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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
覚醒 -The Allegro-

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第二十一話:断罪 -The Lightning of Judgment-

少し時を遡り、宿屋『荒ぶ荒波亭』……


「お兄ちゃんたち……帰ってこないね……」

シエナは窓枠に手をかけ、騒がしくなり始めた通りを心配そうに見つめて呟いた。


「ふむ。あやつらの事じゃ、また何か厄介事に首を突っ込んでおるのやもしれぬな……」

イヴリスはテーブルで頬杖をつき、「さもありなん」といった顔で呆れたようにため息をつく。

予感はしていた。彼らが、大人しく見ているだけで済むはずがないと。


その時だった。


―バァンッ!!


宿の扉が、悲鳴を上げるほどの勢いで蹴り開けられた。


「おぅ、嬢ちゃんたち!!無事だったか!!」


飛び込んできたのは、ダンゲルだ。

彼は妻であるリエッタを、まるで宝物でも守るかのように太い腕で横抱きにし、肩で荒い息をしながら叫んだ。

額には玉のような汗が浮かび、彼が全速力で駆け戻ってきたことを物語っていた。



そのただならぬ様子に、イヴリスは眉をひそめ、すぐさまダンゲルの元へと駆け寄った。


「おい、何があった?」

彼女が鋭く問いただすと、ダンゲルの腕の中で、気丈だったはずのリエッタが顔を覆い、震える声で答えた。


「申し訳ないね……。あたしが馬鹿な真似をしたせいで……あの狐のお兄ちゃんが、あたしを庇って神殿騎士と……!」

自分の軽率な行動が、彼を死地に追いやった。その事実に、彼女は押し潰されそうになっていた。だが。


「……ふん」

イヴリスは鼻を鳴らし、こともなげに言い放った。

「気にするな。……遅かれ早かれ、こうなっていたに違いあるまい」


「え……?」


「それに、あやつらが戦うと決めたのなら、それはあやつらの意志じゃ。そなたが気に病む必要など、どこにもない」

イヴリスは静かに、だが力強く断言する。



「……しかし。あの神殿騎士……ボルドーとか抜かしてやがったな。あいつ、『聖律騎士』を名乗ってやがった……」

ダンゲルは額に汗を滲ませ、曇った表情で呟く。


「狐のあんちゃんがいくら腕に覚えがあるっつっても……相手が『聖律』となると、ちとヤベェかもしれねぇぞ」


「……聖律騎士?」


聞き慣れない単語に、イヴリスは訝しげに眉をひそめた。


「あぁ。神殿騎士ってのは、ただの兵隊じゃねぇ。厳格な『階級』があるんだ」

ダンゲルは太い指を一本ずつ折りながら、噛み砕くように説明を始めた。


「まず、そこら辺をうろついている末端の兵隊が『聖徒騎士(せいときし)』。……で、その上官にあたる実力者が、ボルドーの言っていた『聖律騎士(せいりつきし)』だ」


彼はさらに指を折る。


「さらにその上に、選び抜かれた精鋭である『聖典騎士(せいてんきし)』がいる。……そして」


最後に残った親指を、彼は恐ろしげに見つめた。


「そいつらすべてを束ねる頂点に君臨するのが、化け物揃いの『六華神剣(りっかしんけん)』……ってな具合になってやがる」



「……なるほどな。階級社会という訳か」

イヴリスは静かに頷き、ふん、と鼻を鳴らした。


「じゃが、案ずるな。我も奴の実力を全て把握している訳ではないが……あの獣人、かなりの手練れじゃ。そう簡単に後れは取らぬはずじゃよ」

彼女の言葉には、確かな信頼が滲んでいた。


「あの狐のあんちゃん……そんなに強ぇのか?」

ダンゲルは驚きつつも、奥歯を噛み締めて拳を震わせた。


