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   [04]神ニ通ジル力・陸


 さすがは島地。鈍器が唸ろうと、凶刃が閃こうが全て避けている。しかも防戦一方という訳でもなく、避ける度に一撃をお見舞いしている。

 僕に気づいたスキンヘッドは額に汗を光らせていた。

「ああん? 雑魚は引っ込んでろ!」

「おい、無理すんな」

 少し意外な、僕を心配するかのような島地の声。しかし、注意が逸れた事で隙が出来る。島地は腰にバットを食らう。

 それでも堪えていた。肘で挟み込み、奪い取ると反撃を加える。

「女顔のサンドバッグには用がねえんだよ!」

 スキンヘッドが鉄パイプを振りかぶる。当然の如く、僕は反応出来ない。躰はこんなに軽いのに。

 手で遮る事も出来なかった僕に鉄パイプが容赦なくめり込む。腹部直撃。水月――所謂、鳩尾――を狙った的確な打撃。

 衝撃が走る。二歩後退りし、僕は膝を屈し……なかった。何故か痛みがない。痛覚が機能していない。興奮状態に因る錯覚か。痛みを感じなかった事に対する疑問を抱く余裕はなかった。

「僕だって――」

 込み上げる感情に身を任す。白い細腕を精一杯振り回した。

 何とも情けない挙動の攻撃である。易々躱され、挙げ句の果てに素人手刀打ちを鉄パイプで止められる始末。

 かん、と骨と金属のぶつかる高い音を聞いただけで本来なら飛び上がっているはずである。

 しかし、それも痛みを感じず、不快な振動が腕を伝っただけだ。

 スキンヘッドは僕に密着すると背面の打撃と腹部への膝蹴りを繰り返す。壊れそうな程、衝撃が走る。特に蹴撃が激しく、蹴り込まれる度に躰が宙に浮く。

 痛みはやはり、ない。

 それでも断続して走る衝撃に息が詰まる。僕はスキンヘッドの学ランを必死に掴んでいるしか出来なかった。

 しかし衝撃は長くは続かなかった。

「カズト!」

 スポーツ刈りの警告と、ゴツンという鈍い音を聞いたかと思えば攻撃が止んだ。人形のように力の抜けた体重がのし掛かる。

「ナイス囮」

 島地が半ばで折れたバットを片手に僕を支える。どうやら見かねて助けられたようだ。

 だが、これはやり過ぎじゃないだろうか? 床に崩れ落ちたスキンヘッドの後頭部は血が滲んで、見た事もない大きさの瘤をこさえている。

「てめえ……!」

 動かない仲間を目の前に残存の生徒が息巻く。

 スポーツ刈りは手持ちのダガーを握り直す。点滅する蛍光灯に照らされた刃が島地を補足する。

 使えないと判断したのか、島地は折れたバットを捨てた。

「上の連中なんか大人しくしてりゃあ良いんだよ!!」

 叫びながら突っ込んで来るスポーツ刈り以下八名はどこか吹っ切れたのか。一見すると捨て身ともとれる隙だらけの、怒りと不満をぶつけるだけの突撃。

 対する島地は腰を軽く落とし、両腕を緩く広げる。まるで全てを一身に受け止め、押し止めようとするかのように。まるで、背後に守るべき何かがあるように。

 何故避けない?

 島地の身体能力を以てすれば、きっと何の造作もない。一度に押し寄せる怒濤をまともに受ける必要なんてないはずだ。

 僕から島地の表情は窺えない。一体、島地は何を思い、この気炎の塊に対しているのだろう。


 体重の乗せられた突撃。島地は身動ぎせず、刃が達しようと言う刹那。

 僕には何が起きたのか皆目見当がつかなかった。

 只、恐らく全体重を掛けていたであろうスポーツ刈りの刺突が止まったのだ。止まって見えた。

 直後に見えざる力によって、スポーツ刈りがくぐもった呻き声と共に吹き飛んだ。

 他の愉快な仲間達も同様だった。倉庫内の用具が音を立て、そして全ての音が振動を止める。

 倉庫は静寂が支配し、外から場違いな部活生の掛け声が漏れてくる。

 何も、スポーツ刈り達が勝手に転けた訳ではない。しかし、島地が撃破した訳でもなかった。

 島地が本日一番の驚愕と緊張を見せた。隙のない動きで周囲を確認する。落ちているダガーを拾い上げ、その目はたった今までとは打って変わり、鋭い眼光に戦士を従えていた。

「何か、いる」

 どうやら気絶した様子のスポーツ刈りにも、僕にも目をくれず、島地は索敵するがその正体不明の何かを捕捉出来ない。

 僕には分かった。気づいた。この場において僕しか察知出来ないであろう『何か』は無理矢理にその強大な力を抑えた、微々たる神通力を匂わせた。

 玄だ。そうに違いない。しかし、何故?

