99歳、青春を始めよう!!
二階の部屋の机の引き出しをあけると小さなノートが置いてあった。
わしは、恐る恐るそのノートを広げた。
【お母さんが死ぬだろうか?】
ーーガタッ。
振り返るとあの日いたやつがいた。
『どうですか?』
「どうもこうもないわ」
『つまらなさそうですね。望み通り若返ったというのに……』
「若返っただけじゃからな」
『と言いますと?』
「若返ったところで、わしの友達は誰一人おらんのだよ。どんな性格や話し方をするかもわからない他人になって。幼馴染みである人物の顔色を伺って……」
『まだ、2日残ってますよ』
「もう必要ない。あの時、死んでおけばよかった」
わしの言葉に死神は驚いた顔をしている。
『珍しいですね、あなたみたいな人は初めてです。皆さん、喜んでくれていましたよ』
「そりゃあ、若返るのは嬉しいよ。久々に息があがるほど走れたし、揚げ物だって胃もたれしない。だけど、むなしいんだよ。わしの大好きな大好きな母さんもいない」
『奥さんですか。出会ったのは、高校生ですか?』
「ああ、初めて出会ったのは高校生の頃だった。母さんは、明るくて元気で。男女関係なく仲良くしていた。ほれ、幼馴染みの達也がよく母さんに男ならすぐ泣くなって怒られていたわ、ハハハ」
『嬉しそうですね』
「ああ、今でも思い出すと嬉しい気持ちが沸き上がる。ああ、そうか。今、わかった。わしは、若返りたかったわけじゃないんだ。みんなと青春をやり直したかっただけだったんじゃな」
『みなさんと……それは』
「わかってる、わかってる。そんなことはできないんじゃろ。じゃあ、そうだな。彼はどこにいる?」
『彼ですか?』
「ああ、わしの体の持ち主だ」
『彼ですね。彼は、今、生と死の狭間にいます』
「生と死……。まさか、死ぬのか?」
『可能性はありますね、彼が生きたくないと思えば……』
「いかん、いかん。それは駄目だ」
わしは死神に彼と話をさせて欲しいと頼む。
彼には、戻ってきてもらわないと困る。
それに、青春は一度だけだ。
今が苦しくて悲しくて、どん底だったとしても。
大人になれば、あの時は楽しかったと笑えるはずだ。
今のわしがそうなように……。
「死神よ」
『何でしょうか?』
「彼の母親はどうなってる」
『まだ意識が回復していません』
「死ぬのか?」
『まだ、何とも』
「わしが代わってやるのは無理だな」
『ハハハ、残り2日と交換ですか?』
「ああ」
『それなら2日しか生き返れないことになりますよね』
「いや、そんなはずはない。わしの2日は、もっと長いはずだ」
わしの言葉に死神は笑う。
99歳まで生きたわしの魂の2日は20年ぐらいになるはずじゃ!
『ハハ、20年ですか』
「あっ」
『心は読めますよ。そんなにあると思っているんですか?』
「あるはずじゃ!」
わしの言葉に死神は考え込むと、彼が生きると言うのなら彼の母親の寿命を20年伸ばしてあげると笑ってくれた。
やはり、神様は悪ではない。
昔、わしが母さんを後二年生かしてくれって神様に頼みに行ったら助けてくれたのだ。
死神だって話せばわかる。
そう思ったから交渉したのだ。
まあ、このわしの考えだって読まれているのだろうが。
『では、今から彼を連れてきます』
「ああ、頼むよ」
誰かの為に何かをする。
若い頃もそうだった。
国のため、家族のため、友達のため。
それが嫌だと思っていたけれど。
だけど、あの日々はかけがえないほど幸せな時間だったのがわかる。
今日まで生きててよかった。
彼にも、そう思って欲しい。