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間幕 [04]組織ノオ茶会  

 神人、鬼。

 丹田を器官として躰に備え、神通力を操る者達。真人間を超越した次世代の人類。

 時に妖に喰われ、時に神への贄となり、時に反撃し勝利した彼らは、古くから自らを集団として総轄しようとした。妖に敵対し、幽霊を狩り、同胞と潰し合う。生態系の頂点にありながら、現世に生を受けたその瞬間、殺戮の世界に身を置く彼らの中にその日常を変えようとする者が現れるのは、そう不思議な事でもなかった。

 その結果、対立勢力や時勢に揉まれながらも創設されたのが神人連合『神代会』である。

 構成員は五行思想に基づいて大別され、首席と呼ばれる特に戦闘能力に優れ、大量の神通力を有する者によって指揮される。

 五人の首席、聳孤しょうこ焔駒えんく、麒麟、索冥さくめい角端かくたんが存在し、方位を用い敬称とし、彼らを『五大祖』と言った。五大祖管下の構成員は一定ではなく、神通力の総量が等しくなるよう、時に引き入れ、時に間引く。そうして組織内のパワーバランスは保たれていた。

 何より組織内の均衡が最優先事項であり、組織外の神人の把握・管理、妖の殲滅と社会への進出が当面の活動として掲げられる。

 そして年始。創立当初の思想を色濃く受け継ぐ最古老であり、水の首席であった北方様が死んだ。それは溢れそうな堤防が決潰したのであり、現在の組織は操者の消えた四頭引きの馬車に等しい。

 神代会はその性質を傾け始めていた。


 闇。空虚な仮想の空間において環境設定は自在のものではあるが、このルームは放棄を前提とし、敢えて最低限の設定以外はなされていない。

 閉鎖的であり同時に無限に広がる暗がりに五つの席が設けられている。

 薄汚れた石製の五角形のテーブル。各辺には五元素の木、火、土、金、水が刻まれており、同じく石を削った席は既に埋まっている。但し、その姿はマネキン人形。

 アバターには容姿、音声が反映されておらず、被服すら設定されてない。どれも顔立ち、体格、性別が相違わない。誰一人微動だにせず、口を開かず、談笑も嘆息もない静寂が保たれる。

 電脳伝いに参集した、この異様な空間の主催者五人は時を告げる電子音と共に奇妙な『お茶会』を開始した。

「それでは始めるとしましょう」

 そう切り出したのは土の人形。そして進行を始めたのは木の人形。何れも思考変換された機械的な音声だ。

「まず、皆さんには先月確認された新傾向の幽霊について情報を求めます。既に幽霊が電脳世界へと進出し基盤を置いている事実は重大な問題ですが、情報の波に紛れて確認情報が極めて少なく対処も判断しかねているのが今の現状です」

「ああ、例の視覚に刺激を与えて脳を焼くタイプか。下らん尻拭いの依頼が部下に来ていたが」

「焔駒さん、それはどんな依頼ですか」

 呆れたように答える火の人形に金の人形が聞き返した。

「被害者の抹消と電脳記憶の回収だ。マスコミに幽霊の事を感づかれないよう、徹底的な焼死体を作らされたそうでな。施設ごと半焼として処理されたそうだ。まあ、データを解析したところで管理サーバのハッカーじゃどうしようもないと思うのだが」

「データはコピーしなかったのですか?」

 木のマネキンが意外そうに非難を込める。

「一応、依頼を受けたからにはクライアントの意向に沿うのが普通だからな」

「……分かりました。そのデータの件は私が何とかしましょう。ですが、今後はそういった組織の利益に関わる事にはしっかりとした対処をして下さい」

「はいはい」

 ぞんざいな返答に木の人形は首を竦める仕草をして見せた。

「他に、情報はありませんか?」

 その他の人形達は首を左右に一定運動した。木の人形はそれ以上、新傾向の幽霊については言及しない。


「それでは」

 土の人形が改まって、しかし乗り気なく言った。

「本題に入るとしましょう」

「それではまず近況報告を――」

「待って貰いたい」

 中断したのは水の人形。彼は既に死んだ北方様に代わり、参加を許可された荒田二位だ。この場に席を同じく出来るのは角端の名を継ぐ者だけだが、今回は彼の申請が特例として通った。いるべきではない彼が、口出しするのは本来、憚るべきである。それでも彼は水の現トップなだけに、それが退けない理由となっていた。

