[05]潜ム者達・肆
夕暮れの寂れたゴルフ場。今や誰も利用せず、誰からも存在を気づかれない場所。バンカーから生茂る雑草と対照的に荒れた芝生が目立つ。
最初に玄の翼で訪れたここは公共交通機関を用いても最後の徒歩を含め、約一時間半掛かる。この時間は帰宅時間だ。人の居ないような所に向かう電バスは僕以外に乗客がなかった。運行している電バスも旧式中の旧式で、垢の染みついた吊革やシートから長年の間に数多の客を乗せた事を窺わせた。
鎖を使って頑丈に封鎖された門をよじ登る。反対側に飛び降りるとカッターシャツに錆が茶色くこびりついた。溜め息交じりに叩きながら、外れの用水路に向かいそれに沿って遡る。
ここには既に以前訪れた妖の世界はない。
河童の出迎えも挑発的な獺もいない。上流に行くにつれて用水路が清らかな小川になる事もないし、それに沿って現れた石灯籠の乱立する庭園もない。無数の鳥居と石段は忽然と姿を消し、不気味な林内もねぐらに帰ってきた鳥達の囀る雑木林になっていた。
ただ、苔生す古びた祠と近くの水溜りだけが健在だった。
前回――まあつまり庇護を認められた後の一回目――は余りの様変わりに驚き、祠のお札に問うた。中々返答が来ない事に若干の不安を抱いたが、暫くして眠そうな声が応えた。その時は忘れていたが妖は基本夜行性だ。夕方は僕らで言う早朝なのだから仕方がない。
境川水族の頭、川の神・境様曰く、土着型の妖は定期的にその母体となる山や川を移動しながら生活している、と。
滞在場所に強力な呪や結界を幾ら施そうとも、活動の内容によっては人に目撃されてしまう。肉体を持ってしまった妖にとって人目に着く事は極力避けるべきである。そのため一所に留まる事はせず、自分達の領地を転々と彷徨っているのだと言う。
また、この放浪スタイルは領地の保持にも一役買っている。つまるところ族挙げての見回りである。勿論、神ともあろう境様は何処にいようと領内への侵入を感づく事は可能だが、それは神通力を頼りにしての話である。侵入者が手練れだった場合、神通力を抑える事も丹田に封を施す事も可能なのだ。そうなった場合、発覚は遅れてしまう。だから、斥候――ここでは河童――を領内に放ち続け、また移動を続けるのである。
と、いった事情で現在、ここには何もいない。河童から刃を向けられないだけましだが。
ただ祠に連絡手段としてのお札が中で漂う水盆が納められ、そして僕はそこに肉を奉納する。月一の献上なんてそれだけだ。
問題はその後である。
僕は徐に服を脱いだ。カッターシャツ、インナーと脱ぎ、最後にベルトを緩め、そこで一旦手を止める。周囲は至って静かだ。いるのは鳥くらい。意を決し、手にしたタオルで器用に局部を隠しながら一気にズボンとパンツをずり下ろした。
情けない位の白肌が露わになる。ただでさえわいせつ物陳列罪に問われそうな格好な上、その痩身に気恥ずかしさが込上げる。否、別に誰かが見ている訳ではないのでそんなに恥ずかしがる事もないのだが、しかし外気に肌が晒されるという、ただそれだけでも羞恥心は生まれるものである。
これでも島地との訓練で少しは引き締まったのだが、僕の貧弱な四肢は相も変わらず小枝のようだ。
もう一度周囲を確認して、僕は祠の横にある水溜りへ歩を進めた。片足だけを水面に触れさせた。そこまでの冷たさを感じなかった僕は思い切って片足を底まで入れた。
途端に全身が跳ねる。やっぱり冷たい!
