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第一話:異変 -Disaster-

「…vel’thar alun …」

静寂の中をどこか懐かしい微かな旋律が横切る。

「歌が、聞こえる…」

うつ伏せに倒れたヴェルトールは、薄れゆく意識のなかで耳を澄ませた…。


森の奥、周囲を漂う不思議な旋律。

……何かが呼んでいるような気がした…。




時は全てが始まる少し前へ遡る。二日前の穏やかな朝へ…。




〜辺境の村グリモ〜

陽光に照らされた小さな村。木々の間から差し込む光が土と草の匂いに混ざる。


「お兄ちゃん!また寝坊してるー!」

小さな木の家に飛び込むように入ってきたのは、純白の髪を揺らすシエナだった。

果物籠を抱えたまま、彼女は勢いよくベッドを揺らす。

「今日はブランおじさんを手伝うんでしょ!早く起きて!」

「……んん。あと少し……」

ヴェルトールはうめき声を上げて布団をかぶるが、シエナからおかまいなしに布団を引っ剥がされ、青みがかった黒い髪をわしゃわしゃとかき回された。

「わかったわかった!」

シエナは満足気な顔をしながら、ぐしゃぐしゃになった兄の頭を見てクスりと笑い、満足気な顔で手を放した。

「ふぁ~…」

大きな欠伸をし、背伸びをしながらヴェルトールが起き上がった。

「さて、今日も頑張るかぁ~!」



しばらくして…

「ブランおじさん!ヤギたちは小屋に帰しておいたよ!」

畑の手入れをしている小太りな男性に声を掛ける。

「おぉ〜、いつもすまねぇなヴェル!」

汗を拭きながらブランおじさんが返事をする。

「じゃあこれは今日の分だ!シエナちゃんにもよろしくな!」

そう言いながらカゴいっぱいの野菜と搾りたてのミルクが入ったビンを、満面の笑顔でヴェルトールに渡した。

「ありがとう!またいつでも呼んでよ!」


おじさんにお礼を言って帰路につこうとしたその時、風が村を吹き抜け、その中にどこか懐かしい微かな旋律が漂ってきた。

「……歌?」

耳を澄ませたが、葉のざわめきと子供たちの笑い声にかき消される。

ただ、胸の奥に小さな違和感が残った…。



少し歩くと小さな木の家に到着した。

「ただいま!」

勢いよく扉を開けると、

「お兄ちゃんおかえりー!」

シエナが勢いよく飛びついて来る。

両親がいないせいかシエナは10歳になったというのにまだまだ甘えん坊だ。

「今朝は起こしてくれてありがとな!お陰でブランおじさんにたくさん野菜とミルクをもらったぞ!」

ドンッと荷物をテーブルの上に載せる。

「おぉ〜、さすがブランおじさん!太っ腹だね!」

シエナがはしゃいでいる。

「じゃあ少し早いけど晩ご飯の準備でもするか!何か食べたいものはあるか?って言っても大したものは作れないけどな!」

「そうだなぁ…。じゃあお野菜とミルクを貰ったし、シチューがいい!」

シエナが答える。

「よしきた!じゃあ今夜はシチューだ!」


手際よく夕食を一緒に作り、今日起こった他愛もない出来事を話しながら、野菜たっぷりのシチューを二人で平らげていく。

そうして、いつも通りの何てことのない一日が穏やかに過ぎていった…。



そんな穏やかな日から一夜明け、村はいつも通りの静けさに包まれていた…そこにヴェルトールの声が響き渡る。

「はあぁぁぁぁ!!」

「たぁ!」

「せや!」

庭の木の枝にぶら下げられた木製の的や、しっかりと地面に刺さった大きな丸太に向かい、彼は剣の稽古をしていた。

「はぁ、はぁ、まだまだっ!」

もう一度踏み込もうとしたその時、

「うわぁぁぁl!!!」

外から悲鳴のような大きな声が飛び込んで来た。

「なんだ?外が騒がしいな」

汗を拭きながら庭の外に出ると、何故か妙な胸騒ぎがした。


声が聞こえた方へ駆けつけると、川向こうに住んでいるハンスが井戸の前で腰を抜かし、声を聞きつけた村人が数人集まっている。

「一体何かあったのか、ハンス?」

そう尋ねると、ハンスは井戸を指差しながら、

「い、井戸の水が!」

と震えた声で言っている。

「水がどうしたんだ?さっき汲んだ時はなんともなかったと思うけど…」