「くそっ……!さっきリエッタを助けてもらったデカイ恩があるんだ。俺だって、今すぐ飛び出して加勢してやりてぇところなんだが……」

彼は悔しそうに顔を歪め、自身の無力さを呪うように吐き捨てる。

「相手が『聖律騎士』となっちゃあ、俺みてぇなのが行っても、足手まといになるだけだ……。情けねぇ話だがな」


「なに、心配は無用じゃろう」

イヴリスは腕を組み、落ち着き払った様子でダンゲルたちを諭した。

「今は下手に動いて足手まといになるより、おぬしらもここで奴らの帰りを待っていた方がよかろう」


「……あの、お兄ちゃんは?」

シエナが、ダンゲルの服の裾を引いて不安そうに尋ねた。


「ん?そういや小僧は見てねぇな……。ここに残って一緒に待ってたんじゃねぇのか?」

ダンゲルが不思議そうに首を傾げる。その言葉に、イヴリスの眉がピクリと動いた。


「……何?奴はレックスと共に飛び出しおったぞ。当然、一緒に行動しているものと……」

嫌な予感がよぎる。まさか、はぐれたのか?あの無鉄砲な男が、一人で?


その時だった。


「……っ!」


彼女は、遠くでヴェルトールが力を使うのを感じ取ったのだ。



「……どうした、嬢ちゃん?急に黙りこくって……」

ダンゲルが怪訝そうに尋ねるが、イヴリスの耳には届いていない。


――ふん。何があったかは知らぬが……。


彼女の口元が、三日月のように吊り上がる。


――やっと……くだらぬ「甘さ」を脱ぎ捨てたか!


「くくっ……」


喉の奥で楽しげに、そして不敵に笑うと、彼女はドレスを翻して宿の扉へと歩き出した。その背中に、シエナが不安げに声をかける。

「イヴちゃん……?」


「すぐに戻る。……そなたらはここで待っておれ!」

彼女は振り返ることなくそう言い放ち、宿の外へと駆け出して行った。





舞台は、鮮血と硝煙が漂う路地裏へ。……


ヴェルトールの瞳が、禍々しく紅い輝きを放ち始める。

その身体から、漆黒の靄が立ち上り、周囲の空気を歪ませていく。

イヴリスから与えられた冥の力が、彼の怒りに呼応するように、全身を駆け巡ったのだ。


「な……何が、起こった……?」


カイネスの目が驚愕に見開かれる。

目の前の少年から噴き出す、異質なプレッシャー。それはもはや人間のものではなく、深淵から這い出た化け物のそれだった。

だが、神殿騎士としての矜持が、恐怖による後退を許さない。


「ええい、化け物めがッ!!」


彼は咆哮し、迷いを断ち切るように全身全霊で大剣を振り下ろした。

だが、ヴェルトールは動じない。避ける素振りすら見せない。ただ静かに剣を構えると、その刀身が絶望の色を体現した『漆黒の炎』に包まれた。


―ゴオオオオオッ!!!


暴風のような音と共に、燃え盛る黒剣と、鋼鉄の大剣が真正面から激突する。


―ジュワァァァッ!!!


「ぐぅッ!?」


響いたのは金属音ではなかった。何かが焼け焦げるような、不気味な音。


「な、に……!?」


カイネスは我が目を疑った。

黒炎が大剣に絡みつくと、自慢の鋼鉄の刀身が瞬く間に赤熱し溶解し始めたのだ。

圧倒的な熱量が、鋼の硬度を嘲笑うかのように喰らっていく。


「ば、馬鹿な……ッ!?」


カイネスは驚愕に叫び、全身の力を込めて押し返そうとする。

だが、無駄だ。黒炎の灼熱は分厚い甲冑をも浸透し、中の肉をジリジリと焼き始めていた。


「ぐっ……がぁぁぁッ……!」


鉄が溶ける鼻を突く異臭と、自身の腕が焼かれる激痛。

カイネスの口から苦悶の声が漏れる。


だが、ヴェルトールの瞳に慈悲はない。

彼は燃え盛る剣を、容赦なくさらに押し込んだ。

抵抗も虚しく大剣は半ばからドロリと溶け落ち、カイネスのガラ空きになった右腕が露わになる。

ヴェルトールは一切の躊躇なく、黒き刃を一閃させた。


―ズバァァァッ!!