しかしここは我慢しなければならない。両足を入れ、深みへと進んでいく。徐々に上がる水位は脛、膝、太腿と移り、遂に股に……。……息子が悲鳴を上げた。
耐えろ、耐えるんだぁ! 我が息子よ。
縮こまる息子を必死に励ましながら、ようやく一番深い所に着いた。
そして底に腰掛け、胡坐をかいた。その体勢なると丁度、水面から頭を出した形となり、ほぼ全身がすっぽり水溜りに包まれる。刺すような冷たさが全身を襲った。徐々に沈める過程をすっとばしたお蔭でこれ以上ない程に粟立った。爽やかに駆け抜ける風が憎らしい。水面が微かに波立つと触れたりしなかったりする水が首元を嘗める。
目を閉じる。骨格だけで姿勢を保ち、全身の筋を脱力する。五感を捨て去るように、感覚を切り離そうと努力する。
温暖化で普段は暑い暑いと連呼し、地上に出た途端に汗が噴き出るような気候だが、そんなもの全てを無視する冷たさ。この水溜りは何処からか清水が滾々としているはずだ。常に溢れる水は泥が溜まり雑草の茂る用水路へ注がれている。
思うにこの祠、即ち境様の滞在地点はこのような支流を含む源流にあるのではないか、と考える。神と称する位なのだから源から下流を睥睨していても何ら不思議はない。
この光景を渋川が見たら、「三角君、なにしているの?」と笑いを堪えながら首を傾げるだろう。
この光景を芳沢が見たら、「……服、着ないと……」と前髪シャッターを揺らして僕を引き上げるだろう。
この光景を島地が見たら、「涼しそうじゃねーか、八角!」とこいつも半裸で飛び込んでくるに違いない。
一般人として正しいのは渋川と芳沢の反応だろう。
で、僕は一体何をしているのか。実のところ僕自身、良く分かっていない。と、言うと語弊があるが、水に浸かっているのだとしか言いようがない。
これは境様の指示だ。封を会得する過程で必要な事、らしい。ただ、何で水に浸る事がそれに繋がるのか理解が及ばず、しかし逆らう訳にもいかず、今に至る。
少し前の話。
本来なら神人は丹田が封をされた状態で誕生すると玄から話があり、どうやら僕はそれがなく、封の仕方も当然分からなかった。そこで玄は僕に封の必要性を説き、神通力を垂れ流している状態が如何に危険か話した。
最初に河童から襲撃を受けた事などが良い例らしい。垂れ流しの神通力はその場に自分がいる事を告げ、同時に意味もない力の提示は敵対行為に等しい。身を守る、周囲の妖と穏便な関係を保つ上で、本来は神通力なんて超常的な存在は隠匿するべきなのだ。
と、まあ。その他、多々の例を得意げに引き出す玄の話を他人事のように聞きながら、結局分かったのは今、僕が最優先すべき事は封の会得らしい。
現状として僕は閉丸丹を用いて一時的な封を施しているに過ぎない。この閉丸丹なる構成物質不明の代物は確かに便利と言えば便利なのだが、神通力の源である丹田という器官に到達するまでの間、内臓を散々にレイプするという暴虐的な小道具なのだ。その上効果も永久的ではなく、特に僕の場合、ちょっとした拍子で破壊してしまうらしく、頻繁にお腹を荒らされまわる羽目になるのだ。
どう考えても封の会得は僕にとっても必要な事であると判断し、喜んで玄の指示に承諾した。のだが、玄は境様のところへ通えと言い出しやがった。しかも毎日。てっきり玄が直々に何かを教えてくれるものだと考えていたために拍子抜けである。
以上の経緯で島地に対する訓練のみならず、封の会得も自分以外――しかも神様――に委託した玄は一体何をしているのか? と疑問を抱きつつ、僕は境様の指示通り水溜りの中に座っているのである。これを毎日行い、しかも偶に境様が見に来たりする。
「感心、感心」
老爺の声。どうやら今日はかなり運のいい日らしい。
前触れもなく、前置きもなく、物音一つしなければ気配もしない。境様は突然やってくる。
僕は当然驚いたが、目を開ける事も声を上げる事も姿勢を崩す事も許されない。そういう決まりだった。最初の頃こそ、突然の様子見に動揺し、その度お叱りを受けていたが、最近は流石に慣れた。
「ふむ。良く抑えておる。じゃが餓鬼よ、要らぬ雑念が多すぎやしないかえ?」
指摘に肩が揺れる。境様は読心術を使う。特に水に触れていたら誤魔化しようがない。
「まあ、今のうちに平静を取り戻し、外界の遮断するが良い。日は暮れた。じきに使いがやって来るだろう。何時も通り、難が去るまでそこで無となり、己の流出を拒み続けるがいい」
境様の話がふっと途切れる時。次の瞬間にはそこには何もいない。はずである。
代わりと言ってはおかしいが、微かに感じ取れる気配が複数現れた。
「目標地点に到着。これより捜索を開始する」