溺死
海面に顔を出し大きく息を吸う。
立ち泳ぎをしながら何度も深呼吸している僕の耳に、切羽詰まったクラスメイトの声が響く。
「オイ、皆んな! 俺たちを乗せて来た船は何処行った?」
『え?』って思い周りを見渡す。
本当だ、船が何処にも見当たらない。
僕たちは授業の一環でクラス全員で海に来て、チャーターした船で此処で素潜りを楽しんでいた
素潜りしていたクラスメイトが次々とと浮上して来て周りを見渡し、船が見当たらない事に気が付き悲鳴を上げる。
否、悲鳴を上げられる奴はまだ良い、ヤバいのは浮上したら直ぐに船に引き上げてもらえると思いギリギリまで潜水してた奴。
疲れ果て立ち泳ぎする気力も無く、クラスメイトの幾人かは溺れ始めた。
皆に声を掛ける。
「背泳ぎして浮かんでろ! 今日は波か無いから背泳ぎしてれば大丈夫だから」
声が届く範囲にいた幾人かのクラスメイトは指示にしたがい、背泳ぎの体勢で海面に漂うように浮かぶ。
でも、声が届かないところに浮上して来た奴らは、船が見当たらない事に気がつくとパニックを起こし、船を求めて思い思いの方向に泳ぎ始めた。
思い思いの方向に泳ぎ出した奴らより厄介なのは、泳ぐ余力が無く近くのクラスメイトにしがみついて助けてもらおうとする奴ら。
僕にもクラスメイトが2人しがみついて来た。
振り払おうとしたけど、振り払おうとすればするほど必死にしがみついて来る。
僕は…………。
• • • • •
「オイ! しっかりしろ! 目を開けるんだ!」
身体を強く揺さぶられると共に聞こえて来た大声で僕は目を開く。
目を開けた僕は見下ろしている救急隊員と目があった。
僕と目があった救急隊員が問いかけて来る。
「オイ、自分が何処にいるか分かるか?」
「ハ、ハイ、えっと……大宇宙観測艦大和内の学校の体育館……ですよね?」
「あぁ正解だ」
そうだよ、僕たちは学校の体育館のVRゲームで水泳の授業を受けていたんだ。
大宇宙を航行中の宇宙船の中では貴重な水を使った授業は受けられない、その代わりとしてVRゲームが授業に取り入れられていた。
全身を覆うスーツと頭をスッポリと覆うヘルメットを被る。
スーツは身体に水泳で使う筋肉に負荷を与える物なので、授業が終わった後は疲労困憊していた。
頭を覆うヘルメットを被ると被った者は軽い催眠状態にされ、大宇宙を航行中の宇宙船の中にいるのでは無く、地球の学校で授業を受けているように思い込まされる。
だから僕たちは本当に地球の海で素潜りをしていたと思い込まされていたのだ。
それが何らかの原因でVRゲームのプログラムにバグが発生しチャーター船が消え去り、僕たちは大海原に取り残されたと思い込まされる。
此のバグ発生で僕たちのクラスメイト2人が溺死する、海の中に沈んで行くと思い込まされ息を止め続けた事による窒息死なのだけど、状況から溺死として記録されたのだ。