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   [05]潜ム者達・貳

 駆動音一つしないリニアカプセルで急激な制動を感じる。乗客の足が僅かに飛び上がった。

 一瞬、電灯が消え、乗客が疑問の声を上げる前に再び回復する。一拍遅れて訝しげな視線が飛び交う。しかし、中には既に慣れたと、言わんばかり大仰に居ずまいを正す者もいた。

 まだ地下都市への通学が一ヶ月弱の僕は勿論、こんな状況は初めての経験であり、狼狽を隠せなかった。

「何? ……停電?」

 同乗する島地に同意を求めて問う。島地は首筋を軽く掻きながら口を開いた。

「停電、じゃあ……ないな。お前これ初めてか」

「うん」

 時を置かずしてリニアカプセルが何事もなかったのように滑らかに動き出す。ブレーキパッドの解放と電導の僅かな起動音が響く。スピーカーから形式的な謝罪が流れた。

「まあ、原因不明って奴だ。『何か』が近くを通るとこうなるらしいぜ」

「何か? 何それ?」

「何なのか分からないから、何か、なんだよ。噂、ってか非公式の調査に因れば膨大な量のデータが電線の中を移動しているらしいぜ」

「データが移動って……」

 僕は苦笑して見せた。まるで情報に意思でもあるような話じゃないか。しかも電線をデータが移動?

「ま、都市伝説みたいなものだ。どうせ科学的に考察すれば大した事じゃないんだろうさ」

「そう、だよね」

 間もなく停止。リニアカプセルは最も高位置の終点に着いた。

 同じカプセルポートで降りて直ぐ、暫し沈黙の後、島地が思い出したように話し出す。

「そう言えば八角は『メデゥサ』って知ってるか?」

「めでぅさ? ギリシャ神話の?」

「それじゃなくて電脳世界での噂の方」

「ん? 聞いた事ないけど」

 そうか、と言って島地は改札口へと歩き出す。ICパスをかざすと認証を示す電子音が鳴る。僕らは雑踏の中に踏み込んだ。

「噂の範疇を超えない話だ。何せ現実世界で見た人は一人もいないからな。電脳世界でも同様だ。と言うよりそれを見ると死ぬってのがそいつの特性らしいからな」

 だからメデゥサと名付けられた訳か。しかし、それだと疑問が残る。目撃した者は死ぬ事になる。では、誰がそんなものの存在に気づくのだろうか。

「ただでさえ目撃例があるはずないのに、どうしてそんなものの存在が噂になるの?」

「まあ焦るな。要はコンピュータの記録には残るんだ。ん? 違うな、正確には電脳世界の記録を更に別の媒体に記録したものが残ってるんだよ。オリジナルの方や電脳世界には跡形もない」

「跡形も、ない?」

「何者かがデータ、延いてはサーバーの履歴までクラッキングしてるんだろうな。何者か、が何者かは聞くなよ。むしろ教えて欲しいくらいだ」

 地下鉄のホームに向け、歩くにつれて清掃ロボットや運搬ロボットが目立ち始めた。それに島地は眉間を顰めながらも話を続ける。

「俺、電脳の仕組みとかは余り詳しくはないんだが、要はメデゥサはただのデータ、情報の塊でしかないらしい。記録上はな。だがウイルスやバグの類なんかじゃない。今のところ規則性は明らかになっていないし、そのデータを視神経で受容する事、それだけで被害者は死んでいる。こんなもの、前例がない。と、言うよりもあり得ない。直接接続による事故ならまだしも、間接接続で死に至らしめる事なんて理論上無理な話じゃないか」

「死人が出てるの?」

 足を止めた。大事ではないか、それは。メディアで取り上げられていないとは、これ如何に。それとも僕が見落としているだけか?