 助けてくれたのは分かるが、玄は別件の用がある、と言って今朝分かれたはずだ。疑問の声を掛けるべきか、否か。僕は迷った。

 そして島地はと言うと――恐らく、ではあるが――丹田を持っていないにも関わらず玄の居場所を突き当てた。

「そこか!」

 無造作に放られたダガーは、しかし真っ直ぐに石灰置き場に飛んでいく。それは姿見せぬ何者かに止められた。つまり空中に静止した。

 当然、玄は受け止めたのだ。

 それを見ても別段驚かない島地に違和感を覚えた。そこは飛び上がってでも驚愕の慌てっぷりを披露するところだろう。

「光学迷彩、か? そんな物を扱う人間がどうしてこんなところにいる。否、それ以前にそこまでの擬態性能の代物なんて、実験段階でさえない」

 盛大な勘違い――機能としては予想している代物と変わらないのだろうが、その由来という点で――をしている島地は、それはそれはおっかない目つきで空中のダガーを睨みつけた。

「えっと、あのな、しま」

「姿を現せ。見えなくても呼気や音で『何となく』分か……! 待て! まてまて! 大体何でここに俺ら以外の奴がいる!? どこから入った?」

 この倉庫に入って直ぐ、唯一の出入り口である扉はロックされた。透明な事よりこの密室状態の倉庫内に侵入者がいる事に驚く島地。仰る通りだが、どうして光学迷彩には驚かないのか。


 姿見せぬ玄はどこ諦めを混じらせた溜め息一つ。隠袈裟を取り上げた体勢で姿を現した。漆黒の法衣。坊主頭に威高げな兜巾。一重の凶悪な眼は金色。どことなく消沈して見える玄がその姿を見せた。

「……」

 石像と化す島地。そして突然現れたこの奇抜で、骨董で、ある意味先進的なコスプレイヤーをどう説明するべきか。

 そもそもどうして姿を現す? 普通ここは何としてでも隠し通すところだろう。困惑の極みに達する僕。

「何と、……閉丸丹がこうも容易く砕かれるか」

 開口一番。玄は島地に対する説明と、更に僕に対する事情説明までも触れずに言いたい事を勝手に独り言ちた。

 閉丸丹が、砕かれた……? つまりそれは今、僕が神通力垂れ流し状態って事か?

「それってどういう事ですか、玄さん。否、そもそもどうして学校に」

「怪我はないか?」

「質問に答えて下さいよ」

 島地は玄が僕の知り合いだと悟ったのだろう。直ぐに僕や玄に訊ねる事なく、成り行きを見守っている。こいつ、実は、結構賢そうだ。

 構わず玄は僕に近づく。そして僕と大股三歩の距離に近づき、隈なく観察する。その視線が僕の頬に到達した途端、血相を変えた。

「閉丸丹を砕いた上に殴られてる」

「えっ? ああ、はい。僕、喧嘩とかした事なくて――」

 口内は出血。今も鉄錆の芳しい味わいを楽しんでいる。もしかして僕の口元は血だらけか?

「バレたら不味い」

 は?

 有無を言わさず玄が掴み掛かる。むんずと掴まれるこの感触はあれを連想させた。

 そう、『あれ』だ。

 予想通り、玄は僕の学ラン、カッターシャツを引き上げる。もう片方には爛然と輝く閉丸丹。

 島地の目の前で。玄は閉丸丹を僕の貧相な腹に押し込んだ。島地の視線が僕の腹に注がれる。玄の手は易々と僕の腹に埋もれている。顔が火照るのを感じた。同時に全身の力が抜ける。この躰の一部を他人に曝す、否、この異質な行為を曝す事自体、何にも耐え難い羞恥だ。