「ぎゃああああああああッ!!!」


肉が焼ける焦げ臭い匂いと、甲高い絶叫が路地裏に響き渡る。

カイネスの右腕は肘から先で斬り飛ばされ、宙を舞って地面に転がった。

黒炎に焼かれたその切断面は、血を吹くことすら許されず、ただ燻るように黒い煙を上げていた。


「が、あぁぁぁあぁぁ!!!」


片腕を失った激痛に、巨岩のようなカイネスの身体が大きくよろめく。

勝負は決した――誰もがそう思った。 だが、ヴェルトールの追撃は、そこでは終わらなかった。


彼は、紅く輝く瞳で冷ややかに見下ろすと、空いた左手の掌を、カイネスの胸元へと静かに突き出した。




"その刹那、戦場の空間そのものが歪んだかのように見えた。"




その歪みの中心から、ヴェルトールの激情が形を変えて噴出した。


―ズガガガガガガガッッ!!!


轟音と共に、左手から迸ったのは、すべてを焼き尽くす『漆黒の雷撃』だった。

それは自然界の雷ではない。闇そのものを凝縮し、無理やり解き放ったような、禍々しい黒い光の奔流。

大気が絶叫し、見る者の意識すら刈り取るような閃光が、カイネスの胸板へと直撃する。


「が、ア、ガガガガッ……!?」


防御など意味を成さない。

黒雷は分厚い甲冑を紙のように貫通すると、逃げ場を失ってカイネスの全身を凄まじい勢いで駆け巡った。


「ア、アァァァァァッ!!!」


鎧の中で、肉が弾ける音がする。

それはまるで、彼の肉体そのものが内側から爆発を起こしているかのようだった。

甲冑の隙間という隙間から、行き場を失った凄まじい火花と黒煙が噴き出し、巨体が激しく踊らされる。


鉄の塊は守るための鎧ではなく、今や彼を焼き殺すための「処刑台」と化していた。




「……あ……、が……ガ……」

巨躯がビクン、ビクンと無様に痙攣する。彼は白目を剥き、意識は既に混濁の淵へと沈んでいた。


ヴェルトールは、もはや言葉を発することはなかった。

慈悲も、躊躇いもない。その紅蓮に染まった瞳は、ただ純粋な憎悪の炎で揺らめき、目の前の「敵」をこの世から完全に抹消することだけを望んでいた。


彼は無言のまま、痙攣するカイネスへ向けて、ゆっくりと左手を握り込む。


―ズドォォォォンッ!!


トドメの黒雷が炸裂した。

それは抵抗すら許さぬ、絶対的な死の閃光。


「――」


断末魔すら残らない。

凄まじい熱量はカイネスの肉を一瞬で炭化させ、さらにはその炭すらも塵へと変えていく。


―ガシャンッ……


支えを失った巨大な白銀の甲冑が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、虚しい音を立てて石畳に転がった。

