99歳、青春を始めよう!!
その声にワシの体は水を得た魚のようにグイグイと走る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
苦しいのは死ぬからじゃない。
わしは、わしは、わしは。
今を全力で生きているのだ!!!
「大ちゃぁぁぁぁん、頑張れぇぇぇ~」
彼女の声しか聞こえない。
走る。
走る。
走る。
年老いた鉛のような体じゃない。
軽やかで。
息が切れても。
足がもつれない。
走る。
走る。
走る。
「見えてきました。一番は、三組の田端大君です」
学校の門をくぐり抜ける。
「田端君、最後のトラックに入りました」
頑張れーー、田端ーー。
ワシをたくさんの生徒が応援している。
ピンと張られたゴールテープが見える。
「二組の加茂山翔太君も入ってきました」
田端ーー、走れーー。
叫び声がする方に走る。
パアアン
乾いた音が響く。
「一位は、田端君です。お疲れさまでした」
「はぁ、はぁ、はぁ」
パアアン。
二発目の乾いた音が響いて振り返ると男の子がいた。
「やっぱり、すごいな。田端は……。はぁ、はぁ」
たぶん、加茂山君だ。
「君こそすごいね、はぁ、はぁ」
「君ってハハハ、田端はおもろいな。ほら、給水所行こ」
「うん」
彼に引っ張られて給水所に向かう。
「どうぞ」
「ありがとう」
渡されたスポーツドリンクをごくごくと飲み干す。
「乾いた体に染み渡るね」
「そうだな」
カラカラに乾いた体に染み入るように、常温のスポーツドリンクが入っていく。
昔は、もっとキンキンに冷えていた気がする。
「冷たいの体に入れたら体調崩したりするから常温になったけど。さすがに夏場は冷たいのがいいよな」
「確かに……」
わしの想っていた事を話してくれる加茂山君は、すごくセンスがいい。
「大ちゃん、お疲れさま」
スポーツタオルを持って女の子が現れた。
彼女は……。
あっ、そうだ。
さっき、見えた子だ。
「あかりーー。いつも、大にばっかだな」
「当たり前でしょ、私達は幼馴染みなんだから」
「俺もだろ?」
「良輔は、そもそも参加してないじゃない。はい、大ちゃん」
「ありがとう」
どうやら、あかりちゃんと言うらしい。
その後ろをついてくる良輔って子も友達なのだな。
「じゃあ、俺は戻るよ、田端」
「あっ、うん。ありがとう」
「かっこつけてんなーー、加茂山」
「やめなよ。初めて大ちゃんに負けて落ち込んでるかも知れないんだから」
「初めて……」
「そうよ、いつもは大ちゃんビリから二番目じゃない」
「えっ、あっ、そうだったっけ」
「いつもって、高校ではまだ二回目だし」
「でも、加茂山君は、中学も同じだったでしょ。たぶん、落ち込んでるよ。ビリから二番目の大ちゃんに負けるなんてプライドが許さないもん」
ビリから二番目。
それなのに、ワシは一番を取れたのか!
こんな老いぼれになっても、ワシの足は鈍っていなかったってわけだな。
「ワシ……。いや、何か今日の俺は早く走れちゃったんだよーー。ハハハ」
「俺?!大が自分の事、僕って呼ばないなんて。まるで別人みたいだな」
ーーしまった。
まだ、彼の事をわかっていなかった。
手探りで話すべきじゃった。
「アハハハ、何か朝から調子が悪くて」
「調子悪くて俺って話すのかーー?」
「あーー、昨夜。ほら、ドラマを見たからだよ」
「大ちゃんが好きな桐谷連が出てたもんね」
「それ、それそれだよ」
若返って嬉しいと思っていたが、新しい人間関係を作るのは大変だな。
ワシのまま若返れたらよかったが、これじゃあ本当に大変だ。
ーーキーンコーンカーンコーン
「大、行こう」
「あっ、うん」
「じゃあ、また後でね」
あかりちゃんは、他の女子生徒と合流して楽しそうにいなくなる。
「大は、あかりの事どう思ってんの?」
「どうって?」
「鈍いなーー。好きかどうかに決まってるだろう」
「そうかーー」
好きかどうか。
たぶん、この体の持ち主はあかりちゃんが好きなのだろう。
だって、あんなにも胸が苦しく感じたのだから。
「まあまあ、卒業まであと一年はあるからさーー。ゆっくり考えてみればいいよ」
「うん」
ゆっくりか……。
そんな時間は、わしにはない。
だけど、この体の持ち主にはあるわけだ。
ーーはて?
わしが今入っているってことは、彼はどこへ行ったのだ?
まだここにいるのか?
だから、さっき心臓がドクンとしたのか?