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滅びの竜と祈りの唄  作者: 彩月鳴
覚醒 -The Allegro-

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第十五話:癒しの魔法 -The Healing Touch-

「♪Eryvel'thar maluna, saylim fua solu...」


(……歌が、聞こえる)


ゴトゴトと揺れる馬車のリズム。

泥のような眠気と、微睡みの淵で、透き通るような歌声が鼓膜を優しく撫でた。


「♪Ante cora, tiqui sira?...」


(歌……?)


ヴェルトールはそこで目が覚めた。

薄暗い荷台の中、隣ではシエナが安心しきった寝息を立てている。


ふと視線を上げると、その向こう。

イヴリスが一人起き上がり、頬杖をついて、流れゆく窓外の景色を見つめながら歌を口ずさんでいた。


東の空が、白み始めている。

夜明け前の蒼い光に包まれた彼女の横顔は、触れれば消えてしまいそうなほど幻想的で、美しかった。



ヴェルトールはハッと我に返ると、シエナを起こさないように声を潜めて問いかけた。


「……イヴリス、もう起きて大丈夫なのか?」


「……っ!?」


イヴリスはビクッと肩を震わせ、歌うのをピタリと止める。

ゆっくりと振り返った彼女は、バツが悪そうに唇を尖らせた。


「なんじゃ、起きておったのか。……趣味の悪い奴め」


「あはは、悪かったよ。綺麗な歌声だったから、つい聞き惚れてた」


「ふん……」


彼女はぷいっと顔を背けるが、朝焼けに染まる頬はいつもより赤い気がする。



「……体調は、とりあえず問題ない。しばらく力は使えぬがな」


彼女は気怠げに肩をすくめると、視線をヴェルトールの足元――血が滲む包帯へと移した。


「それより、我の心配なぞしている場合か?自分の体の心配をしたらどうじゃ」


「まぁ、そう言うなよ」


ヴェルトールは痛む足をさすりながら、穏やかに苦笑する。


「痛いのは確かだけど、街に着くまではどうしようもないしな。それに――」


言いかけたその時。

前方から、バデロンの張り上げた興奮気味の声が飛んできた。


「みなさーーん!見えてきましたぞ!あれが『ポルナ』です!!」







~港町ポルナ~


「うわぁぁぁーーっ!海だぁーー!!」


馬車が停止するやいなや、シエナは解き放たれた小鳥のように、軽やかに荷台から飛び降りた。


「こらシエナ!はぐれるぞ!」


ヴェルトールも慌てて痛む足を引きずりながら降り立つが、顔を上げた瞬間、息を呑んだ。


「……うわぁ」


目の前に広がるのは、視界に収まりきらないほどの「青」。

水平線の彼方まで続く海原が、太陽の光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いている。

そして振り返れば、傾斜地に建てられた、無数の石造りの家々。


「ここが、ポルナかぁ……。わかってはいたけど、村とは全然違うんだな」


白く塗られた壁が陽光を反射し、街全体が光っているかのような眩しさだ。

通りには、鼻をくすぐる潮の香りと、遠い国から運ばれてきたであろう香辛料の匂いが混じり合っている。


クゥー、クゥー。


空を舞うカモメの鳴き声。

鮮やかな色の布を売る露店主の威勢の良い掛け声。行き交う人々の活気。

その圧倒的な光景に、ヴェルトールはただただ圧倒されていた。



「ふむ……。人も増えれば、それなりに壮観な巣を作るものじゃな」


イヴリスも馬車から降り立つと、珍しそうにキョロキョロと街を見回している。



すると彼女は目を細め、傾斜地に広がる街並みを眺め渡す。

そして、腰に手を当ててニヤリと笑みを浮かべた。


「整然と並ぶ家々、平和ボケした人間ども……。ウズウズするのぅ。一つ残らず吹き飛ばしてやりたくなるわ」


「おいおい、物騒なこと言うなよ……」


呆れた様子でヴェルトールは言う。


「くくっ。なに、冗談じゃよ。冗談」


イヴリスは悪戯っぽく口角を吊り上げ、楽しそうに喉を鳴らした。



「皆様、あちらをご覧ください。診療所はあの路地の奥です」


