表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

   [05]潜ム者達・漆

 どうしてこんな事になったのか。

 つい先程まで島地と共に利用していた仮想空間は虚無と化した。上もなければ下もなく、領域を定める壁もない。際限ない闇が広がっていて、直ぐ隣に居る島地だけが確認出来た。

「おいっ! 芳沢、どうなっているんだ」

 島地は現実世界そとで見物しているはずの芳沢に呼び掛ける。

《……わからない。モニターにはerrorとしか》

 何とか通信は生きているようだ。芳沢の妙に冷静な掠れ声が耳元に聞こえる。そう、耳元で聞こえるのだ。ヘッドギアに備え付けられたインカムから音声が発せられているのだ。

 それなのに何故、『外せ』ない? 何故、強制終了のボタンが『押せ』ない? 僕は『そう』しているはずなのに。

 仮想空間なかの僕が行う動作が現実世界にリンクしていない? 否、そうではない。現実世界の僕の脳が発した伝達が全て仮想空間に引き込まれ、閉じ込められているのだ。

 

 本来、VRSとは間接的に神経伝達を機械が感知し、また逆に刺激を与える事で成り立つ。しかし末端にまで入出力機器を装着しているようでは現実世界での動き――利用前後の端末操作など外部から操作を必要とする場合の動作――を阻害する。指一本一本に機器を装着しているようでは、例え仮想空間内で滑らかな動作を再現出来たとして、現実世界では障害になる。

 そのため、入出力機器は基本的に服の上から手足の付け根に装着するバンドタイプだ。肉体を仲介とする神経への負担が最も低い簡易タイプ。負担が低いという事は神経伝達の干渉も少ないはずなのだ。腕に「動け」と脳が命令して、意識的に現実と仮想空間を区別する事が出来るのだ。出来るはずなのだ。

 しかし、今現在、僕と島地は現実からほぼ切り離され、仮想空間に閉じ込められている。それだけじゃない。意識、視界、聴覚、触覚、その他機器を着けている感覚全てがVRSに固定されている。辛うじて残る現実世界との繋がりはVRS経由の通信のみだ。これも何時途絶えるか……。

 これは故障か? 否、ありえない。

 そうならないための『間接接続』なのだ。こんな事態、直接神経に端子を打ち込みでもしなければ成立しえない。だからこそ安心安全の間接接続が世に普及したのだ。

 どうしてこんな事になったのか。

 僕が再び自問した時。同時に僕と島地は闇に蠢く何かを視認した。


《ゲストさんがログインしました》


 機械的な案内音声だけが頭に響いた。




 ――三時間前。放課後の教室。

 窓枠のパネルに映される風景は暗雲から降り注ぐ雨が地面を叩いていた。風景は地上の天気に対応している。今は丁度スコールらしい。ご丁寧に蛙の声まで雨音と共に再生されていた。


「八角、今日暇だろ。バーセン行こうぜ」

 大男・島地とバーセンに行ってする事。近頃は専ら『訓練』である。少々飽き飽きしている。

 と言うか、昨夜の松元の伝言は「VRSの利用を自粛せよ」との事。

「あー、それがさあ、当ぶ――」

 当分は訓練もなしだろう。その旨を伝えようとしたところ、我らのアイドルこと澁川春海が割り込んできた。

「なになに? 二人だけで行くなんて冷たーい」

「え」

「おっ、一緒に澁川も行くか?」

「いくいく! テスト明けだしパーっと遊ぼうよ」

「えっ?」

 ありがたきお言葉! ……がっ! しかし、どうしたものか。

「実はさあ、僕、母さんから当分は――」

「せっかくだから芳沢さんも行こうよ」

 僕の言葉は華麗にスルー。澁川は僕越しに芳沢を誘った。

 芳沢は愛読書を閉じると身動ぎせずに机を見つめていた。激しい葛藤があったのか一分程そのままの後に発した言葉は。

「……うん」

 快諾かいっ。

「で、八角も行くんだろ? 早く下校の準備しろよ」

「えっ? えーっと……」

 困った。

 このメンバーで遊びに行くなんて初めてだし、何より澁川がいる。これは、絶っ対に外したくない。

 だが、しかし今の電脳世界は危険……。厳密には、VRSは電脳世界とは異なる。が、VRSは電脳世界のネットワークの一端だ。メデゥサが侵入する恐れがあるからこそ、母は警告を残したのだと思われる。

 メデゥサの危険性は未知数。否、噂が本当ならば非常に危険だ。死人が出ているとなると、用心に越した事はないのだ。

「やっぱり僕は――」

「うわあ、このメンバーで遊ぶの初めてじゃない? ちょっと楽しみ」

 天使の微笑みが僕に向けられる。

 しかし、僕は……用心しないと、……もしもって事もあるし――。

 芳沢と目が合った。正確には前髪越しに。

「……行こう」

 僕は姿なき力に屈服したようなものだった。

 

 それから僕らは最寄りの娯楽街へと移動した。

 階層として娯楽街が所属するのは諸業区。和製英語Outborderからo区とも呼ばれる。諸業区は地上に残された国民が自由に行き来出来る、最深地点である。そういう意味ではむしろ地上と地下の境界ボーダーであるはずなのだが、外側アウトサイドらしい。

 都市伝説が真実ならば、その由来は核シェルターとしての防壁がそれより下からあるから、というものがある。確かに諸業区から居住区へのアクセスは地上とのそれと比べて異常に少ない。