「何でしょうか?」

 話の腰が折られた形に木の人形が迷惑そうに反応する。

「本題である青眼を組織に招く話だが、私はその重要性に疑問を呈する」

 堂々言い放つ水の人形。そんな彼に困ったように木の人形は土の人形を振り返る。

「と、言っていますが」

「決定事項よ。文句があるなら角端の墓前で言いなさい」

「時には決定事項を曲げる事も必要だ。そもそも、ついこの間まで青眼の参入に反対だったあなたがどうして掌を返す」

 指弾に対し土の人形は全く動じない。角端が死に、名実共に頂点となった彼女は五大祖の総意を尊重しなければならない立場になっていた。

「今、この場を総轄するのは私だ。そして組織の方向性は五大祖の拮抗あってこそのもの。私情は慎むのが当然。お前が自分の言い分を貫き通したいのなら、ここにいる全員を説得すれば良い」

「では第一に、角端の座は空席だ。その状態で導き出した指針の何処に拮抗があるというのか」

 その問いに対し、金の人形が鼻で笑う。

「空席じゃ困るから青眼を招こうとしてるんじゃないですか、荒田二位さん」

「私を角端に据えれば良い。角端は後継を青眼に指定した訳ではない」

 途端に電子音の嘲笑が広がる。

「その発言がお前に角端の資格がない事を示している。五大祖に自薦でなった者など一人もいない」

 一人、荒田の発言に一笑すらしなかった土の人形が諭した。それでも荒田は退き下がらない。

「第二に、此度のシナリオに我々水軍が組み込まれていないのはどう言う事か。仮にも自分達の首席となる者を迎えんとするのに遊軍にも指定されていない。本来なら最も動くべきなのは我々ではないか」

「それはお前が一番分かっているでしょう?」

「何?」

「前角端が死の直前に帰郷する際、行った不正分配。まさか私達五大老が感づいてないとでも? 今、水軍はあの老害の力を均等に受け継いでいるはず。要は信用ならないお前達は青眼が来てくれるまで大人しくしていろ、と言っている」

「……」

 荒田は弁解に窮し黙り込む。

「勿論、否応なく『間引き』をしなきゃあいけないだろう。何て言ったって青眼は強力な神通力の持ち主だからな。彼女が参入すれば水軍の総力は有り余る。まあ、俺には関係ない話だが」

「で、言いたい事はそれだけですか、荒田二位。僕は退席をお勧めしますよ」

「……」

 間もなく逃げるように荒田はログアウトした。

強制的に制御を失った水の人形がテーブルに倒れ込む。操り手の消えた人形は微動だにしない。それを見ながら火の人形、金の人形が冷笑する。

「あいつ、これから眠れない毎日だろうな。俺にとってはどうでも良いが」

「なんて言っても調整の粛正に階級は関係ありませんからね」


 木の人形は何事もなかったかのように話を続行した。

「邪魔者も消えたところで本題に移ります。それでは索冥君、報告を」

「はい。と、言っても僕も『銀の鶏頭』の報告をそのまま言うだけですけど」

 金の人形が無邪気に返事する。

「報告によれば青眼の息子・八角は第一段階を終了し、鬼道の封印を解放されました。しかし予期しない事に幽霊が出現して接触、面白い事に彼もまた青眼と同じようにこれの遡界を手伝ったようです。その課程で境川の尖兵とも接触、青眼の『はぐれ狗』のお蔭で事なきを得ています。また、未確認ですが、翌未明に境川の神とも接触したとの情報があります。更にその日の放課後、喧嘩騒ぎに巻き込まれた際、施された閉丸丹を打ち破っています。私見として存外、イレギュラーな丹田を秘めているようですね。それからは特に取り立てる程の出来事はないようです。青眼に保護される幽霊との接触くらいで、鶏頭にはそろそろ次段階に移るよう指示しました。今のところ以上ですね」

