目なんか任されなくなって……。代わりに、みんなの荷物を運ぶ、『荷物持ち』の役割を当てられました……」



「――ふざけるなッ!!」

ヴェルトールは拳でテーブルを叩きつけ、勢いよく立ち上がった。

その拍子に椅子がガタンと派手な音を立てて後ろへ倒れるが、彼は気にも留めない。


「ひっ……!?」

ラビが驚いて肩を震わせる。だが、彼の瞳にあるのは彼女への怒りではない。

彼女を縛り付ける、理不尽な「評価」への激しい憤りだ。


「俺は……ラビの魔法のお陰で、今こうして無事でいられるんだぞ!」

彼は自分の太腿をバシッと叩く。

「あの時……たった一回。そう、たった一回の魔法がなかったら、俺は傷が開いて動けなくなって……神殿騎士と戦うどころか、間違いなく殺されてた!」


「ヴェルトール、さん……」


「魔力が少ないからって、なんだよ!回数が撃てないことと、その魔法の『価値』は全く別だ!!」

彼はテーブル越しに身を乗り出し、ラビの潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えて叫んだ。

「君は俺を救ってくれた。……そんなすごい力を持ってる君を、無能扱いして蔑ろにするなんて……絶対に、間違ってる!!」



「確かに……。彼が怒るのも無理はない」

レックスは腕を組み、ヴェルトールの熱を鎮めるように、静かに、けれど深く頷いた。

「俺も長く戦いの場に身を置いているが……あそこまで鮮やかな治癒魔法は見たことがない。あれは紛れもなく、『一級品』と呼ぶにふさわしい業だった」


「うん! 私も!」

シエナがテーブルから身を乗り出し、一点の曇りもない、太陽のような満面の笑みを咲かせる。

「お姉ちゃんがお兄ちゃんを助けてくれて、私、本当に、本っ当に嬉しかったよ!!ありがとう!!」


その言葉は、温かい光となってラビの凍てついた胸に降り注いだ。 ナインたちによって刻み込まれた冷たい呪いの言葉が、彼らの真っ直ぐな肯定によって溶かされていく。


「みな、さん……っ」


喉が熱くなる。 ずっと孤独だった心に、温もりが満ちていく。


「ありがとう……ございます……っ!」


その言葉は、彼女の心を縛り付けていた何重もの鎖を引きちぎるように、震えながら絞り出された。ずっと否定され続けてきた心の傷が、今、優しい雨に打たれるように洗われていく。

彼女の瑠璃色の瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、ボロボロとテーブルを濡らした。





ラビの感情の波がようやく落ち着いたのを見計らって、イヴリスはフォークを置いた。


「……さて。涙も乾いたところで、話は変わるが」

彼女は真紅の瞳を細め、ラビを射抜くような、けれど静かな眼差しを向けた。

「先程のギルド前での騒ぎ……そなたが扉から『放り出された』あの一件じゃ。具体的に、何が原因で揉めたのじゃ?」


「あ、それは……」

ラビは再び視線を落とし、ローブをギュッと握りしめながら、ポツリポツリと語り始めた。

「……実は、ナインがギルドで、『地下遺跡』の探索依頼を受けたんです。期間は一週間という、長期のもので……」


「一週間……」


「はい。それで……彼らは『一週間分の全員の荷物と食料を、全て私一人で背負え』と……」


全員が絶句する。

水、食料、野営道具。大人四人分の一週間分の荷物など、荷馬車が必要なレベルだ。それをこの華奢な少女一人に?