その中身は――もう、どこにもない。 黒い塵となった「元・神殿騎士」は、一陣の風にさらわれ、跡形もなく彼方へと消え去っていった。




「ひ、ひィッ……!ば、馬鹿なっ!!聖律騎士が……こうも呆気なく……!?」

頼みの綱を塵に変えられ、神官は腰を抜かして無様に尻餅をついた。

彼はガチガチと歯を鳴らしながら、這いずって後ずさる。

その視線は、ヴェルトールの手に纏わりつく『黒い残滓』に釘付けになっていた。


「それに、なんだ……今の、あの禍々しい力は……」

人間のものではない、根源的な闇。その異質さが、彼の脳裏にある「知識」と繋がる。


「ま、まさか……!!」

顔から血の気が失せる。

彼は震える指先をヴェルトールに突きつけ、裏返った声で絶叫した。


「貴様……ッ!まさか、『黒の森』の封印を……あの『禁忌』を解き放ったのか!!?」



「……そんなの、お前には関係ないだろ……」

ヴェルトールは感情の抜け落ちた声で告げると、紅い瞳で神官を射抜いたまま、ゆっくりと歩き出した。


「ひ、ひぃぃッ!!来、来るなァァッ!!!」

神官は恐怖に顔を歪め、ガチガチと歯を鳴らしながら無様に後ずさる。

「お前たちだっ…て……っ!」

怒りを込めて踏み出した、その瞬間だった。


―ドクンッ


唐突に、視界がぐらりと揺らぐ。纏っていた漆黒の覇気が霧散し、全身の力が抜け落ちていく感覚。

ヴェルトールは踏み出した足を支えきれず、その場にガクリと膝をついた。


――くっ、もう反動が来たのか……!?クソッ、体に力が入らない!こんな時に……!



膝をつき、肩で息をするヴェルトールの姿。

それを見て、神官の凍りついていた表情が、見る見るうちに醜悪な愉悦へと溶けていった。


「おや……? どうしました?」

彼は状況を理解すると、先程までの無様な怯えなど無かったかのように、ゆっくりと立ち上がった。

尻についた泥を丁寧に払い、勝ち誇ったように見下ろす。


「くくっ……。まさか、力を行使して、体力が尽きてしまいましたか?」


「ク、ソ……ッ」


「傑作だ!あと一歩……本当に、あと一歩で私を殺せたのに!」

神官はヴェルトールの悔しげな顔を覗き込み、唾を飛ばしてゲラゲラと嘲笑った。

「残念でしたねぇ!やはり神は、貴様のような薄汚い異端者ではなく……この私に味方したようです!」




――しかし、う~む……。このままここで始末したいところだが……。


神官は欲深そうに目を細めた。


――もし、本当に『黒の森』の封印を解いたとなれば……こやつの身柄には計り知れない価値がある。教会本部へ連れ帰り、徹底的に『調査』する必要があるな……。


「……仕方あるまい。貴様を拘束し、教会へと連行してやる。光栄に思え」

彼はヴェルトールを見下ろして宣言すると、苛立たしげに周囲を見回した。

自分の手は汚したくないらしい。


「おい、ボルドー!ボルドーは何をしている!あの程度の獣、とっくに片付いているはずだろう!」

声を張り上げ、部下を呼ぶ。

だが、その呼びかけに応えたのは、期待していた騎士の声ではなかった。


―タッ!


「なっ……!?」


軽やかな着地音と共に、路地の影から一つの影が飛び出してくる。

現れたのは、血に濡れたストールをなびかせた、暗赤色の獣人――レックスだった。



「これは、一体……」

駆けつけたレックスは、足を踏み入れた瞬間、絶句した。


目の前に転がっているのは、黒く焦げ付いた巨大な甲冑の残骸。 その中身は空っぽで、辺りには鼻を突く異様な焦げ臭さと、黒い塵だけが舞っている。 戦闘の跡というよりは、局地的な「災害」の跡地だった。


「……っ!」


あまりの光景に息をのむが、レックスはハッと我に返る。

その中心で、ガクリと膝をつき、肩で息をしている背中を見つけたからだ。


「おい!大丈夫か!!」

彼は呆然と立ち尽くす神官を無視し、なりふり構わずヴェルトールの元へ駆け寄った。



――こ、こいつ、なぜ生きている……!?ボルドーはどうした!?

予期せぬ獣人の登場に、神官の脳内はパニックに陥る。

このままでは形勢逆転だ。面倒なことになる前に、最強の盾を呼ばねば。


「ボルドー!!何をしている!早く!早くこちらに来るのだ!!」

神官は喉が裂けんばかりの声を張り上げた。

だが、その悲鳴のような命令は、誰にも届くことなく、静まり返った戦場に虚しく響く。


「……ボルドー?そうか、お前が神殿騎士を率いていたのか」

レックスは神官を一瞥し、興味なさげに呟く。

「だが、生憎だったな。そのボルドーなら……さっき、俺が倒した」


「……は?」

神官の時が止まる。

「ば、馬鹿なッ!ボルドーは『聖律騎士』だぞ!?お前のような薄汚い獣人に、遅れをとるはずが……!」


「信じられないなら、広場を見てくるがいい」

レックスは親指でクイッと背後の広場を指差し、淡々と言い放った。


「奴の無様な死体(ナリ)が、転がっているはずだ」




――馬鹿な……。貴重な戦力である『聖律騎士』を、あろうことか二人も失っただと!?こんな大失態、どう教会に報告すれば……いや、報告すれば私が消される!


