朗報:僕の絵、猫に大絶賛される
……僕は、絵を描くことが得意だった。
図工の授業で絵を描けば、いつも上手だと褒められた。
ノートの端っこに落書きをすれば、いつも友達が見に来た。
夏休みの宿題でポスターを描けば、いつも入賞して景品をもらった。
絵を描くのが好きだとか、上手に描けるようになりたいだとか、誰かに絶賛されたいだとか、好きな色があるとか、表現したいテーマがあるとか、そういう何かを持っていたわけでは、ない。
なぜか…、絵を描けば人より整っていて、見た目よく仕上げる事ができた。
情熱はないけれど…、なんとなく自分は絵を描くことが得意なのだと思っていた。
中学生になり部活を決める時、僕は美術部を選んだ。
冷房や暖房のある教室の中で時間をつぶせたらそれで御の字、描けばうまいと言われるんだから多分なんとかなるはず…、そんな気持ちで入部した。
美術部には、絵を描く事に情熱を燃やす人がたくさんいた。
毎日デッサンする人、放課や部活中はもちろん授業中も先生の目を盗んでノートに漫画を描く人、自分の世界観を広げる人、作品を生み出すことに没頭する人。
温度差を感じつつ、デッサンしたりイラストを描いて過ごした。
たまにコンテストに応募して、何度も入選した。
そうこうしているうちに僕の描画技術はめきめき上達し、美術系の学校への進学をすすめられた。
僕は勉強があまり得意ではなかった。
好きでもない勉強をめちゃめちゃがんばって成績を上げ、なんとか高校に入学してやりたくない勉強を続け、大学に入り適当に学んで、中途半端な企業に就職をするくらいならば、得意なことを活かしてチヤホヤされながら生きて行きたいと考えた。
美術科のある高校の推薦入試を受験し、合格した。
絵の道を志す同級生と共に、何度も何度も絵を描いて…技術はさらに向上した。
コンテストの入賞経験が増え、実績もついた。
推薦をもらって、美術大学に入学した。
今までと同様、なんとかなるだろうと思っていた。
……大学では、自主性が求められた。
自分は、どんな絵を描きたいのか。
自分は、どんな絵を描いていきたいのか。
情熱を持たないまま、なんとなく絵を描き続けてきた僕は…ようやく自分のヤバさに気が付いた。
技術はある、だがそれだけだ。
綺麗な絵は描ける、だがそれだけだ。
周りの学生たちは、自分が描きたいものをただひたすらに描き続けている。
上手いとか、下手とか、周りの感想などものともせず…、自分の世界に没頭し、情熱を注いで作品を完成させている。
描きたいものがない僕は…、完全に詰んでしまった。
提出期限はとうに過ぎてしまったというのに、真っ白なままのキャンバス。
いったい、何を描いたらいいのか…。
自画像を描いてもしっくりこない。
風景画を描いてもピンとこない。
静物画を描いてもモヤモヤする。
歴史画を描いてもわざとらしい。
抽象画を描いてもうすっぺらい。
何一つ描きたいと思えるものが見つからず、半年が過ぎた。
…今週中に作品を提出しなければ、留年が確定する。
もう、何となく納得できないから描けない、完成させる気になれないなどと言っている場合じゃない。
とりあえず何か描いて提出せねば…。
焦燥感にかられた僕は、大学のそばにある都市公園に出向いた。
市民の憩いの場でもあるこの公園には、モチーフになるようなモニュメントや大きな池、自然豊かなウォーキングコース、季節の花壇など、魅力的な場所や絶景スポットがたくさんあるのだ。
芝生広場にあるベンチに腰を下ろし辺りを見渡した時、遠くに一匹の猫がいるのを発見した。
ウォーキングコース横のグラウンドのド真ん中で…豪快に砂をかいている。
あんな目立つ場所でなんという無防備な…、大した度胸だ。
少しばかり感心した僕は、そのシーンを描く事にした。
猫の柔らかな質感、しなやかな動き、えぐれた砂地。
大胆不敵な行動、あっさりとした退場、だだっ広いグラウンド。
離れた場所から、現場のリアリティを想像し…描き足していく。
背景をどうしようかと思ったところで、視線のようなものを感じた。
後ろをふり返ろうとした時、僕の横に猫がいる事に気が付いた。
公園に住む、地域猫だろうか?
この人に慣れた感じは、相当……
『ねえねえ、虫、描いてくれよぅ!』
?!