バデロンが指差した先は、入り組んだ細い石畳の坂道だった。


「あいにく、この通りは馬車では入れません……。お怪我をされていてお辛いとは思いますが、ここからは歩きで参りましょう」


彼は恐縮して頭を下げる。

ヴェルトールが痛む足を引きずりながら歩こうとすると、バデロンは心配そうにイヴリスのほうにも振り返った。


「イヴリスさんも、お体の具合は……」


「我の事はよい。もうピンピンしておるわ」


イヴリスは軽やかに回転する。



「それより、診るべきはこやつの傷じゃろ。グズグズしていると、足が腐り落ちるぞ?」


「お、おい。怖いこと言うなよ……」


「……昨夜の倒れ方、尋常ではありませんでしたが……。本当によろしいので?」


バデロンが食い下がると、イヴリスは「くどい」とばかりに片手を振って見せた。


「構わぬ。我の体は我が一番よく知っておる」


「……承知しました。では、そのようにしましょう」



彼女の頑固さを悟ったのか、バデロンは一つ頷くと、先導するように歩き出した。

一行は喧騒を離れ、静かな路地へと足を踏み入れる。


「無理をするな。……俺の肩に掴まるといい」


レックスがヴェルトールの脇にスッと入り込み、肩を差し出した。


「あ……。すみません、ありがとうございます」


ヴェルトールは素直に甘え、その分厚い肩に体重を預ける。


「よし、行くぞ」


レックスに合わせて、痛む脚を引きずりながら一歩ずつ前へ進む。

その背中を追うように、イヴリスとシエナも左右からピタリと寄り添って歩き出した。





辿り着いたのは、路地の奥にある診療所だった。

だが、その扉には無情な木の札が掲げられていた。


「えぇっ!?きゅ、休診日ぃぃぃ!!?」


バデロンの素っ頓狂な絶叫が、静かな路地にこだまする。


慌てて扉を叩いて出てきてもらったのは、白いエプロンを着た診療所の助手らしき女性だった。



「はい……。申し訳ありません……」


「そ、そこをなんとか!なんとかお願いできませんか!?ご覧の通り、重傷の怪我人がおるのです!」


バデロンは食い下がる。商人の交渉術も、ここでは必死の懇願だ。

彼はヴェルトールの血の滲んだ包帯を示し、縋るように訴える。

だが、女性は困り果てたように眉を下げた。


「そうして差し上げたいのはやまやまなんですが……あいにく、今日は先生が往診で遠出をしておりまして、不在なのです」


「そ、そんな……」


「私では治療の判断ができかねますので……本当に、申し訳ありません」


女性は痛々しいヴェルトールの姿を見て一瞬顔を曇らせたが、どうすることもできないと深々と頭を下げた。


「では、失礼します」


パタン。


逃げるように扉が閉められ、鍵のかかる乾いた音が、一行の希望を断ち切った。



「「「「「…………」」」」」


閉ざされた扉の前で、五人の沈黙が重なる。

どこか遠くでカモメが「クァッ」と間の抜けた声を上げたのが、やけに虚しく響き渡った。




「う~む……。こうなっては、致し方ありませんな……」


バデロンは額の汗をハンカチで拭うと、苦渋の表情を浮かべつつも、パッと顔を上げて決断した。


「根本的な治療はできませんが……応急処置として、私がポーションを買いに走ります!」


彼は拳を握りしめ、鼻息も荒く宣言する。


「この街には知り合いの道具屋がいます。そこなら、質の良いものが手に入るはずです!すぐに戻りますので、皆様はその木陰で少しお待ちください!では!」


言い捨てるやいなや、バデロンは巨体を揺らして、通りの向こうへと走り出した。

ドタドタドタ……と遠ざかるその背中は、商人としての意地と責任感に満ちていた。




バデロンの背中が見えなくなると、その場には潮風と沈黙だけが残された。


「はぁ……。おぬし、つくづく運がないのぅ」


イヴリスは深いため息をつき、呆れた目でヴェルトールを見下ろした。


「お兄ちゃん……大丈夫?痛くない?」


シエナは不安げに眉を寄せ、兄の手をギュッと握りしめて顔を覗き込む。


「医者がいないのでは、どうしようもないな」


レックスは近くの石段にヴェルトールをゆっくりと座らせ、腕を組んで壁に寄りかかった。