神官の脳内を、保身と恐怖が駆け巡る。


「おのれ……っ!どこまでも忌々しい……!」

彼は憎悪と恐怖がない交ぜになった瞳で二人を睨みつけるが、足は正直に出口の方へと向いていた。


――ええい、この場は退くしかない!


「き、今日のところは……このくらいにしておいてやる!」

神官は顔を引きつらせ、震える指を突きつけて精一杯の虚勢を張り上げた。


「だが、覚えておけよ!教会を敵に回した愚かさを……今後、身をもって知ることになるからなぁ!!」

言いたいことだけをまくし立てると、彼は脱兎のごとく踵を返し、転がるようにして一目散に路地の闇へと逃げ去っていった。


「……ふん」

その無様な背中を見送り、レックスは興味なさげに鼻を鳴らす。


「まるで三文芝居に出てくる小悪党だな。清々しいほどの逃げ口上だ」

彼は呆れたように吐き捨てると、すぐに意識を切り替え、膝をついているヴェルトールへと向き直った。


「それより……」

彼は、膝をつくヴェルトールの肩を揺すった。


「大丈夫か?かなり激しい戦いだったようだが……」


「お、俺のことは……いいんです……。それより、バデロンさんが……!」


「なに?」

ヴェルトールの視線を追い、レックスが振り返る。

その目に飛び込んできたのは、自身の血の海に沈み、物言わぬ肉塊のようになった商人の姿だった。


「あれは……!!バデロン殿!!」

レックスは顔色を変えて駆け寄る。


「これは……酷い……」

胸から脇腹にかけての巨大な斬裂傷。出血量は致死量を超えているように見える。

遅かったか。誰もが諦めるような惨状。

だが、彼は逃さなかった。血に濡れたバデロンの指先が、ピクリと微かに痙攣したのを。


「……まだ、息がある!!」

レックスは首筋に指を当て、糸のように細い脈動を確認すると、絶望的な静寂を切り裂くように咆哮した。


「おい!!誰かいないか!!医者を!!医者を呼んでくれ!!」

その悲痛な叫びに、恐る恐る路地裏から様子を窺っていた住人たちがハッとする。


「大変だ!先生を呼んで来い!!」

「早くしろ!!」


街の人々が蜘蛛の子を散らすように駆け出していく。


「バデロン殿!!聞こえるか!?すぐに医者が来る!!もう少しだ、耐えてくれ!!」

レックスは傷口を圧迫し、遠のく意識を必死に繋ぎ止めるように、彼の耳元で何度も、何度も叫び続けた。




喧騒から少し離れた場所。

イヴリスは腕を組み、騒ぎの中心にいるヴェルトールを、冷徹な観察眼で見つめ続けていた。


――……解せぬ。


彼女の思考は、先ほどの戦闘――ヴェルトールが放ったあの一撃に囚われていた。


――あやつが『冥』の力を使ったのは、これで二度目。


彼女の眉間に、深い皺が刻まれる。


――……にも拘わらず、『黒雷』を使役するまでに至った。


それは、本来ならば長い修練の果てに辿り着く領域だ。ほんの数日前までただの村人だった人間に、扱える代物ではない。


――見るに、恐らくバデロンの負傷……激しい感情の昂ぶりが引き金となったのじゃろうが……。


だとしても、適応するのがあまりに早すぎる。

まるで、最初からその力の使い方を知っていたかのように。


「ヴェルトール……」


イヴリスは真紅の瞳を細め、底知れぬ可能性を秘めた契約者に問いかけるように呟いた。


「……おぬしは一体……」

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