 娯楽街は学校と同じ所属ではあるが、最上層である諸業区は広い。学校が含まれる公共施設は広大な立体面積を誇り、o-3からo-5まで擁する。娯楽街はo-2にあった。

 娯楽街は空がない。様々なエンターテイメントの揃うこの空間はネオンが目立つよう、演出されている。中でも僕らの年代に人気なのが映画、スポーツなど多目的に利用できるバーセン――ヴァーチャルゲームセンター。

 VRSを使用し、リアルな体験をする事が出来るこれは地下の利用者が特に多いと聞く。閉鎖的な地下世界において疑似体験の発展は望まれるものであり、人気を博するのも当然の結果だった。地下の人間はよりリアルに進化し続ける仮想空間と電脳世界で十分となり、地上の光を忘れつつある。しかし、それを憂う者は地下都市に一人もいない。

 近年では直接神経と入出力装置を接続する事で電脳世界に潜入スニークする試みもあるらしい。

 BMI――ブレインマシンインターフェース――である。既に裏では違法に行われているとも言われ、人間が現実を捨てる日が来るのもそう遠くはないのかも知れない。


 と、いう訳でバーセンに到着した僕ら一行。

 カウンターでログイン手続きをしようという時、芳沢だけが観覧ルームの手続きをしていた。不思議に思った、というより拍子抜けた僕は訊ねた。

「え? 芳沢さん遊ばないの?」

「……うん。親父に禁止されているから」

 お、親父って……。

「それなら言ってくれれば、別のところにしたんだがなあ」

 島地が申し訳なさそうに首を掻いた。そこで澁川が不思議そうに首を傾げる。

「別っていっても他に遊ぶ場所なんかないでしょう?」

「上に行けば普通のゲームセンターもあるよ」

「なになに? 三角君レトロゲーム好きなの?」

「レ、レトっ……」

 何という事だ! 地下世界の住人は普通のゲームセンターを『レトロ』なんて呼ぶのか? きっとプリクラの良さを知らないに違いない! そうに違いない!

「渋川さん、今から僕がそのレトロの素晴らしさを教えますっ!」

「はいはい長くなりそうだからまた今度ね。で、芳沢はほんとに見ているだけで良いんだな?」

 島地にあっさり流された。

 芳沢はコクっと小さく頷くと、一人観覧ルームへ行ってしまった。

「あーあ、私、芳沢さんとタッグ組みたかったのに」

 肩を落としながら澁川は割り振られた個室へ向かう。

「え、なんで?」

「知らないの? 芳沢さん四月の体力テスト、オールS+だったんだよ」

「Sプラっ――」

「俺より上じゃん……」

 言わずとも僕だって到底及ばない。一番成績の良かったもので判定区分はBだった。

「人って見た目じゃわからないね」

 渋川は笑いながら個室に消える。

「芳沢さんが見てるって言ってくれた事に感謝しよう……」

「ああ。もしスポーツでもしたら俺達男子の面目丸潰れだ」


 人数も端数となってしまったので、僕らは三人でオンラインスポーツやRPGをした。これが面白かった。よくよく考えれば、普段する『訓練』はシミュレーション。僕はバーセンでゲームをした事などなかったのだ。

《時刻十八時となりました。十八歳未満でご利用のお客様はログアウトをお願いします》

 アナウンスが流れる。僕の興奮は高校生が退去すべき時間になっても冷め止まなかった。

「じゃあ、私は門限あるからこの辺で抜けるね。早く帰らないと補導されちゃうよ」

 さすが澁川、品行正しい。

 娯楽街にあるのはバーセンだけじゃない。電脳世界にアクセス出来るネットカフェやカジノ。そして風俗など、入り組んだこの区画は犯罪の温床となっており、警察、公安も取り締り切れていないのが現状である。 そのため、未成年は十八時以降の立ち入りが禁じられているのだ。

 渋川のアバターがノイズと共に消え、視界の隅に彼女のログアウトが表示された。

「おい、お前、そんなにはまったのか?」

 島地が呆れて訊ねる。僕は遭遇したモンスターを一人でせっせと倒し、経験値が入った事を確認した。

「よしっ、またレベルアップ! いやあ、バーセンのRPGってこんなに楽しいんだな」

 マジで楽しい。これは最高だ。今日はあの技を習得するまで帰れそうにない。ってか、今後、バーセンに訓練しに来たら、一時間はやろう。

「てか八角、お前このゲームした事ないのか?」

「したことあるよ。家庭用で」

「……今時家庭用って、まじかよ」

 島地は溜め息を吐いた。そんなところまで再現されているところが憎い。

「おい、芳沢。まだ見てんだろ? もう帰っていいぞ。こいつ多分、あと二時間は居座るつもりだ」

《……いい》

 芳沢は静かに返答する。

「いいって、言ってもなあ」

「島地! この森のモンスターは大概倒したぞ。次行こう、次」

「んあああ! もう俺、面倒臭くなってたぞ」

 

 楽しいんだからしかたない。

 そう、答えようと思った瞬間、である。

 全てがフェードアウトしていった。全てが、である。木々の切れ間から漏れていた日差しも、樹齢想像つかぬ巨木達も、僕の全体重を支えていた湿った大地も、全部。

 全てが闇に呑まれた。それは身に纏っていた甲冑や武器にも関係なく及んだ。マネキンのようなアバターがそこにはあった。

 足腰が立たない。地のない平面に僕はへたり込んだ。

「なっ。どうなってんだ」

 背後から島地の狼狽した声が聞こえた。島地だけは無事なようだ。しかし、それ以外に光点一つ存在しない。

 暗黒の中、僕と大男の二人。心細さは微塵もなかったが、不安という色が僕の心を染め上げていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