 と、前回同様に閉丸丹が僕の腹腔内を散々暴れ散らし、その定位置・丹田に停止した途端、先程までの感覚の鈍った躰が元に戻った。柵が帰ってきた。肉体のダメージ、を再確認する。鈍い鈍い痛みは、徐々に適所的確な鋭い痛みへと移行する。今更に打撲の痛みが襲い掛かった。

「うっ。……痛い、です。玄さん」

「それが神通力だ」

「……はぁ」

 どうしてこうも、この天狗は説明を素っ飛ばすのだろうか。しかし、予想は出来ている。僕もそこまで馬鹿じゃない。

 痛みを感じなくなり、封を施した事でその痛みが帰った来た。その一連の現象が『神通力による効果』だと言っているのだ。体内で何か弾けた時の『何か』とは早朝の閉丸丹だった訳だ。

「それからこれを」

 そう言って玄は腰に提げた瓢箪をくれた。

「口に含め」

 言われた通りにする。栓を開けると小気味良い音を立てた。恐る恐る口につける。中の液体が口腔内に流れ込む。水、にしては比重が大きく感じる。若干のとろみを持つその液体は無味無臭。一体これは何だろう? と、首を捻っているうちに口腔内の裂傷から痛みが引いていく。

「飲むなよ」

 え? 玄がそう言った拍子に、飲んでしまった。

「ど、どどうして先に言わなかったんですか!?」

 構わず玄は僕の顔、顎の周りを観察する。

「まあ、死にはせん。さて、このくらいの治癒なら真由美も察せんだろう」

「死にはせん、て……大体、玄さんはいつも肝心な事をどうして教えてくれないんですか」

「はて、私の性質については説明済みだったはずだが」

「それならその性根を直して下さい」

「出来るなら疾うの昔にやっておる」

「じゃあ努力して下さい!」

 そこで島地が一言。

「おい。そろそろ説明して欲しいところなんだが、色々と」

「……」

「……」

 僕と玄は目を合わせた。

「あ、……僕の兄です」

「どうも」

「さすがにそれは苦しいぞ」

「……」

「……」

 




 翌日の話。飲んでから「飲むな」と言われた液体――話によると母が作り出せる掬漿きくしょうとか言う液体――の恩恵により僕の新陳代謝は一時的に驚異の進化を遂げたらしく、トイレに缶詰めになっていた晩の翌朝の話。

 初めて余裕を持って登校した朝。僕は何故か廊下で生徒と、男女問わず擦れ違う度に注目を浴びた。


「ほら、あれが――」

「そんな人には見えないよね」

「椎原さんを倒したんだろ、あいつ」

「名前、なんて言ったかな。ハチ……カド? 駄目だ、読めねえ」


 指差す、とまではないものの、あっちでひそひそ、こっちでひそひそ。昨日の騒ぎが漏れたのだろうか?

 しかし、呼び出して負けた話を言い触らす者がどこにいると言うのだろう。皆目見当がつかない。

 異常な事態に戸惑いつつ、遅刻ぎりぎりに登校してきた島地に意見を求める。

「ん? ああ、噂ってのはこんなに広がるのが早いんだなあ」

 感慨深げに頷く島地。

「ちょこっと学校の共用掲示板に書き込んだだけなのに」

 ちょっと待て。

「聞きたくないけれど、一応聞こう。何を書き込んだの?」

「え? 昨日の八角武勇伝」

「なっ」

 おいっ! 噂を広めたのはお前か! お蔭でみんなに変な印象与えてるんじゃないだろうな、って言うかもう変な印象与えてるよ!

「いやあ、お前が殴られても突っ込んできた時は正直、感心したよ。良い度胸してる。益々気に入った」

 二の句が継げない。

「安心しろ。あいつらを一瞬でノックアウトにしたのはお前って事にしたから」

 それは非常に安心出来ない。つまり昨日のスポーツ刈り以下愉快な仲間達の怨みは僕に集中してしまうじゃないか。

「なんて言ったって、俺が天狗を説明するには少々無理があるからな」

「それは……」

 答えようもなく黙り込む。言外しないのは当然だろう。僕の噂を全力で阻止して欲しいものだ。

 目の前で大胆不敵な眼差しを向ける大男・島地謙致。

 彼は僕が知る限りの、丹田を持たずして人外の存在を知った第一人物である。

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