「さすがに無理です……。だから、『手分けしてほしい』と頼んだんです。そうしたら……」

ラビの声が震える。

「ナインが『口答えをするな』と激昂して……。それに煽られるように、レオが……あの大きな男性が、私を蹴り飛ばしました」


「……っ」


「その勢いで吹き飛ばされて……みなさんが見たように、扉を突き破って外へ……ということです……」



「ふん……。そういう事であったか」

イヴリスは鼻を鳴らし、不愉快そうに吐き捨てた。

荷物持ち以下の扱い。理不尽な暴力。聞けば聞くほど、反吐が出るような話だ。


「……悪かったな。つまらぬ話をさせてしもうた」

彼女は一瞬、ラビの泣き腫らした瞳を気遣うように見つめ、短く詫びた。


「い、いえ……」

恐縮するラビ。だが、その横で話を聞いていたイヴリスの瞳の奥には、静かなる怒りの炎が灯っていた。




「やっぱり……!とても『仲間』がするようなことじゃない!」

ヴェルトールは感情を抑えきれず、テーブル越しに身を乗り出してラビに訴えた。

「ラビ!君の安全が第一だ。あの連中のところから、今すぐ抜けることはできないのか!?」


「……それは、現実的ではないな」

その熱意に水を差すように、レックスが冷静な瞳で静かに告げた。

「恐らくだが……その『呪法』の話はハッタリではない。本物だ」


「レックスさん……?」


「養父の命を繋ぎ止める『結界』と、解呪の鍵である『アルセル』……。連中はそれを人質に取っているんだ」

レックスはラビの蒼白な顔を見つめ、痛ましげに目を細める。

「彼女が『抜けたい』と言えば、連中はその命綱を切ると脅すだろう。……それは、目には見えないが、鉄鎖よりも強固に彼女を縛り付ける『鎖』だ。……違うか?」


「…………」

ラビはその残酷な真実を突きつけられ、否定することもできず、ただ力の限り小さく、コクリと頷いた。

それは、自身が逃げ場のない囚人であることを認める、絶望の肯定だった。


「そんな……っ!」

ヴェルトールは行き場のない怒りを込め、拳を震わせる。

テーブルを叩きつけそうになるのを寸前で堪え、呻くように声を絞り出した。

「卑怯すぎる……!一体どうすれば……!」



その時、レックスが音もなく席を立った。その動作が、テーブルを覆っていた重い沈黙を断ち切る。


「レックスさん、どこへ……?」

ヴェルトールが焦燥を滲ませて問いかけると、彼は低い声で答えた。


「とにかく、情報が欲しい。……彼女の過去を知る襲撃者を探し出すのは砂漠で針を探すようなものだが、ナインとかいう連中なら、すぐそこにいるからな」

彼はニヤリと、悪巧みをする少年のように、それでいて獲物を狙う狩人のように不敵に微笑み、親指で店の外――酒場の方角を指し示した。

「都合のいいことに……俺はまだ、奴らと顔を合わせていないからな。これを利用しない手はない。ちょっと、()()()行ってくる」


その言葉に、ヴェルトールは絶望の淵から引き上げられたように、瞳に光を取り戻した。

彼ならやってくれる。根拠のない、けれど確かな信頼。

「……頼みます!」


「あぁ。出発は三日後だったな?……では、明日の朝、ここでもう一度落ち合おう」

レックスはひらりと手を振ると、足音もなく食堂を後にした。

その背中は、頼れる兄貴分であり、街へと溶け込む手練れの密偵そのものだった。



彼を見送った後、ヴェルトールはパンッ!と両手で自身の頬を叩き、沈みかけた空気を打ち払った。


「よし!申し訳ないけど情報収集はレックスさんに任せて、俺たちはまず安全な拠点の確保だ。宿の手配をしに行くとしよう!」

彼は努めて明るく振る舞い、席を立とうとする。

だが、ふとラビの姿を見て、ハッと言葉を詰まらせた。


「……あ」

ヴェルトールの顔が曇る。 自分たちは新しい宿を探せばいい。けれど、彼女は――。

「そっか……。ラビは、あいつらと同じ宿……なんだよな」


それはつまり、今から彼女を、あの最低な男たちが待つ場所へ、たった一人で帰さなければならないということだ。

助けたいのに、今はまだ連れ出す準備が整っていない。


「……ごめん」

ヴェルトールは拳を握りしめ、申し訳なさそうに深く頭を下げた。

「今すぐ連れて逃げたいのに……。みすみす、あいつらの元へ帰さなきゃいけないなんて……。また顔を合わせることになるだろうけど……本当に、申し訳ない……!」



「あ、あぁいえ!お気遣いなく……!」

ラビは慌てて両手を小さく振った。その声は弱々しかったが、口にした事実の重みは大きかった。

「……私、宿をとってもらえないので……」


「……え?」


「その……いつも、日雇いの労働者が泊まるような安い宿を、自分で探して泊まっていますから……」


「そんなの、ひどいっ!!」