そう言いながら井戸を覗き込むと、水がボコボコという音と共に激しく泡立ちながらゆっくりと迫り上がってくる。

「なんだ…どうなってんだ…?」

このままでは水が溢れ出しそうだ。

「と、とにかく村長に伝えて来るから、ハンスは井戸には近づかないようみんなに伝えてくれ!」

そうハンスに伝えると急いで村長の家へと走った。


「はぁはぁ…村長ー!」

扉の前で叫ぶと村長がゆっくりと出てきた。

「おぉヴェルか!おはよう。はて、うちの手伝いは明日じゃなかったかの?」

思い出すように村長が言う。

「いや、それは違うんだけど…それより大変だ!井戸の水の様子が変なんだ!このままじゃ溢れ出しそうなんだよ!」

そう伝えると、様子を察したのか、

「なんじゃと?」

村長が答えたその時、木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立った。


「な、なんだ?」

そして次の瞬間、地中から響くような鈍い音と共に小さな地鳴りが村を揺らした。

「今度はなんだ!何が起こってるんだ?」

「と、とにかくわしは滞在されている神官様を呼んで来る、お前は帰ってシエナの様子を見てきてあげなさい!」

村長はそう言うと、足早に神官が寝泊まりしている家の方へと向かって行った。

「一体何が…」

――いや、そんな事よりシエナが心配だ、急いで家に戻ろう!


その場から飛び出し、家に向かい走りながら村の様子を見回すと、村人たちが井戸を遠目に見て戸惑っていたり、家から顔を出して不安そうにしているのが目に映った。

――急がなきゃ…!


「シエナ!」

勢いよく扉を開ける。

「お兄ちゃん!」

――良かった、無事だ!

ヴェルトールは安堵しながらシエナを抱きしめた。

「お兄ちゃん、さっきから地震が…何が起こってるの?」

シエナが震えながら尋ねて来る。

「わからない…何故か村におかしな事が起こってる。シエナはしばらく家で隠れていた方がいい」

「うん…わかった。お兄ちゃんはどうするの?」

「兄ちゃんは今からまた村長の所に行ってくるから、ここで少し待っていてくれるか?」

「わかった、早く帰ってきてね」

シエナが不安そうに見つめる。

「あぁ、ちゃんと隠れているんだぞ、じゃあ行ってくる!」

そう言ってシエナをもう一度抱きしめ、すぐに村長の家に引き返した。

――シエナも怯えている…早く原因を突き止めなきゃ…!


「村長!」

村長の家の前で、村長と背の高い男が話していた。神官だ。

「おぉヴェルか、シエナの様子は?」

心配そうに尋ねてくる。

「大丈夫だったよ、それより一体何が起きているんだ?」

「それがのぉ…」

村長の視線が神官へと移る。

「これはこの辺り一体のマナが暴走しているのだと考えられます」

神官が冷静な表情で何やら書物をパラパラとめくりながら答える。

「マナの暴走?」


――この世界にはマナと呼ばれる自然の力が満ちている(らしい)。これを感知し自らの魔力と呼応させマナを呼び起こすことで魔法を使う事ができる…だったか?俺は魔法が使えないからよくわからないけど…。って今はそれどころじゃない!


「でもこの村に魔法を使えるものはいないし、暴走の原因になるような物もありません!」

そう、ここには魔法を扱える人間も、ましてやそんな高度なアイテムもないのだ。

「ですから"魔法"の暴走ではなく"マナ"の暴走です」

神官が得意気に言う。

「そんなのどっちでもいいですよ!それでこの状況はどうすれば元に戻るんですか!?」

強く握りしめた拳と苛立ちを抑えながら神官に尋ねた。

「それが…私もこのような事態は初めてでして…」

困惑した表情で焦りながら手に持った書物をパラパラとめくる神官。

「くそっ、どうすればいいんだ!?」

そんなやりとりをしている間も、地鳴りは断続的に地面を揺らす。揺れもひどくなっていってるようだ。

そして次の瞬間…、


ードオオォォォォン!!!!!


遠くの空で轟音と共に黒い光の柱が立った。

数秒で消えてしまったが、とても普通の現象ではない。これもマナの暴走の影響だろうか?