「焦っても傷が塞がるわけではない。……今は大人しく、バデロン殿の戻りを待とう」


「そうですね……」


ヴェルトールがガックリと肩を落とすと、示し合わせたように全員の呼吸が重なった。



「「「「はぁ~~……」」」」



四人の深いため息が、見事なハーモニーを奏でて路地裏に響く。

その音は、港町の活気とは裏腹に、どこまでも哀愁を帯びていた。






バデロンの帰りを待ち、石畳に座り込んで呆然としていたその時。


「あの……」


とても遠慮がちな細い声が、潮風に乗って届いた。


「ん?」


ヴェルトールたちが一斉に顔を上げる。

診療所の建物の陰、日陰に溶け込むようにして、一人の少女が佇んでいた。


年頃はヴェルトールより少し下くらいだろうか。

彼女の華奢な身体は、少しサイズの大きな黒茶色の長いローブですっぽりと覆われている。


少女はフードの下から、怯えるような、それでいて何かを訴えかけるような瞳で、傷ついたヴェルトールをじっと見つめていた。



「君は……?」


ヴェルトールが問いかけると、少女はビクッと肩を震わせ、消え入りそうな声で答えた。


「あ、私は……っ、な、仲間と旅をしている"ラビ"といいます。その……仲間とはぐれて、ここに迷い込んでしまって……」


ラビは言葉を噛みながら自己紹介し、あわあわと頭を振って自身の言葉を打ち消した。


「って、そうじゃない……!私のことなんてどうでもよくて……っ!」


彼女は一度深呼吸をすると、意を決したように一歩前へ出る。



「あの……た、立ち聞きするつもりはなかったんですけど……。お怪我を、されているんですよね?」


そう言いながら、彼女は人差し指の背を眼鏡の外枠の下に添え、ズレた縁をクイッと押し上げた。

深いフードの奥、表情はよく見えないが、その声は緊張で小刻みに震えている。


「よ、よろしければ……私が、治療をしましょうか?」


その申し出は、沈みきっていた一行の間に射し込んだ、一筋の光明だった。



「ほんと!?お兄ちゃんを治せるの!?」


シエナは喜びで顔を輝かせ、ラビの方へ走り寄った。


「う、うん……」


彼女はもじもじと落ち着かない様子で、ローブの裾をギュッと握りしめた。


「私なんかの魔法で……よければ……」


消え入りそうな声。

それは、藁にもすがる思いのシエナたちとは対照的に、どこまでも自信がなく、まるで自分自身を卑下しているような響きだった。



「なんじゃ、その態度は。おどおどとして、見ていて歯痒いわ」


イヴリスは腕を組み、不機嫌そうに眉をひそめた。

彼女の鋭い視線に射抜かれ、ラビはビクッと小動物のように肩を跳ねさせる。


「あ、ご、ごめんなさいっ!」


ラビは慌てて頭を下げるが、その体は萎縮して、ますます小さくなっていく。


「……こんなんじゃ、治療されるのも不安ですよね……」


彼女はフードを目深に被り直し、消え入りそうな声で自虐を紡ぐ。

せっかく振り絞った勇気が、イヴリスの一言で吹き飛びそうだ。



「あぁ、いや!とんでもない!すごく助かるよ!」


ヴェルトールはイヴリスを片手で制し、ラビの目を見て安心させるように柔らかく微笑んだ。


「……よかったら、お願いしてもいいかな?」


「え……?あ、は、はい!」


拒絶されなかったことに驚き、ラビはパッと顔を上げる。

彼女は一度小さく深呼吸をすると、真剣な眼差しでヴェルトールの前に膝をついた。


「そ、それでは……傷を見せていただけますか?」


「あぁ。頼むよ」



ヴェルトールは頷き、痛みに顔をしかめながらも、血が滲む太腿をゆっくりと彼女の前に投げ出した。

捲られたズボンの下、生々しい裂傷が露わになる。


「ひっ……」


痛々しい傷跡に、シエナが思わず目を背ける。

だが、ラビは逃げなかった。震えは止まり、その瞳は傷の状態を冷静に観察していた。



「これは……。傷口が化膿し始めていますね……」


ラビは真剣な面持ちで呟いた。


「すぐに治癒魔法をかけます。……じっとしていてください」


彼女はそう告げると、深いフードの奥でスッと瞳を閉じ、意識を内側へと沈めていく。

震えの止まった小さな手を、痛々しい傷口にかざす。


すると彼女の手が淡く、優しい光を帯び始めた。


(ん?)