「ご苦労です。しかし、あの高校に幽霊がいるとの調査報告はなかったはずですが」

「よく分かりませんが珍しいタイプです。電脳化していなかったようで、把握から漏れていたみたいですね」

 腕を組んでいた土の人形が口を開いた。

「結局、事はシナリオ通り進んでいると言う事かしら?」

「ええっと、はい。そうです。」

「そう……。それならそう言えば良い。知りたい事も突き詰めればそれだけ。無駄な時間だったわ」

「え?」

「今回はこれでお開きにしましょう」

「ちょっ――」

 木の人形が止めようとするが、次の瞬間に土の人形は額をテーブルに打ちつけていた。何の反応もない。

「……全く、あの方は手のつけようがない」

「老人達も余計な忘れ形見をしていったもんだ。俺達の器量も考えて欲しいものだが」

「麒麟さんもいなくなってしまったんですし、僕達も解散しますか?」

「そうするしかないでしょうな」

「本当に無駄な時間になってしまったが」

 それぞれ思い思いの不平不満を一通り並べ、ログアウトする。木、火、金の人形は先例に倣って、弛緩しテーブルに突っ伏す。

 静寂。ここには誰もいない。いた痕跡だけが残る偽りの空間。洗練され、テーブルも残された抜け殻達もやがては情報の波に消えていく。

 それが電脳世界。存在して、存在しない仮想の世界。




 少し熱めのシャワーから降り注ぐ湯が白磁器の曲線を伝う。

 きめ細かなその肌は湯水を弾き、女性特有の弾性と彼女の性質を具現したかのような拒絶を兼ね備えている。神々しさと強かさを放つ目鼻立ちは女神の彫刻の冷たさが際立つ。右の二の腕から先は欠落し、残された三肢が尚もその芸術的神秘を引き立てる。排水孔に引きつけられる泡を眺めるようで何も見ていないその眼は光を吸い込む漆黒、濡れた髪はプラチナブロンド。

 神の白さ、畏怖対象の白変。隻腕は欠陥にして美点である。完全無欠の更に上を行く美しさ。

 彼女こそ五大祖の一端を担う、土の首席。四方の中央に座して南面する、帝王たる女傑。麒麟の座を恣にする最大の神通力保有者、神代会における名実共に頂点の中方様。


 そんな彼女は幼くして麒麟――この場合、神獣として名高い中国の妖の事である――の稚児ややこに遭遇した。それは彼女の幸運であり不運である。神と鬼の禁断の契約。片腕を代償に手にした力。それは普段から無比を求めた彼女にとって安い代償だった。正確な『決算』も知らない麒麟を掌中に納めた彼女は、卍十手にそれを固定した。麒麟は使役されるだけの――それも他者が抑える事も儘ならない程の――武器となったのだ。彼女にとって神までもが純粋に力でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。


 電脳世界との直接接続は神経に不快感を伴う。個人差はあるものの、それが顕著な彼女は事後の入浴が必然となっていた。

 彼女はバスローブ一枚を羽織りシャワールームを後にする。自動化されたシャワールームは自ずから室内の乾燥を開始する。送風音を聞きながら、彼女はつい先程まで籠もっていた『仕事部屋』に戻った。

 リクライニングシートと必要最低限の端末機だけのシンプルな室内。

 静かに息を吐きシートへ躰を委ねたところで、彼女は一件の電子メッセージが届いている事に気づいた。その送り主に興味を覚え、直ぐにデータを解凍した。申し訳程度のスピーカーから先程聞いたばかりの声が流れ出る。


《水の二位、荒田だ。単刀直入に言おう。私と手を組んで欲しい。私はあなたが私情で青眼を執拗に狙っている事を知っている。青眼が組織に加わる事なんて本当は賛同など出来ない、そうなのだろう? 周知の通り青眼が組織に加われば、水の首席・角端の座を彼女に預ける事となる。しかし、これも周知の事だが先代が後継を指名しなかった場合、慣例通りならば二位である私が角端を務めているはずなのだ。何が言いたいかと言えば、我々は青眼が組織に参入したところで面白い事など一つもないのだ。彼女の参入を赦す訳にはいかない。つまりは利害が一致する。言わば同志だ。下らない計画が頓挫すれば私は主席の座に上り、あなたは気兼ねなく青眼を殺す事が出来る。協力し、組織の愚かな判断を修正しようではないか。これは提案ではない。要請である。無事に私が角端となった暁にはあなたへの忠誠と惜しみない協力を約束しよう。良い返事を期待している》


 全てを聞くと彼女は体重をシートに預けた。そして瞬時に己の回答を導き出す。勿論、荒田とは異なる形として。

 反逆、とまでは言わずとも組織の方針に対する妨害。対し、彼女は五大祖の一人。見過ごす訳にもいかない。差し詰め追放、悪ければ粛正。しかし、組織の方針に不満があるのも確かである。

「それにしても――浅はかな男だこと。これで組織を操る側に立とうなんて滑稽だわ」

 彼女は抑揚のない声で呟いた。

 何も青眼を殺す名目を手にする方法が現在の方針を曲げる事ではないのである。そして荒田はそれに気づかず、先も見通せず、必死に直情的な行動に走ろうとしている。

 ただ、これを利用して好きに動かすのも悪くはない。彼女は新たに融通の利く駒が出来た事を喜んだ。答えは勿論「YES」だ。返信作成に取り掛かる。

「久しぶりの纏まった増強になりそうね」

 そう言ってほくそ笑む。

 力こそ全て。

 神に通じる力を持つ者達・神人。神通力は『摂取』するものと認識する彼女にとって、神も同胞も幽霊もさして変わりない、手に入れるべき宝物庫に過ぎないのだった。


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