『虫、描けないの?』
ベンチの座面の上で、ちょこんとすましてこちらを見上げている猫の口元が…パクパクしている。
『実物、持ってくるね!』
スタッとベンチから降りた猫は、近くの草むらにトコトコと向かって行き…飛び跳ねている。
……口に何かくわえて戻ってきたぞ。
『はい!』
ガッツリとどめを刺されている、バカでかいバッタが…膝の上に乗せられた。
ぴょんとベンチの上に飛び乗り、長いしっぽをピョコピョコと揺らしながら、猫が僕を見上げる。
………。
虫、描くか。
僕は…、虫の絵を描くようになった。
リアルを意識した絵、迫力のあるシーン、強烈な画角、荒々しいタッチ、繊細な表現、ありふれた日常、ありえない世界観、モノクロ、カラフル、シンプルなものに緻密な作品。
虫を描いては猫に見せ。
猫に見せては虫を描き。
『虫、尊いよね! ボク、大好き!』
『跳んだり跳ねたり攻撃してきたりクサかったりで…飽きないし!』
『背景との対比がかっこいい! 』
『カマキリ描ける?』
『もっと見たいよぅ!ねえねえ、明日も見せてね!』
「モチーフはありきたりだが、良い線だ」
「この色はないな」
「こういうの描くんだ、意外」
「次、持って来い」
「うわ、気持ち悪っ!」
たまに先生に提出して…もっと描けと言われ。
たまに同級生に見せて…賛否両論を聞き。
人間は時折にがい顔をしたが…、猫はどんな絵を見ても毎回興奮し、絶賛し、大喜びして、はしゃいだ。
このところ褒められる事がめっきり減っていたからか、やけに…絶賛の声が身に染みた。
まっすぐで、無邪気で、ポンポン飛んでくる感想が…くすぐったかった。
『ホント才能あるよね! この躍動感、生々しい色、憎たらしいフォルム…こんな素晴らしい絵は見たことがない!』
「よせやい、ほめ過ぎだよ」
『そんな事ない! 全猫が絶賛するよ、この絵は! ねえ、出してみなよコンテスト! 絶対入賞する、優勝間違いなし! ボクの自慢の白いひげをかけてもいい!』
僕は、猫の言葉を真に受け、作品をコンテストに出してみることにした。
大学に入って以来、初めての試みだった。
結果は……。
『ウソだあ! なんで?!』
新聞の記事を見て呆然としている、猫。
いつもはピンと真上に伸びているしっぽが、元気なく垂れ下がっている。
自慢のひげも、抜け落ちた。
「これが現実さ、はは…」
僕の作品は、落選した。
コンテストは…猫が主催しているわけじゃ、ない。
何百、何千、何万枚もの絵画を見てきた審査員から見れば…、芸術を見るプロからすれば…、僕の描いた虫の絵なんて大したことはないのだろう。
たかが猫一匹に褒め称えられたからって、人間界でも通用すると思ったら…大間違いだ。
僕は、ちょっとばかり手先が器用なだけで。
絵を描いて生きていけるような才能は…持っていなかったのだ。
「絵を描くの、やめようかな…」
『そんなのダメ! 明日も来て、お願い!』
翌日、いつも絵を描いているベンチのところに向かうと…うん?
『あ!きた!』
なんだか猫が…?
たくさん、いる。
『どれどれ…少々拝見、おおこれは!』
『歴史に残る絵だ!』
『今にも飛び出しそう…うっとり』
三匹の猫が、僕のクロッキー帳を代わる代わるのぞき込んで…のどをグルグル鳴らしている。
『ほら~ボクが言ったとおりでしょ! 君の絵はね、全猫がホレ込む…唯一無二の芸術なんだよ!』
……今日も僕は、猫に囲まれて、絵を描く。
『ねっ、すごく上手でしょ!』
『ホントだ…これはたまらんのぅ』
『二時間遠征して見に来て良かったよ~!』
『あの、これ差し入れのヤモリです』
『あの、その手で…撫でて下さいっ!』
入れ替わり立ち代わり、僕の絵を見て…、満足そうに去っていく猫たち。
……今日、僕は、人に囲まれて…絵を描いている。
「見てください、この…猫ちゃんの数!」
「こちら、猫に愛される画家さんなんです!」
「なぜあなたのまわりに猫が集まって来るんですか?」
「猫に好かれる絵を描くコツってあるんですか?」
猫もいるが、やけにみんな…不機嫌だ。
『邪魔だなあ、せっかくの絵が見えないよ!』
『ねえねえ、あっちで見せてもらってもいい?』
『シャー!触んなっ!』
『先生に撫でてもらったら無事に子供が生まれるって…』
『先生の絵を見たら食うもんに困らなくなるって…』
『この絵、噛んでいい?』
こんな風に目立つつもりは、無かったんだけどなあ。
…ま、いっか。
僕は今日も…。
猫たちを、ワクワクさせたくて。
絵を描く事に…夢中になっている。