ラビが魔力を練り上げたほんの一瞬、イヴリスの肌を撫でた奇妙な違和感。

だが、それを確かめる間もなく、ラビの口から清らかな詠唱が紡がれた。


「――『キュア・フローラ』……」


祈るような囁きと共に、彼女の手から溢れた光が、ヴェルトールの傷口を優しく包み込む。


裂けた皮膚が引き合い、断裂した筋肉が繋がり――まるで、そこだけ時間の流れが逆行しているかのように、傷がみるみる塞がっていく。

やがて傷は完全に塞がり、その痕跡さえ残さず、まるで初めから傷などなかったかのように回復した。



「おおぉぉ……!」


驚きと感動が入り混じったどよめきが、路地裏に響いた。


「すごい……!」


ヴェルトールは恐る恐る立ち上がり、その場で軽く足踏みをしてみる。

チクリともしない。それどころか、怪我をする前よりも足が軽くなっているようだ。


「痛みも、違和感も全然ない!完全に治ってるよ!」


彼は信じられないという顔で自分の太腿をパンパンと叩くと、パッと顔を輝かせ、目の前の小柄な少女に向き直った。


「本当に助かったよ、ラビ!すごい腕前だな!なんてお礼を言ったらいいか……」


ヴェルトールは屈託のない満面の笑みで感謝を伝えた。

まさしく、地獄に仏――いや、女神だ。



ふと視線を向けると、ラビは肩で大きく息をし、今にも倒れそうなほど顔色を蒼白にしていた。


「はぁ……っ、はぁ……」


額には玉のような汗が浮かび、膝が小刻みに震えている。

まるで、たった一度の魔法で魂まで削り取ってしまったかのような消耗ぶりだ。


「い、いえ……。お役に立てたなら……よかったです……」


よろめいた彼女を、ヴェルトールは慌てて支える。


「だ、大丈夫か……?ごめん、魔法がそんなに疲れるものだなんて知らなくて……」


「お姉ちゃん、大丈夫……?」


シエナも不安そうにスカートの裾を掴み、心配そうにラビの顔を覗き込む。


その様子を、イヴリスは腕を組み、訝しげに目を細めて観察していた。


「……いや、治癒魔法……特に光の治癒魔法は確かに高度な魔法じゃ。じゃが、たかだか一回の行使で、こうも疲労困憊となるはずがない」


彼女の知識が、目の前の現象の非合理性を指摘する。



「あぁいえ……。私……生まれつき魔力量が極端に少なくて……。少し魔法を使っただけで、すぐにこうしてヘトヘトになっちゃうんです……」


彼女は弱々しい愛想笑いを浮かべる。

その笑顔には、自分の力の限界に対する深い諦めが滲んでいた。


「そうなのか?……ふむ」


イヴリスは顎に手を当て、探るような視線をラビに向けた。



「……実は先程、そなたの魔法の発動時に、妙な『違和感』を覚えたのじゃ。もしや魔力の練り方に問題があるやもしれぬ。恐らくじゃがそれが原因じゃろう、もう少し練り方を工夫してみたらどうじゃ?」