バン!とテーブルを叩き、シエナが立ち上がった。

彼女は頬をパンパンに膨らませ、幼いながらも心からの義憤を露わにする。

「自分たちの仲間なのに、荷物を持たせて、寝る場所も用意しないなんて……絶対におかしいよ!許せない!!」


彼女はヴェルトールの服をギュッと掴み、潤んだ瞳で訴えかけた。

「お兄ちゃん!お姉ちゃんも、私たちと同じ宿にきてもらお?いいでしょ?」


「――もちろんさ!」


ヴェルトールは一瞬の迷いもなく即答し、ラビに向き直った。

「あの連中と離れられるなら好都合だ。……よかったらラビ、今夜は俺たちと同じ宿で休もう!」


「あ……」

差し伸べられた救いの手。

ラビは眼鏡の奥の瞳を揺らめかせ、感激を噛みしめるように静かに、深く頷いた。


「……はいっ!」

四人は食堂を後にし、温かい宿を求めて歩き出した。





~宿屋『ウミネコ亭』~

潮風で錆びついた看板が揺れる、こじんまりとした宿。


「よし。宿帳を確認したけど……ここにはあの連中は泊まってないみたいだ」

ヴェルトールはカウンターから戻ると、安堵の息を吐いて親指を立てた。

それを聞いたラビは、ホッとするよりも先に、また体を小さく縮こまらせる。


「ご、ごめんなさい……。私のせいで、みなさんに宿選びまで余計な気を遣わせてしまって……」

彼女は条件反射のように、申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

謝ることが、彼女の悲しい「癖」になってしまっているのだ。


「大丈夫、大丈夫!気にしなくていいって!」

ヴェルトールは明るく笑い飛ばし、手を振って彼女の言葉を打ち消した。

「それに、ラビがいなくても結果は同じさ。俺たちだって、あいつらと同じ空気を吸うなんて、まっぴらごめんだからな!」


「うんうん!あんな人たちと一緒じゃ、眠れなくなっちゃうよ!」

シエナが大きく頷いて同意し、イヴリスも腕を組んでフンと鼻を鳴らす。

「左様。不愉快な連中と顔を合わせるなど、飯が不味くなるだけじゃからの」


三人の温かい拒絶は、遠回しにラビへの肯定でもあった。




「……ところでさ。ラビは、魔導士なんだよな?」

一息ついた頃、不意にヴェルトールが問いかけた。


「え、あ、は、はい……。その、一応……そう名乗って、います……」

ラビは自信なさげに肩を縮め、視線を床に落とす。

その口調からは、魔導士であることへの誇りなど微塵もなく、ただ「才能がない」という深い自責の念だけが滲んでいた。


「あぁいや!落ち込まないで!責めてるわけじゃないんだ!」

彼は慌てて手を振り、身を乗り出して真剣な眼差しを向けた。

「実はさ、俺も魔法を使えるようになりたいと思って、イヴリスに教えてもらってるんだ。……でも、『マナの感知』で詰まっててさ」


「えっ……ヴェルトールさんが、魔法を?」


「あぁ。理屈は分かったんだけど、どうしても感覚が掴めなくて……。もしよかったら、先輩として何かアドバイスを貰えないかな?」


「せ、先輩だなんて……!」

恐縮するラビの横で、イヴリスが腕を組み、助け舟を出すように補足した。


「うむ。こやつは『そこにマナが在る』ことは頭で理解しておる。ただ、無意識に感じているそれを、意識的にマナだと『再認識』する術が分からぬ状態なのじゃ」

彼女はやれやれと肩をすくめる。

「我にはどうにも上手く言語化できぬのじゃ。……故に、そなたなりの『掴み方』があれば、教授してやってくれぬか?」



「……マナの感知、ですか……」


ラビは俯き、人差し指の背で眼鏡の下縁を軽く押し上げると、真剣な面持ちで思案に沈んだ。

ヴェルトールの期待に応えたい。役に立ちたい。その想いが、凍りついていた彼女の思考を熱く回転させる。



しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと顔を上げた。


「ごめんなさい。……中途半端なことは言いたくないので、少しだけお時間をいただいてもいいですか? しっかりと整理して、一番いい方法を考えたいんです」

申し訳なさそうに眉を下げるが、その眼鏡の奥。鮮やかな瑠璃色の瞳は、今までの怯えた色ではなく、彼の信頼に応えようとする、力強い意志の光を宿していた。


「うん!ありがとう!でも、無理はしないでくれよ?」

ヴェルトールは彼女の前向きな変化に安堵し、温かい笑顔で感謝を告げる。

「……はい。おやすみなさい」


こうして、激動の一日は終わりを告げる。

四人はそれぞれの部屋へと引き上げ、来るべき明日――レックスが情報を持ち帰る朝に備えて、束の間の休息を取ることとなった。

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