田端大
「もう帰ってくれていいぞ。明日もあるからな」
『そんなに悲しい顔しないでください。2日なんてすぐですよ』
「それは、99歳の時の話だ!今は1日が長くて長くてたまらん。早く終わって欲しいのに、まだこんな時間なのかを繰り返すのだ」
『若い頃は、時間の流れがゆっくりにできていますからね』
「そうだな。ゆっくり過ぎて今だって、一時間しか経っていない」
『入院していた時も、そうでしたよね?』
「ああ、そうじゃった。入院していた時も毎日何の楽しみもなくて。早くお迎えが来てくれないかと思っていたものだ」
『彼も同じかも知れませんよ』
死神の言葉にわしは気づいた。
母親を亡くした田端大は、母さんを亡くしたいつかのわしだと。
「愛するものを亡くした絶望。わしにも、それはよくわかる。だけど、どうしたら彼にこの体に戻ってもらえるんじゃ」
『難しいですね』
「そうじゃろ。戻ったところで、絶望の日々がまた始まる。それをわかっていながら、戻るなんて。彼にとっては酷すぎるわけじゃよ。お母さんが元気になると話せない以上難しいの」
死神も一応は考えてくれているようだ。
意味はないだろう。
彼に希望を与える何かなんぞ、わしはもっていない。
ーーもっていない?
いや、もっているじゃないか。
「死神、また彼を呼んでてくれ。わしは、ちょっと行ってくる」
『わかりました』
死神を置いて、わしは家を出る。
彼に希望を与えるもの。
それは、きっと。
ーーはぁ、はぁ、はぁ。
この体は、ちゃんと知っている。
「大ちゃん?どうしたの?」
「はぁ、はぁ、はぁ」
その子を見るだけで鼓動が上がる。
だから、きっと。
田端大は、あかりちゃんが好きなんだ。
「はぁ、はぁ。あ、あの」
「うん」
「ちょっと来て欲しい」
「えっ?」
あかりちゃんの腕を掴んで走り出す。
あかりちゃんは「お母さんに買い物を頼まれている」と言うけれど。
わしは、必死で連れて行く。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうしたの?大ちゃん」
「ちょっと家に来て欲しい」
「えっ?どうして」
「どうしてもこうしてもないから来てくれ」
あかりちゃんを引っ張って連れて行く。
「おい、死神」
「死神?」
「まぁまぁ、いいからいいから」
『何ですか?』
「お、オバケ」
あかりちゃんは、ガタガタ震えている。
「オバケではない。彼は死神だ」
「し、死神?って、私。し、死んじゃうの?」
「落ち着け、落ち着け。大丈夫じゃから」
「じゃから……?」
あっ、まずい。
わしとした事が、彼のふりを忘れていた。
ーーあーー、もういい。
煩わしいわ。
「死神」
『何でしょうか?』
わしにはちゃんと田端大が見えているけれど。
あかりちゃんには、まだ見えていないのだ。
田端大は、あかりちゃんから見えていないのをわかっているのだろう。
相変わらず、死んだ目をしている。
「ほれ、彼女をわしみたいに」
わしの言葉にわかった死神は、あかりちゃんの肩にそっと触れた。
「大ちゃん………。えっ?」
あかりちゃんの言葉に田端大は少しだけ反応をしめす。
さっきから、この体は鼓動を早く打っているというのに……。
幽霊になった彼には何も響くわけもない。
「えっ?大ちゃんが二人?どうして?」
あかりちゃんは、わしと幽霊の田端大を交互に見る。
「ど、どういうこと?」
何と言えばいいか黙っているとあかりちゃんは「やっぱり」と呟いて、わしを見る。
「あなたは、やっぱり大ちゃんじゃなかったのね」
「えっ?」
「だって、おかしいもん。大ちゃんがあんなに走れるなんて」
「気づいてたのか?」
「気づくに決まってるじゃない!だって、私はずっーーと大ちゃんが好きなんだから」
あかりちゃんは、あっけらかんと答える。
その言葉に田端大は、こちらをハッキリと見つめた。
「好きだってことは、彼がこの世からいなくなったら悲しいじゃろ?」
「悲しい……?」
あかりちゃんは、わしの言葉に少し考える仕草をする。
田端大は、あかりちゃんの言葉を聞こうとしているのがわかる。
やっぱり、田端大はあかりちゃんが好きなのだ。
だから、気になるのだ。
ーー頼む、あかりちゃん。
悲しいと言ってくれ。
わしは祈る気持ちであかりちゃんを見つめる。