「あ、はい。お気遣いありがとうございます」


ラビは素直にそう感謝を述べ、ぺこりと頭を下げた。


「……それにしても、小さいのにしっかりしていらっしゃるん――」


「たわけっ!!」


路地裏に、雷鳴のような怒号が轟く。


「ひっ!?」


褒めたつもりが怒鳴られ、ラビはビクンと跳ね上がって涙目で縮こまった。



「人を見た目で判断するでない!我を誰じゃと思うておる!我こそは、偉大なる邪りゅ――ガフッ!」


決定的な単語が出る寸前。

ヴェルトールの両手が光速で伸び、イヴリスの口を背後からガッチリと塞いだ。


「んぐーっ!むぐむぐ!んーっ!!」


彼の腕の中で、イヴリスがジタバタと手足をバタつかせて抗議する。

だが、彼は慣れたもので、暴れる彼女を押さえ込みながら、引きつった笑顔をラビに向けた。


「あ、あはは……。ごめん、こいつ、背が小さいのを気にしててさ」


「むーっ!!(違うわ無礼者!!)」


「こいつの言うことは気にしないでくれ。……とにかく、本当にありがとう!」




ヴェルトールたちがドタバタしていると、通りの向こうから、ドタドタと重い足音が近づいてきた。


「ぜぇ……ぜぇ……っ!お、お待たせ、いたしました……!!」


髪を振り乱し、滝のような汗を流して戻ってきたのは、バデロンだった。

彼は息も絶え絶えになりながら、手の中にある小瓶を宝物のように掲げる。


「ポ、ポーションを……!店にある一番良いものを、買って参りました!」


それは、金細工が施されたガラス瓶に入った、見るからに高価な代物だった。


「さぁ!と、とりあえずこれで応急処置を!」



「「「「「……あ」」」」」



バデロンの必死な形相と、あまりに高価そうなポーションを見て、一行は言葉を失った。


「…………」


ヴェルトールは頬をポリポリと掻き、シエナは明後日の方向を向き、レックスは気まずそうに咳払いをする。


「……?ど、どうかされましたか?」


あまりに歯切れの悪い反応に、バデロンはきょとんとして瓶を突き出した。


「遠慮している場合ではありませんぞ!それより早く手当を!」



「……コホン。バデロンよ」


イヴリスはわざとらしく咳払いを一つすると、固まっているバデロンの肩に、小さな手をポンと置いた。


「その薬は、もう必要なくなった」


「……は?」


バデロンはポーションを高く掲げたポーズのまま、石像のように硬直した。

あまりの事態の急変に、思考が完全に停止している。


「実はのぅ……」


イヴリスが事の次第を淡々と説明する間も、彼は口をパクパクさせていたが――全てを聞き終えると、カクンと膝の力を抜いた。



「なんと……!そういうことでしたか!」


彼は額の汗を拭い、一気に脱力して安堵の息を吐く。


「すみません、バデロンさん……。せっかくポーションを買ってきてもらったのに……」


ヴェルトールが申し訳なさそうに眉を下げるが、バデロンは豪快に笑い飛ばした。


「いえいえ!ポーション以上の完璧な結果となったのです!治ったのなら、ここは素直に喜びましょう!」


そして彼は表情を引き締め、居住まいを正してローブ姿の少女に向き直る。



「……ラビさん、でしたかな?」


「ひゃいっ!?」


「この度は、私の命の恩人を助けていただき、本当にありがとうございます」


流れるような所作での深々とした最敬礼。


「この御恩……決して忘れませんぞ」


「い、いえっ、そんな……。私はたまたま通りかかっただけなので……!」


ラビは顔を真っ赤にして、ブンブンと手を振って恐縮した。


ふと、彼女の視線がヴェルトールたちを巡る。


「みなさん……とっても仲が良いんですね」


彼女はふわりと微笑んだ。

だがその笑顔の奥には、自分には手が届かないものを見るような、深く、隠しきれない寂しさと憧れが滲んでいた。


「あ、私、仲間を探さないといけないので……これで失礼しますね!」


不意に我に返ったように、彼女は慌ただしくぺこりと一礼すると、引き止める間もなく踵を返した。


「あ、待っ――」


ヴェルトールが手を伸ばすより早く、彼女はタタタッと駆け出し、港町の賑わう人波の中へと飛び込んでいく。


黒茶色のローブが翻る。

その小さな背中は、まるで最初から幻だったかのように、あっという間に喧騒の彼方へと飲み込まれて消えてしまった。



「行っちゃった……」


シエナは名残惜しそうに、少女の背中が消えた雑踏を見つめて呟いた。


「まだちゃんとお礼もできてないのに、名前しか聞けなかったな」


ヴェルトールも心残りを滲ませる。

だが、イヴリスはふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。


「なに、案ずるな。あの小娘も旅をしておると言うておったし、縁があればまたどこぞで会う事もあるじゃろう」


彼女はラビが消えた方角を一瞥し、確信めいた口調で言い放つ。

その言葉には、不思議と「必ずそうなる」と思わせる説得力があった。



「……それもそうだな!」


ヴェルトールはパンと手を叩き、パッと顔を上げた。

目の前には、見たこともない活気と、キラキラ輝く港町が広がっているのだ。


「よし!それじゃあ傷も治してもらったことだし……少し街を見て回ろうか!こんなデカい街、初めてだ!」


ワクワクを抑えきれない子供のような顔で、ヴェルトールが歩き出す。


「さんせー!!お魚見たいー!」


シエナも満面の笑みで、ぴょんぴょんと跳ねながら兄の隣へ駆け寄った。


「やれやれ……怪我が治った途端これか」

「まったく、落ち着きのない奴らじゃ」


レックスとイヴリスは顔を見合わせ、呆れつつも口元を緩めてその後を追う。

そして最後尾。バデロンはそんな賑やかで愛おしい一行の背中を、目を細めて温かく見守りながら、ゆっくりと歩き出した。

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