「ニュースにもならないなんておかしいじゃん?」

「それも何者か、の仕業と考えた方が良いな。むしろ隠される事で益々、事態の重大さが浮き彫りになってる」


 運搬ロボットが一機、こちらに向けてやってくる。自立型のそれはむしろ操り手のいない運搬車にしか見えない。通路の半分以上を占めるそれに僕らは道を譲る。

「プロバイダ側の欠陥だとして、その事実を隠しているのだとしたら……。まあ、あり得ない話だし、俺の予想は別なん――」

 何の前触れもなく、擦れ違い掛けていた運搬ロボットが大きくなった。否、こちらに傾いたのだ。視界の片隅に踏み弾かれた飲料容器が映る。

 中身の詰まっているであろう段ボール群が迫る。瞬間、目を見開く。そして僕の躰は驚愕の硬直を起こす前に動いていた。乾いた落下音が通路に響く。僕は降りかかる障害を全て避けきった。一拍置いて運搬ロボットが非常音声を再生し、周囲に協力を求める。

 まさかこんな時に島地との訓練が奏功するとは。

 僕は荷物の雨から逃れ、無事だ。しかし、島地の姿が見えない。否、崩れた段ボール箱の山から島地の足が見える。

「島地? ……おいっ! 大丈夫か?」

 慌てて駆け寄る。

 らしくない、大人しく下敷きになるなんてらしくないぞ。

 ぴくりともしない島地を前に、背中からじわりと冷や汗が滲む。急いで積み重なる段ボールに手を掛ける。

 途端、拍子抜けた。中身は乾燥食料品だ。重さは一箱当たり精々一キログラム程度だ。

「心配させないでよ、島地」

 直ぐに箱を退かすと島地は手を床に尻餅を突いた形で現れた。特に外傷はない。

 僕は停止したまま行動不能になっているロボットの体勢を立て直す。島地は中々立ち上がらなかった。

「おい、島地?」

 積み直していた手を止める。

 島地の目は何も見ていない。どこも見ていない。それなのにその瞳には様々な感情が見て取れた。程なくそれが底なしの憎悪だと気づいた。眉間に深々と影が差す。

 躊躇う自分の手を無視して島地の肩を揺らす。

「おいって!」

 突如、島地から彩りが消えた。ゆらり、と立ち上がる島地は僕を視界に留めず、運搬ロボットだけを捉える。

「――ぶす、……潰す」

 僕は二、三歩下がったところで見ているしか出来なかった。

 島地を止めなくては。そう思っても躰は動かなかった。何故なら僕は身を以てこいつの強さを知っている。半端な力や覚悟で止められるはずがない。一般常識的にやってはならない、と言う法規を履行するよう促す事を出来る気すらしない。

 島地はほんの十秒足らずで運搬ロボットの電子機器部分を徹底破壊してしまった。スピーカーから断末魔の如く電子音が鳴り続く。

 全ての感情を吐き出さんばかりに拳を叩きつける姿は異常にしか映らない。

 言葉なき暴力。島地は悪態を吐かない代わりに、その感情を拳で叩きつける。

 先月の喧嘩を楽しむ、あの島地とは違う。敢えて言うならば、その決定的な違いは『余裕』だ。今の島地は暴力に余裕がない。拳を動かす事のみに必死となっている。

 やがて、言葉なき暴力は終わりを告げた。

 島地が一息吐いたのと同時に通路の奥から人がやってくる。それで僕は我に返った。早くこの場を去るべきだ。

「島地、もうそんな事してないで早く行こう」

 既に島地は赤く腫れた拳を振るうのを止め、一点を見つめたまま佇んでいた。周囲の状況を気にする事なく、普段通りに戻った顔をこちらに向ける。そして口を開いた。

「で、だ。さっきの続きだが、色々考えた結果――」

 この状況、行為が知られ、身元まで明かされたなら最悪の場合、逮捕だ。こんな時に何言ってんだ?

「――もしかして幽霊って電脳世界に入れるのか?」

 どや顔で聞く島地にただただ呆れる。果たして本当に、目の前の男はたった今まで理不尽な暴力をロボットに振るっていたのだろうか。

「君達! 一体何をやっている!」

 どこかの監視カメラで確認されていたのか。通路をやってきたのは警備員だ。島地の手首と正鞄を掴むと通路を駆ける。

 島地は逃げる気がないのか、為されるがままでまともに走るつもりはないらしい。

 ぁあっ! ほんっとにお前と一緒にいると飽きないよ。


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