「今度はなんだよ…!」

「あっちは…」

村長が口を開く。

「森の方角じゃ…」

「森?森って黒の森のこと?」


――黒の森、村から歩いて丸一日ほど離れた場所にある鬱蒼とした大きな森林地帯だ。魔物も生息していて、村人はおろか旅人ですらあまり近づくことがない場所だ。


「間違いない、今の柱は黒の森の方角から出ておった」

村長が続ける、

「あの森は古代より何か大きな力が封印されていると祖母さまから聞いたことがあるのじゃが、今の光とマナの暴走、まさか何か関係が…?」


――確かに…村の異変とほぼ同時にさっきの黒い光だ…。無関係って訳じゃなさそうだよな。

「何か関係があるかもしれないなら、様子を見に行ったほうがいい!」

そうヴェルトールが言うと、

「なりません!!」

本を見ていた神官が、被せるように割って入った。

「あの森には神々による特殊な封印が施されており、我々ベガノス教会の管轄地となっています」

神官が鼻息を荒くする。

「故に教会の許可なく森に侵入することはまかりなりません!」

そう大きな声を上げると

「じゃあ許可をください!」

ヴェルトールが言った。

「ここでは無理です。然るべき手順を踏み、中央の教会へ申請しなければりませんので…」

――そんなの一体何日かかるんだよっ!


「そんなの待ってられるか!異変が起きているのは今なんだぞ!」

苛立ちが怒りに変わって行く。

「規則は規則です!無許可で入れば然るべき罰を受けますよ!」

神官はそれでも突っぱねる。

「罰ぐらい受けてやるよ!放っておいたら村が大変な事になるかもしれないんだ!可能性があるなら俺は行ってみる!」

ヴェルトールも必死に抵抗する。

「なりません!大体あなたが行ってどうなるというのですか!!」

神官の顔がみるみる赤くなっていく。

「何もしないよりはいい!それにその大きな力ってのがあれば、この暴走もなんとかなるかもしれないじゃないか!」

「神々の封印を調べるおつもりですか!?なんと畏れ多い!!」

神官はさらに憤るが、そこに村長が割って入る。

「ヴェルよ…神官様の仰る通りお前が行ってどうなることもあるまい、それに森には魔物もいる…調べに行ったところで無事には済むまいて…」

だが村長も弱腰だ。

「じゃあこのまま何もせずにいろって言うのか!?」

――このまま放置してたら、シエナだって村の人たちだってきっと無事じゃ済まない!これは村全体の危機なんだ!


そう思ったら体が勝手に動いていた。


「シエナ!」

「お兄ちゃん!早かったね!」

シエナが駆け寄ってくる。

「いや、すまない。兄ちゃんちょっと黒の森の様子を見に行かなきゃいけないんだ」

「黒の森って…魔物がいる危ない所じゃないの?」

シエナの表情が曇っていく。

「大丈夫さ!剣の稽古はしっかりやってるからな!」

そう言いながら剣を振るう素振りを見せた。

「うん…」

シエナは俯いて返事をした。

「よし、じゃあしばらく出かけるけど、良い子に留守番していてくれるか?」

「……わかった」

心配そうに見つめるシエナを尻目に、革と布の簡素なチュニックとブーツに身を包み、簡単な食糧と腰にショートソードを携えた。


「何かあったらブランおじさんの家に行くんだぞ」

そう言いながらシエナを抱きしめた。

「いってらっしゃい…気をつけてね」

今にも泣き出しそうな声でシエナが返す。

「あぁ!じゃあ行ってくる!」

そう言ってヴェルトールは、黒の森へ向け村を出発した。

「滅びの竜と祈りの唄」をお読みいただきありがとうございます!

この物語は作者が王道のファンタジーを読みたくて描き始めた物語で、まだまだ序盤ですが、ヴェルトールの成長、増えていく仲間達や新たな地域など、これからどんどん面白くなるように精進して参りますので、第二話、第三話と続けて読んでいただければ幸いです。今後もぜひお楽しみくださればと思います!


※便宜上、本文にアルファベットを使用している部分がありますが、英語等ではなく古代語という設定です。

ですので、意味や読み方を調べても見つからない事をご了承下さいませ。

また、エピソード毎のタイトルにもアルファベットを使用しておりますが、こちらは基本的に英語なので訳す事は出来ますが、日本語部分の直訳にはならないのでその点もご了承いただければと思います!

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